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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第14話 そのとき、レイナは
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ヴィーナスドライヴ誕生

「私ね……」ベッドの上でレイナは、「こんな日が来ることを、ずっと考えてた。想像してた。いったいどうなっちゃうんだろうって」


 ルカはレイナの話を黙って聞いている。レイナは続け、


「怒り狂って、逆上して、シャークに突っかかっていくのかなって思ってた。でも、違った」レイナは、ふっ、と笑みを漏らして、「いざとなってみれば、このざま」

「そんなふうに言わないの」


 ルカが言ったが、レイナは小さく首を横に振り、


「ルカ、私ね……怖かった。フラッシュバックっていうの? あの日のことが突然、頭の中に鮮明に浮かび上がってきて……怖かった」


 レイナは毛布から手を出して目尻を拭った。ルカはレイナの頭をやさしく撫でた。レイナは、その手を取ると、


「ねえ、ルカ。逃げよう」

「えっ?」


 呆気に取られた表情のルカを見つめて、レイナは、


「逃げよう、みんなで。逃げて、逃げて、ブルートがいないところに行くの。そこで、みんなで平和に暮らすの」

「レイナ……」

「殺されるよ……アキも、カスミも、タエも、みんな、みんな殺される……いや、私、そんなのいや……」


 レイナの目が潤み、流れ落ちた涙が枕を濡らした。ルカの手を握る、その手が震えだした。


「レイナ」ルカはハンカチでレイナの目元を拭い、震える手を握り返して、「信じなさい、みんなを。あなたが集めた最強のメンバーを」

「私が集めた……」

「そう、あなたとアキはこれ以上ないメンバーを見つけたわ。ヴィーナスドライヴは地上最強の軍団よ」

「最強……」

「そう。最初に加わったのはカスミでしょ。連合軍が壊滅して、コーディと一緒にいたところを、あなたとアキが拾ったのよね」

「カスミとコーディ……そう、カスミが率いていた部隊がブルートとの最終交戦で壊滅して、生き残ったのはカスミとコーディの二人だけだったそうよ。その後も、たった二人でレジスタンスみたいにブルートの残党と戦ってた。かっこよかったわ、カスミ。今よりも、ちょっと荒々しくて。セクシーワイルドって感じ」

「なにそれ、どういうのをイメージしたらいいの?」


 ルカが吹き出した。


「コーディも、今とはちょっと違ったな。髪が短くて男の子みたいだった。金髪の美少年」

「それ、本人に言ったの?」

「言ったわよ。そうしたらね、顔を真っ赤にして怒り出して。もったいないから、髪を伸ばして、もっと服装とかにも気を付けなさいってアドバイスしたの」

「コーディ、きれいだもんね」

「そうでしょ。私の助言の賜なのよ。でも、結局、あの性格と言葉遣いは直らなかったけどね」

「はは」

「ミズキも、そう。最初に会ったときは、まだまだ子供だった」

「ミズキは、あすなろ隊にいたのよね」


 ルカのその言葉を聞くと、レイナは暗い表情になって、


「そう、軍人を確保するために成人になるのを待ってられないから、特例により少年少女ばかりで組織された、あすなろ隊。私、彼らを初めて見たとき背筋がぞくりとしたわ。年端もいかない子供がライフルを構えて整列しているのを見たとき。体に合う軍服なんてない子も多かったから、動きやすいスポーツウェアなんか着てね。軍隊というよりもゲリラか何かに見えたわ」

「大変な時代だったわね」

「ええ、背が低くて強化外骨格を完全装備出来ない子は、手甲や胸当てなんかだけを装備したりしてね。出会った頃のミズキもそうだったの。左右で規格の違う手甲を付けて、ライフルを構えて。たったひとりで粗末な小屋に寝泊まりしていて。初めてミズキと会った、あのときの、彼女が私を見る目。忘れられない」

「最初は抵抗されたんでしょ」

「そう、まるで人に懐かない子猫みたいだった。何度も引っかかれたわ。でも、カスミとコーディがよくしてくれて。正直、私とアキだけだったらミズキを手懐けられなかったかもしれないわ」

