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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
最終話 女神の名のもとに
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ヴィーナスコネクト

 レイナ、カスミ、ソーシャの三人は、ビルを倒壊させてジェノダイザーの進路を阻むことに成功したが、その歩みを止めていられたのは、ほんの一分にも満たなかった。

 ジェノダイザーは剣でビルを叩き壊し、瓦礫を踏み越え、レイナたちを追い抜き、とうとう、三人は、ジェノダイザーを見送ってしまった。


「くそ!」


 ソーシャは悔しそうに叫んでライフルを連射するが、その銃弾はジェノダイザーの背中に発生したバリアで弾かれる。マガジンが空になるまで弾を撃ち尽くしたソーシャは、がくり、とその場に膝を突いた。


「ソーシャ」カスミが歩み寄り、腕を取ってソーシャを立たせて、「泣いてる暇はないわ」

「そうよ」と、レイナも、「こうなった以上、私たちも町の人の救助に向かうわよ」


 ソーシャは涙を拭って頷く。カスミとレイナは微笑んだ。三人とも、対戦車ロケットは撃ち尽くし、手榴弾も使い果たしていた。強化外骨格は傷つき、顔は泥に汚れていた。

 ジェノダイザーは、立ち止まってひとつのビルに向いた。


「まずいわ!」


 レイナは叫んで走り出し、カスミ、ソーシャもライフルを投げ捨てて、そのあとを追った。


 ビルの中では、逃げ遅れた人たちが階段を駆け下りていた。屋上では数名の男性が、アサルトライフルや対戦車砲を手に、ジェノダイザーに向かってトリガーを引いていたが、その全ての弾丸、砲弾はバリアで防がれている。ジェノダイザーが右腕を振り上げた。前腕部から伸びた刃が陽光を反射した。


「ちくしょー!」


 ソーシャは喉が枯れるほどの声で叫び、レイナとカスミは苦渋に満ちた表情を浮かべた。ジェノダイザーの右腕が振り下ろされ、刀身がビルに叩き込まれた。ビルの上部は瓦解し、屋上で応戦していた男性たちは瓦礫とともに宙に放り出された。


「ふふ……ふはは!」


 ジェノダイザーのコクピットでシャークブルートは笑い声を上げた。ジェノダイザーの頭部が動き、メインカメラが居住区の方角を捉える。シャークブルートは手元のスイッチを入れた。ジェノダイザーからロケット弾が発射され、居住区の真ん中に着弾した。店舗らしい建物が、停めてあった車が、周囲にいた人間が、爆発により吹き飛ばされた。


「ふははは!」


 それを見て、シャークブルートは、またも笑い声を上げると、ジェノダイザーのカメラを動かして、


「躍り食いのために、生きのいいのを何匹かとっておかないとな……」


 そう呟きながら、モニターに流れる映像にシャークブルートは目を走らせる。


「……次はここにするか」


 カメラが捉えた場所を見ると、シャークブルートはノコギリのような歯を見せて笑みを浮かべた。

 モニターには、怪我人が多数収容された臨時救護所が映し出されていた。男たちに混じって、タエとクミが怪我人の搬送を手伝っている。ルカとアイリは医師たちとともに、ミサとコトミを助手に連れ治療に走り回っていた。



「あ! 啓斗(けいと)! ミズキ!」


 チサトが叫んで大きく手を振った。啓斗は視線をチサトに向けるのみで、ミズキだけが手を振って答えた。啓斗はブーツを残してウインテクターを全て脱がされ、ミズキに肩を借りて歩いていた。アキたち三人に作業員の男性も加わった一団は、啓斗とミズキに駆け寄った。


