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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第13話 恐怖の声
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この中にいる

 それからさらに数日が過ぎた。レイナたちが都市再生委員会本部を訪れてから一週間が経っていた。レイナが、予告されていた会合に出向く前に食堂でお茶を飲んでいると、


「レイナ、私たちも連れて行ってよ」


 コーディが声を掛けてきた。その後ろには、アキ、ミズキ、啓斗、ミサ、ジュリ、ソーシャ、コトミ、総勢八名が並んでいる。


「どうしたの? みんな」レイナは振り返って言った。


「みんなも、その何とか委員会に行ってみたいって」


 コーディが言うと、ジュリが、


「私は興味ないけど、啓斗が行くなら私も行く」


 そう言って啓斗の肩に手を置いたジュリを、ミズキが口を尖らせて見た。その啓斗は、


「ミサとコトミにさ、見せてあげたくって。なんたって未来を担う子供たちだから。あ、クミは、タエと買い物に行っちゃったから」


 ミサとコトミは手を繋いで立っていた。コトミのもう片方の手は啓斗の手を握っている。


「私も興味があるな」アキが言った。


「私は、暇だからついていく」ソーシャは腕を組んで言った。


「まあ、いいわ。じゃあ、みんなで行きましょう」


 レイナは笑顔で立ち上がった。



「おい、ここって、バッファローブルートと戦った場所に近いんじゃないか?」


 本部の入ったビルに近づくと、アキが周囲を見回して言った。


「そうなんですよ」と、啓斗が、「見違えたでしょ?」そう言って微笑んだ。


「へぇー」アキは眼鏡の向こうで目を丸くした。


 レイナたちはビルに入って階段を上る。


「ミサとコトミは、アヤちゃんと友達になれるよ」


 階段を踏みながら啓斗が言うと、


「アヤちゃん? お友達が増えるの?」


 コトミは嬉しそうな顔をして、ミサは対照的に少し不安そうな表情になった。


「はは、大丈夫だよ、ミサ。アヤちゃんて、瀬倉(せくら)さんの娘さんだよ。あ、瀬倉さんって、憶えてるだろ? バスに乗っていた、あの女の人だよ」


 啓斗はミサの顔を見て笑いながら言った。


 最上階の五階に到着した。廊下を歩きながらレイナが、


「この前よりも大勢集まっているみたいね」


 そう言うと、啓斗も、


「そうですね」と言って、レイナとともに周囲を見回した。


 本部のドアは開けっ放しにされており、中から人々の談話の声が聞こえてくる。


「……ミサ?」


 啓斗が立ち止まった。ミサが足を止めたため、手を繋いでいたコトミも立ち止まり、コトミの手を握っていた啓斗も連鎖して足を止められたのだった。


「ミサ、大丈夫だって、アヤちゃんは……ミサ?」


 啓斗は笑いながら言ったが、ミサの表情を見て笑みを止めた。ミサの顔は強ばり、手が震えていた。


「どうかしたの? ミサ」


 レイナもミサの前に屈み込んでミサの肩に手を置いた。ミサの震えがレイナにも伝わった。異常を察して他のメンバーもミサを取り囲む。


