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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
最終話 女神の名のもとに
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それぞれの戦い

 トライアンフを駆るリノはブレーキを踏んだ。車窓から見える廃墟の隅に何かを見つけた直後だった。操縦席から降りたリノは、そこにいる小さな二人の少女のもとに駆け寄った。


「どうしたのですか? こんなところで」


 リノが屈み込んで二人の少女に声を掛けた。回りに人の姿はなく、周囲一帯は、まだ人の住まない非居住区域のようだった。背の低い少女が地面にしゃがみ込み、背の高いほうの少女がその横に座っていた。


「お母さんとはぐれて……」背の高い少女がリノを見て言うと、「大丈夫だから……」そう続けて、背の低い少女の頭を撫でた。二人とも目に涙を浮かべていた。


「あなたたち、姉妹?」


 リノの質問に、背の高い少女は頷いて答えた。背の低い、妹のほうの少女は脚に怪我を負っていた。白いワンピースは薄黒く汚れ、裾が血で滲んでいた。


「さあ、おぶさって」


 リノは妹の少女に背中を向けて言った。すすり泣きを続けていた妹は姉に促され、その肩を借りて立ち上がり、リノの背中に体を預けた。リノは片手で携帯端末を握ると、


「レイナ、私の位置を登録しておいて下さい、そこにトライアンフを置いていきます」

「リノ?どうかしたの?」

「ええ、要救助者を発見しまして、安全な場所まで連れて行きます」

「わかったわ。誰か向かわせる」

「お願いいたしますわ」


 そう言うと、リノは通信を切って妹を背負って立ち上がり、歩き出した。


「お姉さん」と、リノは隣を歩く姉のほうの少女に声を掛け、「妹のことを大切にして、かわいがってあげるのですよ」


 姉は、リノを赤く腫らした目で見上げて頷くと、妹の背中をやさしくさすった。


「そうそう」リノは笑って、「妹なんて、すぐに大きくなるのです。一緒にいられる時間、かわいがってあげられる時間なんて、とても短いのですから」


 そう言って、背中に背負われた妹と隣を歩く姉を見て微笑んだ。



「も、もう少しだ……」

「は、はい……」


 アキは苦しそうな声を漏らした。チサトも同じだった。二人は背中を機体に付け、足を床に踏ん張る体勢でヴィクトリオンを押していた。


「おわっ!」


 チサトは背中から床に転び、アキも尻餅をついた。ヴィクトリオンの前輪がスロープに掛かり、そのまま滑り降りていったためだった。ヴィクトリオンはスロープを降りきり、慣性でさらに数メートル進み、止まった。起き上がったアキは通信端末を取りだして、


「レイナ」

「どうしたの? アキ」

「ハンガーが走行不能になった」

「えっ?」

「今、私とチサトでヴィクトリオンを押して運んでいる。誰か応援に寄越せないか?」


 アキの通信を聞いて、レイナはメインディスプレイを見上げた。アキとチサトのナンバーが付いたマーカーはヘッドクオーターズから、かなり離れた場所にあった。

 ハンガーのあとを追って出撃したヘッドクオーターズだったが、最短距離でカスミたちのもとに向かうため、ハンガーよりも小型の車体を生かし、ハンガーでは通れない狭い道を選んで走っていた。そのためヘッドクオーターズは、ハンガーとは全く別のルートを走っていた。

 トライアンフを降りたリノのナンバー〈17〉もまた、アキたちの救援に向かうには遠すぎる場所にマーカーが点灯していた。


「駄目、すぐには無理。カスミたちの中から誰か向かわせる」


 レイナは悲痛そうな声で、そうアキに告げた。


啓斗(けいと)は? まだ私たちに合流するには、時間が掛かりそうか?」

「啓斗は、ビートルと交戦中なの……」

「そういうことか。よし、とりあえず、こちらで何とかしてみる」

「頼むわ。カスミたちにもすぐ知らせるから」


 アキとの通信は、それで切れた。


「カスミ!」


 レイナは即座にカスミに通信した。



「……聞いたとおりだ」


 アキは端末を懐にしまってスロープを降りた。その後ろに続くチサトは、


「頑張りましょう、師匠」


 アキは汗まみれの顔で笑いながら拳を握るチサトを見て、「ああ」と答えて微笑んだ。



「くそ! また!」


 ジュリは背後を振り仰いで叫んだ。ジェノダイザーから三発目のロケット弾が射出された。市街地に着弾したロケット弾は、轟音を響かせ、煙を巻き上げた。

 ジェノダイザーは前進を続けており、居住区域との距離もかなり詰まってきていた。


「ミズキ!」カスミが叫んで、「ヘッドクオーターズとの距離は?」


 ミズキは端末を展開してディスプレイを見て、


「あ! もう少し――」

「カスミ!」


 ミズキの言葉にコーディの叫び声が重なった。コーディは居住区のほうを指さしている。


「あっ!」


 ソーシャも声を上げた。そこには、十字路を曲がってヘッドクオーターズが姿を見せたところだった。ヘッドクオーターズは、カスミたちの手前で急停止した。


「カスミ!」


 ドアが開いて、強化外骨格を装着したレイナが出てきた。手には対戦車ロケット砲を持っている。その後ろにはサヤが立っており、足下には対戦車ロケット砲が数丁置かれ、手榴弾を両手に抱えていた。


