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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第13話 恐怖の声
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再び町へ

「ソーシャ、遅れてるわよ」


 先頭を走るカスミは振り向いて声を掛けた。カスミの後ろには、コーディ、ミズキと連なり、ミズキから少し離れて最後尾をソーシャが走っていた。


「カ、カスミ、もっと、ペース、ゆっくり……」


 ソーシャは荒い息とともに絞り出すように声を発した。

 カスミたち戦闘員は毎朝の日課である走り込みの最中だった。戦闘が行われた翌日は、リカバリーのため軽いランニングとストレッチ程度で済ませていたため、別働隊にいたソーシャが加わり四人が揃って本格的に走り込みをするのは、この朝が初めてだった。


「もう」と、カスミは、「アイリたちといる間、私がいないと思って、ずっとさぼってたんでしょ」

「わ、私は、昨日、店に出てたから……」

「そんなの、みんな同じよ。私もコーディやミズキだって、店に出た翌朝もしっかりと、こうして走ってるのよ」

「がんばって、ソーシャ」


 少し足を緩め、ソーシャと並んでミズキが声を掛ける。コーディも同じようにソーシャの隣に来て、


「これが終われば、タエの朝ご飯が待ってるぞ」

「け、今朝のメニュー、何かな?」

「タエ、昨日買い物に行って卵が手に入ったって言ってたぞ」

「じゃあ、卵かけご飯だね」


 ソーシャは自分の質問に答えたコーディとミズキの声を聞くと、


「た、卵かけご飯……よっしゃぁー!」


 ストライドを大きくして走る速度を上げた。


「いいよ、その調子」

「走れ、走れー」


 ミズキとコーディは顔を見合わせて笑うと、ソーシャの背中を追った。



「はい、三人とも、お疲れ」


 ゴールであるレジデンスの前に着くと、カスミは、そう言って足を止めた。


「お疲れー」

「お疲れ」


 コーディとミズキも言いながら足を止めて、荒い呼吸をしながら汗を拭った。二人から数秒遅れて到着したソーシャは、ゴールするなりそのまま寝転び仰向けに大の字になった。

 レジデンスの中からコトミが出てきて、「お疲れ様でした」と声を掛けながら水の入ったボトルを四人に手渡していく。カスミ、コーディ、ミズキも礼を返しながらボトルを受け取り、最後に、


「はい、ソーシャ」


 コトミは寝転がっているソーシャにボトルを差し出した。


「あ、ありがと、コトミ……」


 手を伸ばしてボトルを受け取ったソーシャは、蓋を開けると中身を自分の顔にかけた。


「はー、気持ちいい……」

「ソーシャ」カスミが近づいてきて、「すぐに横になったら駄目よ。ちゃんとクールダウンしないと」


 そう声を掛けて、タオルで汗を拭って歩き出した。コーディとミズキも互いに手を取り合ってストレッチをしている。


「はーい……」


 そう返事をしながらも、ソーシャは未だ仰向けになって空を見上げていた。


「あ、そうだ」と、コトミが、「朝ご飯は、ひとりにひとつずつ卵を出せるんだけど、タエが調理は何がいいかって。目玉焼きとか、卵焼きとか」

「卵かけご飯に決まってるだろ!」それを聞いたソーシャは勢いよく上体を起こして叫び、「生卵と白米が用意されていて、卵かけご飯以外の調理を選択するやつがこの世にいるか? ご飯がなくて、パンとかが主食なら理解出来るよ、目玉焼きや卵焼きという選択も。あとは弁当として持って行くとか保存が必要な場合な。でも、今すぐに食べられる状態で卵かけご飯以外の選択はあり得ない! 断じてだ!」

