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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第11話 集結! ヴィーナスドライヴ
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戦車殺し

 啓斗(けいと)が撃ったライフル弾はブルートの甲殻のような外皮を掠めただけだった。二体のブルートは、そのまま旋回して啓斗を左右から挟み撃ちにする飛行体勢を取った。右にビートル、左にスタッグが迫っていた。


「サヤ! 剣を!」


 啓斗はライフルを腰にマウントしながら言った。


「了解、前に出すね」


 サヤの声が聞こえてすぐに、啓斗は目の前に転送されてきた剣の柄を握り取った。


「早いじゃないか、サヤ」

「へへ、ありがと」


 サヤの声を聞き、啓斗は前方に転がってブルートの挟み撃ちを(かわ)した。交差した二体のブルートは急上昇してから、ホバリングを効かせてゆっくりと着地した。


「あまり長く飛んでいられないのか」


 剣を構えて言った啓斗に、ビートルが、


「貴様、何者だ?」

「どこから来た?」


 と、スタッグが続けた。


「お前たちを殲滅するために地獄から来た。って、こんな台詞、前にも言ったな」

「ふざけたやつだ」


 啓斗の答えを聞いたビートルは、そう言って右腕の角を構えた。


「それなら」と、スタッグは左右の牙を打ち鳴らし、「地獄に送り返してやる」

「地獄に行くのはお前たちだ」


 啓斗が言い放つと、それを合図にか、ビートルとスタッグは啓斗に跳びかかり、啓斗も両手で剣の柄を握って地面を蹴った。



 ミズキはカスミの指示で、工場出入り口手前に差し掛かるとクラージュを超信地旋回(ちょうしんちせんかい)で砲塔ごと百八十度回転させた。車体前方を追ってくるソーサーに向けた状態で後退しながら工場建物に挟まれた道路に入り込む。道路の幅は戦車一台が通るので精一杯な道幅だった。三台のソーサーも一列になってクラージュを追って道路に入る。一本道では今までのようにソーサーからの砲撃を躱すことは出来ないが、戦車の前方装甲はもっとも耐久力に優れ避弾経始の効果もあり、致命的なダメージは被らずに済んでいた。コーディも撃ち返してはいたが、


「カスミ! 向こうも正面向いてるから、全然当たらないよ!」

「いいの、相手の撃つ頻度を抑える牽制になりさえすれば」


 コーディの声にカスミは答え、そして、


「そろそろよ」


 カスミがそう呟いた直後、追ってくるソーサー戦車の最後尾から爆音と煙が上がった。


「いやったー!」


 ソーシャは拳を上げて跳び上がった。隣ではレイナが対戦車ロケットの次弾を装填している。その前に撃ったロケット弾は最後尾につけたソーサーの無防備な後部に命中していた。被弾したソーサーは砲塔を回転させたが、左右に建つ建物の壁に砲身の先がぶつかってしまい、砲塔を真後ろに向けることは出来なかった。レイナが二発目のロケット弾を打ち込むと、最後尾のソーサーは完全に停止した。


「このソーサーは対空機銃を装備してないからね。砲塔が使えない以上、背後にいる私たちを攻撃する(すべ)は持たないわ」


 レイナはそう言うと、撃破したソーサーの上に跳び乗り対戦車ロケットを放つ。ロケット弾は二台目のソーサー車体後部に直撃した。被弾した二台目のソーサーも砲塔を回転させたが、一台目と同じように建物の壁に砲身をぶつける結果に終わった。レイナは、ソーシャが投げ渡したロケット弾を受け取って装填すると、とどめの一撃を放った。

 一番前を進んでいたソーサーはクラージュを追っていた。カスミたちのクラージュは十字路に差し掛かると、四つ辻で超信地旋回して右に曲がった。それを追って十字路に差し掛かったソーサーは、砲塔を向けるより早く、待ち構えていたクラージュの砲撃を側面に連続して数発被弾した。


「止まって撃てばこれくらいは!」


 停車した状態で十分に狙いをつけられ、至近距離という効果もあり、コーディの射撃は正確にソーサーの履帯に命中。続けて車体と砲塔の繋ぎ目にも砲弾を撃ち込み、ソーサーを完全に停止させた。


「レイナ、やったわ」


 カスミからレイナに通信が入った。


「お疲れ、カスミ。コーディとミズキも」レイナは三人を労って、「カスミ、このまま工場を調査してくれる? ここにブルートがいるということは、何かあるのかも」

「オーケー」


 カスミはミズキに指示し、クラージュをさらに奥に進ませた。



 啓斗は左腕に転送された盾を装備して二体のブルートと交戦を続けていた。二対一ではさすがに分が悪く、啓斗は防戦ほぼ一方という展開だった。時折繰り出される剣による啓斗の攻撃も、ビートルとスタッグの固い表皮を貫くまでには至っていなかった。

