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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第12話 セクシャルヴィーナスナンバーワン
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ヴィーナス4 トライアンフ

 ブルート輸送船が飛び立ったあとの工場は、建物という建物のほとんどがなぎ倒され、一瞬にして一帯は廃墟と化していた。


「駄目ね、レイナ。何もないわ」


 工場中心部の探索から帰ってきたカスミが告げた。


「何もない、というか」と、カスミの後ろについて歩いてきたコーディが続けて、「何もかもみんなぶっ壊れてるってほうが正しいかな。輸送船が飛び上がった衝撃でめちゃめちゃだったよ」


 そう言うと、最後尾を並んで歩いていたミズキ、ソーシャと三人揃って顔に徒労の色を浮かべた。


「そうね。まあ、無理もないわね。ありがとう。お疲れ様」レイナは四人に声を掛けて、「どう思う? アキ」


 隣に立つアキに訊いた。アキは腕を組み、


「今になって思えば、私たちを軍事施設におびき寄せてクイーンアントブルートを仕掛けたのは、このための時間稼ぎだったのかもしれないな」

「それは、あり得るわね」

「で、問題は何を運んでいたか、なんだが、あれだけの容積を誇る輸送船。ブルートヴィークルの一台や二台じゃないだろうな」

「まさか……」


 レイナが呟くと、


「師匠ー!」と、背後からチサトの声が聞こえてきた。


「何だ」アキが振り向いて答えると、


「ヘッドクオーターズの応急処置、終わりましたー」

「分かった。すぐ行く。レイナ、この話は、いずれまた」


 アキはレイナが頷きを返したのを見ると、チサトの声がした方へ走っていった。

 工場にはハンガーとレジデンスも合流しており、タエ、クミ、ミサ、コトミは水の入ったボトルを皆に配って回っていた。


 ミサからボトルを受け取ったカスミは、「ありがとう」と、笑顔で答えて、


「レイナ、これからどうするの? ブルートの手掛かりは今度こそ消えちゃったわよ」

「そうね。とりあえず、町に戻ったほうがいいでしょうね。みんな連日の戦いで疲れているしね。カスミも、まさか二日続けて戦車戦をやることになるとは思わなかったでしょ」


 レイナは、そう言って笑った。


「ええ、そして二日連続で搭乗した戦車が撃破されるとも思わなかったわ」


 カスミも笑って返す。


「あ、啓斗(けいと)


 ミズキがレイナの後ろを見上げて言った。レイナの背後から、脚部をタイヤ状態にした中間形体のヴィクトリオンが徐行で近づいてきていた。その右手にはファージとの戦闘で千切れ飛んだヴィクトリオンの前腕部が握られていた。ヴィクトリオンが停止すると、コクピットを覆った装甲とキャノピーが開き、啓斗が顔を出して、


