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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第1話 500年を越えて
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装着変身

「なにぃ?」


 31は背中への着弾の衝撃で前のめりになりながら声を上げた。それを見ていた27も、驚愕の表情を見せた。


「き……」31は啓斗(けいと)を振り返って、「貴様……どういうことだ? どうして〈それ〉を撃てる?」


 31は、啓斗が手にした武器を指さした。啓斗が拾い上げたのは、31が投げ捨てた紫色の銃だった。

 どよめきは、ヘッドクオーターズの司令室内にも響いた。コーディのカメラを通して、その様子は司令室のサブモニターにも届いている。


「ほ、本当に……」


 レイナは目を見張った。オペレーターのサヤとマリアも、口を開いたままモニターを凝視していた。


「どうした?」


 司令室の異変を感じたのか、アキも戻ってきた。


「アキ……」レイナはモニターを見たまま呟いて、「やったわ……彼が」

「やった?」


 アキもモニターを見て、口笛を吹いた。モニターの中では、背中から血を流した31の姿が映っていた。


「啓斗……」


 うずくまったまま、ミズキは呟いた。その顔には僅かに笑みが浮かんでいた。


「やった。本当に……」

「きゅ、救世主だ……」


 カスミとコーディも啓斗を見ながら言った。


「う、うわぁぁ!」


 啓斗は続けざまにトリガーを引いた。全部で三発の弾丸が銃口から放たれ、その全ては正面を向いていた31の胸に命中した。


「て……てめぇ……」


 31は怒りの形相で啓斗を睨んだ。その視線を受けた啓斗は、銃口を向け直してトリガーを引いたが、震えるその手から撃たれた三発の銃弾は、今度は全て目標を逸した、

 27はコーディの首から手を離し、31の横に並んだ。地面に投げ出されたコーディは喉元を押さえて咳き込んだが、すぐに顔を啓斗と二人のブルートに向けた。ヘルメットのカメラもその様子をモニターする。


「どうする、殺すか?」

「いや、調査の必要がある……」


 27と31はそう会話を交わすと、二人の目が真っ赤に染まった。そして、


「な、何だ……」


 啓斗は二人を見て後ずさった。27と31は、うねるようにその姿を変化させた。人間のそれから、異形の姿に。

 31は、右腕が六本の長い節足に、両肩からも一本ずつ同じ節足が生え、左腕は肘から先が先端が尖った縞模様の水滴状に変化した。その頭部も、八つの目を備え、牙を生やした禍々しい形状となった。

 27は、足の先端が鋭いかぎ爪状となり、耳が縦に長く伸びた。両腕は指が異様に長く伸び、指の間には皮膜が張られ、巨大な羽のような形状と化した。


「う、うわぁ……」


 啓斗は手にしていた銃を取り落として、さらに後ずさった。その背中から数十センチには、建物の壁が迫っていた。


 ヘッドクオーターズ司令室内では、


「正体を現したわね……」変身を遂げた二体のブルートの映像を見て、レイナは唇を噛むと、「節足のほうを、〈スパイダー〉、羽のほうを、〈バット〉と呼称する」と、司令室内に告げた。


〈バット〉と名付けられたほうが地面を蹴って啓斗に向かって跳びかかった。


「うわぁぁっ!」


 啓斗は悲鳴を上げながら横に跳んだ。バットの鋭いかぎ爪となった足は、啓斗の背後に建っていた建物の壁に食い込んだ。バットはもう片足で壁を蹴って足を抜くと、空中で一回転し、指の間に皮膜が張り羽状となった両腕を羽ばたかせて、その場にホバリングした。

 ミズキは立ち上がると端末を耳に当てて、


「レイナ! まだ駄目なの?」

「もう少し待って」


 レイナの声を聞くと、ミズキは端末を懐にしまう。続けて銃を空中にいるバットに向けてトリガーを引いたが、銃弾は六角形のバリアに弾かれた。バットが、じろり、とミズキを睨み、急降下した。


「ミ、ミズキ!」


 啓斗は立ち上がると取り落とした銃を拾い上げ、バットに銃口を向けトリガーを引く。放たれた銃弾はバットの脚に命中し、急降下していたバットの動きが鈍った。ミズキはその隙に倒れたままの少女のもとに走る。


