恐怖の降臨
町外れのビルに囲まれた一角にシャークブルートが立っていた。手には携帯端末のようなものが握られている。その形状はブルートが使用する銃器やブルートヴィークルに似た、異様な意匠が施されていた。
「……91、計画を早める」
シャークの裂けた口から声が漏れた。
「何かあったと?」
スピーカーから声が返ってきた。ビートルブルートのものだった。
「私の正体がばれた」
「ほう、それは」
「もっと時間を掛けたかったのだが、やむを得ない。すぐに来てくれ」
「了解」
ビートルの声のあとに、何か大きな機械が駆動するような音が聞こえ、そこで通信は切れた。
「シャークのやつ、誰かと通信してるみたいだな」
ビルの影に背中を付けて様子を窺う啓斗が呟いた。
「そうね」
と、その隣でミズキも小声で言う。その後ろでは、ジュリも黙って身を屈めている。
「よし」啓斗は壁から背中を離して、「このまま変身して狙撃しよう」
「うん」ミズキは言うと通信状態を保っていた端末に口を付けて、「マリア、ウインテクターの転送を」
その声は司令室に届き、
「ウインテクター転送!」
レイナのその声に、「了解」と、マリアは答え、コンソールを操作した。
壁から離れて立った啓斗の周囲に光の筋が現れて収束すると、啓斗はウインテクターの装着を完了した。
「マリア」啓斗はヘルメット内のマイクに、「続けてライフルも頼む」
「了解」
マリアが答えながらコンソールを操作すると、啓斗の右隣にマルチプルライフルが転送されてきた。
その間に、レイナはサヤに、カスミ班も啓斗のもとへ向かわせるよう指示を出していた。
啓斗はライフルを構え狙撃モードにすると、壁に身を寄せて銃口をシャークブルートに向けた。ウインテクターのゴーグルにターゲットサイトが浮かび、シャークブルートの頭部を捉える。
「よし……」
啓斗は呟いてトリガーに指を掛けた。が、
「え?」
トリガーを引く前に啓斗は呟いた。ゴーグル越しに見えていたシャークブルートの姿が消えていたためだった。
「啓斗! 上!」
ジュリの叫び声が聞こえたのは、その直後だった。啓斗が顔を上げると、鋭い歯の並んだ巨大な裂けた口が降り迫ってきていた。
「うわっ!」
啓斗は叫んで後ろに跳び退いた。啓斗が立っていた場所にシャークブルートが着地し、同時に上下の歯が噛み合わされる。ガキン、という甲高い金属音が鳴った。
「しまったっ!」
啓斗は叫んだ。手にしていたライフルの先端が消えている。そこには、鋭い刃物で切断されたかのような断面が残っていた。
シャークブルートは伏せていた顔を上げると、口の中から何かを吐き出した。地面に吐き出されたそれは、シャークブルートによって噛み切られたマルチプルライフルの銃口から数十センチほど先端の部分だった。
「嘘! 特殊合金を!」
それを見たミズキが驚愕の声を上げた。
シャークブルートの前にバリアが展開され、ジュリが撃ったアサルトライフルの銃弾を弾く。
ミズキもライフルを撃ちながら、三人は後退した。
「マリア!」
マガジンだけを手元に残して、切断されたライフルを投げ捨てた啓斗が叫ぶと、啓斗の右に新しいマルチプルライフルが転送されてきた。啓斗はライフルを取ると即座にシャークに向けたが、シャークは右手を振り抜き、前腕部の胸びれのようなパーツを飛ばした。胸びれは回転しながら命中し、啓斗の手からライフルを弾き飛ばした。シャークは地面を蹴り、口を開いて啓斗に突進した。
「啓斗!」
ウインテクターヘルメット搭載カメラから送られている映像を見て、レイナは啓斗の名前を叫び、両手で顔を覆った。
「レイナ!」
アキはその場に屈み込んだレイナの肩を抱いて起き上がらせる。
啓斗は食らいつかれる寸前に、右手で上顎を、左手で下顎を押さえ、突っ張るようにしてシャークの口が閉じるのを止めていた。
「ぐ、ぐぐ……」
ヘルメットの下で啓斗の顔が歪む。シャークの両顎の間隔は徐々に狭くなってきている。
「啓斗! 逃げて!」
ミズキが叫び、啓斗は身を引こうとしたが、その直前にシャークは両手で啓斗の腰を掴み捕らえ、自分のほうに引き寄せる。
「こ、この……」