「レイナでも、女の子に手こずるときがあるのね」

「私を何だと思ってるのよ」


 レイナは少しだけ笑顔を見せて、


「私、ミズキが加わったことで、いけると思った。ヴィーナスドライヴを、もっともっと大きくして、いつかはタイムサルベージを成功させて、ブルートと戦える組織を作る。イナスの夢が叶うと思った。そのために、私たちは積極的にメンバーを探したわ。まずは、オペレーター」

「マリアね」

「そう、軍属経験があるオペレーターを探して、マリアを見つけたわ。ヴィーナスドライヴのオペレーターは通常の仕事に加えて、ウインテクター転送の座標計算も、いつかはやらなくちゃいけない。その点でもマリアは最高の人材だった」

「マリア、頭いいものね」

「ね。才色兼備。時代が時代なら、アイドルか女優になっていたでしょうね」

「なにそれ」


 ルカは笑った。


「次に必要だったのはドライバー。当時、ヘッドクオーターズとハンガーで、二人運転手が取られるのがきつかったわ。コーディなんて、ヘッドクオーターズもハンガーも何回ぶつけたか分からないわ」

「はは。スズカが見つかって、よかったわね」

「本当にそう。スズカ、そこらに放置されてる軍用車両を勝手に乗り回しは捨て、を繰り返して旅をしてたんだって。小さい頃から車が好きで。女の子では珍しいわよね。スズカも最初はちょっと扱いづらい子だったな」

「やんちゃだったそうね」

「ええ、やんちゃ。その言葉、ぴったりね」

「また、カスミに教育してもらったの?」

「ううん、スズカは私が面倒を見たわ。話せば分かる子なのよ。スズカだけじゃない、みんな本当はいい子なの。こんな時代だから、物心ついた頃にはもう、人間は互いに助け合って生きていくっていうのが当たり前だと思ってるから」

「サヤは? どこから見つけてきたの?」

「変な言い方しないでよ」


 レイナは笑って、


「サヤはね、町の路地裏の隅っこに黙って座っていたの。汚れた服を着て。最初に会ったミズキが人に懐かない子猫なら、サヤは人に怯える子犬みたいだった。でね、思わず拾っちゃった」

「レイナのほうこそ、随分な言い方してるじゃない」

「ふふ。でね、サヤの面倒はマリアが見てくれたの。その流れでサヤもオペレーターに。いい声してるから、ぴったりでしょ」

「そうね、スピーカーからサヤの声が聞こえると、どうしてだか安心する。この前、ウインテクターの転送も出来たのよね。ぶっつけ本番で」

「ええ、本人も自信を付けたんじゃないかな。ルカに会ったのは、その次だったわね」

「そうね、びっくりしたわよ。ばかみたいに大きな車両が猛スピードで走ってきたかと思えば、いきなり急停止して。ただでさえボロい医院が倒壊するかと思ったわ」

「アキが急に熱を出して、必死だったの。あ、運転してたのはもちろんスズカよ」

「どうでもいいけど。でも、まさかあのときは、自分がこの変な人たちの集団に加わることになるとは、思ってもいなかったわ」

「こら」

「ねえ、レイナ、どうして私を連れて行こうと思ったの?」

「美人だから」

「あら、ありがとう」

「冗談よ。だって、ルカ、あのとき医者を辞めるつもりだったんでしょ?」

「……」


 ルカは俯いて黙った。


「ご、ごめん……」


 レイナが謝ると、ルカは笑みを浮かべながら首を横に振って、


「ううん、いいの。医者は神様じゃない。わかっていたんだけど」

「それに、話を聞く限りではルカに責任はないわ。薬の手配が出来なかっただけ。仕方ないわよ、こんな時代じゃ」

「でも、患者さんや、その家族は納得しないわ。万が一の事態に対しての備えを怠ったって言われても仕方ないわ」

「あのご家族はルカを責めたりしていなかったわ」

「うん、それは本当に嬉しかったし、ありがたかった。でもね、やっぱり、駄目なのよ」

「ルカ……」

「でも、レイナが誘ってくれて、正直嬉しかった。私、最初は渋るようなこと言ったけど、私がいなくても、あそこにはもうひとり医者がいたし、環境を変えて気分一新、いいかなって」

「ありがとう。私たちも助かったわ。これだけの人数になったら、いちいち医者に掛かるのに移動するのは効率が悪い、医者をメンバーに加えるべきだってアキがしつこく言ってた矢先だったから」