「ソーシャ、語りすぎ」


 コトミは笑った。カスミたち三人も、笑いながらも卵かけご飯をリクエストする。


「みんな卵かけご飯なんだね。わかった、タエに伝えておくね」


 そう言ってコトミはレジデンスに戻っていった。



 カスミたちがシャワーを浴びて食堂に入ると、メンバー全員が揃った。


「お待たせ」


 カスミたち四人は、そう言って席に着いた。ソーシャは全員のトレイを見回して、


「おお、全員生卵。卵かけご飯だ!」


 それを聞いたタエは笑いながら、


「調理しなくていいから、手間が減って助かったよ」


 レイナの声に合わせて「いただきます」をして、全員は食事に取りかかった。


「みんな、今日の予定は?」


 レイナが訊くと、アキが真っ先に、


「私は、チサトと一緒にヴィクトリオン修理用のパーツを入手してくる」

「そんなに簡単に手に入るものなんですか?」


 啓斗(けいと)が訊くと、アキは、


「なかったらなかったで、似たようなのを加工して作るよ。修復機もあるしね」

「私は」と、次にカスミが、「町に情報収集に行ってくるわ。あちこちの集落や小さな町から人が集まって来ているなら、別の場所に出現したブルートの情報を聞けるかもしれない」


 それを聞いたレイナは、


「そうね、お願いするわ。誰かと一緒に行くでしょ?」

「ええ、ソーシャを連れて行くわ。この町は初めてだから案内も兼ねてね」

「よろしくぅ」


 と、ソーシャは器に割り入れた卵に醤油を垂らし、箸でかき混ぜながら言った。


「カスミ、じゃあ」と、アイリも、「私も行っていい? 私もここ初めてだし」

「それなら、私とジュリもですわ」


 次にリノも、そう声を上げた。


「そうね、じゃあ、みんなで行きましょうか」


 カスミが言って、リノは、


「ジュリも、いい?」と、訊いた。


「うん、いいよ。ねえ、何か面白いところある?」


 ジュリが訊くと、カスミは、


「面白いところ、って?」

「ゲイバーとか――ぶっ!」


 ジュリはテーブル席の対面にいたアキから脳天にチョップをもらい、飲みかけた水を吹きこぼした。


「知らないわよ。あったとしても、こんな朝からやってるわけないでしょ」


 カスミは呆れたような声を漏らす。


「……ねえねえ」


 ミサが隣に座るクミの袖を引くと、


「し、知らないからね!」


 ミサが何も言わないうちに、クミは顔を赤くしながら言下に言い放った。


「他に、予定のある人はいる?」


 レイナが食堂を見回して、さらに尋ねると、


「レイナ」と、手を上げたのはスズカだった。


「あら、スズカ。何か用事?」

「違う、私じゃなくて、レイナ」

「私?」

「うん、レイナ、あそこに行ってみれば? 何だっけ? 都市再生なんとか……」

「都市再生委員会?」


 啓斗が言うと、スズカは、「そうそう、それ」と、頷いた。


「何だ、それ?」


 コーディが訊いてくると、レイナが、


「この町を本格的に復興させるために、人を呼び寄せたり、建物を改修したりと、そういった計画を遂行するために立ち上げられた集まりだそうよ」


 レイナはコーディだけでなく、全員に向かって説明した。


「ふーん、いいじゃないか」


 と、タエが言うと、ルカも、


「行ってみたら? そこまで復興の計画に目処が付いたのは、この町からブルートを追い払ったからでしょ。なら、レイナはその立役者じゃない。まあ、私たちの身分は明かせないけれどね」

「そうだよ、レイナ」と、マリアも声を上げ、「話を聞きに行くだけでもいいじゃない」

「そう?」レイナは考え込むような表情になり、「じゃあ、ちょっと話だけでも聞いてこようかしら。ねえ、啓斗」

「えっ?」


 突然声を掛けられ、啓斗は卵かけご飯を掻き込む手を止めた。


「啓斗も一緒に行きましょう」

「お、俺が、ですか?」

「そう、だって、この町に平和を取り戻した本当の立役者は啓斗じゃないの」

「い、いや、そんなことは……」

「じゃあ、私もついていっていい?」ミズキが手を上げると、


「私も」と、コーディも当然のように続く。


「私も、そっちにする」続けてジュリも手を上げた。


「こらこら」と、レイナは、「そんな大勢で押しかけたって、しょうがないでしょ。ここは私と啓斗、あと、ルカも来てくれる?」

「いいわよ」ルカは答えた。


「この三人で行くわ。啓斗も、いい?」

「わ、分かりました」

「ちぇっ」と、ジュリは舌を鳴らして、「じゃあ、ゲイバーでいいわ」

「行かないからね」カスミが即座に言った。



 食事が終わり、カスミは、アイリ、リノ、ジュリ、ソーシャの四人を引き連れて情報収集に。タエ、クミ、ミサ、コトミは食料、日用品の買い出しに出かけた。入手したパーツを運ぶ必要があるため、バンはアキとチサトの二人が乗っていった。コーディとスズカは、ヘッドクオーターズでハンガーとトライアンフの様子を見に行く。ミズキ、マリア、サヤの三人はレジデンスに留守番となった。


