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神龍姉妹喧嘩


「うふふ。もう、跡形も残っていないようね」



 両腕を組んだまま、爆心地を見て小さく笑うアリス。

『燃え盛る粘液』が爆散した場所には、トバ皇どころか、城の瓦礫も、冷え固まったマグマもなく、見えるのは大きく露出した地面のみ。

 その爆発音を聞いたシノは持っていた刀を下げ、トバ皇がいた方角を向く。



「ちょ、お父さん!? 何やってんの!?」


「勝機」


 シノの上空を旋回していたカーミラは、その瞬間(・・・・)を見逃さなかった。

 高速でシノの元まで飛んでいくと、シノの胸部――みぞおちより少し上に、そっと手を当てる。



「しま――」


「虚を突くようで申し訳ありません。ですが、これで――お仕舞い。『灼炎手刀』」



 カーミラの手が突然、熱された鉄のように赤熱していく。

 その手は空気を灼き、シノの体を灼いた。

 掌はジュウという音をあげながら、ずぶずぶとシノの体内を灼いていく。

「――――――――ッ!!」

 シノは声にならない悲鳴をあげた。



「ああ……、なまじ生命力があるばかりに、ここまで苦しむことにあろうとは……哀れ……です。せめて、力尽きるその時まで、貴女の魂が安らかであるよう――」


「……な、なんちゃって……!」


「――!?」



 シノがカーミラの腕をガシッと掴んだ。

 それによりシノの掌が焼け、煙があがる。

 カーミラはシノから逃れようと、腕をぐいぐいと引っ張るが、ビクともしない。

 シノは口の端から血を流しながら、不敵に微笑んでいた。



「まさか……、貴女、これを狙って……?」


「ははは……、んなわけ……ないじゃん……。なん……で、こんな……痛い事……。しか……も、そ……それ、どんな預言者だっての……」


「放して……ください……放して……!」


「そんなこと……、するわけ……ないじゃん。……はぁ、はぁ……ふぅ……んじゃあ、いくよ?」


「く……仕方……ありませんね――」


 カーミラはそうぽつりとつぶやくと、その形態を変化させていった。

 人間らしかった様相から一転、肌から鱗が生え、牙、爪といった龍部分(・・・)が露になっていった。


「龍鱗、硬化。これで、いくら龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の貴女といえども、この私に傷をつけることは――」


「『我ガ剣、龍族ヲ滅ボス刃也。(シカ)シテ、一介ノ剣士、此レヲ滅ボスニ(アタ)ワズ。破龍ノ刃ニ宿イシ意志ヨ、我ガ身ニ一切合切ヲ両断セシ力ヲ与エ給ウ――』」


「こ、これは……貴女の魔力と、その刀の妖気とが融合していっているのですか……? 危険……です……逃げなければ……」


「もう、遅いよ――『龍殺壱ノ型一刀龍断』」



 無音。

 何者も肉眼で捉えられないほどの、神速の太刀。

 銘刀賀茂は、龍鱗を斬り、空間を斬り、音さえも切り裂いた。

 カーミラ上半身と下半身を境に、空間がぐるんと歪む。



「はは……は……ダメだ……。もう立ってる気力もないや……ごめん、みんな、父上……ルーシー……ちゃん……」



 シノはそう言い残すと、前のめりにドサッと倒れた。

 カーミラは頭は動かさず、眼球だけでシノを追うと、そのまま力なく笑ってみせた。



「見事……です。まさか、斯様な剣技を遣う者が、未だ人間にいたとは……」



 カーミラの上半身は下半身を残し、スライドするようにしてそのまま地面に落ちた。



「皇! ……姫……!! そんな……嫌じゃ!」


「くっ……、勅使河原、抑えろ。感情に身を任せるな」


「は、放してくれ。ロンガ殿……! ワシは――」


「……今はこっちに集中しろ。こちらとて、気を抜けば殺られる」


「しかし、このままでは姫が――」


「くっ、わからないか。今やることは、ふたりを助けることではない……。公私を混同するな……、勅使河原与力(・・・・・・)!」


「うう……ううう……」





「好都合じゃねえか。単身で来てくれるんなら、これ以上の好条件はねえよ」


「侮るな。姉さまは龍空にて、最強の戦士だ。我らが束になっても勝てるかどうか……」


「ああ。エウリ―の言う通りだ、ルーシー。スノはあたしが龍空にいた頃から、部隊の筆頭戦士だった。その魔力、戦闘力共に、龍空史上、最強の戦士とも名高い」


「まじかよ……」


「いやいや、でもサキちゃんたち、四人もいるんだよ? そんな簡単に負けないっしょ?」


「……仮に負けなかったとしても、あたしたちは壊滅的な打撃を受けるだろう。そこをあちら(王国)側に狙われてしまったら、文字通り一網打尽。しかし、こいつを無視することもできない……」