啓斗は右足を上げてシャークの下顎に掛け、代わりに下顎を抑えていた左手を離す。自由になった左手は腰のホルダーから手榴弾を掴み取った。同時にタッチパネルに指を触れ、外周を光の帯が走り出した手榴弾をシャークの開いた口に放り込んだ。
シャークは後方に跳び退き、同時に口から手榴弾を吐き出した。
「伏せて!」
啓斗は叫び、ミズキとジュリは頭を庇いながら地面に伏せた。啓斗は並んで伏せた二人の上に覆い被さる。
爆発音が鳴り左右に建つビルが揺れた。啓斗はミズキとジュリを抱き起こすと、二人に肩を貸しながら土煙が舞う中を走る。煙の届かない視界が開けた大通りまで出ると、啓斗は爆心地を振り返った。ミズキとジュリは自分の足で立ちライフルを上げ、啓斗は丸腰のまま両手を上げて、三人は周囲を警戒するように身構えた。
「どこだ?」
啓斗は周囲を見回した。三人は背中合わせになって辺りを窺ったが、
「……いない」
「逃げたのか?」
ミズキとジュリが、そう呟いた。煙が晴れた爆心地にも、どこにも、シャークブルートの姿はなかった。
「レイナさん」啓斗は通信して、「すみません、また取り逃がしてしまいました」
「いいわ。それより啓斗、あいつ……」レイナは一度言い淀んだが、はっきりとした声で、「シャークは、誰とどんな通信をしていたか、分かる?」
「いえ、会話の内容までは」
「アキ」と、レイナは、「通信してた相手は、ビートルだと思う?」
「ああ」アキは答えて、「だとしたら、この前の輸送船か。ブルートの通信機器は、かなり遠くまで送受信可能らしいからな。距離も掴めない。いったい今どこに……」
アキは顎に手を当てて視線を下げた。
そこへミズキの通信の声が入り、
「まだ、そう遠くへはいっていないはずよ」
「あ! カスミ!」
ジュリの声が被った。カスミ、コーディ、ソーシャの三人が啓斗たちに合流したのだった。
「レイナ」カスミの声が入り、「合流したわ。でも、遅かったみたいね」
「そうなの。逃げられたわ」
「捜索を再開しましょう」
カスミが言うと、他の五人は同時に頷き、元と同じ二班に分かれて、それぞれは反対方向に走り出した。
「待て!」
アキの声が司令室に響いた。通信でその声を受け取った啓斗たちは足を止めた。
「アキ?」レイナがアキを見て、「何か分かったの? ……アキ?」
「もしかして……」アキは呟いて、「都市再生委員会、飛び去った輸送船、そういうことなのかも……」
「アキ――」
「レイナ!」レイナが声を掛けた直後、アキは顔を上げて叫び、「町の人たちを避難させろ!」
「避難? どういうこと?」
「やつの、シャークの目的が分かった、分かったかもしれない」
「えっ? それは?」
「やつは人間のふりをして都市再生委員会なんていう組織の委員長に収まっていた。どうしてだ? どうしてブルートが、そんなことを?」
「それは――」
レイナが答えあぐねるのを遮って、アキは、
「人を集めるためだよ!」
「人を集める? この町に?」
レイナが言うとアキは頷いた。レイナは、はっ、とした表情になって、
「も、もしかして……?」
「レイナ!」マリアの声がして、「上空に、何か」
マリアはヘッドクオーターズの外部カメラを仰角に向け上空を捉えた。その映像がメインモニターに映し出される。
「何? 流れ星?」
その映像を見たサヤが言った。
碧空の彼方に、輝く何かが飛んでいるのが見える。
「違う……」
アキが呟いた。
彗星のように尾を引きながら飛行している、光り輝くそれは、飛行、というよりは、飛来、という表現が相応しい動きを見せていた。
「こっちに向かってきてるんじゃ……」
マリアも映像に目を向けながら言った。
「カスミ! あれ!」
コーディが上空を指さした。他の五人もコーディが指した先を扇ぎ見る。
「流れ星? にしては……」
ミズキが怪訝そうな声で言うと、
「遅い……」
ジュリがその後を継いだ。
「おいおい……」ソーシャは二、三歩たじろいで、「落ちてくるぞ……」
流れ星のような飛来物は空気を斬り裂く轟音とともに、その姿を徐々に大きくしながら、次第に速度を緩めていた。
「ビルの影に隠れて!」
カスミが叫び、六人は近くのビルの影に跳び込んだ。
