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あっけない幕切れ


「あー、あー、警告します。そこの将軍さん。ただちに進軍を止め、国に帰ってボーイフレンド作りに勤しみなさい。なんなら、ハーレムでも築いちゃってください」


「ム。貴殿は……、あのときの屍人の少女!?」


「あ、ども。ていうか屍人ではな――」


「もしや、この仕業も貴殿の仕業か!?」


「どっちかっていうと、こっちの痴女の仕業っすね」


「うぃーっす、ホモパイセン」


「こら、初対面なのにホモパイセンなんて言うんじゃない! ホモパイセンに失礼でしょうが!」


「ふひひ、さーせん、ホモパイセン」


「……ということで、いますぐ武器を捨ててお帰りいただくか、エストリアを死体のまま観光するか、どちらかをお選びください」


「フザケるなッッ!!」



 バルトがタカシとサキを一喝する。



「たとえ、我が軍団で戦えるものが我ひとりだったとしても、行軍は止めぬ! 正義は我らにあるのだ! 見くびるな!!」


「たいちょーたいちょー、精神攻撃が効いていないみたいですが……」


「これは困ったぞ、サキ参謀。まさか、ここまでブレないとは……、これはホモとかではなくて、性そのものに興味がないのかも知れない」


「問答無用! 貴殿らの首、まとめてエストリアで晒してくれる!」


「相変わらず話を聞かねえのな……」



 タカシはため息をつくと、腰の剣を抜いた。

 先ほど纏っていた風はすでに無くなっている。



「ム。なんだ、その黒剣は?」


「これか? これはな、ゴキブリを倒しまくって、その黒光り成分を吸収した妖剣だよ。見ろ、この黒光りを。この世に未練を残して死んでいったゴキブリたちの嘆きが――」



 バルトの振るった剣がタカシの鼻頭すれすれをかすめる。



「あぶねえな! なにすんだ!」


「答える気がないようなので、斬った」


「横暴な野蛮人め! 会話を楽しむ余裕も――」



 バルトの剣が、今度はタカシの頭上を通過する。

 切断された赤髪がハラハラと、地面に落ちた。



「戦いはすでに始まっている! 構えよ! それとも降参するか? 少女よ」


「だーれが三下の雑魚相手に降参するかよ!」



 バルトはタカシ目掛けて、何度も破邪の剣を振り下ろした。

 タカシはそれを剣の腹で受太刀する。

 剣が振り下ろされるたびに、火花が散り、あたりで腑抜けている兵士に降りかかった。

 それでも兵士たちに熱がる様子はなく、むしろ幸福そうな笑みを浮かべている。



「どうした少女よ! もう失われた魔法(ロストマジック)は使わないのか!? 攻撃を受けたままでは、いつまで経っても我を倒すことはできぬぞ!」


「うるせーおっさんだな。おまえなんか、魔法を使うまでもねえんだよ」


「ワッハッハ! 抜かしおる! いま、防戦一方なのはどこの――」



 ガキン!


 と、ひと際鋭い金属音が響く。

 それに少し遅れて破邪の剣、その切っ先がザクッと地面に突き刺さった。

 バルトの振るっていた剣が、真っ二つに斬れ(・・)ていた。



「な、なんと……!?」


「だれが防戦一方だって?」



 タカシはバルトの腕を脚で蹴り上げた。

 剣は手から離れ、頭上高くへ舞い上がる。

 呆気に取られていたバルトの膝裏を、タカシは水平に蹴りつけた。

 バルトは膝を折られ、タカシの前に跪くような体勢になった。

 やがて舞い上がっていた破邪の剣が、タカシの手のひらへと落ちてきた。

 バルトはそのままの体勢で、無防備にも固まっている。

 タカシは破邪の剣の、残っていた刃の部分をバルトの首元へ当てた。



「王手」


「なぜ我が破邪の剣が……このような……」


「遺言は聞きません」



 タカシがそう言うと、次の瞬間にはバルトの頭が胴体から離れていた。



「よく聞け、カライの諸君! 諸君らの大将は死んだ! オレが殺した! よって、諸君らの戦う意味も死んだ! しかし、それでもなお、歯向かってくるという意思があるのなら、順番に並べ! その頭を丁寧にひとりずつ刎ねてやる!」



