ヴィーナスドライヴへようこそ
「私たち、ヴィーナスドライヴは、ブルートに対抗するために組織されたの」
「対抗勢力……レジスタンスっていうわけですか」
ヘッドクオーターズに戻り、ウインテクターを脱いだ啓斗は、現場に到着したレジデンスで食事を取り、そのまま食堂でレイナからの説明を聞いていた。
食堂には二人の他にも、アキ、ミズキら〈ヴィーナスドライヴ〉のメンバーも数名同席している。レイナは啓斗の言葉を受けて、
「レジスタンスか。実際は、そんなかっこいいものじゃないけれどね。今まで、あいつらに対しては防戦一方。ブルートの注意を引きつけて、その間に人々の非難誘導や逃げ遅れた人の救出なんかが主な仕事だったわね」レイナはため息をついて、「でもね、これからは違う。結城くん、あなたがいるから」
と、啓斗を指さし、
「ウインテクターを装着して、ブルートと戦える、あなたがいてくれるから」
「ウインテクター……」
啓斗はレイナが口にした言葉を繰り返した。レイナは、
「そう、対ブルート用に開発した強化外骨格。それが結城くんが装着した、通称、ウインテクターよ。ここからはアキに説明役を譲ったほうがいいわね。アキ、お願い」
と、レイナが目配せすると、眼鏡を掛けたツナギ姿の小柄な女性、アキが椅子から立ち上がり、皆に相対する位置のレイナと場所を代わった。眼鏡の弦を指で押し上げてからアキは、
「アキだ。ヴィーナスドライヴでエンジニアやってる。よろしく、結城くん。さて、ウインテクターはヘッドクオーターズの転送室から結城くんに転送、装着される。ただ、転送するには結城くんがヘッドクオーターズから一定の半径内にいなければならないんだ。それに、君の周りに障害物があると転送空間に干渉してしまい、テクターが転送出来なくなる」
「……あの、クモの糸ですね」
啓斗は言った。アキは少し間を置いてから、
「まあ、通常のロープとか、柔いものなら転送の衝撃で破ることが出来るんだけどね。結城くんにウインテクターのブーツだけ履かせていたのも、そのためだ」
「えっ? どういうことですか?」
「だって、足の裏は常に地面と接しているだろ。柔らかい地面ならいいけれど、コンクリートや鉄板なんかの固い物の上に立ってた場合、ブーツを転送出来なくなるじゃないか」
「ああ! そういうことか!」啓斗は手を打って納得した声を出し、「変身するのも、色々と大変なんですね」
「分かってくれたかい。で、どうしてそこまで正確な位置に転送出来るかというと、だ――」
「あ!」啓斗は自分の胸の中心に触れて、「これ、ですね」
「そう」アキも啓斗の胸を指さし、「結城くんの胸に埋め込ませてもらった、ウインテクター及び、その武装の転送受信機のおかげなんだ」
「受信機……」
啓斗は服の上から、僅かに盛り上がった受信機を撫でた。
「正確には、それ全てが受信機じゃなくて、中に入っている小さな機械が、なんだけどね。赤い半透明のものは衝撃なんかから受信機を守るカバーさ。目視で異常がないか確認出来るように半透明のカバーにしてあるんだ」
「ねえ、啓斗」コーディが椅子を引き寄せ、啓斗の横に来て、「見せてよ」
コーディがそう言うと、「私も」「私も」と、他のメンバーも皆、椅子を引き寄せ、あるいは立ち上がって、啓斗の周りを取り囲んだ。
その場に集まっているメンバーで啓斗を囲んでいないのは、説明をしているアキと、一番後ろに座っているレイナ、そしてカスミとミズキだけだった。
「こらこら、後にしな」
アキが、ぱんぱん、と両手を打ち鳴らした。啓斗は皆の手でシャツの前ボタンを全て外され、上半身前面を露わにしている。コーディの手は啓斗のベルトに掛かっていた。
「後なら、脱がせてもいいの?」
コーディが訊くと、アキは、
「いいよ」
「ちょっと!」
啓斗は顔を赤くして声を上げながら、服のボタンを止めた。
「そして、さっきも言ったが、その受信機はテクター本体以外にも」と、アキは構わず説明を続け、「ウインテクター専用武器、つまり結城くんが使用する武器なんかも転送受信出来る。これにも制限があって、転送可能範囲は受信機からおおよそ一メートル半程度の半径内だ。それに、あまり大きなものは転送出来ない。まあ、テクター本体が転送出来る、ぎりぎりの大きさだと考えてくれ」