「レイナさん、左腕、回収してきました」

「お疲れ様」


 レイナもコクピットを見上げて答えた。


「細かい部品も可能な限り拾い集めてきたほうがいいんですか?」


 啓斗が訊くと、レイナは、


「そこまでしなくていいわよ。あとはアキが何とかしてくれるわ。チサトも加わったしね」

「分かりました。じゃあ、ヴィクトリオンをハンガーに乗せてきます」


 啓斗はそう言ってコクピットサドルに戻ろうとしたが、


「あー! 啓斗! ちょっと降りてこい!」


 ソーシャに呼び止められた啓斗は、動きを止めて、


「ん? どうしたの? ソーシャ」

「いいから! 早く!」


 ソーシャは啓斗に向かって腕を伸ばして手招きする。啓斗は「?」という顔をしながら、ヴィクトリオン装甲の凹凸に手と足を掛けながら降りてきた。


「何?」地面に降りた啓斗は訊いた。すでにウインテクターは脱いで普段着姿だった。ソーシャは、おもむろに啓斗に向かって駆け出す。


「な、何?」

「そこを動くなー!」


 たじろいだ啓斗にソーシャは一括して、走る速度を上げて、


「せいやー!」

「おわっ!」


 ソーシャは走る勢いを付けて右脚を振り上げた。が、啓斗が身を引いたためソーシャの右足は宙を蹴った。


「啓斗! 動くなって言っただろ!」


 蹴りが空振りに終わったソーシャは不満そうな顔と声で叫ぶ。


「な、何だよ! いきなり!」


 啓斗が呆気にとられた顔で訊くと、


「約束しただろ!」


 ソーシャは仁王立ちして腕を組む。


「何を?」

「チ○コ蹴らせてくれるって、約束しただろ!」

「してないから!」


 啓斗は大声で反論した。

 カスミたちはルカが持ってきてくれたボトルの水を飲んでいたが、ソーシャの台詞を聞いたミズキは、その水を吹き出して咳き込んだ。カスミはあきれ顔で、


「どんなシチュエーションになったら、そんなエキセントリックな約束が成立するわけ?」

「啓斗に回された」


 ソーシャが言うと、ミズキに加えコーディも一緒に水を吹き出した。


「何言ってるの、ソーシャ」カスミは、ため息をついて、「一対一で、回すも何もないでしょ」

「カスミさん! 突っ込むところ、そこじゃないです!」


 啓斗は真っ赤になって叫んだ。


「ねえねえ」ミサはボトルを抱えたクミの袖を引いて、「回すって、どういうこと? 啓斗がソーシャを回したって、どういうこと?」

「し、知らないってば!」クミは真っ赤な顔で答えた。



「もう日が暮れるわね」


 レイナはヘッドクオーターズの修理を手伝う手を止め、、西の空を見つめて言った。

 メンバー各員が、工場の捜索、ヘッドクオーターズとヴィクトリオンの応急処置などの仕事を終えると、空が夕暮れの赤に支配される時刻に差し掛かっていた。


「今日はここで夜を明かすかい?」


 タエがレイナに訊いてきた。レイナは、


「そうね。これから町まで運転していくのも大変だし。そうしましょう」

「了解。じゃ、さっそく夕御飯に取りかかるよ」

「お願い、タエ」


 タエはレイナに手を振ると、クミ、ミサ、コトミの三人を呼び集めてレジデンスに入っていった。


「みんな。聞いた通りよ。今日はここで一泊しましょう。ソーシャ、アキたちに伝えてきて」

「わかった」


 レイナに返事を返してソーシャは立ち上がり、ハンガーに向かって走っていった。


 ハンガーは格納部側面の壁も水平に開き、広く場所を取ってヴィクトリオンの修理スペースに当てていた。千切れたヴィクトリオンの左前腕は一旦大まかな部品ごとにバラされて、アキとチサトが修理をしている。ヴィクトリオン本体は脚部をタイヤ状にした中間形体にして、機体上を修復機が這い、ダメージ部分の修復を行っている。啓斗、ルカ、アイリの三人は、アキとチサトの手伝いで動いていた。


「どうですか、アキさん」


 啓斗は、チサトと一緒にヴィクトリオンの左前腕の修理をしているアキに訊いた。


「ああ、問題ないよ。ヴィクトリオンは機体各部にある程度以上のダメージを負うと、他のブロックに損害が飛び火しないように、あえて外れやすくなる機構を取っているんだ。だから左肘から上には、ほとんどダメージはないだろ」