 カライの兵士たちはまだ魅了が効いているのか、バルトが倒されたというのに、惚けてしまっている。

 そんな中、ひとりの兵士がのろのろとタカシの前にやってきた。



「……へえ、度胸あるな。お望み通りその首を……」


『待って、タカシさん、ちょっと待ってください!』


「あ? なんだよ」


『よく見てください、その人! 顔!』



 タカシはその兵士の兜を強引に脱がすと、髪の毛を掴み、グイッと目の前まで持ってきた。



「おまえは……ヘンリー?」





 陽が大きく西へ傾いてきた頃。

 正気を取り戻したカライ国の兵士は、バルトが死んだのを確認すると、そのまま引き返していった。

 ある者は大粒の涙を流し、またある者はエストリアの騎士に対し、憎悪のこもった目を向けていた。



「ほんと、すんません……」



 ヘンリーはタカシの横で、申し訳なさそうに頭を下げていた。

 タカシは別段、気にするそぶりは見せずにヘンリーを見ている。



「……なに謝ってんの? おまえ」


「いえ、あの……結局、ここまで駆けつけてもらって、また助けてもらったので……」


「いやいや、おまえを見つけるまで、おまえがここにいるなんて知らな――」


『タカシさん、それはヘンリーさんのためにも、言わないほうがいいかと……』


「そ、そうだよ! おまえが戦争に行ったって聞いてたもんだから、気になってな」


「すんません、姉御も忙しいというのに、オレのことを気にかけてくれて……一生ついていきます!」



「はぁ? なんですか一生ついてくって。ちょっとルーシー、こいつだれ?」


「オレか? オレはな、姉御の一番弟子だよ」


「ぷぷぷのぷ。一番弟子ですってあーた。今どきそう言うの流行らないんですのよ」


「うるせえ! この痴女め! おまえの無差別魅了で、こっちまで大変だったんだぞ!」


「あのおっさんには効かなかったじゃん。要はココなんすよ、こーこ」



 サキはそう言うと、自分の胸をポヨンポヨンと叩いた。



「乳?」


「ハートだっての。なにまだ発情してんだこのサル」


「じゃあなんで、このまえ姉御にはちょこっとだけ効いてたんだよ」


「それがわっかんないんだよねぇ……、なんで? ルーシー? なんでなんで?」


「う、うぜえ! 近寄るな! 顎を撫でるな! 耳に息を吹きかけるな! 首筋を甘噛みするな!」


「ちぇー、つれないのー」



「へえ……相手さんの兵士、殺さなかったんだ……」


「あ、マーノンさん。もう大丈夫なんですか?」


「うん、もう大丈夫。ていうか、ごめんね。結局ルーシーちゃんに任せっきりになっちゃったみたいで……」


「ちょっとちょっと、サキちゃんもガンバッタんすケドぉ」


「う、うんうん。わかったから、キミはあんまり近づかないでくれるかな……はは」


「でも相棒、相棒もすごかったじゃーん。なにあの剣。あの黒いやつ。ギンギンでびびったし」


「ああ、これか?」



 タカシが腰に差していた剣を抜いてみせた。

 剣は夕日を照り返すどころか、その光を吸収しているほどに、黒く沈んでいる。



「そうそうそれそれ、あのおっさんの剣もすごそうなのに、それを一撃で粉砕してたじゃん」


「ふむ、ちょっと見ていいかな……?」



 マーノンがその剣に興味を示したのか、身を乗り出して聞いてきた。



「あ、はいどうぞ」


「……どうやら、魔石ははめられていないみたいだね……」


「はい。ただ、その剣はものすごく硬いんです」


「ほえーなるほどね。じゃあホモパイセンの剣を切った時は包丁で豆腐を切る感覚だったんだ?」


「おまえの言っていることはイマイチよくわからんが、そんな感じだろうな」


「やたっ、あたったぜぃ」


「……うん、ありがと。この剣は返すよ。……ところで、その剣はどこで手に入れたんだい?」


「ああ、この剣は……その、拾いました……」


