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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第13話 恐怖の声
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再会

「レイナさん、ここ、もう町外れなんて言えませんね」


 都市再生委員会本部が入ったビルを見上げ、その周囲を見回して啓斗(けいと)が言った。


「そうね」と、レイナもぐるりを見て、「私たちがいた頃は、まだまだ人通りの少ない、さびれた地域だったのにね」

「へえ、そうなの?」


 と、ルカも辺りに視線を向けて口にする。

 ビルが面した道路は町の中心部とそう変わらない程度の人通りを誇り、そのビル以外にも多くの建物に人が出入りし、店舗なども軒を連ねていた。


「ここらは倒壊の危険のある高層ビルがないから、開発も早くに進んだんでしょうね」


 レイナが言った。続いて啓斗は、


「俺がバッファローブルートと戦った場所って、多分、ここからそう離れてませんよ。あのときは人っ子ひとりいなくて、いかにも廃墟って感じだったのになぁ……」


 そう言うと感慨深そうに、もう一度周囲を見回した。


「ま、とりあえず、入ってみましょう」


 レイナはビル正面玄関のドアを押し開け、ルカ、啓斗もその後に続いた。そのビルは五階建てで、都市再生委員会の本部は最上階の五階に入っていた。レイナたちはエレベーターは使わず階段で五階まで上る。


「ここね」


 レイナは〈都市再生委員会〉と手書きの紙が貼られたドアの前で立ち止まった。ノックをすると中から「どうぞ」と男性の声が返ってきた。


「失礼します」


 レイナはドアを開けて入室した。その後ろからルカと啓斗も、同じく「失礼します」と言いながらドアをくぐる。

 部屋はドアを抜けるとすぐに広い部屋になっており、長テーブルと多数のパイプ椅子が会議室のように並べられていた。隅の小さなテーブルにはパソコンが設置され、ディスプレイに向かって男性がキーを打っていた。男性は椅子の座面ごと振り向いて、


「いらっしゃいませ」


 そう言って立ち上がると小さく会釈した。男性は壮年といった年齢に見え、作業服を着ていた。


「今日は、どういったご用件で? 移住のご希望ですか?」

「いえ、あの……」


 即座に語りかけてきた男性に、レイナは答えあぐねるように言葉を濁した。


「あ、もしかして」と、男性は、「委員会への参加をご希望ですか? それでしたら、ぜひ――」

「あ、あのですね」と、レイナは、ようやく、「ちょっと、こちらのお仕事に興味があったものですから。話を伺えないかな、と……」

「ああ、そういうことですか」男性はパイプ椅子を三脚引き、「ささ、どうぞ、お掛けになって」そう言ってレイナたちに着席を促すと、「瀬倉(せくら)さーん」と、部屋の奥に通じるドアに向かって声を掛けた。少しして「はーい」と声が帰ってくる。その声を聞いた啓斗は顔をドアに向けた。


「どうしました――あら、お客様?」


 ドアを開けて入ってきた女性は、そう言ってレイナたちを見ると、一瞬言葉を止めて、


「……あ、あなたがたは」

「やっぱり、あのときの!」


 啓斗は、そう叫んで立ち上がった。隣に座るレイナも、その女性の顔を見て気が付いたようだった。


「……その節は、大変お世話になりました」


「瀬倉」と呼ばれた女性は目に涙を溜めて深々と頭を下げた。瀬倉は啓斗たちがバッファローブルートから救出した女性だった。

 瀬倉は、お茶を注いだ湯飲みを五つ持って来て、それぞれの前に置いた。


「そうでしたか、瀬倉さんのお知り合いでしたか」


 作業着姿の男性は、野本(のもと)と名乗り、瀬倉とレイナたちとの関係を聞いて、そう言った。ブルートのことや啓斗の秘密は口にせず、以前世話になった、ということだけを瀬倉は野本に伝えた。レイナたちも、それぞれが名前を名乗った。


