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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第13話 恐怖の声
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これからの道

「いかがでしたか? レイナさん」


 聴衆たちが歓談しながら引き上げていく中、レイナに歩み寄った瀬倉(せくら)が話しかけてきた。


「はい、大変興味深いお話でした」レイナは答えた。


「ご参加していただけますか?」

「それは、まだ。でも、前向きに検討させていただきます」


 レイナの言葉を聞いた瀬倉は、深く頭を下げて、


「ありがとうございます。あ、委員にも挨拶させますわ」


 瀬倉は野本(のもと)や聴衆と会話している委員たちに向かって歩いて行き、二、三言葉を交わすと、先ほど説明を行った委員たちが順番にレイナのもとを訪れた。レイナはその全員と、少しの会話と握手を交わした。最後に話した委員長の乙部(おとべ)は、


「一週間後、またここで会合が行われます。そのときには住民の方たちに決めていただいた代表の方と、じっくりと今後の計画について話し合う予定です。ぜひ、その集まりにもご参加願いたい」


 そうレイナに告げた。レイナは即答しなかったが前向きな返事を返した。


 レイナたちは、野本、瀬倉、アヤに見送られ、委員会本部ビルを後にした。


「どうでしたか? レイナさん」啓斗は、隣を歩くレイナに訊いた。


「そうね、とても、有意義な会と計画だと思うわ」


 レイナが答えると、啓斗は、


「じゃあ、参加するんですね?」

「いえ、それはまだ……」

「どうしてですか? 何か不満でも?」

「そういうわけじゃないんだけれど」

「ブルートのことですか? この町に留まることになったら、ブルートを追って倒すっていう目的が疎かになると?」


 レイナは無言のまま答えなかった。啓斗はさらに、


「それなら大丈夫ですよ。俺たちだけでも何とかやっていきますって。レイナさん、俺がこんなこと言うの、おこがましいですけれど、この町に根を張って暮らすのもありなんじゃないですか?」

「啓斗……」


 レイナは啓斗を見た。啓斗もレイナを見返して、


「クミやミサ、コトミたちと一緒に、この町で平和に暮らす。ブルートの討伐は俺を含めた最低限の人数でやっていけますよ。俺も、この町を本拠地にして、情報があれば、その都度ブルート討伐に向かうっていう形とかいいと思うんです。……そうだ、ここにヴィーナスドライヴ本店舗を構えましょうよ。店長をはじめ店員全員美人揃いで話題になりますよ」

「啓斗……」


 レイナは笑みを浮かべながら言った。ただ、その笑顔は少し寂しげではあった。その二人の様子をルカは黙って見つめていた。



 レジデンスに帰り着くと、アキとチサトのバンも到着した直後だった。ヘッドクオーターズも駐機されており、ハンガーとトライアンフの様子を見に行ったスズカとコーディも戻ってきていた。

 レイナたちが食堂に入ると、ミズキ、マリア、コーディ、スズカ、アキ、チサトがカウンターを挟んで飲んでいた。サヤはマリアと一時間ごとの交代でヘッドクオーターズに待機している。


「おう、レイナ、ルカと啓斗も、おかえり」


 アキが手に持ったグラスを掲げて三人を迎えた。


「アキ、こんな昼間から飲んでるの?」

「違うよ、これはお茶。このあとヴィクトリオンの修理があるからな。酔うわけにはいかないさ」

「修理の目処は付きそう?」


 レイナも言いながらカウンター席に腰を下ろす。


「ああ、いい部品が手に入った。数日中には完了出来るよ」

「師匠」と、アキの隣で同じようにお茶を飲んでいたチサトが、「もっと値切れましたよ。あんな部品、師匠以外にそうそう需要ないんですから」

「私は、ものの価値に即した適正な価格で買い物をする主義だ」


 アキは、そう答えて、どん、とグラスをカウンターに置いた。


「みんなも、何か飲む?」


 カウンターの中にいたマリアが訊いてきた。啓斗とルカは、お茶をリクエストし、レイナは、


「私は、ちょっと強くないやつをもらおうかな」

「何だ、レイナ、自分が昼間から飲む気なのか」


 アキが言うと、レイナは、


「私はこのあとヴィクトリオンの修理はないからね」そう答えて笑った。


「そういえば、レイナ」と、流しで食器を洗い終えたミズキが、「どうだった? 都市再生委員会、だっけ?」手ぬぐいで手を拭きながら訊いてきた。


「うん。――あ、ありがと」レイナはマリアからグラスを受け取って、「しっかりしたところよ。あの人たちがいれば、この町はもっと大きくなって活気も戻ってくるでしょうね」

