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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
最終話 女神の名のもとに
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啓斗絶体絶命

「ルカ! こっち、頼む!」


 タエの声に、ルカは、


「はい!」と、答え、「クミ、包帯巻ける? じゃあ、ここ、お願い」


 負傷者の傷口に包帯を巻く作業をクミに託し、タエの声がしたほうへと走った。

 レジデンスは居住区に入り込み、ジェノダイザーの攻撃で負傷した人たちを手当する臨時救護所に全員で手を貸していた。ルカとアイリが町の医師らとともに負傷者の手当をし、タエ、クミ、ミサ、コトミは、それを手伝っていた。


「アイリ!」

「リノ!」


 負傷者の手当を終えたアイリは、救護所に入ってきたリノに呼び止められた。リノは背中に少女を背負い、左手でもうひとりの少女の手を握っていた。


「アイリ、この子、お願い」

「はい!」


 リノが屈むと、アイリがその背中から少女を抱き上げて、床に敷いたシートに座らせた。


「私は、トライアンフに……」


 そう言って戻ろうとしたリノの手を、アイリに手当されている妹が掴んだ。姉のほうも、


「お願い、ここにいて……」


 そう言って潤んだ目でリノを見た。


「リノ、トライアンフにはコーディが向かったそうですよ」


 アイリは傷口を消毒しながら言った。

 消毒の痛みに耐えるためか、妹は閉じたまぶたから涙をこぼしながら、リノと姉の手をきつく握っていた。


「そうですか、わかりました」リノは微笑んで、「私、ここにいますわ」


 姉に向かって、にこり、と微笑んだ。


「あ、ありがとう……」


 そう言って頭を下げた姉の目から、リノは涙を拭った。


 救護所の外では、タエが自警団の係員と話をしていた。


「町の人たちの避難は、もう完了したのですか?」


 タエが訊くと、係員は、


「いえ、開発地域に整備整頓に行ったグループがいるのです。その人たちは、まだ帰ってきていません」

「何名ですか?」

「重機のオペレーター二人と、作業員が五人ばかり。あと、悪いことに、見学に何名かの子供も付いていったそうです」

「子供……」


 タエは表情を強ばらせた。


「来るぞ!」


 誰かの声がして、風切り音の直後、爆音が鳴り悲鳴がこだました。


「また撃たれた!」


 タエが爆音が聞こえた方角を見て叫んだ。そこでは、ビルの一部が(えぐ)れ煙が立ち上っていた。剥がれ落ちた瓦礫が、スローモーションのようにゆっくりと地上に落下していくのが見えた。



「ソーシャ! ここは諦めるわ!」


 レイナが叫ぶと、ソーシャは起動させかけた手榴弾を懐にしまった。レイナたちは何発かの対戦車ロケットと手榴弾を使ったが、狙っていたビルを倒壊させることが出来ないまま、ジェノダイザーに追いつかれてしまっていた。


「次! 走って!」


 カスミは、さらに前方の傾いだビルを指さして叫んだ。



「これは、さすがに……」


 アキは、崩れ落ちるように、その場に座り込んだ。


「ジュリ、無理だよ……」


 チサトも座り込み、ジュリに声を掛けた。ヴィクトリオンの行く手は瓦礫の山に塞がれてしまっていた。三人で瓦礫を除けようとしたが、大人ほどの大きさもある瓦礫は微動だにしない。ジュリひとりだけが、未だ瓦礫の下に拾ってきた棒を差し込んで、てこの原理で動かそうとしている。


「あっ!」


 てこにしていた木の棒が折れ、力点に力を掛けていた勢いでジュリは前のめりに倒れ込んだ。

 三人とも手は傷だらけで血が滲み、服も汚れ、掠れてボロボロの状態だった。


「おい、あんたたち、何してるんだ、早く逃げろ!」


 精根尽き果てたといったふうに倒れ込んでいるアキたちに声が掛けられた。ヘルメットを被った作業員ふうの男だった。隣には、同じようにヘルメットと作業着姿の男性が並び、さらにその後ろには数名の子供の姿があった。


「あ! びくとりおんだ!」


 その中のひとりの少年がヴィクトリオンを指さして叫んだ。「本当だ!」と、他の二人の少年からも声が上がった。その少年たちは、いつか啓斗(けいと)にヴィクトリオンのサドルに跨らせてもらった三人組の少年たちだった。