 激しく剣、角、牙が交差する戦いの最中、


「戦車が工場に入っていった」

「あれがみつかるとまずい」


 後ろに跳び退いて啓斗から距離を置き、ビートルとスタッグは、そう会話を交わした。


「どうした?」


 啓斗は言った。その両肩は大きく上下し、息を整えている。

 ビートルが突然、羽を広げて飛び上がった。そのまま水平飛行に転じ工場に向かっていく。


「あっ! 待て!」


 啓斗はビートルの後を追って走り出したが、その前にスタッグが立ちはだかった。


 ビートルは工場の建物屋上に着地すると人間体に戻り、懐から小型の機械を取りだして操作した。



「レイナ!」スズカからの通信が入った。


「どうしたの? スズカ」


 答えるレイナの語尾に被せてスズカは、


「また戦車が出た!」

「何ですって?」

「カスミを戻らせて!」

「分かったわ」レイナはカスミに通信し、「カスミ! 外に戻って!」



 ビートルが機械を操作すると少しして、工場の建物の中から一台の戦車が走り出てきた。戦車はそのままヘッドクオーターズに砲塔を向ける。スズカはレイナに通信した直後、ヘッドクオーターズを全速力で後退させた。


「また戦車か!」スタッグと刃を交えながら、啓斗は工場から新たに出てきた戦車を視界に捉えて言うと、「何だあれ。今までのと少し違うぞ」


 その戦車は左右の履帯が前後に分割されており、通常の四輪の自動車のタイヤが短い履帯に置き換わったような格好をしている。車体に乗る砲塔部は小さく、さらに異様に丸く、ほぼ球形を成しており、球体から砲身が伸びているような形をしていた。


「お待たせ!」


 ミズキが操るクラージュが工場から出てきて、敵戦車に向かっていった。


「あれは!」


 新たな敵戦車の姿を確認したカスミが叫んだ。

 敵戦車はクラージュが出てくるとヘッドクオーターズを追うのをやめ、クラージュに目標を転じた。四つの履帯で地面を踏み進み、


「何だ? 変形した?」


 スタッグの牙の一撃を盾で受けながら、敵戦車の動きを見て啓斗が叫んだ。

 敵戦車は四つの履帯を張り出すように放射状に広げ、平面でアルファベットのXのような形となった。履帯は間接が付いたシャフトで本体と繋がり、さながらアメンボのような姿と化している。そして球形の砲塔が真上にせり上がった。砲塔と本体は多段間接式のシャフトで繋がっており、そのシャフトにも装甲が成されている。球形の砲塔はシャフトにより地上五メートルほどの高さに持ち上げられた。その砲塔が工場から出てきたばかりのクラージュに向き、火を噴いた。咄嗟のカスミの指示で、ミズキはクラージュを急旋回させ間一髪で被弾は免れていた。


「せいぜい遊んでろ」


 スタッグはそう言うと羽を広げて真上に飛び上がり、工場へと飛び去った。


「あっ! くそ!」


 啓斗は剣を地面に突き立て、腰からライフルを取り構えたが、


「啓斗! ヴィクトリオンで援護して!」


 カスミの通信を聞き、剣を拾ってヴィクトリオンに向かって走った。


「カスミさん! 何なんですか、あれ!」


 啓斗は走りながら、四つ足の履帯を唸らせて戦場を走る奇妙な戦車を見て言った。


「アメリカが開発した無人特殊戦車〈ファージ〉よ。あんなものまで持ってたなんて」

「特殊戦車……」


 呟きながら啓斗はヴィクトリオンのコクピットに跳び乗った。その間にファージは数度クラージュに砲撃を繰り出し、うち一発は車体正面に命中させていた。クラージュも反撃を繰り返していたが、極端に背の低いファージの本体部は僅かな地形の隆起にすぐに隠れてしまい狙うに狙えず、必然、本体から伸びた首と砲塔を標的とすることとなる。だが、目標がただでさえ小さいうえに球形の砲塔と、首のシャフトに被せられた環状の装甲は命中した砲弾を後ろに逸らしてしまっており、ダメージらしいダメージはまったく与えられていなかった。


 格闘形体に変形したヴィクトリオンは肩のバーニアを噴かしてファージに向かう。啓斗は右腕のマシンガンをファージに浴びせたが、やはり弾丸は球形の砲塔に命中しても後方に逸らされてしまうだけだった。ファージは攻撃を受けると砲口をヴィクトリオンに向け砲弾を放った。啓斗は機体を捻らせて間一髪それを躱した。


「なら」啓斗はヴィクトリオンにナイフを握らせ、「直接切り裂いてやる!」


 一度地面を蹴ってヴィクトリオンはファージに向かった。ファージは本体部に搭載された対空機銃でヴィクトリオンを迎撃しようとする。啓斗は機銃の弾道を躱しながらファージに迫り、ナイフを横に振り抜いたが、ファージは首を縮めて振動するナイフの刀身を躱した。そして、そのまま後退しながら機銃を撃ち続ける。