「ミサ? ねえ、どうしたの?」


 コトミも心配そうな表情でミサの顔を見た。ミサは、ごくり、と唾を飲み込んで、


「い、いる……」

「いるって、何が?」


 レイナが訊くと、


「ブ、ブルート……」


 ミサの発した言葉に、皆の表情に驚きと緊張が張り付いた。


「ミサ」と、アキは小声になって、「ブルートがいるって、どういうことなんだ?」


 ミサは空いたほうの震える手で自分の服を強く握った。ミズキが横にしゃがみ、そのミサの手を服から離させて、両手でやさしく握る。


「こ、声……」ミサは、絞り出すように口を開く。


「声?」


 レイナが訊くと、ミサは震える首で頷いて、


「わ、私とコトミとミズキが、バンで掠われたとき、私……聞いた。三人のブルートの声……」

「スタッグに追われる直前のことね」


 レイナが訊くと、ミサは頷いて、


「うん、そ、そのときの、声……憶えてる……」

「その声が、今、聞こえるっていうのか?」


 アキが問うと、ミサはアキの目を見上げて頷いた。


「どこから?」


 さらにアキが訊くと、ミサは都市再生委員会本部の開け放たれたドアに視線を向けた。


「ビートル? それか、もう一体のブルート?」


 啓斗がレイナに訊くと、


「ビートルは、あの輸送船に乗っていったと考えられるわ」

「じゃ、じゃあ、残る最後の一体が?」


 啓斗もドアに視線を向けた。

 レイナは端末を取り出して通信回線を開き、ヘッドクオーターズが自分たちの、啓斗の位置から一キロメートル以内に入って来られるかをスズカとマリアに訊いた。

 道路が整備されたため、それは可能だった。

 数分待ち、ヘッドクオーターズがウインテクター転送可能距離に到達したことを確認すると、レイナはミサを見て、


「ねえ、ミサ、一緒に来て。誰の声なのか教えて」


 ミサは目に涙を浮かべてレイナを見た。


「大丈夫、ミサ。私たちがミサを守る。ミサだけじゃない、みんなを」

「そうだ、ミサ」と、啓斗も、「俺がついてるだろ、ミサ」

「ミサ」


 コトミもミサの手を強く握った。ミサは一度きつくまぶたを閉じ、すぐに開くと、口元を引き締めて頷いた。レイナは、ミサを抱きしめて頬にキスをすると、


「行くわよ」


 そう言って皆を見回して立ち上がった。コトミとミサ以外の全員は強く頷き合い。コトミはミサを抱きしめた。


「ミサ、コトミと一緒についてきて」


 レイナが言うとミサは頷いて、コトミと抱き合いながらレイナの後ろについていった。その他のメンバーは二人を守るように囲んだ。開いたドアの向こうが視界に入り、中の様子が窺えた。中では、委員会メンバー全員が揃い、野本(のもと)、瀬倉、犬のぬいぐるみを抱えたアヤの姿もあった。皆、委員同士や訪れた市民と談話をしている。


「ミサ」アキはミサの耳元に口を持って行き、「誰の声なのか、指をさしてくれ」


 ミサの視線は部屋の中を巡った。委員長の乙部(おとべ)、区画整理担当の金原(かねはら)、整備整頓担当の小寺(こでら)、移住手続き担当の古内(ふるうち)、食料供給担当の池谷(いけたに)、インフラ整備担当の北本(きたもと)、それぞれの顔にミサは視線を送り、


