これからの道
「いかがでしたか? レイナさん」
聴衆たちが歓談しながら引き上げていく中、レイナに歩み寄った瀬倉が話しかけてきた。
「はい、大変興味深いお話でした」レイナは答えた。
「ご参加していただけますか?」
「それは、まだ。でも、前向きに検討させていただきます」
レイナの言葉を聞いた瀬倉は、深く頭を下げて、
「ありがとうございます。あ、委員にも挨拶させますわ」
瀬倉は野本や聴衆と会話している委員たちに向かって歩いて行き、二、三言葉を交わすと、先ほど説明を行った委員たちが順番にレイナのもとを訪れた。レイナはその全員と、少しの会話と握手を交わした。最後に話した委員長の乙部は、
「一週間後、またここで会合が行われます。そのときには住民の方たちに決めていただいた代表の方と、じっくりと今後の計画について話し合う予定です。ぜひ、その集まりにもご参加願いたい」
そうレイナに告げた。レイナは即答しなかったが前向きな返事を返した。
レイナたちは、野本、瀬倉、アヤに見送られ、委員会本部ビルを後にした。
「どうでしたか? レイナさん」啓斗は、隣を歩くレイナに訊いた。
「そうね、とても、有意義な会と計画だと思うわ」
レイナが答えると、啓斗は、
「じゃあ、参加するんですね?」
「いえ、それはまだ……」
「どうしてですか? 何か不満でも?」
「そういうわけじゃないんだけれど」
「ブルートのことですか? この町に留まることになったら、ブルートを追って倒すっていう目的が疎かになると?」
レイナは無言のまま答えなかった。啓斗はさらに、
「それなら大丈夫ですよ。俺たちだけでも何とかやっていきますって。レイナさん、俺がこんなこと言うの、おこがましいですけれど、この町に根を張って暮らすのもありなんじゃないですか?」
「啓斗……」
レイナは啓斗を見た。啓斗もレイナを見返して、
「クミやミサ、コトミたちと一緒に、この町で平和に暮らす。ブルートの討伐は俺を含めた最低限の人数でやっていけますよ。俺も、この町を本拠地にして、情報があれば、その都度ブルート討伐に向かうっていう形とかいいと思うんです。……そうだ、ここにヴィーナスドライヴ本店舗を構えましょうよ。店長をはじめ店員全員美人揃いで話題になりますよ」
「啓斗……」
レイナは笑みを浮かべながら言った。ただ、その笑顔は少し寂しげではあった。その二人の様子をルカは黙って見つめていた。
レジデンスに帰り着くと、アキとチサトのバンも到着した直後だった。ヘッドクオーターズも駐機されており、ハンガーとトライアンフの様子を見に行ったスズカとコーディも戻ってきていた。
レイナたちが食堂に入ると、ミズキ、マリア、コーディ、スズカ、アキ、チサトがカウンターを挟んで飲んでいた。サヤはマリアと一時間ごとの交代でヘッドクオーターズに待機している。
「おう、レイナ、ルカと啓斗も、おかえり」
アキが手に持ったグラスを掲げて三人を迎えた。
「アキ、こんな昼間から飲んでるの?」
「違うよ、これはお茶。このあとヴィクトリオンの修理があるからな。酔うわけにはいかないさ」
「修理の目処は付きそう?」
レイナも言いながらカウンター席に腰を下ろす。
「ああ、いい部品が手に入った。数日中には完了出来るよ」
「師匠」と、アキの隣で同じようにお茶を飲んでいたチサトが、「もっと値切れましたよ。あんな部品、師匠以外にそうそう需要ないんですから」
「私は、ものの価値に即した適正な価格で買い物をする主義だ」
アキは、そう答えて、どん、とグラスをカウンターに置いた。
「みんなも、何か飲む?」
カウンターの中にいたマリアが訊いてきた。啓斗とルカは、お茶をリクエストし、レイナは、
「私は、ちょっと強くないやつをもらおうかな」