「レイナも参加するの?」


 ミズキの問いかけには、


「ううん、まだ、決めていない」


 そう答えてグラスを煽った。



 アキとチサトはヴィクトリオン修理のためバンでハンガーに向かい。情報収集のカスミ組と買い物のタエたちも帰ってきた。


「駄目ね、情報はなにもなし」


 カスミはカウンター席に座るなり言った。


「ついでに、ゲイバーもまだ開いてなかった」


 ジュリも言いながら座ると、カスミはジュリの脳天に軽いチョップを見舞った。


「本当にあったんだ、ゲイバー。ていうか、探して行ったんだ」


 カウンターの中で食器を拭きながらマリアが呟いた。


「レイナ」と、カスミは、「ブルートの情報を得るなら、他の場所に移動したほうがいいかもしれないわ」


 レイナはカスミの言葉に黙って頷いただけだった。


「そうですわね」と、リノはテーブル席に座り、「みんな、ブルートのことなんて、すっかり忘れ去っているみたいでしたわ。私、こんなに活気のある町って初めて見ました。誰も彼も、とても楽しそうで、笑顔で」


 そう言って微笑んだ。



 夕暮れ時になり、ヴィーナスドライヴは店舗を開けた。


「今日は、お客さん多いね」


 空の食器とグラスを流しに入れてサヤが言った。


「そうだな」と、コーディも、「町に人が増えてるって、こういうところで実感するな」

「コーディ」アイリがエプロンを掛けながら、「私、厨房のほう手伝ってくるわ。接客には悪いけど誰か非番の人を入れてもらえる?」

「わかった」


 コーディが答えると、アイリは厨房に向かった。


「サヤ、誰か呼んできてくれるか」

「はい」


 サヤは返事をすると、アイリに続いてカウンター奥のドアを抜けていった。



「今日は大繁盛だったわね」


 閉店したあとの店舗で、カウンター席に座ったルカが言った。


「そうね」


 隣のレイナが答える。営業時の喧噪が嘘のように静まりかえった店舗には、ルカとレイナの二人しかいなかった。他のメンバーは早くに就寝し、アキとチサトはヴィクトリオン修理のためにハンガーに行きっぱなしだった。


