はさみ撃ち
翌朝、ヴィーナスドライヴは、ヘッドクオーターズ、ハンガー、レジデンス、トライアンフと、四台の大型車両を連ね、町に向けて出発した。
「四台揃うと壮観ですねー」
コンソール席で外部モニターを見ながらサヤが言った。
「そうね」と、隣のマリアが、「メンバーも全員揃ったし、ここからが本当の戦い、って感じだね」
「本当の戦い、か……」
二人の会話を聞いたレイナは、そう呟いてモニターに目をやった。モニターの中では三台の大型車両が土煙を上げて疾走している。
「スズカ」レイナは運転席に通信して、「アイリたちがいた小さな集落に着いたら、一旦休憩しましょう」
「オーケー」
と、スズカの声が帰ってきた。
ハンガーでは、看護師のアイリがハンドルを握り、格納庫でアキ、チサトがヴィクトリオンの修理の続きを行っていた。カスミと啓斗もハンガーに乗り込み二人を手伝っている。
「悪いな、二人とも。連戦で疲れてるのに」
「いいのよ」カスミはアキの声に返して、「私は昨夜ゆっくりと寝られたから。啓斗のほうは大変だったでしょ?」啓斗に話を向けた。
「え? い、いえ、だ、大丈夫です……」啓斗は赤くなって俯いた。
「な」と、アキは啓斗に、「私がいてよかっただろ? 私がいなかったら、啓斗、間違いなく襲われてたぞ」
「えー、そうなの?」
カスミは声を上げて啓斗を見た。
「い、いえ、そんなことは……」
啓斗は、さらに顔を赤くした。それを見たチサトが、
「そうだぞ。師匠が止めてくれなかったら、啓斗、どうなっていたことか」
「お前が言うな!」
アキはチサトに向かって叫んだ。
「何だか楽しそうだったのね。私も入ればよかったわ」
そう言ったカスミにチサトは、
「いやいや、もうあれ以上の人数は無理だったよ。師匠は小さいから何とかなったけど」
「チサト! 口より手を動かせ!」
さらなるアキの声が飛んだ。
「あ、啓斗」と、チサトは啓斗に向かい、にやり、と笑みを浮かべて、「師匠、背は低いけど、体に似合わず、おっぱいは意外と大きいだろ?」
チサトはアキにスパナで殴られた。
啓斗は赤い顔で俯いているだけだった。
ヴィーナスドライヴは、当初別働隊と落ち合う予定だった小さな集落に立ち寄った。
「さて、ここで昼食をとって、ドライバーの交代ね」
ヘッドクオーターズが停止するとレイナは言った。レイナたちが降りると、他の車両からも、どんどんメンバーが降車してくる。
「アキ、チサト、どう? ヴィクトリオンのほうは」
レイナが訊くと、アキは、
「ああ、順調だ。カスミと啓斗も手伝ってくれてるし。でも、すぐに出撃は出来ないな。町で部品を入手しないと」
「修理中にブルートヴィークルが出てこないことを祈るのみね」
「あら?」カスミはレジデンスから降りてきたメンバーを見て、「コーディとミズキは?」
「疲れたから寝てるって」
そう言って、ルカはレジデンスを親指でさした。
「あら、あの二人もですの?」リノが言った。トライアンフから降りてきたのは、リノひとりだけだった。
「もしかして、ジュリも?」
そう訊いたカスミに、リノは頷いて、
「はい、疲れたからって、道中ずっと寝てましたわ。まったく、あの三人はお風呂ではしゃぎすぎでしたもの」
リノは、そう言うと腕を組んで口を尖らせた。
「何があったの?」
神妙な顔で訊いてきたカスミに、リノは、
「それがですね。あの三人、啓斗に……」
が、リノはそこで言葉を止めた。
「あ、リノ」と言いながら、ミサと、その後ろからコトミも一緒に近づいてきた。
「あら、ミサ、コトミ」リノは満面の笑みになって二人を迎えて、「お昼、三人で食べましょうか」
そう言ってミサとコトミの手をとった。
「レイナ」タエが声を掛けて、「私とクミは、食料品の調達がてら食べに出るよ」
その横で台車を押しているクミも頷いた。クミはリノに向かって、
「ミサとコトミのこと、よろしくね」