「貴様……」


 バットは視線の矛先を啓斗に向けた。啓斗は尚も銃を向けたが、そのトリガーが引かれることはなかった。啓斗の体はトリガーを引く直前、飛んできた粘着質の糸の塊に両腕ごと胴体を捉えられ、コンクリートの壁に叩きつけられるように固定された。その拍子に持っていた銃も手放してしまった。その糸の塊は、〈スパイダー〉と名付けられたほうの、水滴上の形をした左腕先端から放たれたものだった。


「大人しくしてろよ」スパイダーは左手を下ろして、「てめえは後でゆっくりと調べ上げてやる」


 ミズキは倒れた少女に走りつき、少女の体を抱きかかえるとカスミのそばに向かって走った。

 コーディもカスミのもとに来て、三人は男性と少女を庇うようにして銃口をバットとスパイダーに向ける。

 バットは地上に降り、スパイダーと並んで三人に向かって歩きだした。

 ミズキは端末を取り出し、耳に当て、


「レイナ! まだなの?」そう叫んで糸の固まりで壁に捕らえられた啓斗を見て、「ねえ!」

「駄目、ミズキ」端末のスピーカーからは、レイナの悲痛な声が返ってきた。「転送エラーになってしまっている。結城(ゆうき)くんをあの糸から解放して!」


 ヘッドクオーターズ指令室では、レイナがミズキに返答した直後、マリアを見た。マリアは首を横に振ってその視線に答えた。やはり悲痛な表情をしている。アキとサヤも同じ表情をしながら、コーディのヘルメットカメラが送ってくる映像を見上げていた。

 映像には、スパイダーの放った糸で壁に固定され、もがいている啓斗の姿が映し出されていた。

 ミズキが持つ端末スピーカーからのレイナの声は、すぐそばにいるカスミとコーディにも聞こえていた。


「転送エラーか……あの糸ね。高周波ナイフなら切れそうだけど……」


 カスミはそう呟いて、腰のホルダーからナイフを抜いた。柄にあるボタンを押すと、小刻みな振動音をたてながらナイフの刀身が振動する。


「コーディ、ミズキ、援護して」


 カスミはそう言うと、アサルトライフルをミズキに預け、ナイフを片手に啓斗に向かって走り出した。同時にミズキとコーディはライフルを二体のブルートに向けてトリガーを引いたが、銃弾はバリアで弾かれる。

 スパイダーは走るカスミに左腕を向け、糸を射出した。カスミは足を糸で地面に縫い付けられるように捕らえられ、その場に倒れ込んだ。


「カスミ!」「カスミ!」


 ミズキとコーディが同時に叫んだ。

 バットは地面すれすれを滑空して二人に近づくと、足のかぎ爪を大きく開いて、ミズキとカスミの体を左右の足で挟みこんで地面に打ち倒した。


「くそっ!」


 コーディはライフルの銃口をバットの脚に密着させてトリガーを引いたが、爆音とともにコーディのライフルは銃身先端を中心に砕けた。銃口を押し当てた位置にはバリアが出現していた。