「しまった!」


 ヴィクトリオンは銃撃を受け動きを止められた。

 ファージは広げていた履帯も縮め、最初のような通常の戦車体型になると、速度を上げて走り出した。


「啓斗、大丈夫?」


 カスミの通信に、啓斗は、


「は、はい、大丈夫です」答えながらヴィクトリオンのカメラで敵戦車ファージを追って、「あいつ、何なんですか? 気味の悪い動きをして……」

「ファージ。別名、戦車殺し(タンクキラー)。首を伸ばして上から射撃することにより、避弾経始を無視して、常に戦車の装甲板に対してほぼ直角に砲弾を撃ち込める。装甲の弱い戦車の上部も容易に狙えるわ。広げた四つの履帯で重心が安定するから、首を自在に振り回して攻撃出来る。しかも無人機だから、人間では不可能なアクロバティックな動きも可能」

「やっかいな相手ですね」

「ええ、さっきのソーサー以上にね。――来るわよ!」


 走り去ったファージは二メートルほど盛り上がった丘の向こうに回り込み、丘の上から砲塔だけを出して砲撃してきた。クラージュとヴィクトリオンは散開した。ファージは首を振ってヴィクトリオン、クラージュそれぞれに砲弾を放った。ヴィクトリオンは回避したが、クラージュは側面に砲弾の直撃を受けてしまった。履帯が千切れ、履帯を構成している履板が散らばり、転輪もいくつか弾け飛んだ。


「総員待避!」


 カスミの号令で、コーディ、ミズキは車体後部の脱出口から飛び出た。最後にカスミが飛び出て地面に伏せると、クラージュはファージの追撃を受けて砲塔が吹き飛んだ。


「みんな!」


 啓斗はヴィクトリオンを盾にするようにカスミたちの前に膝立ちにさせ、両腕を交差して自身のコクピットの前に翳した。そこへファージの砲撃が命中。ヴィクトリオンは大きく仰け反り、左前腕部が千切れ飛び地面に落下した。


「カスミ! 早く!」


 急速接近したヘッドクオーターズの開いたドアから、マリアが手を伸ばしてカスミたちを回収した。マリアがカスミたちを回収する間も、ヴィクトリオンはヘッドクオーターズを守るようにその場を動かなかった。


「いいぞ! 啓斗、逃げろ!」


 アキの叫びと同時にヘッドクオーターズはタイヤを鳴らして走り出し、ヴィクトリオンも横に跳び退いた。ヴィクトリオンがしゃがんでいた位置に砲弾が着弾して土煙を上げた。


「くそ!」


 啓斗は、ヴィクトリオンの右腕を向けマシンガンを発射したが、すでにファージは首を縮めて遮蔽物の丘に完全に姿を隠していた。


「啓斗!」


 レイナからの通信が入った。


「レイナさん! 今、どこに?」

「工場の中よ。といっても、もうすぐ出るところなの」

「どうしたんですか!」

「ブルートヴィークルに追われてるの!」

「えっ?」


 啓斗の叫びの直後にソーシャの声で通信が入り、


「啓斗! 助けて! こいつと戦えるのはお前だけなんだろ!」

「行け! 啓斗!」と、アキからの通信が入り、「ファージは我々で何とかする」


 その言葉と同時に、ヘッドクオーターズからカスミとコーディが外へ飛び降りた。カスミは対戦車ロケットを、コーディはその予備弾を抱えていた。ヘッドクオーターズの開かれたドアからも、ミズキが対戦車ロケットを構え、その後ろに予備弾を持ったマリアが待機していた。


「はい!」


 啓斗は返事をすると、ヴィクトリオンを走行形体に変形させ工場に向かって走らせた。左腕前腕を失っていたが、走行形体の前輪は格闘形体の肩に位置しているため、走るのに支障はなかった。

 工場の出入り口付近で爆音が鳴り、爆風に吹き飛ばされて強化外骨格を纏った二つの影が飛び出てきた。レイナとソーシャだった。二人は地面を数メートル転がって止まると、すぐに起き上がって走り出した。その後ろからブルートヴィークルが迫ってくる。


「レイナさん! ソーシャ!」


 啓斗は叫びながらヴィクトリオンを二人とブルートヴィークルの間に入り込ませ急停止した。レイナはソーシャに飛びつくと、その小さな体を抱きかかえて地面に伏せた。

 ブルートヴィークルはヴィクトリオンの右側面に激突し、タイヤが浮き上がった。ヴィクトリオンは撥ね飛ばされ宙に舞い、空中で格闘形体に変形、そのまま着地した。同時に右腕のマシンガンを撃つと、ブルートヴィークルはタイヤを鳴らして後退した。

 啓斗はヴィクトリオンをしゃがませて、腰に位置する後席のキャノピーを開き、


「乗って!」


 叫ぶと、レイナはソーシャを抱えたまま後席に飛び乗った。キャノピーを閉じ装甲が被さるとヴィクトリオンは立ち上がる。その間にブルートヴィークルは変形を開始していた。機体は表面を走る光の筋で分割され、ブロック状になったパーツが動き、ディテールも変化していく。


「ヴイメックに!」


 啓斗が言うと同時に変形は完了した。ブルートビークルは車両型から人型のヴイメックに変わった。その両腕前腕からは長く鋭い牙が伸びていた。


「出現したヴイメックを、ヴイメックスタッグと呼称する」


 後席のモニターでそれを見たレイナが通達した。

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