 アキは、そう言ってヴィクトリオンを見上げる。


「なるほど、そうですね」


 啓斗もアキの視線を追って言った。


「ダメージ箇所は集中したほうが修理もしやすいしね。修理が必要なところを取り外して直したら、またくっつければいいだけだ」

「火事になったら、延焼を防ぐために回りの家をわざと打ち壊す、みたいなシステムですね」

「いつの話をしてるんだ、啓斗」アキは笑った。


「でも、ちょっとショックだな」


 啓斗が言うと、アキは、


「何が?」

「ヴィクトリオンがここまでやられた相手が、ブルートヴィークルじゃなくて、人間が作った無人兵器だったってことですよ」

「人間の科学力も捨てたものじゃないだろ?」


 そう言って、アキは微笑む。


「師匠」ハンガーの奥に行って戻ってきたチサトが、「部品が足りません」

「そうか」アキは修理の手を休めてため息をつき、「どの道、部品の調達に町まで戻らないと駄目だな」

「おーい!」と、そこへソーシャが駆け込んできて、「今夜はここに泊まるそうだぞ」

「ま、そうだろうな」


 アキは夕暮れに染まっていく西の空を見て言った。ソーシャの言葉を聞いたルカは、


「じゃあ、私たちもタエを手伝ってきましょ」


 と、アイリに声を掛けて歩き出した。

 アイリは、「はーい」と返事をしてルカのあとについていく。


「チサト、今日はここまでにしよう。あとは修復機に任せて、トライアンフを見てこよう」


 アキが言うと、チサトは、


「了解です」と、返事をして大きく伸びをした。


「あ、俺も行っていいですか?」


 啓斗が言うと、「いいよ」と、アキは返した。



「これがトライアンフかー」


 啓斗は、夕日に赤く染まった大型車両トライアンフを見上げて感嘆した声を上げた。

 トライアンフはハンガーと同程度の大きさで、フロント部がトレーラー部を牽引するタイプであることも同様だった。フロント部には運転席が設けられているが、全面はフロントガラスではなく、装甲車のような装甲板で覆われている。その装甲は斜めに角度が付くように取付けられており、避弾経始(ひだんけいし)の効果が得られている。そのトライアンフ左側面のドアが開き、


「おお、アキ、チサト」と言いながらジュリが降りてきた。ステップを飛び降りたジュリは、アキの隣に立つ啓斗を見て、「お、啓斗も一緒か」


 啓斗はジュリに駆け寄り、


「ジュリ、改めて、ありがとう。本当に助かったよ」


 頭を下げて礼を述べると、ジュリは、


「ふふ、いいって」と、長い髪を払って澄ました顔になった。


「何かっこつけてるんだ」


 アキが言うと、


「そうですわよ」


 と、トライアンフの反対側から声がして、フロントを回って、もうひとり女性が姿を現した。


「あ、リノも、ありがとう」


 その女性を見た啓斗は、リノにも頭を下げて礼を言った。


「あら、ご丁寧に」リノも啓斗に頭を下げ、顔を起こすとジュリに向かって、「でも、ジュリがもっとしっかりしていれば、啓斗もカスミたちも、こんなに苦戦しなくて済んだのですよ」

「まあまあ、それは向こうが一枚上手だった、ってことで」

「何が一枚上手だ」アキは、ため息をついて、「ソーシャやリノから聞いたぞ。ジュリ、お前、無人戦車にまんまと遙か彼方まで誘導されていったそうじゃないか」

「いや、それはね。だいたい、トライアンフの操縦はリノの担当なんだから、攻められるべきはリノのほうなんじゃないのか!」


 ジュリはリノを指さす。指をさされたリノは眉を吊り上げて、


「あら、お言葉ですけれど、私は、あまりここを離れないほうがいいって忠告したんですよ。それをジュリが無理矢理」

「無人機にコケにされて、黙っていられるか!」

「お前の頭脳はA.I以下か!」


 アキがジュリに言葉を浴びせた。


「ジュリ」と啓斗が割って入り、「トライアンフのコクピット、見せてもらってもいい?」

「ああ、いいよ」


 ジュリは自分が出て来たばかりのトライアンフコクピットドアを開けた。


「失礼します……あれ?」ステップと梯子を使って中に入った啓斗は、「思ったよりも狭い?」

「ああ、それはな」と、ジュリが、「トライアンフは、左右のコクピットブロックが独立してるんだ。車体中央に壁があって、啓斗が今いる左の火器管制室と、右の運転席に分かれてるんだ。だから運転席に入るには、車体をぐるっと回って右側に行かないと乗り込めないんだよ。一応、左右に抜けられる緊急の出入り口はあるけれど、普段は使わないね」

「ああ、だからさっき、リノはこのドアから降りてこないで、反対側から回ってきたのか」

「そういうことです」と、リノが笑顔で答えた。


「うわー、凄いね」


 火器管制室のシートに座った啓斗は、コンソールやモニターを見回して歓声を上げた。その様子を笑顔で見ていたリノが、


「トライアンフは多彩な武装を搭載していますから、運転と火器管制を分けないと十分に能力を発揮出来ないんです」

「リノ」アキがリノに声を掛けて、「トライアンフは何も問題ないか?」

「ええ、すこぶる快調ですわよ」リノは、にこり、と笑って、「火器管制担当以外は」

「リノ、てめえ!」

「うふふ」


 リノは、アキの背後に回り込み肩に手を置いた。

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