「う、嘘くせー……。ルーちゃんそういうとこあるよねー。なんですぐバレる嘘つくかなー」


「うーん、人にはあんまり言いたくない感じかな?」


「すみません、自分で鍛えました」


「ほら、まーたそうやってすぐ嘘をつく」


「…………」



 マーノンは顎に手をあてると、押し黙ってしまった。



「ほら、色男パイセン、呆れてだまっちゃったじゃん」


「色男パイセンっておまえな……、オレたちからしたら雲の上の人だぞ。そういう軽口やめろってマジで」


「それよりも、お手柄だよルーシーちゃん。最低限の犠牲で争いを治めたんだから。これは白銀になるのも時間の問題かな?」


「そんな、まだまだですよ」


「謙遜することはないよ。魔石炭鉱の奪還に、屍人たちの鎮静化とその原因の排除――」


「……!」



 一瞬タカシの顔から笑みが消え、眉がピクリと動く。

 マーノンはとくにそれに気づく素振りは見せず、そのまま話を続けた。


「さらに今回の敵国将軍の討伐。逆に、これだけやってていまだに青銅なんておかしいくらいだよ。……それに、青銅とは名ばかりの、使えない騎士だっているんだしさ?」


「う……」


「あ、ごめんごめん。ヘンリーくんのことじゃないよ? ただ、ね」


「父が何か言ってたんですか……」


「そういうことだね。だから、ヘンリーくんからしたら、すこし暮らしづらいかもしれないね。今のエストリアは……」


「…………」



 ヘンリーはきまりが悪そうに俯くと、押し黙ってしまった。



「まあまあ、そこらへんにしておきましょうよ。こういうのって本人が一番わかってんですってば」


「あ、姉御……」


「……おっと、そうだね。ごめんヘンリーくん」


「いえ、気にしないでください。本当のことですから」


「それにしても、マーノンさんは大臣さんと仲がいいんですね」


「仲は……ううん、そうでもないよ。すこし話をするくらいだね……」


「そうなんですね。その口ぶりだと、てっきり、頻繁に会っていたのかと……」


「そんなことないよ。……さて、小競り合いも終わったし、僕はそろそろ帰るかな。ルーシーちゃんはどうする? もう一回運ぼうか?」


「まじで? ルーシールーシー、もっかい運んでもらおうよ。そっちのが早いって」


「いや、運ぶのはルーシーちゃんだけにしてほしいかな……」


「はあ? なんでよー? 差別とかひどくね? サキュバスだからってそりゃないよー」


「サキュバスだからってのは正解だけど、べつに差別とかじゃないから!」


「マーノンさん、自分たちは大丈夫なので、先帰ってもらってもいいですよ」


「そう? じゃあそうさせてもらうね」



 マーノンはそう言うと電気を纏い、夕闇に紛れるように消えていった。



「おい、ルーシー気づいたか?」


『え? なにがですか?』


「あの人、屍人の件を知ってたぞ」


『……あれ、そんなこと言ってましたっけ?』


「ああ、確かに言ってた。……あの人、何か知ってるんじゃないか」


『うーん……、でも、知っててもおかしくはないんじゃないですか?  だって、秘密とか言ってましたけど、それ以前にけっこう騒音被害とかでてたわけですよね?』


「……おまえはその件にマーノンさんが何かしらの形で関わってたって言いたいのか?」


『えと、普通に考えたらそうじゃないんですか?』


「おまえなあ、聖虹騎士が関わってたら、わざわざ任務なんかにならないだろ」


『それって……、任務になる前にマーノンさんが解決してるってことですか?』


「……これはなにかあるかもな」


『またそんなことを……タカシさんってそういうノリ好きですよね』


「水を差すな。……おまえみたいなやつには理解できん感情だよ」


『はいはい。わたしたちもそろそろ帰りましょうねー』

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