「あのときは何だか、ばたばたして、お名前も伺わずに別れてしまいましたものね」


 瀬倉は、そう言うと笑みをこぼす。


「お子さんは、どちらに?」


 啓斗が訊くと、瀬倉は、


「ここに一緒に連れてきています。今は寝ていますわ」


 瀬倉は出てきたドアに視線を向けた。


「瀬倉さん、こちらで働いていらっしゃったんですか」


 レイナが言うと、瀬倉は、


「はい。あのあと、マーケットで働いていたのですが、都市再生委員会の話を聞いて、ここで働きたいと思って転職したんです。レイナさんたちは、どんなご用件で? もしかして委員会の仕事を手伝っていただけるとか?」

「あ、いえ、それはまだ――」


 レイナが言い淀むと、野本が、


「いや、瀬倉さんのお知り合いであれば話は早いですよ。私としましては、ぜひともお力をお貸しいただきたい。人手不足なもので」

「は、はあ……」

「野本さん、無理にお誘いしてはいけませんよ」


 体をテーブルに乗り出させて熱心に話す野本を瀬倉が嗜めた。


「あ、す、すみません……」野本はハンカチで汗を拭いて、「でしたら、今日行われる会合に同席だけでもしていただけませんか?」

「会合、ですか?」


 レイナが訊くと、野本は、「はい」と言って、


「このあと、午後一時半から委員会の主要メンバーが揃って、市民の皆さんを招いて今後の計画を聞いていただく会合を行うんです。もし、よろしかったら……」

「レイナ」と、ルカが、「出て、話を聞くだけでもいいんじゃない?」

「そうですよ」啓斗も身を乗り出して、「俺、お話聞きたいです。レイナさんも一緒に出ましょうよ。ルカさんの言うとおり、話を聞くだけでもいいじゃないですか」

「そ、そうね……」レイナは頬を掻いて、「じゃ、じゃあ、話を聞くだけで」

「ええ、ぜひ!」


 野本は満面の笑みになって、レイナたち三人と固い握手を交わした。


「で、では、私たちは一旦……」


 そう言ってレイナが椅子から腰を浮かしたとき、奥に通じるドアが開き、犬のぬいぐるみを抱きかかえた女の子が姿を見せた。女の子は、「ママ……」と言いかけて言葉を止め、啓斗の顔を見ると、


「あー、強いお兄ちゃん!」


 啓斗を指さして言った。啓斗は、それに答えて笑顔で手を振った。



 レイナたちは瀬倉に誘われて昼食をともにすることになった。ビルを出た数軒先の弁当屋で弁当を買い求め、レイナたちに瀬倉とその娘を加えた五人は近くの広場に移動した。

 コンクリートの床の上に瀬倉が持参したシートを広げ、その上に五人は腰を据える。

 弁当の蓋を開けた啓斗に、瀬倉の娘が、


「ねえ、強いお兄ちゃん。私、アヤ、お兄ちゃんのお名前、何て言うの?」

「啓斗、だよ」


「アヤ」と名乗った瀬倉の娘に名前を訊かれた啓斗は、微笑みながら答えた。


「ケイトお兄ちゃん、か」


 アヤは、そう言うと母親と一緒に弁当に箸を伸ばした。瀬倉は大きめの弁当を買い求め、アヤと二人で分けて食べていた。


「瀬倉さん、お体のほうは、もう?」


 ルカが訊くと、瀬倉は、


「はい、もう問題なく動けます。本当にお世話になりました」


 瀬倉は三人に頭を下げた。その隣で、アヤも母親を見て同じように、ぺこり、と頭を下げる。


「瀬倉さん、ここら辺、急速に変わったんですね」


 感慨深い声で言うと、啓斗は広場を見回した。瀬倉は、


「はい、そうなんです。元々無事な建物が多かったせいか、清掃をして人が住むようになると見違えました。昼間から酔っぱらいがうろついているようなところだったのですが、そういう人たちも追い出したりせずにかき集めて整備清掃の労働力にしたんです。共同宿舎に住まわせて、今ではもう、すっかり健康的な生活を送っているんじゃないでしょうか」

