繰り返し繰り返し
「ルーシーさん、いつまで逃げる気だい?」
「勝つまでですよ!」
「逃げたままじゃ無理じゃないかな」
「うるさいなぁ……」
人がひとり通れるほどの路地。
デフはタカシにつかず離れずで追いすがっている。
路地はその狭さゆえ、ときおりデフの装甲が壁に擦れてガツンガツンと当たっていた。
時折、デフは近づいて手を伸ばしたり、攻撃しようとしたりするが、タカシはそれをひらりひらりと躱していた。
しかし――
ガッ!
と、やがてデフの右手がタカシの左腕を捉える。
デフはそのままグググと手に力を込め、タカシの手甲をバキィッと握りつぶした。
そしてそのままさらに力を込め、タカシの細腕を握りつぶそうとする。
「くっ……!」
腕の骨がミシミシと音をたてて歪む。
タカシは苦悶の表情を浮かべ腕を引き抜こうとするが、万力に挟まれているように、ビクともしない。
バキィ! メキメキボキバキィィ!!
「あっ……ぐ……っ!!」
『た、タカシさん……!』
腕の骨が完全に潰される。
しかしデフは腕を放そうとはせず、今度は雑巾を絞るようにねじ切ろうとした。
「くそ……がぁ! やらせるか……てのォ!」
タカシはその場でジャンプすると、両脚でデフの頭を挟み込んだ。
そしてそのまま体を捻ると、勢いよくデフの頭を地面に叩きつけた。
兜を被っていなかったデフは、石畳にゴドンと頭を強く打った。
「ちっ、くそ……、いってえ!」
タカシは左腕をだらんとさせながら、ふたたび逃走を開始した。
フラフラになりながらも、曲がり角に差し掛かると直角に方向転換をした。
「ふぅ、なかなかやるもんだね」
デフはそう言いながら、ゆらりと身を起こした。
そして頭を軽く振ると、タカシを追うようにして、デフも直角に曲がろうとした。
刹那――
ズ――と、デフの喉元に黒剣の刃が伸びてくる。
黒剣はすこしデフの喉元に食い込んだ辺りで、ビタッと止まった。
黒剣をあてがわれたところからは、プツっと血が滲んでいる。
「ぐッ……な……!?」
「窮鼠猫の首を掻っ切る……とまではいかないですけど、何かを追いかけてるなら、細心の注意を払ったほうがいいです。あまりにも悠長で緩慢で、隙が多すぎます」
「はは、やられたよ……」
デフは視線を黒剣の軌跡へ移した。
路地の壁には黒剣の通った跡、抉られた跡があった。
音が全くしなかったため、デフも気づかないでいた。
「……その剣、片手だけで使ってるのによく切れるみたいだね」
「支給品に感謝ですね。まさかここまで切れる剣をいただけるとは」
「僕の記憶が正しければ、白銀騎士にはそんな剣支給されなかったと思うけど」
「そうなんですか? じゃあ最近、この剣に変わったんじゃないですかね。いやあ、年々お上も太っ腹になっていってるみたいで、国民としても騎士としても嬉しい限りですよ」
「……、頭は、斬り落とさないのかい?」
「正直言うと、迷っているんですよ」
「なにをだい?」
「もちろん、斬るか斬らないかですよ」
「ここまできてまでそれか。僕はキミの腕を潰したんだよ?」
デフはそう言って、タカシの折れた腕に視線を落とした。
タカシの腕はぶらんと力無く垂れており、デフに握られていた場所が赤紫色に変色していた。
「まあ、はは……。べつにオレは上司だった人を斬りたいがために、ここまで来たつもりじゃないんで。そもそも目的がデフさんと思ってるのと違うって言うか、なんというか……」
「それは甘いよ。時には――」
「甘い? え? いやいや! ええ!? いやいやいやいや! なにを勘違いしているんですか、デフ殿」
「え?」
「オレが言ってるのはそうじゃなくて、こんな人気のないところで、ひっそりとオレに首を落とされるよりも、衆目に晒されて、売国奴と罵られながら、失意のなか市中引き回しにして、生皮を一枚一枚丁寧に死なないように剥いで、最終的に打ち首獄門にしたのち、未来永劫エストリアにその愚生を残されたほうがいいのかな、と。あ、もちろんあの大臣さんも一緒ですよ」