 レイナ、ルカ、啓斗は歩いて町に入った。


「この前に来たときよりも、明らかに人が増えてますね」


 啓斗は、町を行き交う人々を見て言った。


「そうね、車の数も増えているわね」


 レイナも言って、往来を走る自動車に目を向けた。


「で、その、何とか委員会って、どこにあるの?」


 ルカが訊くと、レイナは、


「自警団に訊けば分かるでしょ」


 三人の足は自警団の建物に向かった。


「……ああ、あなた、いつかの」


 レイナが声を掛けた窓口に座る男性は、顔を上げてレイナを見ると言った。


「憶えていてくれたんですね、嬉しいです」


 レイナは笑った。その男性はレイナの財布をすろうとした少年二人を連れてきたときに担当した係員だった。


「はは、あなたのような美人さん、一度会えば忘れませんよ。いや、失敬」笑って係員の男性は頭を掻き、「そういえば、まだ自己紹介していませんでしたね。私、自警団の渡辺(わたなべ)といいます」


「渡辺」と名乗った男性は自己紹介を終えると、また、ははは、と笑った。


「そうでしたね、こちらも」と、今度はレイナが、「私、レイナといいます。移動店舗の飲食店を営んでいます」

「ああ、もしかして、ちょっと前まで町の出入り口付近で夜に営業していた?」


 渡辺の言葉にレイナが「はい」と言って頷くと、渡辺は、さらに、


「そうでしたか。店員さんが美人ばかりだって、ちょっとした噂になっていましたよ。私なんか、ちょうど忙しい時期でしてね。行こう行こうと思っているうちに、いつの間にか店が移動してしまっていましてね。そうですか、あのお店の」

「ありがとうございます」と、レイナは頭を下げて、「昨晩から、また同じ場所で営業しておりますので、ぜひ、いらして下さい」


 満面の笑みで言って、もう一度頭を下げた。


「それはもう、ぜひ……」渡辺は啓斗にも視線を向けて、「おお、そちらの若者も、あのときご一緒でしたね?」

「はい、啓斗っていいます」啓斗はそう答えて頭を下げると、「あの、カズヤくんとトモキくんは元気にやってますか?」

「ええ、まだ仕事には慣れないみたいですが、一生懸命働いていますよ。お母さんも医者に掛かるようになってから体調も随分と回復したそうです」

「そうですか、よかった」


 渡辺の話を聞いた啓斗は笑顔になって答えた。そのあとにルカが、


「私、レイナの店で働いています。ルカといいます」


 そう自己紹介して頭を下げた。


「これはこれは。いや、こちらの方も、大変な美人さんですね」


 渡辺が言うと、ルカは、「ありがとうございます」と言って口に手を当てて笑った。


「それで、今日は、どんなご用件で?」


 渡辺が訊くと、レイナは、


「はい、こちらの町で、都市再生委員会という集まりが結成されたと耳にしたのですが」

「ええ、そうです。おかげさまで計画は順調のようですよ。町の奥のほうも随分と整備整頓されて、人が住むようにもなりました」

「その、委員会の本部は、どちらに?」

「もしかして、ご参加下さるとか?」

「あ、いえ、ちょっと興味があるものですから」

「いや、ぜひ、ご検討下さい。忙しくて人手が足りなくて困っていると聞きますから。チラシを作ったんですよ。ここにも置いてあります。あそこに」


 と、渡辺は、出入り口付近のチラシが積んであるテーブルを指さした。

 レイナたちは礼を述べて窓口を離れるとチラシを手に取った。


「町外れのビルの中みたいね」


 チラシに描かれた地図を見てレイナが言った。三人は渡辺に会釈すると、自警団の建物を後にした。

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