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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編の杜

Sweet & Bitter

作者: 杜乃日熊

 その少女の瞳から窺えたものは虚無だった。前方を向いたままじっと動かないでいる。何かを見ているはずなのに、何も映そうとしない彼女の青い瞳。気が付けば、僕はそれから目が離せなくなっていた。




 その日、僕は日課をこなすために馴染みの草原に来ていた。そこでいつも風景画を描いているのだ。

 冴えた青空の下で鮮やかに生え渡る明緑(めいりょく)の草。そこへ肌を暖かく包み込む日の光が燦々と照っている。さらに汚れなく澄み切った空気に覆われたこの場所が僕の心を和やかにさせてくれる。遠くを眺めると、木々が茂る森や緑の山に、長く続く川など豊潤な自然がある。それらを描くと、他所で描くのとは段違いの出来栄えになるのだ。

 そんな訳で、今日もスケッチしようと足を運んだ次第だった。僕がいつも絵を描く定位置には、赤い花が咲いている。名前の知れない花だけれど、不思議と愛着が湧いた。赤い花を見つけて以来、それを目印に、その近くで絵を描くようになった。今日は何を描こうかと考えながら歩いていく。そして、目的地に辿り着き──


 赤い花の隣に、彼女(・・)がいた。


 いつもなら誰もいないはずの草原に先客がいた。一言で表すなら、清流のような存在。彼女はこの草原の中によく馴染んでいた。こちらに晒している無防備な横顔からは感情を読み取ることは出来ない。

 風に揺れるのは水色のベリーショートな髪。それは活発な印象よりも清楚な印象の方を強く抱かせる。透き通るような白い肌は直視すれば目が眩みそうになる。

 白のワンピースから剥き出しになった華奢な脚は、正座を崩したような状態で畳まれている。また、左手を地面について重心を傾けて座っている。俗に言う女の子座りのようなものだった。しかしそのありふれた姿勢でも、彼女がすると女子としての魅力が人並み以上に高まったように見える。

 彼女は人間というよりも自然に近い存在に見える。人間味のある部分が全く見当たらないため、自然の一部だと言われても信じられる。

 その中でも、ある一点。虚無を感じさせるあの両目は、どうしても常人のそれとは思えない。まるで光を拒絶しているようで、ともすれば生気すら感じられない。彼女を形容する中で、その一点が僕の脳裏にひどく焼き付けられた。


 僕は呆然と立ち尽くしていた。彼女を見据えたまま、胸中が燃える感覚に陥った。

 どうしても彼女を描きたい。強くそう思った。一目見ただけで、なんて美しいんだと感激した。彼女に出会ったのは運命なのかもしれないという妄想まで膨らむほどだ。


 彼女に話しかけるために、彼女の側へと近づいていった。絵を描くならば本人から許可を得なければならない。沸々と湧き上がる熱望はたちまち使命感へと変わる。そして心の奥底から勇気を振り絞って声に変える。


「こんにちは。君はここで何をしているの?」


「…………」


「ここの景色って良いよねぇ。綺麗な自然がこうやって一望できるなんて、僕達は幸せ者だね!」


「…………」


 まずは軽い挨拶を、と極力明るい口調で話しかけてみたが、全く反応を示さなかった。早くも臆してしまいそうになる。何も機嫌を損ねるようなことはしていない、はずなのに……。そう考えてしまうほど、彼女の態度は冷え切っていた。

 しかし、ここで諦めたくはない。なんとか彼女の興味を引きたいと思い、話を続ける。


「実は僕、絵を描いているんだ。ここでスケッチするのが日課でね。ほら、これで描いているんだ」


 と、手に持っていたバッグから鉛筆と消しゴム、それからスケッチブックを取り出す。本当なら水彩で描きたいのだけれど、まだ道具一式を揃えられていないので仕方なく黒鉛に甘んじている。

 興味を引くかと思い、画材を見せてみたが、相も変わらず少女はあらぬ方を向いたままだった。彼女の視線の先を追ってみたが、あるのは広々とした青空と鬱蒼とした森の木々だけだった。


 冷たい。なんて冷たいんだ。冷淡にも近い彼女の態度。しかし、湧いてくるのは悔しさでも悲しさでもなく、嬉しいという感情だった。

 この冷めた振る舞いが、彼女特有の清らかな美を醸し出している。なんとしてもこの玲瓏(れいろう)な姿を白紙に収めたいという欲求が膨れ上がる。


 とはいえ、このまま相手の様子を伺っていては本題には辿り着けない。ここは単刀直入に言おう。そうして、さらに勇気を振り絞る。


「……もし、君が良ければなんだけど。絵のモデルになってくれないかな?」


「…………」


 返答の声は無かった。

 けれど、


 ────え?