「そうか、いきなり車みたいな大きなものを転送することは無理なんですね」
「そう、ほとんど手持ち武器に限られるだろうね」
啓斗の言葉にアキは答えた。啓斗はさらに、
「こちらから武器を送り返すことは出来るんですか?」
「いい質問だね。出来ない」
「出来ないんですか?」
「そう、だから、テクターを装着して、用事を終えたから装着解除、って気軽には使えないぞ。武器もそうだからな。……簡単な説明は、こんなところかな、何か質問ある?」
「はい」と、啓斗はアキを見て、「その、ウインテクターって、アキさんが作ったんですか?」
「もちろん、と言いたいところだけど、私ひとりの力じゃないさ。何年も掛けて、何人もの研究者が総力を挙げて作り出したんだ。テクターやその装備の元になっているのはブルートの武装さ。もう知っての通り、ブルートのバリアを破るにはブルートが使っている武器でないと駄目だ。幸いにというか、連中は私たち地球人が自分たちの武器を使えないのをいいことに、結構その辺にぽいぽい武器なんかを捨てたり置いていったりしてるんだ。それらを回収研究して作り上げたんだよ。当然」
と、アキは啓斗を指さし、
「ウインテクターを装着、その武装を使えるのは結城くん、君だけだ。この地球で、君ただひとりだけなんだよ」
「俺、だけ……」
啓斗は自分の胸の受信機に触れた。
アキは椅子に座っているレイナを見た。レイナは立ち上がって、
「結城くん、他に何か質問はあるかしら?」
啓斗はレイナを振り向いて、「はい」と言ったまま、少しの無言のあとに、
「訊きたいこと、というか、分からないことが多すぎて……」
それを聞いたレイナは微笑むと、
「そうよね」と言うと、啓斗のそばまで歩いてきて、「そういえば、まだ、正式にお礼を言ってなかったわね」
微笑みながら右手を啓斗に差し出す。
啓斗は立ち上がり、同じように右手を差し出した。その手をレイナはきつく握る。
「ありがとう……本当に……」
レイナが声を詰まらせて言うと、メンバーたちから拍手が起こった。
「い、いや……そんな、たいしたことは……」
啓斗が頬を赤くして答えると、
「何言ってるの。たいしたことをしたからじゃない。じゃあ、今日はこれくらいにしましょうか」
レイナは啓斗の手をそっと離した。啓斗はレイナに向かって、
「あ、じゃ、じゃあ、最後に、敵について、ブルートについて簡単に教えてくれませんか? 戦う敵のことは知っておきたいです」
レイナは、「そうよね」と呟いて、アキと代わり再び手前の位置に立つと、啓斗をもとのように座らせて、
「結城くん、あいつらのことを説明するわ。今から十五年前の、2505年、あいつら、ブルートは現れた。〈ブルート〉と名付けたのは、当時のアメリカ大統領よ。『野蛮な、残酷な、無慈悲な』を意味する形容詞〈ブルータル〉から取ったものだそうよ。この命名は、あいつらの侵略方法をうまく言い表しているわ。ねえ、結城くん、ブルートは、この地球をどういう方法で侵略したと思う?」
「えっ? 宇宙からやってくるくらいだから、やっぱり、円盤とか宇宙船で、空から、こう、ばんばんと」
「それがね、そうじゃなかった。あいつらは生身で地上に降りてきて白兵戦を挑んできたの。結城くんが戦った相手みたいにね」
「えっ? 本当ですか?」
「本当。一部、機動兵器も持ち込んでいたけれど、使うブルートは半分もいなかったみたいだわ」
「どうしてそんなことを……あ、あいつらは地球の武器が自分たちに一切通用しないことを知っていたから?」
「もちろん、それもあるでしょうね。でもね、最大の目的は……」レイナはそこで言葉を切り、ため息をついて、「あいつら、ブルートの目的が地球人をいたぶって、なぶり殺しにすることだったから」
「え……?」
啓斗の頬に冷や汗が流れた。
「そうなのよ。同じ殺すにしても、空からマシンガンやミサイルで攻撃するよりは、自分の手で直接殺したほうが楽しい、そういうことよ」
「で、でも」啓斗は腰を浮かせて、「ブルートが生身でも、こっちは戦車や戦闘機で戦えるわけですよね。いくら何でも……」
