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聖虹騎士:雷光のマーノン


「こんにちは、お嬢さんがた」



 王都を発つ前。

 タカシは聖虹騎士のひとりと、王都東の大門前で合流していた。

 騎士の名はマーノン。

 端正な顔立ちに、サラサラの金髪。

 ノーキンスほどではないがそれなりの高身長。

 往来の女性たちはマーノンを見かけると、黄色い声を発していた。



「えっと、あなたがマーノンさんですか?」


「そうだよ。今日は急遽シノちゃんの代打で、君たちに付き添うことになったんだ。よろしくね」



 マーノンはそう言うと、白い歯を見せて爽やかに笑ってみせた。

 その瞬間タカシたちの周りから、ひときわ大きい歓声があがる。



「握手は、大丈夫かな?」


「え、遠慮しておきます。刺されたくないので……」


「そうかい? 残念だな」


「ヘイヘイそこの色男。あんまりサキちゃんのルーシーに色目を使わないでもらってよかですか?」


「あっと、ごめん。そんなつもりはないんだ。ただ、僕は仲良くしようと……」


「ああ、いいんですよ無視してもらって。こいついっつもラリってるんで」


「ちょっとちょっと、サキちゃんの扱いひどくない!?」


「それよりも、マーノンさんは兵を率いていないのですか?」


「そうだね。僕は大人数で行動するよりも、少人数のほうが性に合ってるみたいなんだ」


「は、はぁ……さいですか……」


「それに今回は、前線で戦っている兵たちへの加勢なんだ。大所帯だとそれだけ行軍に時間がかかってしまう。僕たちだけだったら身軽だし、到着もそれだけ早くなるってもんさ」


「……あの、お言葉ですが、その割には馬のようなものは見えないのですが……」


「馬……? ああ、僕にはいらないんだ。あれは遅すぎるからね」


「では、どうやって……?」


「……そうだね。僕の二つ名は雷光って言ってね――」



 マーノンの体が次第に電気を帯びていく。

 髪が逆立ち、体中を駆け巡る電気が、次第に可視化できるようになる。

 チチチチッという音がマーノンの周りで弾けて、無くなり、また弾けた。



「こういうふうに雷を纏うことができるんだ」


「おお、スゲー。電球みたいじゃん」


「さすが聖虹騎士……こういうことも――」



 タカシが言い終える前に、マーノンがふたりを抱きかかえた。



「ちょっとだけビリビリするけど、すこしの間、我慢してね」


「え、ちょ――」



 返事を聞く前にマーノンが駆け出した。

 文字通り雷光となったマーノンは風を裂き、雲を追い越し、ぐんぐんと進んでいった。

 マーノンの通り過ぎたあとには、一筋の炎。

 それに少し遅れて、電気が炎の周りにバババッと走る。

 やがて戦場特有の、焦げた臭いがきつくなってきた。

 それに連れ、マーノンはその速度を緩める。

 タカシとサキをその場に降ろすと、マーノンは前のめりにパタンと倒れ込んだ。



「マーノンさん!? ど、どうしたんですか!」


「ご、ごめん、サキュバスの魅了にあてられたみたいだ……体が、熱い……!」



 マーノンの顔がゆでだこの様に赤くなっていた。

 呼吸も不規則で、背中が小刻みに上下している。



「おいサキ! なにやってんだよ!」


「わざとじゃないらよー、らって……うぷ、はやすぎんだもんさー。防衛本能みたいに自動的に発動しちゃうってばよ……うう」



 サキは目を回しながら、その場で右往左往している。



「さすがクイーンサキュバスのご令嬢……聖虹騎士の鎧で軽減してもこれほどまでとは……、大丈夫だと思ってたのにこのザマなんて……ほんと申し訳ないよ……」


「あの、自分たちはどうすれば……?」


「ごめん。すぐ収まると思うから……、それまで前線を維持して……おいてくれないかな?」


「ねえねえ、収まるってなにがぁ? なにが収まるの? ねえねえ」


「うっ、それは……い、意地悪なんだね……」


「もとはと言えば、おまえのせいだろ。茶化してないですこしは反省しろ!」


「うぃーっす。さーせん」


「サキ、もう気分は持ち直したか?」


「お、そだね、だいぶマシになったかな」


「あの……では自分たちは行ってきますねマーノンさん。お、お大事に……」


「ほんとごめん……面目ない……」





 エストリア北東の国境地帯。

 カライ国の兵士とエストリアの騎士とで、血で血を洗うような戦争が繰り広げていた。

 前回とは違いエストリアはそれなりの戦力を投入しているのか、一方的な掃討戦とはなっていなかった。

 しかしそれでも、戦局は圧倒的にカライ国が優位に立っている。

 その理由のひとつが、バルトである。

 タカシの失われた魔法(ロストマジック)が放たれるまで、エストリア騎士を蹂躙していた将軍。

 バルトは前回、槍を振り回して戦っていたが、今回は最初から破邪の剣で戦っていた。

 バルトが剣を一振りするたび、エストリア騎士の首や腕が宙を舞う。

 その圧倒的な存在感に、バルトの周りにはエストリア騎士が寄り付かなくなった。



「今こそ好機! 敵は我らに恐れをなしている! ゆけ! 者ども、突撃ィ!!」



 バルトの号令に、カライの兵士たちは大音量の声で応える。

 鼓舞されたカライ兵は、一点突破でエストリア騎士たちをなぎ倒しはじめた。



「……なあルーシー、やばくね?」


「やばいもなにも、こりゃ突破されるな」


『ちょ、タカシさん!? なに呑気に棒立ちしてるんですか! 早く止めないと! ほら! ほらほら!』


「今回は前回と違って、隣にサキがいるし、後ろにはマーノンさんがいる。ド派手な魔法でここら一帯を焼き払うのは簡単だけど、それだとどうしても敵味方関係なく巻き込んじまう。そんなことしたら、帰ってから味方殺しに問われるんだろ?」