「そうなんですか……」


 啓斗は広場でサッカーボールを蹴る少年たちや、それを見守るように昼食をとっている大人たちを見て目を細めた。


「それも全部、都市再生委員会のおかげなんですね」


 レイナが言った。瀬倉は頭を下げて、


「ええ、皆さん一生懸命で。働きがいのある職場です。あの、レイナさん。お話だけでも、ということですが、私としては、ぜひ、レイナさんのような方に委員会に参加していただきたいと思っております。もちろん、皆さんの秘密は誰にも公言いたしません。この委員会が発足して無事運営出来ているのも、レイナさんたちが……」と、ここで瀬倉は周囲を窺うように声を顰め、「ブルートを倒して、町を平和にしてくれたからなんです。あなたのような方に参加していただけたら、どんなに心強いか」


 レイナは箸を止めて瀬倉の話を聞いていた。


「レイナ」ルカがレイナの肩に手を置いた。


「うん……」レイナはルカに返事をして、瀬倉に顔を向け、「とりあえず、昼からの会合でお話を聞かせて下さい」

「ええ、それは、もちろん」


 瀬倉がそう言って微笑むと、今度はレイナが頭を下げた。


「ごちそうさま」アヤが手を合わせて箸を置き、「ケイトお兄ちゃん、遊ぼう」


 啓斗の顔を見上げて、袖を引いた。


「こら、アヤ」


 と、瀬倉が嗜めたが、啓斗は、


「いいですよ。俺、アヤちゃんと遊んできます」


 そう告げて空になった弁当箱を置くと、シートから腰を上げてアヤに引っ張られるように歩いていった。


「素敵な方ですね」啓斗の背中を見て瀬倉が言った。


「啓斗のことですか?」


 レイナが訊くと、瀬倉は、


「はい。未だに信じられません。あんなやさしい少年がブルートを倒してしまったなんて。世界中の軍隊が集まって連合軍になり、束になってかかっても倒せなかったブルートを」


 それを聞いたレイナは笑みを浮かべて、


「ええ、私もです」


 そう言ってルカと顔を見合わせて笑い、三人は少し離れた場所でままごとに興じる啓斗とアヤを見つめた。



 レイナたちが都市再生委員会の本部に戻ると、来たときとは一変して大勢の人で室内はごった返していた。レイナたちは、瀬倉に促されて一番後ろに並べられたパイプ椅子に座った。正面の壁はスクリーンとして使われパソコンからの映像が投影されており、町全体を表したと思われる平面図が映し出されていた。その平面図は区画ごとに色分けされている。

 室内の椅子がほぼ埋まり、会話の声も落ち着くと、正面隅に座った野本が立ち上がり、


「えー、皆様、ようこそお越し下さいました。都市再生委員会の野本です。本日は当委員会役員より、今後の都市整備計画とその概要が説明されます。では、最初に委員長の乙部(おとべ)よりご挨拶申し上げます」


 そう言い終えて野本が座ると、同じ列に並んで座っている数名の男女の中からひとりが立ち、参加者に向かって一礼して、


「只今ご紹介に与りました、委員長の乙部です」


 顔を上げた乙部は話し出した。乙部は三十代から四十代程度に見える男性で、短く切りそろえた髪にメガネを掛け、青い背広姿だった。


「本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。これから当委員より、都市再生に向けての取り組みを皆様に話させていただきます。この町がさらに発展するためには、皆様ひとりひとりの御協力が不可欠です。どうか当委員会にご助力いただき、ひとりでも多くの市民の皆様に当委員会の趣旨にご賛同、ご協力いただけることを願っております」


