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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第10話 天使と悪魔の間に
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市街戦

 敵クラージュ戦車の一団も、カスミ機、ヴィクトリオンを追って市街地に進入した。砲塔上部に設置された索敵カメラを左右に動かしつつ、ターゲットを探してビルが立ち並ぶ廃墟の町を進む。

 道路を進んでいたクラージュ戦車の頭上から、風切り音とともに何かが落下してきた。落下してきた白い物体はクラージュ戦車の砲塔上面に着地すると、右手に持ったナイフを砲塔に突き立てた。ビルの屋上で待ち伏せをしていた格闘形体のヴィクトリオンだった。

 高周波振動を帯びたナイフの刀身は、ゆっくりとではあるが装甲版を斬り裂き、砲塔上面に亀裂を作った。クラージュ戦車は走行しつつ砲塔を振り回して取り付いた白い機体を振り落とそうとするが、ヴィクトリオンは砲身を掴んでそれに抵抗した。大きく口を開けた砲塔の中に頭部カメラを向けた啓斗(けいと)は、


「内部に人間の熱反応、呼吸反応ともない。やはり無人機か」


 そう呟くと砲塔を蹴ってヴィクトリオンを戦車側面に着地させ、履帯部に左前腕のマシンガンを撃ち込んだ。砲塔を破壊され履帯に走行不能なダメージを負ったクラージュ戦車は、その場に擱坐(かくざ)して無力化された。履帯が地面の踏む音が近づき、停止した戦車の向こうから別の敵クラージュ戦車が姿を見せ砲塔を向けた。ヴィクトリオンは走行形体に変形して走り去る。全高の低い走行形体は擱坐したクラージュ戦車が完全に遮蔽となり、ヴィクトリオンへの砲撃は全て擱坐した戦車が受けることとなった。


「カスミさんの作戦、うまくいきました」


 啓斗はカスミに通信を入れた。


「でしょ。戦車は真上から襲ってくるヴィクトリオンに対しては為す術ないわよ。戦車は上面と底面の装甲が他と比べて薄いし。でも、他の戦車がいると砲撃を受けちゃうからね。なるべく単機でいる戦車を狙って」

「了解しました。それと、やっぱり無人機でした」

「そうだろうとは思ってたけれどね」

「何者が操ってるんでしょう、って、愚問ですね。ブルート以外にあり得ない」

「そのブルートはどこにいるんだ?」


 コーディの声が入ってきた。


「分からないわ」と、カスミは、「これは私の考えだけれどね、無人機にターゲットを設定して攻撃プログラムを入れるのって、結構大変なのよ。施設で見た死体の様子から、あそこを襲ってプログラムを組むだけの時間があったとは思えない」

「と、いうことは?」


 啓斗の声に、カスミは、


「プログラムじゃなくて、どこかから直接電波か何かを飛ばして操ってるのかも」

「直接操る」

「とにかく、私たちは目の前の敵を撃破することに全力を注ぎましょう」

「分かりました」


 啓斗はヴィクトリオンを再び格闘形体に変形させ跳び上がると、近くのビルの屋上に陣取った。



 履帯がアスファルトを踏み進む音を鳴らして、敵クラージュ戦車が荒れ果てた道路を走っている。道路の所々にはコンクリートの瓦礫が散乱しているが、戦車の履帯はそれを難なく踏み越え進む。

 比較的大きな瓦礫の手前に差し掛かり、クラージュ戦車はこれも当たり前のように履帯で乗り越えて前進しようとする。履帯が瓦礫に乗り上げ、車体の底面が大きく前方に露出した。その瞬間、ビルの中から強化外骨格を(まと)った人間が飛びだし、肩に担いだ筒状のものを戦車の底面に向けた。対戦車ロケット砲を構えたレイナだった。

 レイナを索敵したらしいクラージュ戦車は、履帯を逆回転させて後退しつつ砲身を下げ目の前の敵を狙うが、遅かった。対戦車ロケット砲から放たれた砲弾は無防備な戦車底面に命中して風穴をあけた。