「は――」
「ただ殺すだけじゃ生ぬるいって言ってんだよ」
「……なるほどね、それがキミの素ってことか」
「さあ! ここで、ちょっと取引しませんか?」
「取引……なにかな。いやな予感しかしないんだけど」
「さっきのを踏まえて、後で死ぬか、今死ぬか、どっちか選んでくれませんか」
「いま?」
「ここで」
「言ったはずだ、僕は――」
言い終える前にデフの首が飛ぶ。
ゴロンゴロンとデフの生首が石畳の上を、紅い痕跡をまき散らしながら転がる。
その巨体が路地裏にドシャッと沈むと、タカシは冷ややかな目でその死体を見下ろした。
『うわ! ちょ、え、なに殺してんですか! デフさん、なにか言いかけてましたよね!?』
「おまえなぁ、『言ったはずだ』から続く言葉で、前向きな言葉が聞けると思うか? 常識的に物事を考えろよ、バカ!」
『バカじゃないですよ! それに、わかりませんよ? たとえば「言ったはずだ。僕は前々からルーシーさんのことが好きだったんだ。だから、なかまに加えてくれ」って言って寝返ってくれたかも』
「あほか。どこまでおめでたいんだよ、その頭は。……はぁ……もう、なんも言わねえよ。直接訊いてみるか?」
『え? 直接って――』
タカシはデフの懐からペンダントを取り出すと、それを思いきり、明後日の方向へ投げた。
ペンダントが見えなくなると、タカシは折れていた腕を回復魔法で治療し始める。
「――よし、これで問題ないな」
そして転がっているデフの頭を持ち上げると、胴体にドチャっとくっつけた。
『え、ちょ、タカシさん? まさか――』
「極大回復魔法」
緑色の光がタカシの手から放たれる。
光は切り口を包んでいくと、切断面をピッタリとくっつけた。
「ガフッ……!! ごほっ、ゲエホっ……!」
『あ、え、生き返った?』
「やっぱ、この回復力だと死んで間もないやつは生き返るんだな……」
『最初の――あの戦争の時に使った魔法もそれなんですか?』
「ああ、たぶんな」
「ルーシー……さん? ここは? 僕は一体――」
「おはようございます、デフさん。まだ多少は意識の混濁、混乱が見受けられますね。わかりますか? ルーシーです」
「な、ここは……!?」
「お、どうやら思い出したようですね。……どうですか? もう一度お聞きします。さきほどのお考え、なにか変わりましたか?」
「く、こんなことを……、フザケ――」
再びデフの首が飛ぶ。
『――え? ふざけてんですか? なにやってんですか? バカなんですか?』
「いやいや、え? 聞いてなかった? 『フザケ』って言ってたよ? 『フザケ』って。もう交渉の余地ないじゃん。決裂どころか、最初から成立してないじゃん」
『だからせめて、最後まで聞きましょうよ! なんで途中で斬首するんですか! サイコパスですか、あなたは!』
「サイコパスっておまえなあ――って、おい、ちょっと待てよ。唐突にひらめいたぞ。これは使えるかもしれんな……!」
「あ、ちょっと、なんて顔してんですか。悪魔みたいな顔になってますよ!? わたしの顔ですよ! そんな顔はやめてください! 戻らなくなったらどうするんですか」
タカシは再度デフの頭を掴むと、回復魔法を唱えて接合させた。
「ガ……ハ……ッ!! ハァ……ハァ……ハァ……ここは……またか……?」
『え? タカシさん? 何やってんですか?』
「ルーシー、おまえ目瞑ってていいからな」
『え? ……え? なにが起きるんです?』
「……さあ、デフさん。ここから耐久勝負といこうじゃないですか。あなたの心が折れるのがさきか、オレの魔力が切れるのがさきか!」
「ひ……っ」
「覚悟してください。あなたの死に安寧などはない」
読んでいただきありがとうございました!
今回はデフさんの首何度も飛ばして申し訳ないです。残酷表現苦手な読者様ごめんなさい!
ギャグなのに、こんなことしててごめんなさい!
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