「そうね。当時交戦した軍人たちもそう考えたわ。でもね、駄目だった。剣やナイフで斬りつけられても、マシンガンの銃撃を受けても、戦車の砲撃を受けても、爆撃機からの爆撃でも、あいつらに傷ひとつ付けることは出来なかったの。全て、あのバリアで防がれてね。そうなれば、もうあいつらのやりたい放題よ。何人もの軍人、民間人が、あいつらの手で無残に殺されていった……」
レイナは目を伏せ、啓斗は黙って椅子に座り直した。
「結城くん、あの二体のブルートは言葉を喋っていたでしょう」
レイナが顔を上げ直して訊くと、啓斗は、
「あ、は、はい。日本語、でしたよね」
「そう、あいつらには自分たちの言語というものがないらしいの。どうやら、私たちがブルートと呼ぶあの連中は星々を侵略、破壊しながら宇宙を流浪する流れ者集団らしいのね。特殊な技術か装置を使って、侵略する星の言語を解析理解して脳内にインプットしている。その星を侵略している間は、あいつら同士の間でも、その言語を使用しているそうよ。各国の諜報部が多大な犠牲を払って入手した情報なんだけれどね。だから、あいつらは地球上のあらゆる言語を扱えるはずなの」
「そうなんですか。言葉が通じる相手。でも、戦わなくちゃいけない……」
「結城くん」レイナは厳しい表情になって、「夢を壊すようだけれど、あいつら、ブルートと交渉を持って平和的な解決に導く、なんてことは無理よ。そんなこと、各国の政府民間問わず、もう何年も前から、何回も試みられているわ。ねえ、結城くん、あいつらが地球の言語を習得する理由は、何だと思う?」
「そ、それは……自分たち独自の言語がないなら、自分たちの間での会話のため、ですか?」
「それもあるわね。でもね、最大の理由は、やっぱり地球人との意思疎通のため、なのよ」
「えっ? どういうことですか?」
「ブルートが地球の言語を話し、理解する理由はね。地球人と意思疎通を可能としたうえで、そのうえで殺すためなの」
「……?」
きょとん、とした顔の啓斗に、レイナは、
「つまりね、あいつらに言わせれば、言葉の通じない相手を殺したって面白くないと、そういうことらしいのよ。自分たちを恐れ、おののき、許しを請い、泣き叫ぶ。その声をはっきりと理解したうえで、優越感を持って殺す。そういうことがやりたいの、あいつらは。中には肉体的にだけでなく、言葉でも責め苦を与えて殺すのが好きっていう異常なやつもいるわ。あいつらにとって殺戮対象と言葉が通じるというのは、そう言う意味で、とても重要なことなんでしょうね」
「な、何てやつらだ……」
「とんだ科学力の無駄遣いでしょ」レイナは少し笑って、「それと、もうひとつ、あいつらは特徴を備えているわ。結城くんも見たでしょう。ブルートの体が変化するのを」
「あ、はい。人間そっくりの外見だったのに、あんな、化け物みたいに……」
「ブルートは侵略する星の知的生命体に姿を変えるわ。その星の頂点に立つ知的生命と同じ姿になるのが、その星で活動するのに一番いいってことなんでしょうね。通常はその姿でいるのだけれど、戦闘時には、また別の形態になるわ。知的生命体以外の虫や獣の姿、能力をコピーした戦闘形態にね」
「虫や獣。俺が戦ったあいつらは、クモとコウモリ、ってことですか」
「そう、私たちは、その外見や能力から、コードネームを付けて呼称、区別しているわ。結城くんが倒してくれたのは、スパイダーとバットね。あいつらの中にも、こだわりがあるのか同じ生物の姿を持つ二体以上のブルートというのは見たことがないし、記録にもないわ。みんなモチーフにしている生物が違うの」
レイナはそこまで語り終えると、
「ちょっと、何か飲みましょうか」と、座っていたオペレーターのサヤに向かって、「サヤ、悪いけどタエに言って何か飲み物をもらってきて」
サヤは、「はい」と答えて立ち上がり、食堂を出た。
レイナも一旦椅子に座った。食堂内のメンバーも、腕を伸ばしたり、ストレッチを行ったりしている。啓斗は動かず黙って椅子に座っているだけだった。
「啓斗」啓斗の斜め後ろに座っていたミズキが声を掛け、「どう、大丈夫? 話を聞いてばかりで疲れてない?」と、椅子を引き寄せ近づいてきた。
「う、うん、大丈夫。疲れるというか、内容を頭の中で整理するのが大変だよ」
「分からないことがあれば何でも訊いてね」
「うん、ありがとう、ミズキ」
二人は微笑み合った。