 レイナはロケットを撃つと、すぐに潜んでいたビルの中に飛び込んだ。ロケット砲に次弾を装填し、ビルの窓の狭い隙間から自分が砲撃を浴びせた戦車を窺うが、クラージュ戦車は沈黙を続けるだけだった。

 レイナはゆっくりとビルの中から出て、ロケットを構えつつ沈黙を続ける戦車ににじり寄っていく。


「うまいこと自律制御コンピューターをやったみたいね」


 自らが空けた戦車底面の穴から中を覗き込んだレイナは、そう呟いた。

 対戦車ロケット砲の構えを下ろして先に進もうとしたレイナは、音を耳にして立ち止まった。何かの走行音。しかし、戦車の履帯の走行音とは明らかに違っていた。もっと小さく素早い何か。走行音が消え風切り音に変わった。同時に音の発信源は、沈黙した戦車の向こう側から戦車を跳び越えて姿を現した。


「スプリンガー!」


 レイナはそれを見上げて叫んだ。戦車の向こうから跳んできたのは、先端にタイヤを備えた四脚を持つ自立型ロボット兵士スプリンガーだった。スプリンガーは右手に構えたアサルトライフルの銃口をレイナに向けつつ落下してくる。

 銃口が火を噴く直前にレイナは真横に跳んだ。フルオート銃弾がアスファルトを穿ち、スプリンガーはサスペンションを効かせて着地した。そのまま走行しつつ、上半身だけを回転させてレイナを追撃する。銃弾は今度は路上の瓦礫に着弾した。レイナはその瓦礫の陰に身を隠していた。


「レイナ!」カスミからの通信が入った。「スプリンガーも出て来たわ」

「こっちでも確認した、っていうか、現在交戦中」


 レイナは瓦礫の陰からライフルの銃口を突きだし、トリガーを引き応戦しながら答えた。


「きっと、一台だけいた兵員輸送車に乗っていたのね」


 レイナはそう言ってトリガーから指を離した。標的のスプリンガーは、戦車待ち伏せのためにレイナが隠れていたビルの中に入っていってしまった。レイナの放った銃弾は何割か命中していたが、鋼鉄の体を持つ自立型機動兵士スプリンガーの動きを止めるには至っていなかった。


