立ち上がるレイナ
「啓斗が、まさか、いきなり戦えるとは思わなかったわ。あれで、みんなの心をがっちりキャッチしちゃったわよね」
ルカが言うと、レイナは、
「なにそれ。でも、そうね、あれは私も予期してなかったわ。……ある意味、コトミのおかげかもね。コトミというか、コトミのお父さん」
「……そうかもね」
「心苦しい言い方になっちゃうけど、コトミのお父さんの犠牲がなかったら、啓斗も、カスミも、コーディも、ミズキも、コトミだって、あの場でみんな殺されてたわ、きっと」
レイナは遠い目をして言った。ルカは、
「啓斗も、そのことは十分分かってるわよ」
「うん、ミズキからもらったナイフ、ずっとベルトに差して持ってるものね」
「きちんと手入れもして、時々ひとりで眺めてるわよ。声もかけづらいような、悲しそうな顔で」
「コトミも、すぐに馴染んでくれたわよね」
「そうね、ミサに与えた影響が大きいわね」
「ああ、確かに。私、時々、ミサとどっちが年上だっけ? って思うことあるわ」
「はは、そうね。たまにコトミのほうがお姉さんみたいに見えるわよね」
二人は笑った。笑い終えると、レイナはルカを見て、
「……ありがとう、ルカ」
「どういたしまして」
ルカが笑って答えると、レイナは、
「ごめんね。私、どうかしてた。みんなにも迷惑かけちゃったわね」
「そんなこと気にしないの。無理もないわよ」
「そうだったのかもね。イナスの仇が目の前に現れて、私、私……」
「それだけ好きだったんでしょ、イナスさんのことが」
ルカが言うと、レイナは、こくり、と頷いた。
「ルカ……」
レイナは潤んだ目でベッドから上体を起こし、ルカの両頬を両手で包み込んで顔を寄せると、自分の唇をルカの唇に触れさせた。
「レイナ……」
ルカは抵抗もせずにレイナの口づけを受け入れた。二人は、まぶたを閉じたまま唇を重ね続ける。
しばらくしてレイナは唇を離すと、
「好きよ、ルカ」
そう言って微笑んだ。ルカも微笑んで、
「アキやカスミにも同じこと言ってるんでしょ」
「うん、だって、みんな好きだもの」
「もう」ルカは真面目な表情になって、「レイナ、信じなさい、大好きな仲間を、あなたが作ったヴィーナスドライヴを」
「信じる……」
「そう、ヴィーナスドライヴは、誰ひとりとしてブルートに負けたりしないわ。最初に言ったでしょ。ヴィーナスドライヴは、あなたが集めた最強のメンバー。そしてね」
「そして?」
「ふふ」
「何よ」
レイナが訊くと、ルカは笑いながら、
「ヴィーナスドライヴは、レイナ、あなたのハーレムじゃない」
「な、何よそれ!」
「だって、そうでしょ? こんなに美人やかわいい子ばっかり集めて。選考基準に外見を絶対に考慮したでしょ。違うとは言わせないわよ」
「……ま、まあ、それは」
「ヴィーナスドライヴに女性しか、しかも美人しかいない本当の理由、啓斗が知ったら、どんな顔するかしらね」
「ちょっと、やめてよ、まだ啓斗には刺激が強いわよ」
「混浴までオーケーしておいて、今更なに言ってるのよ」
「もう……」レイナは毛布をめくると、「ルカ、私、行くわ」
そう言ってベッドから起き上がると、ハンガーに掛かった自分の上着を取った。
「ええ」
ルカも椅子から立ち上がり、レイナの髪の乱れを直してやる。
「ルカ……」
レイナは振り返って、もう一度ルカと唇を重ねる。
「もう……」
ルカはレイナを抱き寄せ、レイナもルカの腰に腕を回した。二人の服が擦れ合う音と、舌が絡み合う音が聞こえる医務室に、ルカの端末の呼び出し音が鳴った。ルカはレイナと唇を重ねたまま、机の上に置いた端末を手探りで取り上げ、
「ルカよ」
レイナの唇を離して応答した。
「レイナは? どう?」
スピーカーから聞こえてきたのは、サヤの声だった。
「いるわよ、代わるわ」
ルカは端末をレイナに渡した。
「サヤ、どうしたの?」
「レイナ……」
レイナが応答すると、サヤは不安そうな声を出した。
「大丈夫よ、何?」
「あ、リノがね。トライアンフで待機してたほうがいいか、って」
「……そうね。そうしてって伝えて」
「了解。……レイナ」
「何?」
「私、頑張るから、レイナに心配かけないように」
「……ふふ、ありがと」
レイナは端末のマイクにキスをして、通信を切った。
「レイナ」ルカはレイナから端末を受け取って、「まさか、サヤに手を出してないでしょうね」
「大丈夫よ。サヤには、まだ早いわ」
「ねえ、誰と誰に手を出したの?」
「何? 嫉妬?」
「そうよ」
「あら」
「冗談。心のケアもする医師としては、そういう情報は掴んでおきたいでしょ。決して興味本位じゃないわよ。突然レイナに襲われてショックを受ける子だっているかもしれないし」
「あら、お言葉ですけど、今まで私を受け入れてくれなかった女の子なんて、ひとりもいないのよ」
「はいはい、で、誰と誰なの?」
「アキ、ルカ、カスミ、リノの四人だけよ」
「リノにも? もう?」
「それはね、リノたちが仲間になったときに……」
「やっぱり、詳しく聞かせてちょうだい」
「いいわよ」
と、レイナは上着の乱れを直しながら、