「啓斗の言うことも、ありかもね」


 レイナは、そう呟いてグラスに口を付けた。中身は強めのカクテルだった。


「何が?」


 ルカが訊くと、レイナはアルコール混じりの吐息を漏らして、


「この町に落ち着くってこと」

「レイナ……」

「ルカ、私ね、怖いの」

「怖いって、何が」

「このまま戦いを続けていたら、誰か死ぬんじゃないかって。……また」

「レイナ……」


 ルカは少しだけグラスに口を付けた。こちらにもレイナと同じカクテルが入っていた。


「私、自分の復讐に、みんなを付き合わせてるだけなのかな?」


 そう呟くとレイナは、ため息をついた。ルカは、すぐに、


「何言ってるの、らしくないわよ」

「そう……?」


 レイナはカウンターに置かれたルカの手を握った。ルカは、その手を取ると、そっと離させて、


「レイナ、今日はもう寝なさい」

「……うん」


 レイナは残りのカクテルを一気に煽ると、空になったグラスを流しに入れて、


「おやすみ、ルカ」と、ドアの前で振り向いて、「ごめんね」そう言って笑った。


 ルカも、「おやすみ」と、やさしく声を掛けて微笑みを返した。



「ヴィクトリオンの修理が完了した」


 ハンガーから帰ってきたアキがそう告げたのは、三日後のことだった。


「ありがとうございます、アキさん、チサト」


 啓斗は昼下がりの食堂でグラスを傾けるアキとチサトに、そう言って頭を下げた。


「労働のあとの一杯は、格別に美味いな」


 アキは、グラスのカクテルをほとんど一気に飲み干して言った。


「お疲れ様でした師匠。こんな真っ昼間からだと、特に最高ですね」


 チサトが、すかさず、おかわりのグラスを差し出すと、アキは、「ありがとう」と言って受け取り、中身の半分ほどを飲み干す。


「啓斗、レイナは?」


 アキが訊くと、啓斗は、


「都市再生委員会の本部に行ってます。会合はまだ先ですけれど。昨日も顔を出してたみたいですよ」

「そうか、レイナのやつ、本気なのかもな」

「師匠」と、自分も弱いカクテルを飲みながらチサトが、「レイナがその、何とか委員会に入ったら、ヴィーナスドライヴはどうなるの?」

「ん? いや、それはないだろ」アキは言った。


「ないですか?」


 アキにそう聞き返したのは啓斗だった。


「ああ、ないね」アキは二杯目のグラスも空にして、「レイナは自分のやるべきことをわかっているよ。みんなを捨てて自分だけそんなところに行ったりはしないさ」

「いえ、捨てる、とか、そういうんじゃなくてですね……」啓斗は自分もお茶を煽って、「レイナさんにも幸せになる権利はあるんじゃないか、ってことです」

「啓斗は、レイナが今、幸せじゃないように見えるのか?」

「そ、そうじゃなくって。レイナさんだけじゃないですよ。アキさんだって、ミサやコトミだって、いつか、戦いを終える日が来るんですよ。そのときのために何か、他に生き甲斐みたいなものがあっても、いいんじゃないかなって、俺は……」

「戦いを終える日、か……」アキは腕を組んで、「啓斗、それが平和的な結末だとは限らないんだぞ」

「ど、どういうことですか……」

「連戦連勝で楽観視してるな、啓斗。死ぬことで戦いが終わる結果だって十分あり得るっていうことだ」

「そ、そんな! 俺、そんなつもりで言ったんじゃ――」

「私は、私とレイナは見てる。戦死して戦いから解放された人間を」

「……イナス……さん」

「イナスだけじゃない、ブルートと戦って戦死したのは世界中で何千人、何万人もいる。民間人のタエたちだって大切な人を亡くしてる。チサトだって……」


 アキが、そう言ってチサトを見ると、


「やめて下さいよ師匠。その話はもう……」


 チサトは寂しげな微笑みを浮かべた。


「すみません、アキさん……」啓斗は頭を下げた。


「なに謝ってるんだ。私は、嬉しかったよ」

「何がですか?」

「啓斗が私たちのことを真剣に考えてくれてるっていうこと」

「そ、それは……俺、皆さんに幸せになってほしいですし。ヴィーナスドライヴだけじゃなくって、町で暮らす人たち、ここ以外で暮らしてる人たちも、全部、全員」

「啓斗は、やさしいね」


 チサトは、にこり、と笑って言った。


「い、いや、そんなんじゃ……」


 顔を赤くして俯いた啓斗に、アキが、


「啓斗は戦いが終わったら、特定の誰かを幸せにする予定はあるのか?」

「な! なに言ってるんですか! アキさん!」

「え? 私?」チサトが自分を指さした。


「ち、違う――」

「え? 違うの? 啓斗、私のこと嫌い? ミズキやコーディみたいに積極的じゃないから?」


 チサトは悲しそうな顔をした。


「い、いや、そうじゃなくって……」

「私も、お風呂でコーディたちみたいなサービスしたほうがよかった?」

「あ、い、や、それは……」啓斗は顔を赤らめる。


「チサト、あまり啓斗をからかうな」

「どう? 師匠、お風呂で今度二人で啓斗に……ててっ! ごめん!」


 チサトはアキに頬をつねられた。

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