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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第2話 強制的プラトニック
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開店ヴィーナスドライヴ

「ねえ、ミズキ」啓斗は真面目な表情になって、「あの子のほうこそ、大丈夫かな?」

「コトミちゃんね。今はルカと一緒よ。医務室で寝てるんじゃないかしら。ミサも一緒についてくれてるって。今いるメンバーの中では一番あの子と近い年齢だから」

「ルカさんって、お医者さんの。ミサ、って?」

「タエの手伝いをしてる――あ、タエって、レジデンスの料理長よ」

「ああ、さっき、レイナさんも言ってたね」

「うん、そのタエの手伝いをしてる女の子。褐色の肌がかわいいのよ」

「ああ、あの子か」

「啓斗、もう面識あるの?」

「うん、病室に食事を持ってきてくれたんだ。でも、怖がられちゃったみたい」


 啓斗は頭を掻いた。


「はは、サヤは人見知りだからね」


 ミズキは、そう言って笑った。


「おまちどおさまでしたー」


 サヤの声と同時にドアが開き、トレイを持ったサヤと、その後ろから、もうひとり少女が同じようにトレイを手に食堂に入ってきた。トレイの上には人数分のグラスが載っている。二人はメンバーに飲み物の入ったグラスを配って回る。サヤのあとから入ってきた少女は、啓斗の前に来るとトレイを差しだしながら、


「こんにちは。私、クミです。タエの補助で料理や、皆さんの身の回りのお世話をしています。よろしくお願いします」


 そう言って笑った。


「あ、こちらこそ、よろしく」


 啓斗は頭を下げながらグラスを取り、残る手でもうひとつグラスを取ると、「はい」と、斜め後ろのミズキに手渡した。


「あ、ありがとう……」


 ミズキは少し頬を染めてグラスを受け取った。


「おー、やさしいね、救世主くん」


 コーディが椅子を引き寄せてきて啓斗の隣に座った。


「その呼び方はやめて下さいよ」

「はは、悪い悪い、でも本当のことじゃんか。あ、そういや、まだ自己紹介してなかったな。私、コーデリア。コーディ、って呼んでくれ」


 コーディは右手を差し出し、啓斗もその手を握り返した。コーディは握手した手を、ぶんぶんと上下に振ってから手を離し、グラスに唇を付けた。


「よろしくお願いします」と、啓斗もグラスにひと口付けてから、「コーディさんって、外国人なんですか?」

「外国人? ああ、ま、見ての通り、人種で言えば日本人じゃないよ」


 コーディは、そう言って小首を傾げてウインクした。青い瞳が片方まぶたで閉じられ、その拍子に長いブロンド髪が揺れた。


「でも、もう、国なんて縛りはないに等しいからさ……私は両親の仕事で小さい頃に日本に来て、その最中に戦争が起きちゃったからね。結局それ以来、国、アメリカには帰れず仕舞いさ」