「まったく、難儀なことですな」


 そう言った人物の顔をミサは指さした。


「おや、いらっしゃい」


 レイナの顔をみつけた野本が声を掛けた。が、レイナは野本を見なかった。レイナ、啓斗をはじめ、ヴィーナスドライヴメンバー全員は、ミサが指さした男の顔を凝視していた。


「ん?」


 眼鏡を掛けた顔が振り向いた。委員長の乙部は、レイナたち全員と目を合わせた。


「おお、レイナさん、でしたかな」


 乙部は小寺との会話を中断してレイナに歩み寄ってくる。

 ミサは、びくり、と体を震わせた。ミサとコトミを庇うように、ミズキとコーディが立ちふさがった。


「どうかされましたか?」


 乙部は立ち止まった。レイナは、


「乙部さん……」


 そう声を掛けて沈黙した。


「レイナさん? そちらは、ご友人の方々ですか?」


 眼鏡の奥からレイナたちを見て、乙部は言った。


「乙部さん、あなた……」


 レイナの頬に汗が流れた。その様子を見た瀬倉が、


「レイナさん、どうかされましたか?」


 と、心配そうな声で歩み寄ってくる。その横に寄り添っていたアヤも、不安そうな表情でレイナを見上げた。


「おい、おっさん」突然、ソーシャが歩み出て、「お前、ブルートなんだって?」


 ソーシャの声は、それほど大きくなかったが、そのひと言で室内の談話の声は一瞬で止み、直後、どよめきに変わった。


「ソーシャ!」


 レイナが声を掛けたが、ソーシャは振り返ることなく右手を上げて、


「任せとけって」

「これは、これは……」乙部は含み笑いを漏らしながら、「今、なんと?」

「すっとぼけんなよ」と、ソーシャは尚も、「正体を現しな」

「気の強いお嬢さんだ」乙部は、にこにこと笑いながら、「私がブルートですって? そう言い切るには、何か証拠でも?」

「証拠はこれだ」


 ソーシャは右手で腰のホルスターから拳銃を抜いて、乙部に突きつけた。


「ソーシャ!」


 レイナは再びソーシャの名前を呼んだ。室内のどよめきは、さらに大きくなった。乙部は笑みを崩さないまま、


「なるほど、それで私を撃ってみれば、はっきりすると、そういうことですか」

「ああ、お前がブルートなら、バリアで弾き返す」

「そうでなかったら?」

「……かわいそうだけど」

「ソーシャ!」


 三度、レイナはソーシャの名を呼び、その隣に立った。


「レイナさん」乙部はレイナを見て、「面白いご友人ですね」

「乙部さん」レイナは硬い表情を崩さないままに乙部を見ながら、「あなたが、その、ブルートではないかという疑いがあるのです。申し訳ありませんが、確かめさせていただけませんか?」

「確かめる? このお嬢さんに黙って撃たれろと?」

「いえ、ほんの少し、かすり傷程度の――」

「いや、レイナ」アキが割って入り、「ブルートは、もしかしたらバリアを意識的に解くことが可能なのかもしれない。そのときだけバリアを張らずにやりすごすことも考えられる」

「アキ……」

「レイナ、ここは一旦引こう」

「アキ……」

「……そうだな」


 ソーシャも、そう言うとトリガーガードで拳銃をスピンさせてからホルスターにしまった。その瞬間、ソーシャは視線を横に投げていた。


「……まったく、人騒がせな――」


 乙部がそう言って笑いかけた次の瞬間、銃声が鳴り響いた。ほとんど同時に、硬いものに何かが弾かれるような音も重なった。


「コーディ――!」


 銃口から煙が上がった拳銃をコーディが構えていた。ソーシャと視線を交わしていたのはコーディだった。その拳銃から放たれた弾丸は部屋の天井に穿たれている。

 コーディの名を叫んだレイナは言葉を飲み込んで固まっていた。コーディの銃口は乙部に向けられていたにもかかわらず、弾丸が天井に突き刺さった理由を見たためだったのだろう。

 乙部の肩口には六角形を密集させたバリアが浮かんでいた。そのバリアが消えると、乙部はコーディを睨み、室内は沈黙に支配された。ソーシャは腕を組み、一瞬だけコーディと笑みを交わした。


「ブルートのバリアが」と、乙部に視線を戻したコーディが、「身を守るためのものなら、突然の不意打ちには意思とは関係なく必ず発動するはずだ。その攻撃が肩を掠める程度のものだったとしてもね」

「コーディ! 無茶な!」


 レイナが言ったが、コーディは、


「いや、おかしいと思ったんだ。普通の人間が、いきなり拳銃突きつけられて、あんな落ち着いていられるか? こいつ、ソーシャに銃を向けられても顔色ひとつ変えなかったぜ」


 そう言うと、もう一度トリガーを引いた。銃弾は乙部の心臓手前でバリアに弾かれ、跳弾が再び天井にめり込んだ。その瞬間、室内にいる誰の目にも、乙部を守ったバリアが見て取れた。

 人々は目を見開き、室内が悲鳴に満たされると、委員、市民問わず、我先にとドアに向かって殺到した。


「みなさん! 落ち着いて下さい!」


 市民たちをジュリとアキが誘導して、パニックになるのを防いでいた。野本も委員たちとともに避難していた。ミズキはコトミとミサを抱き寄せながら、瀬倉とアヤを誘導して室外に出させていた。啓斗はレイナの隣に立った。


