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『その一瞬、永遠に』

作者: れのん

誰かの目に触れて、何かの意味を持てたら


夏特有のうだる様な日差しの中、僕、牧村宏人の腐れ縁である黒田猛が不意に口を開いた。


「なぁ、青春ってこんなにつまらないものなのか……」

「いや、いきなりどうした?」コイツ……ついに頭がイカれたか?


「恋がない! お前も部活なんかに現をぬかしてないでさっさと佐々木さんに告白しちまえよ」

「ばっ、何言ってんだ! 訊かれたらどうすんだ! それにもうすぐ大会の締め切りだから写真撮らないといけねぇし」

「……そうだったな。んじゃこうしよう、佐々木さんにモデルになってもらえばいいじゃん」

そう言って猛は僕の背をぐいぐいと押してきた。


「いや、無理だろ……」


「無理だとかそんなんわかんねぇだろ! 勇気出して行けよ!」

「そんなこと言ったって、無理なもんは無理! きっと、佐々木さんも迷惑だって言うと……」


「呼んだー?」

曲がり角から出てきたのは佐々木さんその人であった。


「あっ、佐々木さん! ちょうどよかった、コイツが君に用があるみたいでさ。俺は先生に呼ばれてるから、じゃっ」

そう言って、猛は廊下を駆け出して、いや、逃げ出して行った。


「牧村くんだよね? どうしたのかな?」

「えーっと、その……写真のモデルになってくれませんか!」


「えっ?」いきなりそんな事を言うから佐々木さんは驚いてしまった様だった。それもかなり。

「いやっ、変な意味じゃなくて! その、いつも猫の写真ばっかり撮ってたから、たまには人も撮ってみたくて……」


「……どうして私なの?」

「そのっ、あの……水中写真を撮りたいんだよ」

「水中写真? 何それ?」

「そのままの意味で、服を着たまま水の中で撮ることによって、普段と違った雰囲気の写真になるんです。だから、水泳部の佐々木さんにと……」


「あ~そっか、着衣水泳って慣れてない人には危ないもんね。そういうことなら、この佐々木美尋さんに任せなさいっ」

佐々木さんは笑ってドンと自分の胸を叩いて引き受けてくれた。少し揺れたような気がした。


「ありがとう。それじゃあ、今度また連絡しますね!」

そう言って逃げるように去って行くと、すぐそこに猛が居た。


「ちゃんとモデル頼めたのか?」

ニヤニヤしながら聞いてくる猛。それに対して、

「あれっ、先生に呼ばれてる人がこんな所に居ていいんですかですか?」と嫌味を込めて聞いてやる。


「お前、さっきと態度違いすぎじゃね……」

呆れたように言う猛。

「女の子とムサい男じゃ扱いが違うのも当たり前だろ」


そんな僕の言葉に対し猛は「女の子じゃなくて、好きな女の子だろ?」

と返して来た。猛のその言葉に、僕は何も言い返せなかった。




 翌日、浮かれていたのもつかの間、僕らの学校は夏休みで佐々木さんにモデルを頼んだ日が唯一の登校日だった事に気付いた。僕が彼女の連絡先を入手していない事も……。そんな事を考えているとインターフォンの音が鳴った。


「猛かぁ……?」

アイツは、連絡を入れずによく僕の家に訪れるからである。またピンポーンと音がする。

ばたばたと階段を駆け下りて、「なんだよーどうしたー」と言いながら玄関のドアを開けた。


「あっ、おはよー」

佐々木さんが立っていた。彼女の私服は、白の丈が長いワンピースに麦わら帽子という、避暑地のお嬢様みたいな恰好だった。


「へっ? 佐々木さん!? えっと……。おはようございます……。どうしたの?」

「うんとね。せっかくモデルの約束したのに、連絡先交換して無かったから。このままじゃモデルできないかも、って思ったから来ちゃった」


「けど、よく家がわかったね」

「なんか、昨日の帰りに、くつ箱に『牧村です』って書いてある手紙が入ってて、そこに住所が書いてあったけど、君が入れたんじゃないの?」首をかしげて言う彼女。


「いやぁ……、そうだったねぇ……忘れてたよ」

――猛のヤツだな? ナイス! でもコロス!


「これ、私のメールアドレス。いつでも連絡していいよー」

「あ、ありがとう」

「それじゃねー!」

元気よく駆け出す彼女の姿を手を振って見送る。


「ふぅ……」

緊張が途切れたためか安堵のため息をつく僕。それから彼女に連絡を取ってみると、彼女はフレンドリーに接してくれ、敬語ではなく自然に話せるようになったり、彼女のメアドをゲットしたり、海で撮影する日にちが決まったり、何かと密度の濃い時間だった気がした。