 それはあまりにも小さな変化だったから、見間違いかと疑ってしまった。今まで微動だにしなかった彼女が、刹那、コクッと頷いたように見えたからだ。


「い、良いの? 本当に君を描いても良いのかい?」


 思わず問いかけた声が上擦った。

 彼女は先ほどと変わらない姿だった。しかし、生気の無い瞳はどことなく「早くしてよ」と僕を促しているような気がした。




        ◇




 自分でも驚くほど、とても爽やかな心地だった。

 慣れ親しんだこの草原で、美しい女の子を目の前にしながら彼女を描いている。これほどまでに嬉しいことが起こるなんて、僕は今後十年分の幸せを一挙に体感しているのではないかと疑ってしまいそうになった。


 紙の上で、筆先が縦横無尽に舞う。彼女に似た輪郭が浮かび上がる。もう一人の彼女が露わになると思うと、高鳴る胸の鼓動を抑えることが出来なくなる。

 僕のこの感情が、彼女に知られてしまったらどうなるのか。あの冷淡な彼女の顔に動揺の色が現れるかもしれない。それはそれで僥倖だろう。


 被写体となっている彼女を見遣ると、視線は変わらず虚空を見つめていた。どれだけその瞳が冷たかろうと、僕の内なる心の灯火は燃え上がり続ける。

 この時間がずっと続けばいいな、と真に願ったのは今日が初めてだった。


 そうして、時間は流れていった。

 大まかな下書きに、陰影や服の皺などの細部まで写すことが出来た。これで完成だ。あとは、彼女にこの絵を見せるだけ。

 鉛筆と消しゴムをバッグにしまい、スケッチブックを持ち上げる。彼女がどんな反応をするか楽しみだ。

 僕はスケッチが終了した旨を彼女に知らせようと声をかける。


 だが、


「オォ〜、なかなか上手い絵を描くじゃないか。人間の分際で大したものだネェ」


 突如、後ろから甲高い声を投げかけられた。振り返ると、藁で紡がれた人形が立っていた。三、四歳の児童ほどの体長で、衣服のあちこちが破れている。それは、服というよりもボロ布を纏っているようだ。大きな黒目がこちらをジッと見つめている。瞳の奥からは愛らしさを感じることはなく、代わりに狂気じみたを感じた。

 人形の傍らには犬がいた。白い毛に似つかわしくない継接ぎの赤黒い肌が剥き出しになっている。それは世にも不気味で、本当に生き物なのかと疑いたくなるほど痛々しい姿だった。はっきり言って、視界に入れて恐怖すら覚える存在だった。


「な、なんなんだよお前達は……」


 手が震える。冷や汗が流れる。心臓の鼓動が早くなる。理由は分からない。だが、漠然とした不安と確固とした恐怖が、僕の心を占めているのは理解出来た。


 僕の問いに答えるように、人形はニヤッと粘つくような笑みを浮かべる。


「なんてことはない。オレ達は、君とは違う世界を生きる者サ」


 刹那、人形の右手が鋭く光った。




「………………え?」


 お腹が、痛い。

 頭が、回らない。

 熱が、失われていく。


 気が付くと、僕の腹部にナイフが刺さっていた。人形がそれを引き抜くと、傷口から真っ赤な血液が飛び散った。途端に力が入らなくなり、草の上に倒れる。

 脳内を占めたのは、痛みよりも疑問だった。コイツらは一体何者なのか。何故ここで殺されなければならないのか。あの子は無事なのか。

 すぐ側で足音が聞こえる。あの人形のものだ。僕にトドメを刺すつもりなのかもしれない。けれども、もう抵抗する気は起こらない。それよりも、あの子のことが気がかりだった。