「お前たち……何なんだ?」


 乙部は言いながら眼鏡を外して投げ捨てた。メガネの分厚いレンズの下に隠れていた、刺すような鋭い視線がレイナたちに突きつけられた。


「啓斗!」レイナは叫び、啓斗が頷くと、「マリア! ウインテクター転送!」


 開いたままの通信回線に叫んだ。


「了解!」


 マリアが答えると、啓斗の周囲に光の筋が浮かび上がり、ウインテクターの転送装着が完了された。


「貴様……」乙部はウインテクターを装着した啓斗を見て、「貴様なのか?」

「そうだよ」啓斗は答え、「地獄へ行け」さらに転送されてきた剣の柄を握った。

「ふふふ、ははは!」


 乙部は笑い、その目が真っ赤に染まった。同時に背広姿の体がうねるように変化を始めた。


「……あ、あれは」


 啓斗は乙部の変身した姿をゴーグル越しに見て絶句した。絶句したのはレイナとアキも同様だった。

 乙部は巨大な裂けた口を持つ姿に変化した、口には鋭い牙が無数に並び、その歯の縁にはノコギリのように細かい稲妻型の刃が刻まれていた。前腕からは鋭く湾曲した山型の胸びれのようなものが突き出した。


「こ、こいつが……?」


 啓斗は剣を構えながら、二、三歩後退して、レイナとアキの顔を見たが、すぐに正面に向き直った。


「仕方がないな」乙部から姿を変えたブルートは、「もう少し太らせてから食おうと思っていたのだが」無数の歯が並んだ巨大な口を動かして、そう言った。


「レイナ!」


 アキがレイナに駆け寄って、その体を支えた。レイナは床に崩れ落ちる寸前にアキに抱き留められた。


「レイナ!」


 アキは尚もレイナの名を呼んだ。レイナは目を見開き、屈み込み、床に膝と両手を突いて震えていた。


「レイナ!」


 コーディとソーシャも銃を構えてレイナに近づいた。


「アキ! レイナ、どうかしたのか?」


 コーディの声に、アキは応えずに、


「レイナ! しっかりしろ! レイナ」


 と、レイナの肩を揺さぶり、呼びかけ続けていた。レイナは揺すられる度に首をがくがくと揺らした。その目はどこも見つめておらず、明らかに焦点が合っていなかった。

 ブルートの口から甲高い咆哮が放たれた。それを聞くと、レイナの手足は更に強く震え始め、呼吸は次第に小刻みに荒くなっていった。


「貴様!」


 啓斗は叫びながら剣を振りかざしてブルートに突っ込んだ。ブルートは横に跳び剣を(かわ)したが、完全に避けきれず、剣の先端が表皮を掠めた。


「ほほう、これは、これは……」


 乙部が変身したブルートは、自分の表皮から流れ落ちる赤い血を指で拭った。


「くそ!」啓斗はブルートに向き直った。


「計画を早める必要があるな」


 ブルートは言うと、窓に向かって跳び込んだ。ガラスの割れる音が鳴り、ブルートは窓外に姿を消した。


「あっ! 待て!」啓斗もそのあとを追って窓から飛び降りた。


「啓斗!」


 コーディ、ソーシャ、ジュリも、部屋を出て階下に降りていった。ミズキは、アキに、


「ミサとコトミを」


 と、二人を託し、自分もドアを飛び出た。

 アキはレイナを強く抱きしめていた。レイナはアキの腕の中で震え、焦点の合わない目から涙を流し、細かく荒い呼吸を繰り返していた。


「レイナ」

「レイナ」


 ミサとコトミもレイナのそばにしゃがみ込んで、その手を握った。


「アキ! 何があったの? ブルートは?」


 マリアの声で通信が入ってきた。アキはレイナの顔を見つめると、


「都市再生委員長がブルートだった」

「えっ?」

「交戦したブルートを……〈シャーク〉と呼称する……」


 アキは、そう通達して、自分の腕の中のレイナを見た。レイナは、


「イナス……イナス……」


 と、細かく荒い呼吸の合間に小さく呟きながら、アキに抱かれたまま体を震わせていた。

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