「そうだったんですか。ご両親は?」

「死んだよ。あいつらに殺された」


 コーディはグラスを煽った。


「あ、すみません……」

「気にするなよ」


 コーディは拳で啓斗の胸を突いて、もう一度ウインクした。


「は、はい」と、ばつが悪そうに答えた啓斗にコーディは、


「ここにいる連中は、みんなそうさ。家族や大切な人をブルートに殺されて、行くところがなくなった。そういう連中が集まってるのさ」


 そう言ってコーディは食堂内を見回した。啓斗も、その視線を追って、ぐるりを見る。皆、グラスを手に明るい表情で談笑していた。


「あと、それと」と、コーディは、「さん、なんて付けるなよ。話し方も、もっとざっくばらんに行こう」

「そ、そうですか?」

「ですか?」


 コーディは啓斗を睨んだ。


「わ、分かったよ、コーディ」


 啓斗のその言葉を聞くと、コーディは、にこり、と笑って、


「そうそう。それでいいよ」


 と、言いながら、啓斗の肩を叩いた。


 ドアが開き、「レイナ」と、声を掛けてきた人物がいた。エプロンを掛けた女性だった。


「タエ、何?」


 レイナが向いて答えると「タエ」と呼ばれた女性は、


「今日はどうする? 店、空ける? 色々あったし……」


 そう言うと視線を啓斗に向けた。啓斗は目が合い、ぺこり、と頭を下げる。タエも微笑みながら会釈を返した。


「そうね……」レイナは顎に手を当てて考え込むような表情をした。


「一時避難した人たちも、もう帰ってきたからさ。今夜は結構なお客さんを見込めると思うよ」


 タエが言うと、レイナは顔を上げて、


「書き入れ時ってことね。よし、開けましょう」

「オーケー」


 タエは笑顔で食堂を出ていった。レイナの声を聞いたクミも、空になったグラスをトレイに載せて、タエのあとについて食堂を出る。レイナは皆のほうに向き、


「みんな、疲れてるところ悪いけど店を開けましょう。稼げるときに稼いでおきたいから」


 そう言うと、「はい」と皆は返事をして立ち上がった。


「何? 何が始まるの?」


 皆が動く中、まだ中身の残ったグラスを手に立ち上がった啓斗は、きょろきょろと周囲を見回した。


「開店準備よ」椅子を片付けながらミズキが言った。


「開店?」

「そう、ヴィーナスドライヴはね、飲食店も兼ねてるのよ」



 啓斗たちがいた食堂の家具調度を整理、展開すると、そこは二組のテーブル席とカウンター席が設えられた、こぢんまりとした飲食店舗に変わった。

 ミズキが出入り口を開け、外にネオンサインの看板を出す。青と白のネオンが〈Venus DriVe〉と記されたサインを光らせた。頭と末尾に共通する綴りの〈Ve〉だけが青くデザインされている。