「何だ、レイナ、自分が昼間から飲む気なのか」
アキが言うと、レイナは、
「私はこのあとヴィクトリオンの修理はないからね」そう答えて笑った。
「そういえば、レイナ」と、流しで食器を洗い終えたミズキが、「どうだった? 都市再生委員会、だっけ?」手ぬぐいで手を拭きながら訊いてきた。
「うん。――あ、ありがと」レイナはマリアからグラスを受け取って、「しっかりしたところよ。あの人たちがいれば、この町はもっと大きくなって活気も戻ってくるでしょうね」
「レイナも参加するの?」
ミズキの問いかけには、
「ううん、まだ、決めていない」
そう答えてグラスを煽った。
アキとチサトはヴィクトリオン修理のためバンでハンガーに向かい。情報収集のカスミ組と買い物のタエたちも帰ってきた。
「駄目ね、情報はなにもなし」
カスミはカウンター席に座るなり言った。
「ついでに、ゲイバーもまだ開いてなかった」
ジュリも言いながら座ると、カスミはジュリの脳天に軽いチョップを見舞った。
「本当にあったんだ、ゲイバー。ていうか、探して行ったんだ」
カウンターの中で食器を拭きながらマリアが呟いた。
「レイナ」と、カスミは、「ブルートの情報を得るなら、他の場所に移動したほうがいいかもしれないわ」
レイナはカスミの言葉に黙って頷いただけだった。
「そうですわね」と、リノはテーブル席に座り、「みんな、ブルートのことなんて、すっかり忘れ去っているみたいでしたわ。私、こんなに活気のある町って初めて見ました。誰も彼も、とても楽しそうで、笑顔で」
そう言って微笑んだ。
夕暮れ時になり、ヴィーナスドライヴは店舗を開けた。
「今日は、お客さん多いね」
空の食器とグラスを流しに入れてサヤが言った。
「そうだな」と、コーディも、「町に人が増えてるって、こういうところで実感するな」
「コーディ」アイリがエプロンを掛けながら、「私、厨房のほう手伝ってくるわ。接客には悪いけど誰か非番の人を入れてもらえる?」
「わかった」
コーディが答えると、アイリは厨房に向かった。
「サヤ、誰か呼んできてくれるか」
「はい」
サヤは返事をすると、アイリに続いてカウンター奥のドアを抜けていった。
「今日は大繁盛だったわね」
閉店したあとの店舗で、カウンター席に座ったルカが言った。
「そうね」
隣のレイナが答える。営業時の喧噪が嘘のように静まりかえった店舗には、ルカとレイナの二人しかいなかった。他のメンバーは早くに就寝し、アキとチサトはヴィクトリオン修理のためにハンガーに行きっぱなしだった。
「啓斗の言うことも、ありかもね」
レイナは、そう呟いてグラスに口を付けた。中身は強めのカクテルだった。
「何が?」
ルカが訊くと、レイナはアルコール混じりの吐息を漏らして、
「この町に落ち着くってこと」
「レイナ……」
「ルカ、私ね、怖いの」
「怖いって、何が」
「このまま戦いを続けていたら、誰か死ぬんじゃないかって。……また」
「レイナ……」
ルカは少しだけグラスに口を付けた。こちらにもレイナと同じカクテルが入っていた。
「私、自分の復讐に、みんなを付き合わせてるだけなのかな?」
そう呟くとレイナは、ため息をついた。ルカは、すぐに、
「何言ってるの、らしくないわよ」
「そう……?」
レイナはカウンターに置かれたルカの手を握った。ルカは、その手を取ると、そっと離させて、
「レイナ、今日はもう寝なさい」
「……うん」
レイナは残りのカクテルを一気に煽ると、空になったグラスを流しに入れて、
「おやすみ、ルカ」と、ドアの前で振り向いて、「ごめんね」そう言って笑った。
ルカも、「おやすみ」と、やさしく声を掛けて微笑みを返した。
「ヴィクトリオンの修理が完了した」