「みんな!」


 カスミが言うと、ミズキたちは、それぞれサヤが持っている手榴弾を受け取り、対戦車ロケット砲を肩に提げた。


「カスミ」と、レイナが、「啓斗がビートルと戦ってる」

「やっぱり、そうだったのね」

「誰か向かわせて」

「分かったわ」カスミは振り向いて、「ミズキ、啓斗の援護に!」

「了解!」


 ミズキは答えて、端末のディスプレイで〈10〉の番号マーカーの位置を確認すると走り出した。


「あと」と、レイナは続けて、「トライアンフが乗り捨ててあるわ、誰かに拾ってこさせて。ポイントは、サヤがみんなの端末に送っているわ」

「そっちは、ジュリとコーディ――」

「待って! まだあるの。ハンガーが走れなくなって、アキとチサトがヴィクトリオンを押してるの」

「何ですって?」

「そっちにも人手がいるわ」

「なら、コーディがトライアンフ、ジュリはアキのところへ!」

「了解!」

「任せといて!」


 コーディとジュリは返事をすると、端末ディスプレイでそれぞれの目的地を確認して走り出した。


「ここは私たち三人で食い止めるわよ」


 カスミは残ったソーシャに言うと、ソーシャはポケットが膨らむほど手榴弾を詰め込みながら、


「ラジャ!」


 と、短く答えた。


「スズカ! いいわ、出て! みんなのサポートに回って」


 レイナが通信で言うと、


「オーケー」と、スズカの声が返ってきて、ヘッドクオーターズはバックで来た道を戻っていった。


「さて」カスミは間近に迫っているジェノダイザーを見上げて、「まず、あのビルをぶっ倒しましょう」


 と、進行方向にある、僅かに傾いだビルを指さすと走り出した。レイナもソーシャとともにカスミのあとを追った。



「レイナ、ジュリをトライアンフに行かせなかったね」


 司令室でサヤがマリアに言った。


「ジュリ、砲手としては凄いけど、運転のほうはコーディ以上にさっぱりみたいよ。だからじゃないかな」

「ああ、そうなんだ」


 マリアの答えに、サヤは納得した声を出した。



 啓斗は、マリアに転送してもらったマルチプルライフルを手にビートルと交戦を続けていた。

 ビートルは、啓斗がライフルを構えると羽を広げて飛び回る。そのため啓斗はライフルの狙いを絞り切れない。時折命中する弾丸も、ほとんどは頑強な左腕の盾と右腕の角に弾かれ、決定打を与えることは出来ないままだった。


「まただ……」


 啓斗は呟いて、アラーム音とともにゴーグルの横に移り込んだ表示を視界の端に捉えた。〈強化外骨格バッテリー切れ〉そのメッセージは、先ほどから一定間隔でアラーム音とともに表示され続けていたる


「でも、まだ持ってるな」啓斗はメッセージを視界の端から外して、「もう少し、いけるはずだ」


 そう呟いてトリガーを引き続けた。



「弾切れ……」


 啓斗は小さく呟いてトリガーから指を離した。ライフルから空になったマガジンを外し、腰から新しいマガジンを掴み取る。視線をビートルから外したのは一瞬だった。だが、その一瞬の間に、


「何――?」


 啓斗は叫んだ。ビートルが飛行しながら急接近して、右手の角を啓斗に向かって振り下ろした。


「くっ!」


 啓斗はライフルと掴み取ったばかりのマガジンを咄嗟に投げ捨て、腰にマウントしていた剣の柄を握った。同時に体を倒すように反らして、高速で振り下ろされたビートルの角を(かわ)す。角は啓斗のヘルメットを僅かに掠り、同時に啓斗は剣を下から振り上げた。


「ぐおぉ!」


 啓斗とビートルの体が交差すると、啓斗はその場に倒れ込み、ビートルは低空飛行で飛び抜けた。

 悲鳴を上げたのはビートルのほうだった。失速したように急激に速度を落として、地面に滑り込みながら墜落した。その腹部には啓斗が振り上げた剣の一撃が浴びせられていた。

 倒れ込んだ啓斗は、もはや聞き慣れたであろうアラーム音を耳にしながら素早く膝立ちになった。そして剣を背中にマウントすると地面を転がり、投げ捨てたライフルとマガジンを回収して装弾を完了した。