 なけなしの力を振り絞って、青い少女に視線を遣る。霞む視界の中でも彼女を捉えることが出来た。

 しかし今まで通り変化は無く、彼女はただ虚空を見据えるだけだった。




        ◇




「さすが、人間の子供は中身が詰まってるネェ」


 広大な草原に盛大な血の海が一つ。その血溜まりの中心に絵描きの少年が倒れていた。そんな彼の死骸に跨り、ひたすらナイフを突き刺す者がいた。例の人形だ。

 人形がナイフを振りかざす度に、少年の血が噴き出す。


「アハッ。折角だし、アレを頂戴しておくか」


 そう言うと、人形は少年のズボンに目を遣る。そうして、おもむろに手を動かし始める。衣擦れの音が聞こえる。


「キャハハハ、なかなか立派なモンじゃねぇか! これでオレのコレクションがまた一つ増えるぜ。なぁ、お前もそう思うだろ!!」


 鼓膜を針で刺すかのように高笑う人形の声。それは聞くに堪えない不快な振動だった。

 人形に返事するようにギャウと気味悪い犬が吠えると、死骸の周りを駆け回った。ピチャン、ピチャンと血が跳ねる音がする。


「それにしても、オレ達のお姫様はいつ何時でもクールでいらっしゃるネェ。その徹底振りに惚れ惚れしてしまうゼ」


 思い出したように、人形は青髪の少女に目を向ける。彼女はただ一点を見つめていた。人形は彼女の視線の先を追う。そこには、返り血を浴びた少女の絵が落ちていた。遠くを見つめるその姿は、とても凛々しく、また気高くあった。

この物語は実際に見た夢を小説として書き上げたものです。話の流れはほぼ変わっていません。

これはきっと何らかのお告げなのだと思います。もしくは僕の心が病んでいただけなのかもしれません。

何にせよ、このお告げは運命の出会いだったと思います。


(12/28 追記)

高津央さんから夢診断していただいたものと独自にネットで調べたものを記載しておきます。

草原(開けた明るい草原)

 家族や友人に囲まれ、充実している。学業や仕事でいい結果を出せる状態。近視眼的な考えに陥らず、遠くまで見通す必要性。休息の必要性。

異形のモノ

 福運をもたらすもの。

ぬいぐるみ

 心許せる者。人間の代わり。

ボロボロの人形・ぬいぐるみ

 対人関係がうまくいっていない。

 夢を見た人自身が「自分は(誰かに)憎まれている/嫌われている」と思っている状態。(思っているだけで、実際にそうとは限らない)

人形と話す

 コミュニケーション不足

殺される

 予想外の幸運。人生の転機。チャンス。生まれ変わる、精神的に大きく成長、何かを悟る。

鋭い刃物ナイフ

 力。権力、名声。男性としての能力。不要な物の斬り捨て。攻撃性の高まり、争いごとの予兆。

刃物で刺されて流血して死ぬ

 問題の解決方法が見つかる。

 逆に、刺されて出血がないのは不吉。生命力の枯渇や運勢の低下などを表す。

大量に出血、鮮血

 生命力、財産。怒りや憎悪の感情が解消され、問題が解決する。運気の上昇。

鮮血の血溜り

 激しい憎悪、葛藤、罪悪感などを抱えている。抱えていた負の感情が解消され、運気が向上する。

隠す

 現実逃避。解決の為の行動から逃げている状態。感情を押し殺している。誰にも言えない秘密。

思考。直感。インスピレーション。

直観力。幅広い視野。精神性。

男性器が斬られる

性に対して自信が無い、または怖いと思っている。


隠す、は本文中に無かったエピソードです。変な犬が少年の遺体を体を伸ばして覆うという奇妙奇天烈なことがありまして……。

以上のことから、僕の深層心理が事細かに明らかになりました。なんだか恥ずかしいですね。楽しいから止めませんが。


これにて主題と代えさせていただきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冬純祭から参りました。うみのまぐろです。 安定した文章力と空間の構成力がよかったです。KINRO様は何でも書けてしまいそうですね。 見た夢をお書きになられたということですが後半の不条理な…
2016/12/31 08:40 退会済み
管理
[一言] 女の子のこと、あやかしのこと・・ イロイロ想像できていい作品だと思います(*^^)v
[一言] 冬純祭から来ました。 他の方の感想を読んで納得しました。 これは実際に見た夢を文章にしたものだったんですね。 グロ展開が苦手な人にはキツイ作品ですが、私は全然平気です。 自分もたまに変な…
2016/12/01 18:20 退会済み
管理
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