「ふははははははは……げえっほ、えほ、えほ、げええっほ……ふぅ、申し開きは終わりか? エウリーよ。おまえの罪を指折り数えろ。わたしがその数と同じくらいのお仕置きを与えてやろう。じっくりと、丁寧にな。どうだ? 待ち遠しいか?」


「ひ……、ひぃっ、おやめください、姉様。は、はは……はな……話を訊いてくださいっ」


「ああ、訊いてやるとも。お仕置き部屋で、おまえの悲鳴を肴にな! ふははははは……ゴホッゴホッ!」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」


「ダメだ……、こいつ(エウリー)の姉に対する反抗の精神は、すでに折られている……!」


「お、おい、スノ!」


「……王女――なんだ、モドキか。全くもって忌々しい。姿かたちだけでなく、声すらも同じとは……。いったいどこまで私たちを侮辱すれば気が済むのだ……。で、なんだ? 私になにか用か?」


「あたしたちを見逃してほしい」



 アテンのその一言に、全員が目を丸くする。



「な……!? ドーラ、おまえそれ……状況を見てからものを言えよ」


「耄碌したか。この状況下で、よもやそんなことを言えるようになるとはな……これが王女であれば笑って済むが……、モドキが言ったとなれば、笑いも起きない。……モドキよ。貴様、自分で何を言っているかわかっているのだろうな?」


「ああ。わかっている。だが、これはなにも……一方的にこちらの要求を飲んでくれとも言っていない」


「ふは……これ以上高笑いするのは止めておこう。なるほどなるほど、これは食えんヤツだ。面白い。その取引というやつを訊いてやろうではないか」


「エウリーをここに置いていく」


「なるほどなるほど、この我をここに置いてい――エエエエエエエ!?」



 アテンがスノに告げたそのあまりの交換条件に、エウリーがアテンの顔を二度見する。



「な、なぜに、我……?」


「とりあえず、そういうことだから」


「どういうこと!?」


「エウリー、おまえの事は忘れない。生きて……、帰って来いよ……!」


「え? 我、ここで死ぬの!?」


「ほう、仲間を逃すため、自らを犠牲にするか……、さすがは私の妹だ。見上げた根性だな。……ただ、それは無謀以外のなにものでもない。再び、おまえの細胞に脳にに、神経に、恐怖(わたし)を植え付けてやろう」


「いや、あの、姉様……? その三人は姉様の下を普通に、徒歩で素通りしていっているのですが……」


「くくく……こうなっては、おまえをいち早く倒し、あいつらを追うしかあるまいな」


「あの……、だから……ですね……ええ? ほんとに我が姉様と戦う流れなの? やだ! ヤですよ! まじで!」


「いまさら弱音か? さきほどまでの威勢はどうした?」


「生まれてこの方、姉様に対して威勢なんて放ったことないのに……」


「とまあ、冗談はさておき。本音を言うと、わたしは神龍とか龍とか人間とか、どうでもよくてな。面白おかしく暮らせれば、それでよかったのだが……、どうやら、預言者殿はそういったスタンスではないらしくてな。なあに、わたしが直々に手を下さずとも、事態は好転する。我らが負けるなど、あり得ぬからな」


「姉様、それフラグ……」


「ああん?」


「ごめ……ごめんなさ……! でも……、じゃあなんだってこんなことを……?」


「喝!!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、許してください! お願いします! 申し訳ありませんっ!」


「なあに、おまえがどれほど遣うようになったか、見てやろうと思ってな」


「な、なんで……?」


「抜け、エウリー。問答は終わりだ。龍空一と謳われる、おまえの神速を見せてみろ。手加減なぞするなよ? そのときはこの世の地獄を見ると思え」


「い、いやだああああああ!」

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