気が付いたら檻の中で監禁させられていた。
「う……ん……?」
『あ! タカシさん! 目、覚めましたか!?』
「どこだ、ここ……?」
『どうやら、牢屋……のようですね。タカシさんは矢で射られたあと、ここまで運ばれたんです。どうですか? 憶えてますか?』
「まじかよ……、ああ、そうだったな。チッ……オレはどれくらい寝てたんだ? 三日くらいか?」
『いえ、ほんの数分ですけど……』
「数分!?」
『ええ、運ばれて、身ぐるみはがされて、牢屋に入れられて、それからだいたい……十分も経ってないです』
「まじか。……って、身ぐるみ……って言っても、まだ素っ裸じゃねーじゃん。肌着はちゃんと着てるし」
『一緒ですよ! まだ誰にも見せたことない乙女の柔肌ですからね!? ボディラインがわかっちゃうだけでも、有罪ですから! なんなら、死罪ですから! てか、ホントに身ぐるみはがされてたらグーですよ、グー!』
「グーって……、ないじゃん」
『そりゃもう、魂の拳ですよ! 魂の! しゅっ! しゅしゅしゅっ!』
「わかったから、ハエみたいにブンブン飛び回るなってば」
『あ、ごめんなさい。興奮しちゃって……つい』
「それにしても……見事に、地面に対して直角だな」
『な!? だ、だれが九十度なんですか! だれの体に、遮るものがないんですか!? 誰がそこの辺の角度を求めろって言ったんですか!』
「そこまでは言ってねえよ……」
『まったくもう! まったくもうですよ、まったくもう!』
「てかあれ、刺さったのって、毒矢でよかったんだよな?」
『……そう、みたいですね。わたしはポイズン系には、あんまり詳しくはないですけど……』
「ポイズン系って……」
『というよりも、大丈夫なんですか? それ?』
「え? ……って、まだ抜けてねえじゃん!」
タカシは肩に刺さっていた矢をつかむと、強引にそれを引き抜いた。
矢は栓の役割もしていたため、引き抜かれたことにより、刺さっていた箇所から、ドクドクと血液が噴き出した。
「いっ……たァ!?」
『ああ! ちょ、ちょっと、そんな無茶しないでくださいよ! わたしの体ですよ!? 傷モノになったらどうするんですか! 責任取ってくれるんですか?』
「うるせ……っての!」
タカシは顔を歪めながら患部に手を当てると、魔法での治療を試みた。
緑の光が出血した箇所を包み込む。
矢傷はまたもや、逆再生するように傷が治っていった。
完全に傷が塞がると、タカシはパタンと、その場に仰向けになった。
「ふぅ……、スッとしたぜ」
『「スッとしたぜ」じゃなくて、シャンとしてくださいタカシさん! このままじゃわたしの体が、山賊にあんなことやこんなことを……ひぃぃ、考えるだけでもおぞましい……っ! すぐ出ましょう! いま出ましょう! 今すぐ出ましょう! こんなとこから!』
「……いやいや、オレの記憶が正しければ、おまえがあのとき邪魔しなかったら、こんなとこに連れてこられるどころか、毒矢さえくらわなかったと思うんだけど?」
『ご、ごめんなさい……。で、でもタカシさん! あのとき何しようとしてました?』
「なにってそりゃ……」
『またあの物騒な魔法を使おうとしてましたよね?』
「ま、まぁ……」
『ダメですよ! ダメなんですよ!』
「……なんでだよ」
『この森には珍しい動物や植物がいっぱいあって、全部エストリアで保護の対象になってるんですよ。それを焼き払ってしまおうなんて、とんでもない!』
「く、くだらねえ……ッ! そんなんで命の危険にさらされてたら、たまんねえよ!」
『それはその……、タカシさんならうまく切り抜けてくれるかと思って……』
「おまっ、あの矢な、すっげえ痛かったんだぞ! 気絶までしたしさ」
『だから……、ごめんなさいって言ってるじゃないですかっ』