「レイナ」再びカスミの通信が入り、「戦車じゃ、すばしっこいスプリンガーを追い切れない。何体か逃がしちゃったわ」

「市街地だと逆にスプリンガーに優位になっちゃったわね。アキには?」

「もう報告した――レイナ、敵戦車と遭遇、もう切るわ」


 カスミは通信を終え、ミズキとコーディに指示を出した。



「ルカ! クミ!」病室にアキが入ってきた。両手に二丁のアサルトライフルと換えマガジンを数個抱えている。「スプリンガーが出現した」


 続けて言ったアキは、ライフルとマガジンを空いているベッドの上に置いた。


「スプリンガーって、自動兵士の?」


 ルカが訊くと、アキは、


「そうだ。敵はクラージュだけじゃなかった。念のため、ルカとクミも」と二人にライフルを差しだし、「これを持っていてくれ」


 アキは自分も背中に背負うようにライフルを提げていた。


「今のアサルトライフルは、だいぶ反動を抑えてあるから、クミにも撃てると思う」


 両手で抱えたライフルに視線を送っているクミにアキが言った。クミは少し震えていた。


「くそ」アキはベッドに寝かされている女性を見て、「スプリンガーまで出て来たなら、すぐに逃げられるように、この人を移動させないほうがよかったな。私の判断ミスだ」

「仕方ないわよ」ルカは言って、「アキは、もう戻って」

「頼む。なるべく、いや、絶対にここまで来させないから」アキは出入り口ドアの手前で振り向いて、「クミ」


 名前を呼ばれたクミは、ライフルから顔を上げてアキを見た。アキは微笑んで、


「その人のこと、守ってやってくれ」

「……はい!」


 クミは笑顔で返事をして、ベッドに視線を向けた。


 アキは、「おっと、忘れるところだった」と、腰に提げた水筒と口を縛った袋をルカに放って、「ミサとコトミが淹れてくれたコーヒーと差し入れ」


 水筒と袋をキャッチしたルカは、


「二人は?」

「ヘッドクオーターズに来させた。あれが一番頑丈だからな。いざとなったらハンガーとレジデンスは捨てて逃げる。二人も、すぐに動けるように――」

「私、ここに残る」


 アキの言葉を遮るようにクミが言った。アキは何か言いたそうな表情をしたが、


「私は、もう行くぞ」


 そう言い残すとドアを開けて廊下に出た。廊下を走る足音は、やがて聞こえなくなった。



 レイナは腰のホルダーからハンドグレネードを取り出すと起動させて右手に持ち、スプリンガーが潜んだビルに視線を向ける。瓦礫の陰から半身を出し、アンダースローでグレネードを放り投げると即座にライフルを構え、スプリンガーが入っていった出入り口に銃口を向けてトリガーを引いた。

 グレネードは弧を描いて、レイナが戦車を窺っていた窓の狭い隙間に音もなく入り込んだ。グレネードが床に落下する音が聞こえるより前に爆発音が鳴り、窓と出入り口から猛烈な勢いで煙とコンクリート片が飛びだした。グレネードが窓に入るのを見届けるとレイナは射撃をやめ、瓦礫の陰に戻っていた。


 爆発がやみ、何も音が聞こえないことを確認すると、レイナはライフルを構えながら瓦礫の陰からビルの出入り口に移動した。壁に背中を付けて中の様子を窺ってから、壁伝いに滑らせるように中に身を入れる。

 レイナの目の前には手脚を吹き飛ばされ沈黙したスプリンガーが転がっていた。頭部もほとんど取れかけ、人間ではあり得ない角度に首が曲がっていた。


「ふう」と、ため息を吐いて(きびす)を返しかけたレイナは、スプリンガーの頭部に黒い何かが蠢いているのを目に止めて立ち止まった。

 スプリンガー頭部のスリットから黒いものが這い出てきた。それは、


「……蟻?」


 レイナが口にしたように、それは昆虫の蟻に酷似していた。ただ、その全長は五センチほどもあり、普通の蟻でないことは明白だった。蟻、のような何かは、六本の脚を動かしながらスプリンガーの体を這い下り床に到達すると、レイナの目の前で一瞬動きを止め、跳びかかった。

 レイナはライフルに添えていた左手を素早く上げると、眼前でそれを掴み捕らえた。レイナの掌中にある五センチほどの蟻は、その頭部だけを外に出し鋭い顎を左右に開閉させながら、もがいている。


「何なの、こいつ?」レイナは掴んだ蟻を凝視し、「もしかして、こいつが無人機を操って?」


 蟻は、その大きさからは想像出来ない力を発揮してレイナの手から逃れようと、もがき続け、頭部の下から前足の二本を這い出した。レイナが親指で頭部の下を押さえ力を入れると、蟻の頭は上に向けられていき、可動域を完全に逸脱し、ぼきり、という音が鳴った。同時に蟻は、もがく動きを止めて完全に停止した。動かなくなった蟻は青白い光に包まれ始めた。レイナは蟻を投げ捨てる。床に当たって跳ねた蟻は爆発して消え去った。レイナは通信を開き、


「マリア、ちょっと調べて欲しいことが。アキも聞いて……」



「確かに、正体不明の電波が検出されてる」


 コンソールのモニターを見ながらマリアが言った。それを聞いたアキは、


「発信源は分かるか?」

「……駄目。周辺にある色々なものに跳ね返っているらしくて、発信源が特定出来ない」

「跳ね返しているのは、無人機、いや、無人機を操っている蟻だろうな」アキは腕を組み、「電波を受け取ると同時に乱反射させて、発信源を特定出来ないようにしているに違いない」

