人類の反撃
「何だと?」
その様子を見ていたバットは叫んで、ミズキとコーディからかぎ爪を離すと、羽を羽ばたかせて啓斗に向かって滑空し、右足のかぎ爪を啓斗の喉元に向けて突き出した。が、啓斗はそのかぎ爪を掴み取ると、そのままバットを持ち上げてから地面に叩きつけた。啓斗が手を離すと、バットは地面から跳ね返って宙に浮き上がったが、バットの体に傷はひとつも付いていなかった。地面と接触する瞬間バリアが張られ、激突によるダメージを弾いたのだ。
「結城くん」ヘルメット内にレイナの声が聞こえ、「ブルートにダメージを与えるには、あなたが直接やるか、特殊な武器を使うしかないわ。今、送るから使って」
「送る、って?」
「右を見て」
レイナの声に啓斗が右を向くと、啓斗の腰ほどの高さの何もない空中に、光の筋が浮かび上がり、一本の剣が出現した。
「おっと」啓斗はそれが地面に落下する前に右手で掴み取った。
「何者だ! てめえ!」
スパイダーが走り込んできた。右腕の節足をうねらせ、その先端の鋭い棘を啓斗に向かって突き出す。啓斗は腰をかがめて棘の突きを躱すと剣を振るい、スパイダーを吹き飛ばした。胴体に一文字の刀傷を受けたスパイダーは地面を滑った。
啓斗の背後からバットが滑空してかぎ爪を繰り出してきたが、素早く振り返った啓斗はバットにも剣の一撃で刀傷を負わせ、吹き飛ばした。
「こ、こいつ……」
「どういうことだ?」
体に創傷を刻まれたスパイダーとバットは、そう口にしながら起き上がった。
「す、すごい……」
コーディは背後に少女を庇い、ライフルを構えながら啓斗の戦いを見ていた。ヘルメットのカメラが、コーディの見たままの映像をヘッドクオーターズ司令室に送る。
「いける……」
レイナは興奮を抑えきれないといった様子で呟いて、アキと目を合わせた。アキも興奮した表情で頷くと、
「結城くん、高周波を発生させれば、とどめを刺せるかも。剣の柄にあるボタンを押せ!」
通信によって飛ばされたその声をヘルメット内のスピーカーで受けた啓斗は、
「……これか!」
自分の握った剣の柄にボタンをみつけ親指で押した。瞬間、振動音が響き剣身が細かく振動し始めた。
スパイダーは左腕を啓斗に向けて糸を放った。糸は啓斗の腕と胴に巻き付いた。が、
「く……うぉぉっ!」
啓斗が気合いの叫びとともに両腕を開くと、糸は引きちぎられた。
「おらぁぁ!」
叫び声とともにスパイダーが右腕の六本を節足を啓斗に向けて突進してきた。今度は啓斗はそれを躱す動きは見せず、剣を横になぎ払った。六本の節足は全て途中から切断され、節足の中の体液をまき散らしながら宙に舞った。
「ぐわぁっ!」
悲鳴を上げながらもスパイダーは、肩から生えた節足を啓斗の頭部に向けた。が、先端の棘が目標に突き刺さる前に、啓斗の振り下ろした剣がスパイダーの脳天にめり込む。そのまま胸、腹部、腰と抜けていった刀身はスパイダーを真っ二つに切断した。二つに分かれたスパイダーは左右に倒れ、青白い光に一瞬包まれてから爆発、四散した。
爆煙の中から剣を構えた啓斗が跳びだし、残るバットに向かったが、バットはいち早く羽を羽ばたかせて空中に飛び上がり啓斗の剣の一閃を避けた。バットはさらに上昇を続け体を捻ると、飛行体勢を上昇から水平飛行に変えた。
「くそ……」それを見上げた啓斗は、「そうだ、あの銃だ!」
自分が取り落とした紫色の銃のもとに走り、剣を地面に突き立てて、それを取り上げると、跳び去るバットに向かって狙いを付けてトリガーを引いた。何度もトリガーを引くが、バットの飛行体勢に変化は見られない。