「はい、お任せを」
リノは答えて、ミサ、コトミと手を繋いだまま町中に向かって歩いていった。
「アキ、私たちも行かない?」
レイナはヘッドクオーターズ搭乗組に、ルカ、カスミとソーシャも加えたメンバーを連れて言ったが、アキは、
「いや、私たちはここで修理をしてるよ。啓斗とアイリを弁当を買いに走らせたんだ」
「そうなの。大変ね」
「ルカ、アイリのこと、もう少し借りるぞ」
「ええ、こき使ってやってよ」
ルカは、そう言って笑った。
レイナたちはアキとチサトに手を振ってバンに乗り込み、町へ向かって走り出した。
「アキさん、買ってきました」
ハンガーに戻った啓斗は、そう言って買い物篭をテーブルに置いた。アイリが篭の中から弁当を取りだして、アキとチサトに配る。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう、啓斗、アイリ」
「サンキュー」
アキとチサトは、それぞれ礼を言って弁当を受け取った。
「啓斗、悪いがコーディたちにも配ってきてくれるか」
弁当の蓋を開けてアキが言った。
「はい、分かりました。あ、アイリはここで食べててよ」
啓斗は篭を取ろうとしたアイリの手を制して、ひとりで篭を持って格納庫を出た。
レジデンスに入った啓斗は、〈5〉〈6〉の番号が掛かったドアの前で立ち止まった。コーディとミズキのパーソナルナンバー。二人の部屋だった。啓斗は、ごくり、と、唾を飲み込み、ドアをノックして、
「ミズキ、コーディ……」
呼びかけるが返事は返ってこない。十秒間ほど立ったままでいたのち、パネルに手を触れると、ドアは横にスライドして開いた。
「か、鍵、掛けてなかったんだ……」
啓斗は呟いて部屋の中を覗き込んだ。足元の間接照明しか光源のない室内は昼間とはいえ薄暗い。部屋の左右にそれぞれベッドが設えられており、その両方とも毛布が盛り上がっている。左側の毛布からは、床に向かって白い素足が一本突き出ていた。
「ミズキ、コーディ……」啓斗は、もう一度二人の名前を呼んだが返事はなく、「し、失礼します……」
と、そっと部屋に足を踏み入れてドアを閉じた。廊下からの明かりがなくなり、部屋を照らす光源は淡い間接照明だけとなった。
「お、お昼の弁当、置いておくね……」
啓斗は呟きながら抜き足で部屋の奥に進み、それぞれのテーブルに弁当を置く。弁当を置く際に、テーブルの上の書類に手が触れ、がさり、と音が立った。
「うっ」啓斗は息を殺して動きを止める。左右のベッドに被さった毛布が、もぞもぞと動いた。
「……何?」
左のベッドから声がした。極度に眠気を帯び、毛布でくぐもったコーディの声だった。
「あ、あの……お昼を……」啓斗は左のベッドを向いて、「――ひゃっ!」
声を上げて後ろに体を引いた。毛布がまくられ、コーディが姿を見せた。
「……あれ? 啓斗?」
コーディは半開きのまぶたを擦りながらベッドから上体を起こした。コーディは全裸だった。
「コ、コーディ……」啓斗は唾を飲み込んで呟いた。
「啓斗?」啓斗の顔を見たコーディはベッドから起き上がり、「何? 夜這いに来てくれたの?」
小さな声で言って啓斗に正面から抱きついた。
「ちょ、ちょ……あの、夜這いっていうか、もうお昼だから……」
啓斗の声も耳に入らないかのように、コーディは啓斗の耳に口を寄せて、
「お風呂の続き、する?」
そう囁いて啓斗の首筋に唇を触れさせた。
「あ……」啓斗は、息を漏らして体を硬直させる。
「……なに? コーディ」
右のベッドからも声が聞こえた。ミズキの声だった。毛布がめくられミズキが姿を見せる。ミズキは上にタンクトップを着ていたが、下は下着のパンツが膝まで下りている状態だった。
「ミ、ミズキ……」啓斗はコーディに抱きつかれたまま、顔だけを動かしてミズキを見る。