「で、そのアキが、いの一番に体調を崩してたらダメだよね」

「自ら医者の必要性を示したのよ。体を張って。ふふ」

「ふふ」


 レイナとルカは、笑いあった。


「それで」と、ルカは、「アイリとチサトが加わったのは、ほとんど同時だったわね」

「そう、ルカとアキが揃って、助手が欲しいって言い出したから」

「ぷっ」

「どうしたの?」


 突然、ルカが吹き出したのを見てレイナは訊いた。


「ごめん、アイリが入ったときのことを思い出して」

「……何? そんなにおかしかった?」

「だって、看護学校でレイナが……」

「そうだったわね、まだ稼働していた看護学校があったなんてね」

「しかも、今度の卒業生が最後の生徒。アイリはまだ卒業する学年じゃなかったけど、これ以上学校を運営出来ないからって、ね」

「そう、強制卒業。だから、何がそんなにおかしかったの?」

「レイナがさ、面接するみたいに卒業後の予定のない生徒を並べて」

「ああ、あのこと。別に普通でしょ?」

「普通じゃなかったわよ。あれはセクハラよ」

「えー、どうして?」

「どうして、は、こっちの台詞よ。ひとりひとり脱がせる必要あった?」

「だって、健康な子を連れて行きたいじゃない。普通の病院とは全然違う過酷な旅になるんだから」

「レイナ、触りまくってたよね」

「だからね、それは、健康な子を……それに、あの子たちも、まんざらじゃないってふうだったからね」

「で、アイリを選んだのは、一番かわいかったからでしょ?」

「そ、それだけじゃないわよ。性格的なものも考慮したんだからね。ルカだって、アイリがいいって、意見が一致したんじゃないの」

「それは、一番かわいかったから」

「もう……」

「ふふ」


 二人は、また笑いあう。


「ねえ、チサトのことはアキから聞いた?」


 レイナが訊くと、ルカは、


「うん、ヴィクトリオンを勝手に組み立ててたんでしょ」

「そう、アキがひとりでヴィクトリオンの調整をしてて、昼食を食べに出て、帰ってきたらパーツが組み合わさってたって」

「それで怒らないアキもアキよね」

「そう、怒るどころか、これ、お前がひとりで組んだのかって。チサトも、ばつが悪そうな態度も見せずに、これはいったい何ですかってアキに詰め寄ったそうよ」

「それで意気投合しちゃったと」

「バカみたいな話よね。アキのこと師匠なんて呼び始めちゃうし」


 そう言ってレイナは笑った。


「でも、チサトも身寄りのない子だったのよね」


 ルカが言うと、レイナは、


「そう、機械いじりが得意だから、旅の先々で機械修理で日銭を稼いでいたそうよ。アキにだけは、自分の身の上を話して聞かせたらしいわ。あの二人は固い絆で結ばれてるのね」

「レイナが言うと、おかしな意味に聞こえるわ」

「どうしてよ……まあ、助手を欲しがっていたアキには渡りに船だったでしょうね。その頃にはレジデンスも導入してたから」

「レジデンスといえば、タエが改造しちゃったのよね」

「ああ、そう。トレーニングルームをね。でも、あのお陰で店舗ヴィーナスドライヴが出来たから、よかったって思ってる」

「本当ね。みんな、いい気分転換になってると思うわ。一気に食事は豪華になるし。タエとクミには頭が下がるわよね、いつも、これだけの人数の食事を作ってくれて」

「そうね、それに、ミサの面倒も見てくれて」


 ミサの名前が出ると、ルカは沈んだ表情になって、


「ミサ……私は昔のミズキやサヤのことは知らないけど、あんな感じだったの?」

「そうね、でも、こちらが何かすると、ミズキは引っ掻いてきて、サヤは逃げてたわ。だけどミサは全然、何も反応が返ってこなかったの。そっちのほうが深刻よね。最初は本当、話しをするどころか食事も満足に食べてくれなくて、どうしようかと思った」