 啓斗は立ち上がると、ライフルの銃口をビートルに向ける。ビートルは未だ地面に伏せた状態だった。啓斗はトリガーに指を掛けた、が、


「え――?」


 啓斗は突然ライフルを下げて崩れ落ち、膝を地面に突いた。


「お、重い……」そう呟いて再びライフルを持ち上げながら、「今度こそ、本当にバッテリー切れ? くそ、こんなときに……」


 バッテリーが完全に切れたことでパワーアシスト機能が絶たれ、ウインテクターは今や、ただの鎧と化し、その重量がダイレクトに啓斗の体にのしかかっていた。

 風切り音が目の前に聞こえ、啓斗は手にしたライフルを目の前に翳したが、その動作は今までとは比べものにならないほど鈍重なものだった。啓斗の翳したライフルは、跳びかかってきたビートルの角を防ぐのに間に合わず、ビートルの角は啓斗のヘルメットに叩き付けられ、そのまま振り抜かれた。

 啓斗は回転しながら後方に倒れ込む。ヘルメットの破片が宙に舞った。ライフルを投げ出して、啓斗は仰向けに倒れた。ヘルメットの左上部分は完全に破壊され、啓斗の髪と素顔が覗いていた。そのまぶたは重く閉じられ、額には切り傷が刻まれて血が流れ出ている。手足は倒れたままぴくりとも動いていなかった。


「啓斗? 啓斗!」


 マリアは緊張を孕んだ声で通信し続けた。


「マリア?」


 隣のサヤが訊いた。マリアは、


「啓斗から通信が返ってこない……」


 そう呟いて、頬に汗を伝わせた。



「師匠、そこ、左です……」

「ああ……」


 ヴィクトリオンを押しているチサトとアキは曲がり角に差し掛かると、そう言い合って足を止めた。


「ヴィクトリオンはタイヤで舵を切らないから、このままだと曲がることが出来ませんよ……」


 チサトが息を荒げながら言うと、


「ああ、だから、これを持って来た」


 アキは額に浮かんだ汗を拭って、懐から小さな容器を取りだした。その蓋を開けると、ヴィクトリオン前輪の左側の地面に中身を垂らし始める。


「油ですね。それで摩擦を低減して、横から押そうと」

「そういうことだ」アキは容器に蓋をして懐にしまうと、「よし、行くぞ」

「はい!」


 アキとチサトはヴィクトリオン右前輪部に背中を付けて、「せーの」のかけ声で足を踏ん張り、押し出した。ヴィクトリオンの前輪は油が撒かれた地面に接し、後輪を軸にして回転を始めた。


「もう少し……よし、これくらいでいい」


 アキの声で二人は押すのをやめた。チサトは、その場にへたり込んで、


「し、師匠、小さいのに、意外と力持ちですね……」

「だろ。チサト、少し休憩するか?」

「い、いえ、すぐに行きましょう」


 チサトは立ち上がった。アキはチサトの肩を叩いて、


「よし、行くぞ」

「はい……!」


 二人はヴィクトリオンの背面に移動して、再び押し始めた。


「少し、上ってますね……」

「ああ、ここで力尽きたら、坂の下まで逆戻りだぞ……」

「い、いやすぎる……」


 チサトとアキは若干勾配のついた上り坂に差し掛かっていた。二人の速度は目に見えて落ち、勾配の途中まで来るとヴィクトリオンとともに完全に停止した。


「チサト、限界か?」

「言いたくないですけど……はい」

「私もだ……」

「し、師匠……」


 チサトの手足が震え、声が掠れ始めた。


「チサト!」アキはチサトを見て叫んだ。


「す、すみませ……」

「おい!」声と体が二人の間に割り込んできた。声の主は両手でしっかりとヴィクトリオンの背面を支え、「せーの、で行くぞ!」

「ジュリ!」


 割り込んできた人物を見たアキが、その名前を呼んだ。


「ジュ、ジュリ……」


 チサトも掠れた声を出した。


「チサト、もうひと踏ん張りしろ! いくぞ……せーの!」


 三人はジュリの号令で足を踏ん張り、ヴィクトリオンを押し上げた。



「……どうだ、坂を越えたぜ、だいぶ楽になっただろ」


 ジュリは左右を向いてアキとチサトに言った。


「ジュリ、ありがとう」

「ありがと、ジュリ……もう駄目かと思った……」


 アキとチサトは、ジュリに礼を述べた。


「いいって。さあ、行くぜ!」


 ジュリが加わったことで、ヴィクトリオンを押す速度は格段に上がった。

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