「結城くん」ヘルメット内にレイナの声が響き、「その銃じゃ届かないわ。今、転送するから、それを使って。位置は正面よ」
「正面……」
啓斗が呟く間に、その目の前、啓斗の胸の高さに再び光の筋が現れ、アサルトライフルのような形状をした銃器が出現した。啓斗は今まで持っていた銃を投げ捨て、ライフルを掴み取り両手で構える。
「あ、これは」
啓斗が狙いを付けると、ヘルメットの半透明のゴーグル部分にターゲットサイトが現れ、跳び去っていくバットに狙いが付いた。トリガーを引くと、銃撃音の直後にゴーグル越しにバットの右脚から血がほとばしり、飛行体勢が揺らぐのが見えた。
「当たった!」
「結城くん、あいつらに君の存在を知られるわけにはいかないわ。逃がさないで。何としても仕留めて」
レイナの声に啓斗は、
「分かりました」
と答え、再び狙いを定めてトリガーを引く。今度はバットの左腕から血が噴き、左の羽ばたきが弱まった。
「まだだ!」
啓斗は続けざまにトリガーを引いた。三発目の銃弾は右羽の皮膜を打ち抜き、四発目にして背中に命中した。バットは羽ばたく動作を止め重力に従って落下していき、体が青白い光に包まれ空中で爆散した。
「や、やった……」
啓斗は銃を下ろして呟いた。
ヘッドクオーターズ司令室でも、レイナが同じ言葉を呟いていた。
「レイナ」
アキが背中から声を掛けた。振り向いたレイナの目には涙が溜まっていた。アキは微笑んで手を差し出す。レイナも微笑み返しながら、その手を強く握り返した。
コンソール前では、サヤとマリアが手を取り合って喜びの言葉を口にし合い、運転席から司令室に移動したスズカがその輪に加わった。
「啓斗ー!」
ミズキは叫びながら啓斗に向かって走り、ミズキの手で糸の戒めから逃れたカスミと、少女を連れたコーディもその後ろに続いた。
啓斗はそちらに目を向けたが、すぐに別の方向に向かって歩いていった。ナイフを握ったまま地面に倒れ、すでに息をしていない男性のもとへ。男性のそばに屈み込んだ啓斗は、
「ありがとうございます……」
そう言って冷たくなった男性の手を握った。
ミズキたちも男性のそば、啓斗の後ろに立ち、敬礼した。
「お父さん!」
コーディの手を振り払って、少女は男性の、自分の父親の亡骸にすがりつくと何度も父の名を呼びながら嗚咽した。
ひとしきり泣き終え、父親の体に顔を伏せたまま肩を振るわせる少女の背中に、啓斗はそっと手を置き、
「君のお父さんのおかげで戦えた。勝てた。お父さんは君を、俺たちのことも守ってくれたんだ……」
啓斗は俯くと、ヘルメット内側のゴーグルに涙が落ちた。
ヘッドクオーターズ司令室でも、カメラが送る男性の遺体の映像に向けて、全員が敬礼をしていた。
「君のお父さん、お酒は好きだった?」
啓斗たちに追いついたヘッドクオーターズから、レイナ、アキ、サヤ、マリア、スズカの全員が下りてくると、レイナはウイスキーのボトルを開けて少女に訊いた。少女が頷くと、レイナは、にこりと笑って、少女の父親の墓に中身を注いだ。遺体を埋め、拾ってきた木材で墓標を作った簡易なものだった。ウイスキーを全て注ぎ終えると、レイナは立ち上がって墓標に向かって両手を合わせて目を閉じた。啓斗以下、全員もそれに倣った。
手を解き、目を開けると、レイナは少女の前に屈み込んで、
「君、名前は? いくつ?」
「コ、コトミ……十二歳……です」