今日の出来事を少しして猛に電話で報告すると、

「手も繋いでねぇのか、くそ、俺がひと肌、いやふた肌脱ぐしかねえな。まずはだな……」

同じ様な内容が続いたので、大半は聞き流した。




約束の日。

恨めしい程に輝く太陽、それに照らされ輝く海、そんな嘘みたいなシチュエーションで二人きり。まあ、その相手が問題なんだが……

「で、どうしてお前が居るんだ?」


「良いじゃないか、お前を手伝いに来たんだって」

そう言って、ニヤリと笑う猛。この前の電話で集合場所や時間まで話してしまったためこの場所が分かったのだろう。その猛の服装は、海パンにTシャツといった恰好だった。


「そうは言っても、佐々木さんが良いと言うとは限らないぞ」

「私は構わないよ。おまたせ」

僕の心のオアシス、佐々木さんである。今日の服装は、上はパーカー、下はショートパンツといった恰好だ。すらりと伸びた脚がまぶしい。


「ほら、佐々木さんもこう言ってるし」

「はぁ……好きにしてくれ」

猛の参加によって僕の心は早くも折れそうだった。いやまあ、二人っきりは僕の心臓が持たなそうだけど?


「さぁ、全員そろったところで始めますか」

「なんで猛が仕切ってんだ……」僕のつぶやきが届くことはなかった。


佐々木さんはパーカーの下に水着を着ていた様で(水色のビキニだった)パーカーを脱ぎ、その上から荷物から取り出した同じ色のワンピースを着て、撮影に挑んでくれた。着替える際にちらりと見えた谷間はしばらく目に焼き付いた。


「意外と胸あるんだな……」

猛の言葉に思わず同意しそうになったが、猛には蹴りを入れておいた。強めに。


 それから海に潜り撮影を始めてから、自分の失敗に気付いた。僕と彼女が海に潜る、ここまでは良い。だが、問題はここから先だ。服が波に揺れて、僕の撮影したいと思っていたイメージとは違った物になってしまう。それでも諦めずに、波が小さい時を見計らって、潜って写真を撮ってみる。何百枚と撮った写真のメモリーをチェックして見てみるまでは解らないが、おそらく、ワンピースのスカート部分が波に揺れてしまっているだろう。


今回の水中写真という試みの発端となった雑誌で見たものは、服も揺れておらず、太陽の光が差し込んでその場所だけ時が止まっているような、そんな錯覚に陥るほどの『静』といった感じだった。なんでだ? その雑誌の写真と僕らの写真の違いは……そうか!


「佐々木さん、一旦浜に戻ろう」

「うん? 良いよー」

 浜に戻ると、レジャーシートを広げて荷物番をしてくれていた猛が声をかけてきた。


「いい写真は撮れたか?」

「ごめん。これから説明する」

それから、僕の失敗の告白が始まった。


「まず、ごめん! 僕は、根本的な所で間違ってた!」

二人がキョトンとした表情でこちらをうかがってくる。説明するために、僕のバックに入ってる雑誌を取り出し、僕を魅了した写真のページを開いて二人に見せる。


「まずこれが僕の目指した写真。ここの水がきれいすぎてわからなったけど、これはおそらく海ではなく、湖、もしくは地底湖なんかで撮られたものなんだと思う。だから、服がまったく波に揺れていない、そういう事だと思う」


「波で揺れてる写真じゃダメなのか?」

「僕が思うに、水中写真は『静』である事が魅力なんだ。この写真じゃ綺麗に『静』を表現できないんだよ」


「はぁ、写真でお前は妥協しないからな……まあ、それが良い所なんだけど」

僕らの話を聞いていた佐々木さんが、この場の暗い雰囲気なんて吹き飛ばすようにある提案をした。


「じゃあさ、泳ごうよ! せっかくの海だよ! 写真もいいけど泳がなきゃ」

その提案には、僕ら写真オタク達も心から同意し、僕らは疲れるまで海で遊び、それぞれ家に帰った。帰ってすぐにすべての写真を見てみると奇跡的な一枚があった。


数十枚取った水中写真の中の一枚、その写真で偶然彼女のスカートが波に揺られて人魚の尾ひれみたいに写っていたのだ。




この時撮った写真が、僕らが応募しようとしていた大会、高校生フォトコンテストで優秀賞を取った。


ちなみに猛は銀賞を取っていた。

写真のモデルは僕と佐々木さんだった。あの時の海で遊んでいる最中こっそり写真を撮られていたらしい。照れくさそうな、そんな若者の距離感が審査員の目に留まったらしい。


タイトルは「その一瞬、永遠に」



 そして、僕の恋の行方は――

「宏人くんおまたせ。帰ろっか」

「お疲れ様。帰りどっか寄りたいとこある?」

これで十分伝わるだろう?



最後まで見ていただきありがとうございます。

こんなことしてねーで勉強しろよという季節です。それでも誰かに読んでほしくて


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― 新着の感想 ―
[良い点] 若い学生の弾けるような清涼感が爽やかに表現されていて、読み終えてから心が満たされるような感覚になりました。 題名とかかっている所が心にすとんと入ってきました。 [一言] 綺麗な青春の一欠片…
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