上空から飛来する物体は徐々に減速し、町の上空で停止した。
飛来する際に発せられる轟音は町中に響き渡っており、住人の誰もがその物体を見上げていた。
物体を覆っていた煙が晴れるとともに、その物体の表皮が露わになっていく。
「や、やっぱりだ……」アキが呟いた。
「あれは……」レイナは唾を飲み込んだ。
「ミズキ、あれって……」
啓斗はビルの影から顔を出しながら、隣のミズキに言った。
「ええ……」
ミズキも、それを見上げながら答える。
町の上空千メートルほどの高度に停止したそれは、啓斗にも見覚えがあった。工場の地下から出現し虚空の彼方へ消え去った、あの、ブルートの輸送船だった。
飛来して停止した際に押し寄せた熱風が町に吹き付け、路上の砂や紙切れなどが巻き上げられている。
輸送船の下面に細長い一本の線が生まれた。その線は徐々に太くなっていく。
「ハッチが開いたのよ」
カスミが言った。
ハッチは左右二十メートル程度の広さに開き、そこから何かが降下してきた。
「衝撃が来るわよ! 伏せて!」
カスミの声で六人は地面に跳び伏せた。何かが着地した衝撃音と地響きが周囲を襲った。
啓斗は顔を上げると、
「な、なんだ、あれ……?」
震える声で呟いた。
その落下物は、まだ人が居住していない大通りの広い十字路に着地し、啓斗たちの位置からも、その全容を見ることが出来ていた。啓斗以外の五人も顔を上げた。
「ま、まさか、あんなものが、まだ……」
カスミの声も震えていた。
輸送船から落下し、十字路に立っていたのは巨大な、
「きょ、恐竜……?」
啓斗が呟いて、ごくり、と唾を飲んだ。
そこに立っていたのは全長二十メートルを超える巨大な恐竜のような姿をした機械だった。その表皮にはブルートヴィークルや頭上の輸送船と同じような、禍々しい意匠が施されている。太い二本の足は鋭い爪で路上のアスファルトを抉っている。長い尾が後方に伸び、前方にせり出すように胴体、小さな前足、頭部、その先に鋭い歯が並ぶ口を開けていた。
「ティラノサウルス……?」
その巨躯を見上げて啓斗が呟いた。
「ブルートの巨大機動兵器よ……」その後ろに立ったカスミが呟く、「コードネーム、〈ジェノダイザー・テラーファング〉……」
「来たか」
ジェノダイザー・テラーファングが立つ十字路脇の倒壊しかかったビルの屋上に、シャークブルートの姿があった。シャークブルートは床を蹴ってジェノダイザー・テラーファングに向かって跳び、その背中に着地すると、足元に開いたハッチの中に入り込んだ。
ジェノダイザー・テラーファングは目を光らせ、口を開き咆哮を上げた。
「うわっ!」ビルにこだまする、その唸り声を浴びて啓斗はたじろいだ。
「あれが、やつの、シャークの目的だ」
アキはモニターに映るジェノダイザーを見て言った。
「都市再生委員会に所属して、この町に人を集めたのは、このため?」
レイナが訊くと、アキは、
「ああ、間違いない。ブルートの気質を考えれば納得がいく。やつは、復興させ、人を集め、大きくなった町をジェノダイザーで蹂躙するつもりだったんだ……」
「太らせてから、食う……」
レイナは呟いた。
司令室では、レイナ、アキ、マリア、サヤが。ヘッドクオーターズ運転席では、スズカが。ハンガーではチサトが。レジデンスの食堂では、タエ、クミ、ミサ、コトミが。医務室では、ルカとアイリが。トライアンフ操縦席ではリノが。それぞれが、モニターに映るジェノダイザーの巨体を無言のまま見つめていた。
カスミ、コーディ、ミズキ、ジュリ、ソーシャ、そして、啓斗の六人は、為す術がないように立ち尽くしたまま、ジェノダイザーの姿を直接目に映していた。
町では騒ぎが起きていた。怒号、喧噪、人々の走り回る足音。
「ママ……」
アヤが怯えた表情で瀬倉の脚にしがみついた。瀬倉は、しゃがみ込んで娘の体を抱き寄せ、
「レイナさん……」
呟いて、ビルの向こうに立つジェノダイザーを見た。
ジェノダイザー・テラーファングの片足が持ち上がった。踏みしめたその一歩はアスファルトを砕き、衝撃波はビルの窓ガラスを破壊した。同時に巨大な口から漏れた咆哮が碧空にこだました。