「アキさん……チサト、ジュリも」


 啓斗は力ない声で呟いた。


「おい」と、作業員の男性が、「とりあえず、これ飲め!」そう言って腰に提げていたボトルを差し出した。


「あ、ありがとうございます」啓斗は受け取ったボトルの水を一気に飲み干して、「……あ、ヴィクトリオン」


 と、アキの肩越しに、重機に牽引されたヴィクトリオンを見た。


「行きます」


 啓斗はミズキとジュリに支えられていた体を起こすと、ヴィクトリオンに向かって歩き出した。


「啓斗!」


 アキの声に、啓斗は立ち止まって、


「アキさん、止めないで下さい」

「ああ、止めない」

「え?」


 啓斗は振り向いた。啓斗の顔を見てアキは、


「止めない。この状況を打破出来るのは啓斗、お前しかいないんだ。誰が止めるものか」

「さすがアキさん、分かってますね」


 啓斗は笑った。アキも笑い返して、


「無理をするな、とも言わない。無理をしてでも、絶対にあいつを倒せ」

「了解です」

「そして……絶対に帰ってこいよ」

「もちろんですよ」


 啓斗がそう返すと、アキは頷いて、


「ジュリ、一緒に行け。コーディがトライアンフを回収している。合流するんだ」

「オーケー」ジュリは返事を返したが、すぐに、「と、言いたいとこだけど……」


 ミズキを振り向いて、


「ミズキ、お前が代わりにいってくれるか?」

「え? ジュリ?」


 ミズキが訊くと、ジュリは両手を広げて、


「これじゃ無理だ。トライアンフの操作管を握れそうにない。体力も使い果たした」


 ジュリの手は傷だらけで血が滲んでいた。アキ、チサトの手も同じだった。


「ジュリ……」


 ミズキはジュリの手を取って言った。ジュリは、


「ミズキが操縦して、火器管制はコーディにやらせろ」

「で、でも、私もコーディもトライアンフに乗ったことないよ」

「大丈夫、お前らなら出来るって――いて!」


 ジュリはミズキの肩を叩いた直後、手首を掴んでうずくまった。


「ミズキ」アキが声を掛け、「行け」

「……わかった! 啓斗!」

「ああ!」


 ミズキは啓斗と一緒にヴィクトリオンに向かって走った。


「あ! お兄ちゃん!」


 後席から降りて、トモキが啓斗に飛びついた。


「おお! トモキくんに、カズヤくんも!」


 啓斗が声を掛けると、カズヤは笑顔で、ぺこり、と頭を下げた。


「それに、君たち」


 啓斗は、ヴィクトリオンのサドルに跨っている少年たちに向かって言った。


「す、すみません! どうぞ!」


 少年たちは、わらわらとサドルと後席から降りた。啓斗は笑いながら、


「はは、ありがとう」


 トモキと少年たちの頭を撫でて、運転席のサドルに跨った。ミズキも、カズヤとトモキに笑顔を見せて後席に乗り込んだ。


「あいつを倒して帰ってきたら、今度は後ろに乗せて走ってあげるよ」

「本当ですか!」


 啓斗の言葉に少年たちは歓声を上げた。


「それじゃあ。ありがとうな」


 啓斗が礼を言ってキャノピーが閉まり出すと、少年たちは啓斗に向かって敬礼して、ヴィクトリオンから離れた。


「啓斗、後ろに」

「分かった」


 ミズキの通信の声に答えると、啓斗はヴィクトリオンを超信地旋回(ちょうしんちせんかい)で百八十度回頭させた。

 アキ、チサト、ジュリ、少年たち、作業員らの振る手と激励の声に送られて、ヴィクトリオンは走り去った。


「ミズキ、苦しい戦いになる。いくらヴィクトリオンでも、あいつとじゃ、ウエイト差がありすぎる」

「そのことなら大丈夫よ啓斗。そもそもトライアンフの役割は……」


 啓斗の言葉に、ミズキは笑みを浮かべながら答えた。



「見えた! トライアンフ!」


 啓斗はキャノピー越しにトライアンフの機体を確認するとスピードを緩め、ヴィクトリオン、トライアンフともに向かい合うように停車した。


「あれ? ジュリじゃないのか?」


 トライアンフの運転席から降りてきたコーディが言った。


「コーディは火器管制室に、私が操縦するわ」


 後席から飛び降りたミズキが言うと、