「勝負に勝ったのよ」
「勝負?」
「トライアンフのパイロットを探しに出た先の、ある小さな町のマーケットでね、最後のひとつだったパンに同時に三人の手が伸びたの。それが、私、ジュリ、ソーシャだった」
「で、勝負することになったの?」
「そうよ」
「呆れた。今どき、ひとつのパンを奪い合って争うだなんて」
「私は、いいか、って思ったのよ。でも、ジュリとソーシャが引かなくてね。じゃあ、っていうので、私も勝負に加わったの」
「勝負の方法は?」
「これよ」
レイナは右手人差し指と親指を立て、拳銃の形を作って、
「三人とも拳銃を持ってたからね。射撃勝負」
「で、レイナが勝ったと」
「うん、ソーシャにはね」
「え? ジュリには負けたの?」
「ジュリ、強かったわ」
「それで、どうして仲間に出来たのよ。というか、それはパンを巡る勝負であって、仲間になる、ならないは関係ないわよね」
「ふふ、ソーシャはね、うまく手懐けたわ。別のところでご飯をご馳走してあげたら、いちころ」
「犬か。で、ジュリのほうは?」
「将を射んと欲すればまず馬を射よ、って言うじゃない。ジュリはリノと一緒だったの」
「うんうん」
「でね、その晩、二人が泊まってるホテルに押しかけて、ジュリがひとりで飲みに出ている間に、リノを……」
「ま、まさか……」
「リノ、『女の人に……』なんて言いながらも真っ赤になって。すごくかわいかったわよ」
「はあ……まったく」
ルカは、ため息をついた。
「翌朝、リノを通じて、ジュリも仲間に加えたの」
「ハーレムに加えた、の間違いでしょ」
「また、そういうことを言う」
「本当のことでしょ。でも、リノがねぇ……全然、そんなふうに見えなかったわ」
「そうでしょ。あの子、そういうのは表に出さない子だから」レイナは、そう言って上着の襟を正すと、「じゃあ、もう行くわ」
「ええ、気を付けて」
二人は見つめ合って微笑みを交わし、レイナは手を振って医務室を出た。
レイナはレジデンスの廊下を歩き、外へ出てヘッドクオーターズに向かう。
「レイナ!」
ヘッドクオーターズの影からアキが姿を見せた。アキはレイナに駆け寄り、
「もういいのか?」
「うん、大丈夫。心配かけたわね」
「そんなこと――うっ」
突然、アキの唇はレイナの唇で塞がれた。身長差があるため、レイナは屈み込んでアキの顔を抱き寄せている。しばらくの間、二人はそうして、
「ば、ばか!」アキがレイナを突き放すように身を引いて、「外だぞ。誰かに見られたらどうする……」
と言って、周囲を見回した。
「いいじゃない」
レイナは悪びれた様子もなく微笑むと、顔を真っ赤にしてアキは、
「よくない!」
「でも今、先に舌入れてきたのはアキのほうじゃない」
「ひ、久しぶりだったから……って、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「ふふ、行こう、アキ」
レイナはヘッドクオーターズのドアに向かい、アキもそのあとを追った。
「ごめん、みんな」
「レイナ!」
「レイナ!」
司令室に入ってきたレイナが開口一番詫びると、コンソール席に座っていたマリアとサヤが同時に振り向いた。レイナは二人に向かって微笑み、すぐに表情を引き締め、
「どう? 何か動きは?」
「あ、ありません」マリアがコンソールに向き直って、「カスミ班、ミズキ班ともに、定期連絡のみです。シャークブルートを発見したという報告はありません」
マリアが「シャークブルート」という言葉を発したとき、アキは横目でレイナを窺ったが、レイナは全く表情を変えなかった。
「そう」レイナは司令室中央テーブル脇の、いつもの立ち位置に移動すると、「町の様子は?」
「はい」と、今度はサヤが、「定期連絡では、特に異常は見受けられないそうです。ブルートを目撃した市民も何人かいるようですが、大騒ぎになるまでには至っていないようです」
「レイナ」アキが声を掛け、「あいつ、正体を現した直後、何か口走っていた。少し太らせてから食おうと思っていた、とかなんとか」
「太らせてから食う……」レイナは顎に手を当てて、「工場から飛び立った輸送船と何か関係があるんでしょうね」
「そうだろうな、それに、解せないのは……」
アキが言葉を止めたのを聞き、レイナはアキを見て、
「何?」
「あいつが都市再生委員会のメンバーに潜り込んでいたということだ」
「そうね、よりにもよって、委員長にね」
「……ショックだよな?」
アキが訊くとレイナは、しばらく黙ってから口を開き、
「……ええ、そうね。でも今は、そんなこと気にしてられないわ。ねえ、アキ」
「ん?」
「アキが、私をここまで運んでくれたの?」
「ああ、いや、あの人だよ、瀬倉さん」
「瀬倉さんが?」
「ああ、かかんきしょうこうぐん? が発症していたレイナを落ち着かせて、車を出してくれたんだ。あとで礼を言っておいたほうがいい」
「そうね、そうするわ」
「レイナ!」マリアの声がして、「ミズキからです。シャークを発見したと」
レイナとアキは、一度顔を見合わせてからマリアを見た。