ハンガーから帰ってきたアキがそう告げたのは、三日後のことだった。
「ありがとうございます、アキさん、チサト」
啓斗は昼下がりの食堂でグラスを傾けるアキとチサトに、そう言って頭を下げた。
「労働のあとの一杯は、格別に美味いな」
アキは、グラスのカクテルをほとんど一気に飲み干して言った。
「お疲れ様でした師匠。こんな真っ昼間からだと、特に最高ですね」
チサトが、すかさず、おかわりのグラスを差し出すと、アキは、「ありがとう」と言って受け取り、中身の半分ほどを飲み干す。
「啓斗、レイナは?」
アキが訊くと、啓斗は、
「都市再生委員会の本部に行ってます。会合はまだ先ですけれど。昨日も顔を出してたみたいですよ」
「そうか、レイナのやつ、本気なのかもな」
「師匠」と、自分も弱いカクテルを飲みながらチサトが、「レイナがその、何とか委員会に入ったら、ヴィーナスドライヴはどうなるの?」
「ん? いや、それはないだろ」アキは言った。
「ないですか?」
アキにそう聞き返したのは啓斗だった。
「ああ、ないね」アキは二杯目のグラスも空にして、「レイナは自分のやるべきことをわかっているよ。みんなを捨てて自分だけそんなところに行ったりはしないさ」
「いえ、捨てる、とか、そういうんじゃなくてですね……」啓斗は自分もお茶を煽って、「レイナさんにも幸せになる権利はあるんじゃないか、ってことです」
「啓斗は、レイナが今、幸せじゃないように見えるのか?」
「そ、そうじゃなくって。レイナさんだけじゃないですよ。アキさんだって、ミサやコトミだって、いつか、戦いを終える日が来るんですよ。そのときのために何か、他に生き甲斐みたいなものがあっても、いいんじゃないかなって、俺は……」
「戦いを終える日、か……」アキは腕を組んで、「啓斗、それが平和的な結末だとは限らないんだぞ」
「ど、どういうことですか……」
「連戦連勝で楽観視してるな、啓斗。死ぬことで戦いが終わる結果だって十分あり得るっていうことだ」
「そ、そんな! 俺、そんなつもりで言ったんじゃ――」
「私は、私とレイナは見てる。戦死して戦いから解放された人間を」
「……イナス……さん」
「イナスだけじゃない、ブルートと戦って戦死したのは世界中で何千人、何万人もいる。民間人のタエたちだって大切な人を亡くしてる。チサトだって……」
アキが、そう言ってチサトを見ると、
「やめて下さいよ師匠。その話はもう……」
チサトは寂しげな微笑みを浮かべた。
「すみません、アキさん……」啓斗は頭を下げた。
「なに謝ってるんだ。私は、嬉しかったよ」
「何がですか?」
「啓斗が私たちのことを真剣に考えてくれてるっていうこと」
「そ、それは……俺、皆さんに幸せになってほしいですし。ヴィーナスドライヴだけじゃなくって、町で暮らす人たち、ここ以外で暮らしてる人たちも、全部、全員」
「啓斗は、やさしいね」
チサトは、にこり、と笑って言った。
「い、いや、そんなんじゃ……」
顔を赤くして俯いた啓斗に、アキが、
「啓斗は戦いが終わったら、特定の誰かを幸せにする予定はあるのか?」
「な! なに言ってるんですか! アキさん!」
「え? 私?」チサトが自分を指さした。
「ち、違う――」
「え? 違うの? 啓斗、私のこと嫌い? ミズキやコーディみたいに積極的じゃないから?」
チサトは悲しそうな顔をした。
「い、いや、そうじゃなくって……」
「私も、お風呂でコーディたちみたいなサービスしたほうがよかった?」
「あ、い、や、それは……」啓斗は顔を赤らめる。
「チサト、あまり啓斗をからかうな」
「どう? 師匠、お風呂で今度二人で啓斗に……ててっ! ごめん!」
チサトはアキに頬をつねられた。