『それもそうですね……、そうだ! なら、相手の将軍だけを倒すというのはどうでしょう? それなら、相手国兵士の戦意も喪失できるのでは?』


「それもいいんだけどな……」


『え、なにか問題でも?』


「あいつ、絶対オレのこと覚えてるだろ」


『それが?』


「ああいうタイプの人間、苦手なんだよね」


『だから?』


「ある程度エストリア騎士が消えてから本気出すか」


『何を言っているんですか! いま、こうやってうだうだ言ってる時間にも、エストリアの人たちは死んでいっているんですよ?』


「遅かれ早かれオレに殺されるか、相手に殺されるかだろ」


『だから! 相手の将軍を叩きましょうよって!』


「えー……」


『「えー……」じゃないですよ、もう!』


「あ、そうだ。……サキ、頼めるか?」


「んぇ? なにを?」


「おまえの魅了をフル稼働して、ここにいるやつら全員、骨抜きにしろ」


「いいけどさぁ、全員に行き渡るまで時間かかるとおもうけどなあ」


「どれくらいだ?」


「うーん、相手さんがサキちゃんたちを追い抜くくらいじゃね?」


「サキ……ひとつ訊きたいんだけど」


「なんすか?」


「おまえが相手を魅了するときって、相手のどこの感覚に作用させてるんだ?」


「どゆこと?」


「つまりだな、毒にもいろいろと種類があるだろ? 経口で効くもの、皮膚から、爪の間から……とかさ、おまえの場合はどういう経路から作用するんだって意味だよ」


「さあ? そんなこと気にしたことなかったなあ……。気が付いたらみんなサキちゃんのトリコだから! ルーシー以外!」


「そ、そっすか」


「……逆に訊くけど、ルーシーはどうやって克服したの?」


「オレの場合か……、ふむ、なるほど、もうわかった。サキ、オレが言ったことやってくれ」


「魅了?」


「そうだ」


「あいあーい」



 サキは元気よく返事すると、体を洗うようにして、二の腕や腹、胸、首、尻などを撫ではじめた。

 それとともに、ピンク色のフワフワした気体があたりに漂う。


「うっ、前にも増して強力になってやがる……」


 タカシは無言で腰の剣を抜くと、目の前に掲げ、眼を閉じた。

 次第に黒い刀身に、ぐるぐると蛇のような風が渦巻いていく。



「……こんなもんか……いくぞ、サキ」


「え、なにを……きゃっ!」



 タカシは剣を水平に大きく振った。

 剣から突風が吹き荒れ、サキの発生させたピンクの気体を攫って飛んでいく。

 風に乗った気体は拡散していき、戦闘中の兵士たちに散布されていった。

 兵士たちはそのピンクのフワフワした気体に包まれていく。

 するとそこにいた敵味方問わず全員が、もじもじしながら顔を紅くし、へなへなと崩れていった。



「なんだこれは」

「力がはいらない……」

「なんだか、心地いい」

「変な気分になってきた」

「ハァハァ」



 それはドミノ倒しの様に広がっていくと、ひとりを除いて全員へと行き渡った。

「ぬぅ!? どうしたのだ、皆の者!?」

 そのひとりはバルトだった。



「うげっ、なんであいつだけ効いてねえんだ?」


「わっかんねー。あいつ女なんじゃね?」


「バカ言うな。この世界のどこに髭を生やしたクマみたいな女がいるんだよ」


「……そんなら、ホモとか?」



 タカシは目を丸くし、バルトを見た。



「え? まじ? ホモには効かないの?」


「それくらいしか考えらんないんだよね。試したことはないけどさ……」


「あ、わかった。あいつ、鼻詰まってるんだよ!」


「聖虹騎士様にも効くんだぜー、サキちゃんの魅了毒(ヴェノムチャーム)。あんな男性ホルモンの権化みたいなゴリラに効かないと思う?」


「なんだよ、その魅了毒って……」


「なんか必殺技ぽくてイケてるっしょ? ルーシーが毒って言ってたから、そっから連想したんだゼ」


「……でも、たしかにな。一理ある。あいつがホモだって可能性は……、まあ、なくはない」


「だっしょー? サキちゃんもそう思ってたマジでー。ああいうのに限ってそういうの多いんだって」


「これはあとで王様に報告しないとな……、サキの魅了毒は女おホモには効かないっと」


『なに「女子供」みたいに言ってんですか! それに人の趣味趣向についてあれこれ言うのは良くないと思います!』


「べつに貶してねえだろ? カリカリすんなって」


「なあ、ルーシー。あのホモはどうすんの?」


「そうだなー……めんどいけど、ひとりだけならなんとかなるかー……」



 そう言うとタカシとサキは大量の兵士をかき分けて、バルトの元へと向かった。

読んでいただきありがとうございました!


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