「あ、ミズキ」コーディは啓斗の肩越しにミズキを見て、「啓斗がね、お風呂の続きするって……」
「そうなの……?」
ミズキは、まぶたを擦りながら立ち上がり、啓斗に背中から抱きついた。前後をコーディとミズキに挟まれた啓斗は完全に動きを止め、固くなった。
「おはよー……」
ハンガーの格納庫にジュリが顔を見せた。まぶたは半開きで、ぼさぼさの髪に手櫛を入れて掻いている。
「全然お早くないぞ、ジュリ」アキは、ジュリを振り向いて、「お前、何だ、その格好」
「ん? 何か変?」
ジュリは、そう言って自分の体を見た。
「ジュリー」チサトはジュリを指さして、「おっぱい出てる」
「あ」
ジュリのタンクトップからは右胸がこぼれ出ていた。
「もう、ジュリ、やだー」アイリもジュリを指さして笑う。
「それより、腹減った」
ジュリはアキたちのそばに寄り、三人が持っている弁当を覗き込み、くんくん、と鼻を鳴らした。
「ん? 啓斗が弁当持っていったはずだが?」
アキが言うとジュリは、
「えー? 誰も来てないぞ。とりあえず唐揚げ一個くれ」
と、アキの弁当に手を伸ばしたが、アキはその手を振り払って、
「結構前に出たはずだが……」
アキたちの弁当は半分以上が胃袋に収まっていた。ジュリは、そのあとチサト、アイリにも唐揚げをねだっては断られ続け、「なんだよー」と呟いた。
「も、もしかして……」アキは、ガタリ、と椅子を鳴らして立ち上がり、「ちょっと行ってくる」
格納庫を飛びだした。
アキが置いていった弁当から、まんまと唐揚げをひとつせしめたジュリは、
「どうかしたの?」
と唐揚げを咀嚼しながらチサトに訊いた。
「さあ……」
チサトは最後の唐揚げを口に放り込んだ。アイリも弁当を食べ終えてジュリを見上げ、
「ジュリ、おっぱい隠せば?」
「あ」ジュリはタンクトップの裾に手を掛けたが、「……何だか、嫌な予感がする」そう呟いて手を止めると、「私も行ってくる」
アキに続いて格納庫を飛びだした。
一方その頃。啓斗は正面からコーディに押され、背中からミズキに引っぱられ、ミズキのベッドに押し倒されて横になっていた。
「ねえ、啓斗……」全裸のコーディが左脚を啓斗の脚の間に割り込ませてくる。
「啓斗……」背後からはミズキが胸を背中に押し当て、首筋に唇を這わせてくる。
「だ、ダメだよ、コーディ、ミズキ……」
そう言いながらも啓斗は満足な抵抗もせずに、二人の四肢が体に絡んでくるに任せている。
コーディの手が啓斗のズボンのベルトに掛かった。背後からはミズキが上着のボタンを外しにかかっている。
「あ、ちょ、ちょっと……」
啓斗の声が漏れ、室内には衣擦れの音だけが聞こえる。その音を切り裂くように廊下を駆けてくる足音がして、
「そこまでだ!」
ドアが開けられ、何者かのシルエットが廊下からの照明に浮かんだ。アキだった。
「あ」「え?」
コーディとミズキは手を止めて、眩しそうに廊下へ続くドアに目を向けた。影になりアキの表情は窺えないが、その手が、わなわなと震えているのは分かった。
「お、お前ら……」
アキが室内に一歩足を踏み入れたそのとき、廊下を駆けてくるもうひとりの足音がして、
「やっぱり!」
アキの背後にもうひとつの影が重なった。ジュリだった。
「とりゃー!」ジュリは室内の状況を見定めると、廊下を蹴り、アキを跳び越えて、三人が手足を絡ませて横になるベッドに頭から跳び込んだ。が、頭上を飛び越えたジュリの背中にアキは鋭いタックルを見舞い、ベッドに達する前にジュリを床に押さえ込んだ。
「ぶはぁっ!」
顔面から床に倒れ込んだジュリは異様な悲鳴を上げた。ジュリの体から腕を離したアキは素早く立ち上がると、きっ、とベッドに刺すような視線を眼鏡越しに投げた。間接照明の明かりを受けて眼鏡のレンズが怪しく光った。その視線を浴びたコーディとミズキは、ゆっくりと啓斗から離れ、両手を上げた。