 乙部は最後にもう一度頭を下げた。聴衆からは拍手が起こった。レイナたちも同じように手を打ち合わせる。


「ありがとうございました」と、再び野本が、「では、次に、区画整理担当の金原(かなはら)から」


 野本の声に、乙部の隣に座っていた男性が立ち上がった。


「どうも、区画整理担当の金原です。みなさん、まずは、こちらをご覧下さい」


 金原は言うと、壁に映し出された町の平面図に皆の視線を向けさせた。金原は乙部よりも若干若く見え、少し華奢な男性だった。


「この緑で塗られた地域は、すでに人が居住している区域です。青は整備整頓さえすれば、すぐにでも人が住める区域。黄色は人が住むには整備に時間がかかると思われる区域。そして、赤く塗られた場所は倒壊の恐れのあるビルや、著しく損壊した建造物が多く人が住むには適さない区域です。我々は、まず、この青い色の区域から……」


 金原はスクリーンと聴衆を交互に見ながら、都市再生に向けての計画を語り続けた。


「では、次に、整備整頓担当の小寺(こでら)から」


 金原の話が終わると、再び野本が司会進行をし、金原のさらに隣に座った男性が立ち上がった。白髪の目立つ中年男性だった。


「こんにちは、小寺といいます」


 小寺が話し出すと、スクリーンは野本の手元にあるパソコンの操作により、色分けされた平面図からフローチャートと写真が組み合わされた画像に切り替わった。


「これは未整備区域の整備整頓方法のフローと、実際の作業の様子を写したものです」


 小寺はスクリーンを指し示しながら語る。


「まず、瓦礫の除去。これには重建設機械の使用が不可欠です。機械はありますが乗り手に不足しているというのが現状です。皆様の中に、こういった重機の運転経験のある方がいらっしゃれば、ぜひともご紹介いただきたい……」


 小寺の話が終わると、次に移住手続き担当の古内(ふるうち)と紹介された男性が立ち上がり話し始めた。見た目では委員会の中でもっとも若かった。


「現在、有線電話での連絡が可能な周辺集落に暮らす人たちへ、この町への移住の案内を発信しております。電話が通じない地域にも当委員会から係員を車で派遣して説明を行っております。暮らし慣れた場所を離れることに不安を示す方もいらっしゃいますが、概ね、好意的にこちらへの移住を選択していただいております。皆様におかれましても、こちらに住んでもよいとお考えのお知り合いの方がいらっしゃいましたら、ぜひ、お知らせ下さい……」


 次に話を始めたのは、食料供給担当の池谷(いけや)と名乗る中年女性だった。


「現在、この町に限りませんが、食料の供給は戦中の在庫と残された畜産、自主的な耕作に頼っているというのが状況です。稼働が再開された食料工場などの話も聞きますが、まだまだ軌道に乗るには時間がかかるでしょう。私たちは郊外に田畑をもうけ、食料の安定的な供給と同時に働き口の斡旋も進めていく計画を……」


 池谷のあとに、インフラ整備担当の北本(きたもと)と名乗った初老の男性が話を受け継いだ。


「御存じの通り現在、通信関係は生き残った有線回線による電話のみが使用可能という状況です。この回線を維持していられるのは、ほぼボランティアで働いてくれている職員の方々のおかげです。我々は、この職員の方々に正当な賃金を支払うため、住民の皆さんの負担にならない範囲での通信の有料化を考えております。上下水道、電気についても同様です。大きなビルや施設には太陽光発電による自主電力を賄う設備が搭載されているものも多いですが……」


 委員全員の話が終わり、最後に、もう一度委員長の乙部が、


「皆さん、ご静聴ありがとうございました。我が委員会の運営にご興味を持っていただけたでしょうか。皆さんの力で、どうかこの町にひとりでも多くの人を呼んでいただきたい。人が集まれば、そこには需要が生まれます。需要は職を産みます。私は、この町に小さなひとつの社会を復活させたい。誰もが安心して暮らし、働き、眠ることの出来る、かつての社会を。どうか、ひとりでも多くの方の御協力をお願い致します」


 乙部は言い終えると深々と頭を下げた。レイナたちも含めた聴衆からは拍手が起こった。

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