「へえ……」啓斗は店舗内を見回して声を漏らした。


「どう? 結構いい店でしょ?」


 店内に戻ってきたミズキが訊くと、啓斗は、


「うん、お洒落な店だね。飲食店というより、バーみたいだね。あ、俺、バーなんて入ったことないけど」

「うん、当たってるかな。食べるよりは飲むほうがメインだからね。特に夜は」

「みんな、ここで働くの?」

「そう、料理はほとんどタエとクミ、ミサが作るんだけどね。お酒はアキが出すことが多いかな。アキ、お酒には目がないの」

「アキさんって、あの、眼鏡を掛けた小さい人? あ、ごめん」

「はは、いいじゃない。本当のことだから。でも、アキって結構お客さんに人気なのよ。小さくてかわいいって」

「人気。みんながカウンターに立つんだ」

「そう、時々、お客さんの相手もするよ」

「えっ? 相手、って……」

「ん?」


 顔を赤らめた啓斗を見て首を傾げたミズキは、少ししてから自分も頬を染めて、


「ち、違うわよ! おしゃべりしたりするだけよ! 啓斗が考えてるような、いやらしいことはしないからね!」

「な、何も言ってないじゃないか!」


 啓斗は顔の前で両手を振った。


「ミズキ」カウンターの奥に続くドアから顔を出したレイナが、「そろそろ準備してくれる?」

「あ、はい」


 ミズキはカウンターの中に入り、ドアの奥に消えた。


「レ、レイナさん……」


 啓斗はカウンター越しに立つレイナを見て言った。レイナは胸元が大きく開いた服に着替え、化粧をし、アクセサリーも身につけていた。


「どうしたの? ああ、この格好?」レイナは自分の姿を見て、「お客さんの前に司令服で出られないから。一応、ここの店主みたいな立場だし。どう?」


 レイナはその場でくるりと回った。服は簡易なドレスのようなデザインで、背中も大きく空いていた。


「き、綺麗です……」


 啓斗は赤くなって答えた。


「ふふ、ありがとう」レイナは笑って、「どう? 何か飲む?」

「あ、いえ、俺は……」

「お酒、嫌い?」

「あ、嫌いとかじゃなくて、そもそも飲んだことなくて」

「あ、そうなの? じゃあ、この機会に試してみる?」


 カウンターの棚に並んだボトルを見回すレイナに啓斗は、


「い、いや、俺、まだ未成年なんで……」

「みせいねん? 何それ?」

「え? だから、俺、まだ十七だから……」


 レイナはしばらく啓斗の顔を見ていたが、「ぷっ」と吹き出して、


「ああ、そういうこと。でも、気にすることないわよ。今じゃもう法律なんて関係ないから」

「あ、いや、でも……」


 手を振る啓斗にレイナは、


「じゃあ、ジュースでも出しましょうか」


 と、冷蔵庫を開け、オレンジ色のジュースをグラスに注いだ。


「はい、どうぞ」

「い、いただきます」啓斗はグラスに口を付け、ひと口飲み込んでから、「あの、レイナさん。こういうお店やっているのって、やっぱり資金を稼ぐためですか?」

「ええ、そうよ。これだけの大所帯だから」


 レイナはカウンターを拭きながら答えた。


「飲食店の経営だけで、これだけの設備やウインテクターなんかの装備を維持出来てるんですか?」

「うん、うち、ぼったくりだから」


 啓斗は口と鼻からジュースを吹き出した。


「す、すみません! ごほっ!」


 啓斗は咳き込みながらカウンターを手で拭う。


「ああ、もう、手で拭かないの」レイナは布巾でテーブルを拭き、「ごめんね。冗談よ」と、啓斗の濡れた胸元も布巾で叩きながら笑って言った。


「び、びっくりした……ごほっ」

「そんな心配してくれなくても大丈夫よ。蓄えもあるんだから」


 カウンターと啓斗の服を拭き終えたレイナは、カウンターに手を付いて、


「それにね。お金のためだけじゃなくって、お客さん、その土地の人々と触れ合うことも大事だなって思うの。お客さんとのお喋りで、みんなも気が紛れるしね。いい息抜きになってるのよ」

「レイナ、準備出来たわよ」


 カウンター奥のドアが開きカスミの声がした。入ってきたカスミも、さきほどまでの作業着のような服からレイナと同じような服装に着替えている。その後ろからミズキも続いた。


「あ、ミズキ」


 啓斗が声を出すと、ミズキは頬を赤らめながらカスミの後ろから顔を出す。ミズキも、レイナやカスミほどの肌の露出はなかったが、接客用の似たような服に着替えていた。


「ミズキ……」啓斗は惚けた顔になってミズキを見る。


「きょ、今日は、私とカスミの当番だから……」

「そ、そうなんだ……」


 遠慮するように会話をするミズキと啓斗に、カスミが、


「ミズキ、お客さんよ」


 と、声を掛けた。ドアが開け放たれた出入り口を通して、数名の男性グループが会話をしながら近づいてきているのが見えた。


「あ、は、はい」ミズキもカウンターを出て店舗に入る。


結城(ゆうき)くんは、ゆっくりと休んでて」


 レイナに言われて啓斗は「はい」と答え、椅子から腰を浮かせた。


「ミ、ミズキ」

「何?」


 すれ違い様、啓斗がミズキに声を掛け、ミズキが立ち止まって振り返ると、


「き、綺麗だよ……」

「あ、ありがとう……」

「じゃ、じゃあ……」


 啓斗はミズキの赤くなった顔も見ないまま、お客と入れ替わるようにレジデンスを出た。外はすでに暗くなっていた。


 啓斗はレジデンスの車体を回って、車内の廊下に続く小さな出入り口に入った。タラップを上って中に入ると、薄暗い照明が照らす狭い廊下を歩き、医務室の前まで来て小さくノックをする。声は返ってこなかったが、代わりに室内にドアに向かって歩いてくる足音が聞こえ、ドアが開いた。