「何? 知ってるの?」


 その三人と一緒にいた別の少年が訊いた。


「ああ、俺たち、あれに乗せてもらったことあるんだぜ」


 少年は誇らしげな声で言った。


「そ、それだったら、俺なんて、ブルートにな――」

「トモキ」


 対抗して何か喋ろうとした少年を、その横にいた少年が制した。啓斗に助けられた少年、カズヤだった。カズヤが制した少年は弟のトモキだ。


「す、すみません」アキは立ち上がって、「手を貸してもらえませんか?」

「手を貸すって?」


 首を傾げた作業員に、ジュリも立ち上がって、


「この瓦礫をどかしたいんです!」


 と、ヴィクトリオンの進路を塞ぐ瓦礫を指さした。


「そんなことよりも、早く逃げないと……これ、何だい? 変わった車だな?」


 作業員は、ヴィクトリオンを怪訝そうな目で見て言った。


「おじさん、手伝ってやろうよ!」


 三人組のひとりが作業員の腕を引いて言った。


「そうだぜ」と、別の少年も、「何か大事な用事があるんだよ」

「そうだよ。あ! ねえ、もしかして、このAFVで、ジェノダイザーを倒しに行くんでしょ?」


 三人組の最後のひとりが訊いた。


「あ、ああ、そうだ」


 と、アキが答えると、


「やっぱり!」「すげー!」「よし、俺たちも手伝おうぜ!」


 三人組は目を輝かせて走り、瓦礫に両手を押しつけた。


「おいおい、そんなんで動かせるわけないだろ」


 作業員が呆れたような声で言うと、


「おじさん」と、カズヤが、「重機を持ってこようよ、あれなら瓦礫をどかせる」

「そうだよ! やってよ!」


 トモキも作業員の腕を掴んで言った。作業員の男性たちは顔を見合わせたあと、


「よし、ちょっと待ってな。今、重機を持ってくるよ」


 そう言うと、もと来た道を走って引き返していった。


「あ、ありがとうございます!」


 アキ、チサト、ジュリは揃って頭を下げた。



 ビートルは無言のまま啓斗に近づいていった。

 仰向けに倒れた啓斗は、割れたヘルメットから顔の一部を覗かせたまま、まぶたを閉じて微動だにしていない。

 啓斗のそばに立ったビートルは右手の角を振りかぶった。そのまま角が振り下ろされたなら、その一撃は確実に啓斗の脳天を砕く軌道を描く。

 ビートルの背中にバリアが浮かび、銃弾が弾かれる音がした。


「啓斗!」


 叫びながら、ミズキがアサルトライフルを連射して走ってきていた。

 ビートルは一度ミズキを振り向いたが、相手をするでなく、そのまま啓斗に視線を戻した。


「啓斗! バカ! 起きろ! 早く!」


 ミズキは嗚咽混じりの叫び声を上げ続け、左手に持っていたものをアンダースローで放った。すでに起動させていた手榴弾だった。転がった手榴弾はビートルと啓斗のいる位置から十メートル程度手前で止まり、直後爆発した。

 爆煙の中で音がした。ビートルの角が振り下ろされる音と、それが地面に突き立つ音だった。煙の中から啓斗が飛び出てきた。


「啓斗!」ミズキは啓斗に抱きついた。


「ミズキ! あ、ありがとう。一発で目が覚めた」


 啓斗は割れたヘルメットの隙間から笑みを見せて言った。


「――ミズキ!」


 啓斗はミズキを抱いたまま倒れ込んだ。そこを煙の中から飛行してきたビートルが飛び抜けた。

 ビートルは啓斗とミズキから数メートル離れて着地し、二人と相対した。啓斗は背中の剣を取り、構え、ミズキはアサルトライフルを向ける。

 ビートルが地面を蹴って啓斗に跳びかかった。啓斗はミズキを残してビートルに向かって走り、角と剣が打ち合わされた。先ほどまでは、同じような状況であれば双方とも武器は弾かれ、どちらも仰け反るような姿勢になっていたが、今は違った。


「くそっ!」


 小さく叫んだ啓斗のほうだけが武器を弾かれて仰け反り、ビートルの角はそのまま振り抜かれる。角の先端が啓斗のテクター表面を掠り、一文字の傷跡を付けた。


「啓斗!」


 ミズキが叫びトリガーを引いた。放たれた銃弾はバリアに弾かれる。ビートルは、ちら、とミズキを一瞥しただけで、そのまま啓斗に襲いかかる。ビートルの次の一撃も啓斗は何とか剣で防いだが、その体はビートルの殴打による衝撃で大きくふらついた。


「啓斗、どうしたの? 何か変よ」

「ミズキ!」マリアからミズキ通信が入り、「ウインテクターのバッテリーが切れてるの!」

「ええっ!」ミズキは叫んで、「それで、あんなに動きが鈍いのね……」


 ミズキは走って、地面に落ちているウインテクター専用マルチプルライフルを拾い上げ、


「啓斗!」


 ライフルを啓斗に向かって放った。啓斗はライフルをキャッチして銃口をビートルに向けトリガーを引いた。更なる打撃を打ち下ろそうという体勢に入っていたビートルは、銃口が自分に向くや否や、羽を開き、ホバリングするように真横に水平飛行して銃弾を躱した。