少女は小さな声で答えた。
「お父さんの他に、ご家族は?」
レイナが続けたその質問には、首を横に振って答えた。
「そっか……」レイナは言うと、「じゃあ、うちに来ない?」
「え?」
少女は目を丸くする。レイナはウインクして、
「うん。コトミちゃんも、我が〈ヴィーナスドライヴ〉の一員になってよ」
「ヴィーナスドライヴ?」
声を上げたのは啓斗だった。ヘルメットは脱いで小脇に抱えていた。
「そう」レイナは啓斗の目を見上げて、「結城くん、あなたもよ」
そう言って立ち上がると、コトミの肩に手を置いて、
「ようこそ、ヴィーナスドライヴへ」
満面の微笑みを湛えた。
きょとんとした顔の啓斗を置いて、レイナはコトミの手を引き、
「コトミちゃん、お腹空いてない? もうすぐレジデンスが追いつくから、そうしたら、おいしいご飯を――あ、レジデンスっていうのはね……」
コトミに話し掛けながら、ヘッドクオーターズのほうへと歩いていった。
「啓斗」横からミズキが声を掛けて、「改めて、よろしく」と、右手を差し出した。
「う、うん」
啓斗も右手を差し出したが、その手にはナイフが握られていた。男性が啓斗をスパイダーの糸から解放するために使ったナイフだった。
「ねえ、ミズキ」啓斗はそのナイフを見つめながら、「このナイフ、俺にくれないか?」
「え? う、うん、もちろんいいよ」
ミズキはそう言って、ナイフのホルダーをベルトから外して差し出した。
「ありがとう」
啓斗はヘルメットを地面に置くと、笑顔でホルダーを受け取り、ナイフをしまった。
「あ、あのね、啓斗……」
ミズキがナイフを見つめたままの啓斗に話し掛けると、
「ん? なに?」
啓斗は視線を上げ、ミズキの目を見て返事をした。
「あ、あのね、こ、この後さ――」
「おおー! このー、救世主! かっこよかったぞ!」
ミズキの言葉の途中で、コーディが啓斗の背中に飛びついてきた。
「うわっ!」コーディにのしかかられて、啓斗は前のめりになる。
「結城くん。凄かったわよ」
カスミもそばに寄ってきた。
「結城さん」と声を掛けながら、サヤ、マリア、スズカの三人も加わり、五人で啓斗を囲んだ。
「やめて下さいよ、救世主だなんて」
首にコーディの両腕を回されながら、啓斗が言った。
「だって、そうだろ。お前は私たちの、いや、地球の救世主なんだぞ」
「まあ、間違っちゃいないわね」
カスミも同意した。
「結城くん!」遠くからアキが声を掛け、「ウインテクターを脱がせるから、ヘッドクオーターズまで来てくれ」
アキは両手に、啓斗が使った剣とライフルを提げていた。
啓斗は自分の体を覆った鎧を見回して、「は、はい」と返事をした。
「ささ、救世主くん」コーディは啓斗の背中を押しヘッドクオーターズに向かわせて、「あ、そうだ、ねえ、名前で呼んでいい?」
「え? い、いいけど……」
「よし! じゃあ、啓斗!」
「啓斗」「啓斗」「啓斗さん」
マリア、スズカ、サヤの三人も啓斗の名前を呼んだ。明らかに啓斗より年下のサヤだけは、「さん」を付けて呼んでいた。
啓斗は四人に囲まれ、押され引かれながらヘッドクオーターズのほうに歩いていく。
「ヘルメットも忘れるなよ」
アキの声が聞こえ、啓斗は、「あ」と呟いて振り向いた。ミズキが地面に置かれたヘルメットを拾い上げていた。
「ミ、ミズキ……」啓斗はミズキの顔を見て、「そ、そう言えば、何か話があったんじゃ?」
「何でもない」
そう答えたミズキの声は若干ぶっきらぼうで、少々口を尖らせていた。