「何だかわからんが了解」コーディは火器管制室の出入り口がある車体左側に向かって走り、途中、ヴィクトリオンの前で立ち止まり、「啓斗、頼むぞ」

「ああ、コーディも」


 二人は微笑みを交わした。コーディは火器管制室に、ミズキは操縦席にそれぞれ跳び込んだ。


「三人とも」レイナの声で啓斗、ミズキ、コーディに通信が入った。「事情は聞いたわ。初めてのことだけれど、頼むわよ」

「任せとけって」

「はい」

「やります、やってみせます」


 コーディ、ミズキ、啓斗は、それぞれ答えた。



「しっかりして!」


 アイリは負傷した男性に声を掛けながら、肩を貸して歩く。男性は胸から血を流し、荒い呼吸をしていた。


「すぐに止血しますから」


 アイリは男性をコンクリートの床に敷いた毛布の上に座らせると、男性の上着を剥いで、懐から取り出した包帯を巻き始めた。


「いいんだ……」男性は絞り出すような声で、「俺よりも、子供や年寄りを……」

「そっちは他の医師の方たちがやってますから」


 アイリは手早く包帯を巻いていく。


「悪いな、お嬢ちゃん……」

「喋らないで下さい」笑みを浮かべながら声を掛けた男性にアイリは言って、「はい、これでよし」


 肩口で包帯を止めた。


「ありがとう……」

「どうかしましたか?」


 自分の顔を見つめる男性にアイリが訊くと、男性は、


「似てるんだ。娘に……」

「そうなんですか。娘さん、美人なんですね」


 アイリが微笑みながら答えると、男性は笑って、


「はは、言うね、お嬢ちゃん。ああ、自慢の娘だった。美人だったよ……」

「だった、って、じゃあ……」

「ああ、戦争で死んだ。ブルートに……守ってやれなかったんだ……一緒にいたのに……」


 男性の目に涙が溜まり、こぼれ落ちた。


「隠れろ!」「伏せろ!」


 突然、怒号が飛び交った。同時に、この日何度も聞いた風切り音が。


「ロケット弾が来るぞ!」


 誰かの声にアイリは振り向いた。ビル街の中に立つジェノダイザーから射出されたロケット弾が、まっすぐに飛来してきていた。


「ここを狙うなんて!」


 白衣を着た医師が怒りを露わにした声で叫んだ。

 男性が立ち上がった。巻いたばかりの包帯に血が滲み、呆然として立ち尽くすアイリの体を抱きかかえると、そのまま倒れ込んだ。

 ロケット弾が臨時救護所近くに着弾し、猛烈な爆音が響いた。爆風と土煙、そして飛び散った瓦礫が救護所を襲った。

 アイリの目の前に男性の顔があった。男性は仰向けに倒れたアイリに覆い被さるような体勢になっていた。


「よかった……今度は、守れた……」


 男性は、そう呟いた。その背中にはコンクリートの瓦礫がのしかかっており、地面に腕を突っ張って、アイリを庇うようにしていた。


「アイリ!」「アイリ!」


 叫びながらルカとクミが駆け寄って、アイリの両手を引いて男性の下から引きずり出した。二人も土煙を浴びて埃まみれの姿だった。アイリの体が完全に抜け出ると、男性はそれを待っていたかのように腕を折り、瓦礫の下敷きになった。

 アイリは涙を溜めた目で男性の顔を見た。男性は満足そうな表情で事切れていた。



「合体プログラムの起動は、ダイヤル操作と音声認識で行うわ」レイナの通信は続き、「オレンジ色のダイヤルがあるでしょ。それを押し込んで回すの」


 三人は自分のいるコクピットの下側を見た。トライアンフ操縦席はハンドルの下に。火器管制室は主砲操作管の下に、ヴィクトリオンコクピットには、変形ダイヤルの奥に、レイナが言ったダイヤルはあった。


「ダイヤルを回したら、五秒以内に三人が音声認識を行えば、合体プログラムが作動するわ。合体認識の音声は、〈ヴィーナスコネクト〉よ」

「了解。行くぞ! ミズキ! コーディ!」

「うん!」

「いつでもいいぜ!」


 啓斗の声にミズキとコーディは答えて、


「行け!」


 啓斗の号令で三人はダイヤルを押し込み、回し、


「ヴィーナスコネクト!」


 ほぼ同時に叫んだ。

 ヴィクトリオンとトライアンフの内部が振動した。

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