 ミズキは、ビートルが啓斗から離れると手榴弾を起動させて投げつける。手榴弾はビートルの足元に落下したが、ビートルはそれに気にも留める様子もなく、爆発するに任せた。ビートルは完全な爆心地内に位置していたが、全身を覆うバリアが爆発によるダメージを防いでいた。


「くそ! 啓斗!」


 ミズキは尚もライフルを撃ちながら啓斗のもとに近づき、


「啓斗! 私のアーマーを使って。すこしでも力が――」

「ミズキ! そんなことより……」


 啓斗は素早くミズキに何事かを耳打ちした。


「啓斗! 来る!」


 爆発が巻き上げた土煙の中から、低空飛行しながらビートルが突進してきた。啓斗とミズキは左右に跳び退き、その間をビートルの角が振り抜けた。一回転して膝立ちになったミズキはライフルを撃ったが、当然のように銃弾はバリアに防がれる。ビートルはもう、ミズキのほうを見ようともしない。その視線は、啓斗ただひとりに注がれていた。

 啓斗もライフルを撃つが、ビートルは低空飛行しながら銃弾を躱す。ビートルの動きに沿って啓斗も銃口を動かすが、ライフルを重そうに掲げている啓斗はビートルのスピードについていけていない。

 銃口は火を噴くのを止めた。マガジンは空になっていた。


 着地したビートルにミズキが手榴弾を放る。転がった手榴弾はビートルの足元にぴたりと止まった。だが例によってビートルはミズキの攻撃には全くの無関心を示す。足元の手榴弾に目も向けていなかった。

 手榴弾が爆発した。

 爆煙の中に、今度はビートルの緑色に光るバリアを見る事はなかった。ビートルは爆発により吹き飛ばされて地面を転がっていた。


「なん……だと……?」


 全身に無数の傷を刻まれて倒れているビートルは、頭だけを動かして絞り出すような声を漏らしながらミズキを見た。

 ミズキが放り投げたのは、先ほど啓斗に耳打ちとともに隠すように手渡された、起動済みのブルート製手榴弾だった。

 啓斗は背中にマウントした剣を取り、両手に構えてビートルに向かって走ったが、ビートルの目の前で力尽き、剣先を地面に付けて立ち止まってしまった。


「啓斗!」ミズキは啓斗の後ろに駆け寄り、背中から啓斗の両手に自分の手を添えて、「私も力を貸すから!」

「ミズキ!」


 啓斗は、強化外骨格を(まと)い強化されているミズキの力を借りて剣を持ち上げた。

 ビートルは脚の力と、背中から噴射した空気の推力で起き上がり右腕を振り下ろしたが、角が啓斗の頭部を砕くことはなかった。ビートル右腕の肘から先は手榴弾の爆発により千切れ飛び、遠くに転がっていた。


「啓斗!」


 ミズキも叫び、啓斗とともに剣を突き出した。高周波振動を帯びた剣はビートルの腹部に食い込み、先端が背中に突き抜けた。啓斗が柄から手を離すと、ビートルは背中から崩れ落ちた。


「啓斗!」


 ミズキは啓斗の体を抱えて後退する。直後、ビートルの体は青白い光に包まれて爆発した。



「本当に助かりました!」


 そう言って頭を下げたアキに、作業員は重機の運転席から笑顔で答えた。

 作業員が持ってきた重機により障害となっていた瓦礫は取り除かれ、ヴィクトリオン自体も重機に牽引されて移動を再開していた。

 アキ、チサト、ジュリは二台の重機に分乗し、少年たちは、二人がキャノピーを開いたままのヴィクトリオンの運転席でサドルに跨り、また、残るひとりとトモキは後席に乗り込み、それぞれ歓声を上げていた。兄のカズヤだけはアキたちのように重機に乗せてもらい、後席で目を輝かせている弟のトモキを見て目を細めていた。

 履帯を履いている重機は自動車ほどの速度は出ないが、歩く以上には十分なスピードだった。


「啓斗が動き出したぞ! ミズキも一緒だ!」


 端末のディスプレイを見ていたジュリが叫んだ。


「ブルートを倒したんだな!」


 チサトも叫ぶと、作業員は、


「ブルートを倒す?」


 と、怪訝そうな顔を見せた。


「そうだよ!」と、トモキが、「あのお兄ちゃんは、ブルートをやっつけられるんだぜ!」


 そう叫んで、後席から身を乗り出した。


「トモキ、危ないぞ」カズヤが声を掛けた。


「あのお兄ちゃんって、このマシンに乗ってた人か?」


 サドルに跨った少年が誰にともなく訊いた。その声にはチサトが、


「ああ、そうだ。お前ら、啓斗のかっこよさを見てびびんなよ!」

「ケイト、って言うの?」


 トモキと一緒に後席に乗っていた別の少年が訊いた。


「ああ」と、アキが、「いい男だぞ。お前たちも啓斗みたいな男になれよ」


 そう言って、汗と土に汚れた顔を微笑ませた。

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