「気持ちがこもってねえんだよなぁ……」
タカシはのそのそと立ち上がると、牢屋の中をグルっと見渡した。
牢屋は人工的に作られたというよりも、自然にできた天然の牢だった。
洞窟内にもともとあった、大きめの窪みに鉄格子をはめ込んだだけの簡素なつくり。
そのため、捕えられた者への配慮は全くと言っていいほどなかった。
ただ捕らえておいて、そこに置いておくだけ。
したがって、牢の中には山賊に忘れ去られたであろう、朽ち果てた遺骨などもあった。
「ん、あれって……」
タカシは遺骨のほかにも、誰かがいることに気づいた。
そして、その誰かは牢屋の隅で、小さくなって震えていた。
「おい……あんた……も、捕まったのか?」
タカシはその人物に、声をかけた。
その人物は小刻みに震えながらも、顔だけはタカシを見上げて答えた。
「あ、あんた……も……か……?」
その人物の性別は男。
牢の暗がりに紛れてはいるが、髪は金色。
ルーシーよりも、歳はひとまわりほど離れていた青年だった。
ただ、その顔からは生気がなく、かなりと言っていいほどやつれていた。
「ん? まあな。オレ……っていうより、宿主さんに邪魔されてヘマやらかした」
『う……根に持つタイプですか。タカシさんは』
「んで、あんたは?」
「オレはエストリアの兵士……だった……」
「だった……って、なんで過去形なんだよ」
「過去の話だからさ。……戦争に行って、大事なこと任されて、そっから逃げたんだよ。それでひとりで帰ろうとしてたところで捕まっちまって、このザマだよ」
『んあー! この人!』
「うるっせぇな、ルーシー! なんだよ、いきなり!」
『この人、わたしたちをおいて、戦場から逃げ出した人です!』
「は?」
『えっと、じつはさっきの戦争で――』
ルーシーは目の前の男のことについて、タカシに簡単に説明した。
「なるほど、とりあえず顔は知らないけど、知り合いみたいな感じってことか」
『そうそう! そういうことです!』
「……なあ、あんたさっきから誰と話してるんだ?」
「ああ……、えっと、見えてないんだ?」
「へ? なにが?」
男の返事を聞くと、タカシは頭上で漂っていたルーシーに視線を送った。
『や、なんとなく変だとは思ってましたよ。タカシさんが連れ去られたとき、山賊の人たちをいくら殴っても、効かないんですから。もちろん、魂の拳でも』
「……そのネタ、もうウケてねーから……」
「は?」
「いや、なんでもない。独り言だよ」
タカシはルーシーに返事をすることなく、話を続けることにした。
「そ、そうなんだ……」
「それよりもさ、オレもエストリアの兵士なんだよね、現役の」
「は? え? どういう……?」
「いまは鎧とか身分を証明できるもんはないけど、ちゃんとした兵士なんだよ」
「でも、エストリアの騎士って……」
「ああ、全員死んだんだぜ。オレ以外な」
「てことは、あんたはあそこから……?」
「生き延びたよ、一応ね」
「す、すげえな、どうやったんだ。あんな絶望的な状況から……」
「まあ、いろいろあったんだよ。大変だったんだからな? ただでさえ味方の兵士が少ないのに逃げ出すやつもいたしな」
「それは……本当にすまん。オレも死にたくなかったから必死で……」
「でもよ、その結果、山賊もどきに捕まってりゃ世話ねえわな。国に帰っても反逆者、このままここにいても、奴隷で売られるか、最悪殺される。みろよ、牢の隅の、あのガイコツ」
「く……っ」
『ちょっと、タカシさんそれは――』
「そこでなんだけどさ、ちょっと取引しねえか」
「取引……? オレと、あんたでか?」
「そうだ。うまくいけば、あんたはここから解放されて、エストリアに帰っても、裁かれることはないだろう」
「ほ、本当か!?」
「本当だ。……オレの鎧と剣を取り返してくれたらな」