「無駄なんだよ。絶対に破壊出来ない物体に銃口を押し付けてトリガーを引いたようなものだ。そりゃ、ぶっ壊れるぜ」


 バットはコーディを見下ろして、せせら笑った。破裂した銃身の破片のひとつがコーディの頬を掠めて、ひと筋の傷を作り、血が滲んだ。


「分かったら、あまり無茶するなよ。そのきれいな顔がぐしゃぐしゃになったら、いたぶる楽しみが半減するだろうが」


 バットは、さらにかぎ爪でコーディの体を締め付けた。コーディは、「ううっ」と苦しそうなうめき声をあげる。


「おい」バットはスパイダーを向いて、「先に、この女どもと楽しもうぜ。そいつを連れていくのは、その後でもいいだろうが」

「ああ、俺もそのつもりだ。どうせ、動けはしない」


 スパイダーも同意する返事をした。


「くそ……くそっ……」


 ミズキは目に涙を浮かべながら、拳でバットの脚を叩いていた。


「……あ、あの少年を」そのすぐそばで倒れたままだった男性が、ミズキの耳元で囁き、「あの少年を解放すればいいんだな……?」

「えっ?」


 ミズキは涙の溜まった目を男性に向けた。


「き、君、ナイフは持っているか……?」


 ミズキは小さく頷くと、腰のホルダーに手をやり高周波ナイフを抜き、素早く男性に手渡した。バットは、まだスパイダーのほうに顔を向けたままだった。


「うわぁぁ!」


 男性は突然立ち上がると、片足を撃たれた状態ながらも、猛然と走り出した。


「何だ? 逃げるのか?」

「男は放っておけ」


 バットとスパイダーはそう言葉を交わした。が、


「あの男……」


 スパイダーは、男性が啓斗のほうに向かっているのを見ると、左腕を男性に向けて糸を射出した。糸で地面に足を捕らえられたままのカスミは、腰のホルスターから拳銃を抜くと、男性に向かって飛ぶ糸に狙いをつけてトリガーを数回引いた。糸は男性に届く前に銃弾を受けて空中に四散した。


「女!」


 スパイダーは糸を撃ち落とされると、男性に向かって走り出した。男性はその間に啓斗の元まで辿り着いていた。柄のボタンを押してナイフを振動させると、啓斗の体に巻かれ、壁と固定されている糸を切断にかかった。


「危ない! 後ろに!」


 啓斗は叫んだ。男性は振り向きもせず糸を切断し続けていたが、突然その手が止まった。


「ああっ!」


 啓斗は悲鳴をあげた。男性の腹部から鋭い棘が突き出ている。それは、男性の背中に突き刺されたスパイダーの節足の先端だった。節足が引き抜かれると、その傷口と男性の口から、大量の血液がほとばしった。


「ぐっ、ぐうぅ……」


 男性は血に染まった真っ赤な歯を食いしばりながら、震える手でナイフを動かし続け、啓斗の体を捉えた糸を完全に切断しきった。


「大丈夫ですかっ!」


 啓斗は崩れ落ちた男性の体を支えたが、スパイダーの節足の横殴りを受けて弾き飛ばされた。

 啓斗と男性は数メートル吹き飛ばされ、地面を転がって止まった。啓斗は立ち上がったが、男性は倒れたままだった。


「しっかり!」


 啓斗は屈みこんで男性の肩を揺するが、


「む……娘を……頼む……」


 掠れた声でそう言い残し、男性は目を閉じた。激しい呼吸も同時に止まった。


「啓斗! 立って!」


 ミズキが叫び、啓斗はゆっくりと立ち上がった。


 ヘッドクオーターズ指令室では、


「転送して!」


 レイナの声が響き、ほぼ同時に、


「ウインテクター転送!」


 マリアは、コンソールのボタンを押した。


「な、何だ?」


 スパイダーは叫んだ。バットも顔を向けてその状況を見ていた。

 直立した啓斗の周囲にいくつもの光の筋が浮かび上がり、それらが啓斗に集約していくように集まっていき、眩い光が放たれた。


「うおっ!」


 スパイダーとバットは自分の目の前に腕を翳した。光が収まり、腕を下ろすと、


「な、何だ、あれは?」スパイダーは呟いた。


「強化外骨格か……?」バットも、茫然とした顔で言った。


「や、やった……啓斗……」


 ミズキは微笑んだ。

 啓斗の姿は変貌していた。金属質の鎧のようなもので全身を覆った姿に。足元のブーツだけが元のままだったが、そのブーツは初めからその鎧の一部であったかのような統一されたデザインだった。


「こ……これは……?」


 啓斗は自分の体を、腕を見つめて言った。


「結城くん」


 啓斗の耳にレイナの声が聞こえた。それは、啓斗の頭部を覆ったヘルメット内のスピーカーから発せられたものだった。


「えっ? レイナ……さん?」


 啓斗は状況を把握出来ず、きょろきょろと辺りを見回しながら答えた。


「戦って、結城くん」


 再び聞こえたレイナの声に、啓斗は正面を向くと、


「……戦う」一度目を閉じ、深呼吸をしてすぐに見開くと、「分かりました」


 拳を握り、腰を落とすと地面を蹴った。


「がはぁっ!」


 スパイダーは啓斗の前蹴りをみぞおち部分に受けて、くぐもった悲鳴を上げる。啓斗が脚を振り抜くと、そのまま蹴り飛ばされ数メートル地面を滑って止まった。

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