「あら、結城くん」


 ドアの敷居の向こうに白衣を羽織ったルカが立っていた。


「疲れたでしょ、ベッドでひと眠りする?」


 ルカは抑えた小さな声で言った。


「あ、あの、あの子は……」


 啓斗も同じように小声でルカに話しかけると、ルカは、


「ああ、大丈夫よ、ベッドは二床あるから」

「あ、いえ、そうじゃなくてですね。大丈夫ですか?」


 ルカは顎をしゃくって啓斗に入室を促した。

 医務室内、今朝、啓斗が目を覚ましたベッドには、戦いでの生存者、少女コトミが目を閉じて横になっていた。小さな寝息が聞こえる。ルカが机の前の椅子に腰を下ろし、啓斗も別の椅子に腰を据えると、ルカは、


「レイナに連れてこられて、ご飯は食べてくれたんだけどね。何も喋ってくれなくて。ミサも来て、色々と話しかけてたんだけどね」

「無理もないですよね。父親を、目の前で……」


 啓斗はそう呟いて腰に手をやった。ベルトに付いた、ミズキから譲り受けたナイフが刺さったホルダーを撫でて、


「俺が、もっとしっかりしていれば……いえ、俺が無謀にもブルートに戦いを挑んだから、そのせいで……」

「結城くん、それは違うわ」ルカはコトミの寝顔から啓斗に視線を移して、「あなたは最高の仕事をしてくれたわ。みんな感謝してるのよ。あの場に結城くんが駆けつけてくれなかったら、カスミもコーディも、ミズキも、みんなとっくに殺されてた。……コトミちゃんのお父さんのことは残念だった、でも、それをあなたが背負う必要はない」


 啓斗は、しばらく俯いて黙っていたが顔を上げて、


「コトミちゃん、っていうんですね。かわいい名前ですね……」


 コトミの寝顔を見て微笑んだ。コトミの目尻には涙の伝った跡が残っていた。


「結城くん、あなたも疲れてるでしょ。ベッドに横になったほうがいいわ」

「はい、ありがとうございます。でも、起こすといけないから、どこか空いている部屋ありませんか?」

「そう。だったら……廊下に出て一番奥の部屋がいいわ。部屋番号〈10〉って書いているドアよ。結城くんの部屋よ」

「え? 個室がもらえるんですか?」

「もちろん。でも、今は物置として使っていて、まだ整理されていないから床は足の踏み場もないわ。ベッドに寝るくらいしか出来ないわよ。埃っぽいかもしれないし」

「十分ですよ。ありがとうございます。じゃあ」


 啓斗は立ち上がるとルカに頭を下げ、最後にもう一度コトミの寝顔を見てから医務室を出た。


〈4〉、〈5、6〉など、様々な番号が振られた部屋の前を通り過ぎ、啓斗は一番奥に〈10〉と振られた部屋のドアをみつけた。啓斗が壁のプレートに手を触れると、ドアが横にスライドして開いた。部屋に入り、廊下の照明を頼りに壁にスイッチを見つけて手を触れると、天井に明かりが灯った。


「うわっ……」


 思わず啓斗は声を上げた。部屋は様々な段ボールや荷物で埋め尽くされ、それを縫うようにベッドまでの道が切り開かれていた。

 啓斗は、その狭い道を通りベッドの前に辿り着いた。とりあえずベッドだけでも使えるようにしてくれたのか、真新しく真っ白なシーツは、乱雑を極めた部屋の中で異彩を放っていた。啓斗はブーツを脱いでベッドに横になった。照明はベッド手元のスイッチで操作出来るようだ。啓斗がスイッチに触れると、照明は明度を落とした。もう一度触れると、常夜灯の仄かな明かりとなり、さらに触れると天井の照明は完全に消え、足元を仄かに照らす間接照明だけになった。

 啓斗は腕を組み目を閉じたが、すぐにまぶたを開き、暗い天井をじっと見つめたまま過ごした。横目で見た枕元の時計は午後七時を指していた。

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