「レイナ、泣いてたもんね」

「あ、見られてたの? やだ、言ってよ」

「だって……で、いつだったか、クミがミサのハンガーストライキに付き合って」

「ハンガーストライキって……そう、あれからね、ミサが変わってくれたの」

「ミサが三食まともに食べないこともざらだっていうのに、クミはお昼一食抜いただけで倒れちゃったんだよね」

「ぷっ、あ、笑っちゃ悪いわ。ミサが血相変えてタエのところに飛んできて、お姉ちゃんが死んじゃった、って。それを聞いたらさすがのタエもびっくりしてね」

「あはは。あったわね。でも、ミサの人見知りはまだ直ってないわね」

「あれくらい、いいわよ。ちょっとかわいいじゃない、クミの背中越しに人を見てる仕草が」

啓斗(けいと)も、まだ完全になつかれてないって、この前苦笑いしてたわ」

「私から言わせてもらえば大したものよ。ミサが男性とあそこまでコミュニケーションを取るなんて、奇跡よ」

「そうかもね。買い物で男性店員とも、まともに話せないものね。ね、リノとジュリは、どう? まだ加わってから日は浅いけど」

「リノとジュリか……」


 レイナは天井を見て、


「変な二人よね」

「こらこら」

「だって、正反対じゃない、性格。本当に姉妹なのかしらね」

「小さい頃に別々の家に引き取られたからでしょ。でも、確かに二人にそんな感じはないわよね。自己紹介のときにも、姉妹だって二人とも言わなかったし。あの二人が姉妹だって知らないメンバーもいるでしょ?」

「そうね、啓斗は知らないはずだし、クミやミサも知らないかもね」

「でも、いいコンビよね。息がぴったりだから、トライアンフの操縦も文句なしよね」

「そうね、いい人材が見つかってよかったわ。トライアンフの建造完了が間近に迫って、私、アキに、トライアンフのパイロットの当てはあるのかって訊かれたとき、しまった、って思ったもの」

「ころっと忘れてたと」

「その場は流したけどね。焦ったわ」

「あの二人、どこから見つけてきたの? レイナ、ひとりでいなくなったと思ったら、あの二人にソーシャも連れて帰ってきたわよね」

「そう、あの三人のことは、話せば長くなるんだけど」

「じゃあ、また今度でいいわ。まあ、またかって思ったけどね」

「何がよ」

「また美人が増えたな、って」

「悪かったわね」

「全然悪いことないわよ。レイナのことだから。だからね、レイナが啓斗をサルベージすることに同意したのは意外だったわ」

「さすがにそこまではね。でも、何かぴんときたのよ。この少年ならいけるって」

「女の勘?」

「そんなのじゃないから。正直、まだ若いとは思った。不安はあったわ。でも限られた条件の中で、やるしかなかったでしょ。待ったなしだったのよ。賭けだった。バタフライ・エフェクト。本当に啓斗をサルベージすることで、この未来に影響はないのか? そもそも、こんなこと本当にしていいのか? そこまで考えたわ」

「出来ることとやっていいことは同じじゃない」


 ルカがその言葉を言うと、レイナは、強く頷いて、


「……よかったのよね。これで」

「そうよ。今までの戦いが証明してるわ。啓斗が何体のブルートを倒してきたことか」

「違うの……」


 レイナは首を横に振って、


「私、たまに考えることがあるの、私のしたことは、歴史の改変だったんじゃないかって。人類は、本当はブルートに根絶やしにされるはずだった。それを、啓斗を連れてくることで歴史を変えた。私たちは今、変換された歴史の中を生きてるんじゃないかって。これは本当の歴史じゃないんじゃないかって。いくら自分たちが生き残るためとはいえ、歴史を変えていいのかって……」

「レイナ、それは違うわよ。いつか啓斗が言ってたそうじゃない。『本当なら死んでいた、なんてない』って。『今、生きているということ、これが本当なんだ』って。今、この時間だってそうよ。これが正しい歴史なの、ううん、歴史に正しいも間違いもない。レイナがタイムサルベージで啓斗をこの時代に連れてくることも歴史のいちページなの」

「歴史は最初から全て決まってるってこと?」

「うーん、その考え方は嫌いだな。何かに失敗したときの言い訳にしかならないもの」

「そうよね、私も同感。成功した結果さえも、最初から決められていた、なんて言われたくないしね」

「で、どうなの? 啓斗のこと」

「何がよ?」

「彼、いい男よね」

「うーん、いい男って感じ? まだ子供じゃない?」

「レイナから見れば、そうかもね」

「ほとんど歳、違わないだろ!」

「私は好きよ、啓斗のこと」


 ルカは微笑んだ。レイナは、


「私も……好き」


 そう言って、笑みを浮かべた。

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