「それって、あの山賊からか? どこにあるかわかんないんだけど」
「オレもだよ。だからこその取引じゃねえか。オレはどうでもいいんだけど、宿主さんがこの格好じゃ恥ずかしいってんでな」
「宿主?」
「そこは気にしなくていいんだよ。それにオレって潜入任務っていうか、誰にもバレずにこそこそやるのって得意じゃないんだよ」
「お、オレだって得意じゃねえよ」
「……まあ、やるやらないは最終的にお前の判断だ。だけど、おまえがやらないってんなら、オレのほうにも、おまえを助ける義理はなくなるわな。一回おまえはオレを見捨ててるわけだし」
「そんなこといっても、そもそもオレらが助かる保証もねえだろ。……そんなんじゃ取引もなんもねえよ」
「まあ、そうだな。こんなナリじゃ不安だわな」
タカシはそう呟くと立ち上がり、牢の鉄柵のほうまで歩いていった。
そして鉄の棒を握りしめると、男のほうを振り返った。
「おい、よく見とけよ」
タカシはグッと手に力を込める。
握られた鉄の棒は次第に赤みがかっていくと、最終的に、ドロドロに溶けていった。
「ところで、この鉄棒を見てくれ。こいつをどうおもう」
「すごく……、ドロドロです……!」
「そういうことだ。こっそりと、牢から逃げ出すこと自体は難しくないんだ。問題は、オレの私物を取り返せるかどうかなんだよ」
「……すこし、考える時間をくれないか?」
「おう、べつにいいけど、もう時間はないぞ」
「は? どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。あいつらが見回りとかに来たら、この檻を見てどうおもうよ?」
「あっ……! おまえ! そのために――」
「まあ怒るなって。タイムリミット設定してあったほうが、いろいろとハリが出るだろ?」
「だからっておまえ……!」
「ああ、それと。いいニュースもあるんだけど」
「なんだよ!」
「いまは多分、このアジトにいる山賊の数はそんなに多くないと思う」
「なんでそんな情報知ってるんだ?」
「さっき思い出してな。オレが捕まる直前、賊どもが言ってたんだよ。近くで戦争があったから、そこに物資漁りに行くって。だから、ほとんどの賊が出払っている今が、いろいろやれるチャンスだってことだよ」
「ほ、本当か……?」
「オレはこのまま牢から出る。それからこの山賊のアジトの入り口付近でおまえを待つ。わかるよな? おまえはべつにそのまま逃げてもいいし、オレの私物を取り返さなくてもいい。ただその時点でオレはおまえのことは見限る。そのあとのことは想像に任せるよ。……退路は断っておいた。あとはおまえ次第だ。難易度は……そこまで高くないんじゃないか?」
「クソッ! ああ、わかったよ! やるしかないんだろ?」
「ははは……いや? やりたくなかったら、べつにいいよ」
「……あんた、いい性格してるよな」
「よく言われるよ。……いまさらだけど、名前教えくれるか? あんたとかおまえとかじゃ不便だろ?」
「ヘンリーだ」
「ヘンリーか。オレはルーシ―だ。よろしくな」
タカシはそう名乗ると、自らの右手を差し出した。
ヘンリーは、差し出されたタカシの右手を掴もうとして、ピタッと止まった。
「……ルーシー? おまえがか?」
「おお、なんだ? オレのこと知ってんのかよ?」
「いや、なんでもないよ。人違いって可能性もある。……ていうか、あのルーシーだったら、鉄を溶かしたりできないだろうしな……」
「あ? なんかいったか?」
「いや、本当に何でもないよ。……ほどほどに、よろしくな」
ヘンリーは今度こそタカシの手を握り、互いに固く握手を交わした。
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