「発信源にいるのはブルート? 蟻、ということは、アントブルートとでも?」


 カスミの声がした。この会話はヴィーナスドライヴ共通回線で、端末を使う全メンバーに聞こえるようになっている。


「正確には」と、レイナの声が、「蟻型端末を操っているんだから、クイーンアント(女王蟻)ブルート、とでも呼称するわ」

「その、クイーンアントは」今度は啓斗の声が、「どこにいるんだ?」

「戦車の中かも」と、コーディの声。


「そんな前線に出てくるかな?」ミズキが声をあげ、「せっかく遠隔操作で兵器を操ってるのに」

「ブルートは地球の兵器を完全防御出来るんだぞ」

「でも」コーディの言葉にミズキは、「こっちに啓斗が、ブルートにダメージを与えられる人間がいるってことは承知済みのはずでしょ? 絶対の安全が保証されてるわけじゃない」

「アキ、スプリンガーを発見した」カスミの声が、「とりあえず掃討に向かう。ミズキ」

「ええ」


 カスミたちは戦闘に戻り、三人の声は聞こえなくなった。


「!」アキは、はっ、とした表情になり、「スプリンガーだ!」

「ブルートがスプリンガーの()()を着てるっていうの?」


 レイナが訊くと、


「違う! スプリンガーを運んでいた兵員輸送車だ! あれだけは無人機じゃない! 誰かが運転しなければ動けるわけがない!」

「輸送車は、今どこ?」

「……いました! ここから見えます」


 啓斗はヴィクトリオンを上らせているビルの屋上から、カメラで廃墟の中を走る兵員輸送車を見つけて言った。


「あれにブルートが乗ってるなら、俺がやらないと」


 啓斗の乗るヴィクトリオンは屋上の床を蹴って跳びだした。



 ヘッドクオーターズの外から銃声がした。その直後、


「アキ!」運転席からスズカの声が、「スプリンガーがいる!」

「何だって!」アキは叫んで、「どこだ?」

「運転席から見えた。こっちが撃ったらビルの陰に消えた」

「くそ!」


 アキはヘルメットだけを掴んで指令室を出た。ヘッドクオーターズから外に出るとヘルメットを被り、アサルトライフルを構える。

 タイヤの走行音が聞こえた。アキが目をやると、ビルの陰からスプリンガーが飛び出してきた。アキはその場に伏せライフルのトリガーを引いた。スプリンガーが撃ってきたフルオート弾丸は伏せたアキの頭上を飛び抜け、ヘッドクオーターズのボディに弾痕を作った。アキが撃ったほうの弾丸はスプリンガーの脚部に命中、スプリンガーは転倒し、火花を散らしながら路上を滑った。四本ある脚は一本が破壊され、一本のタイヤが吹き飛んでいた。アキは尚もトリガーを引き銃弾を撃ち込み続ける。被弾し続けたスプリンガーは滑るのが止まると同時に、その体もまったく動かなくなった。


 アキは立ち上がり、動かなくなったスプリンガーに駆け寄る。スプリンガーの頭部から黒い蟻のようなものが這い出てくると、アキはそれをブーツの底で踏みつぶした。


「ふう」と、ひと息ついたアキだったが、すぐに表情を強張らせて周囲に目を走らせた。戦車の履帯が路面を踏み進む音が耳に入ってきた。



 啓斗は兵員輸送車に迫り、走行形体に変形させたヴィクトリオンを兵員輸送車の真後ろに付けた。啓斗はマシンガンを展開させて狙いを付けると、


「くらえ!」


 発射スイッチを押した。マシンガンの銃弾が兵員輸送車のタイヤに命中し、輸送車は横倒れして路面を滑った。啓斗はヴィクトリオンを格闘形体に変形させ、倒れて停止した輸送車を跨ぐように立ち、運転席に右前腕のマシンガンの銃口を向けた。


「何?」


 啓斗は叫んだ。その運転席に座っていたのは、二本足を備えた自立型ロボット兵士ジョルトだった。啓斗はマシンガンを撃った。被弾したジョルトは四肢が吹き飛び内部の機械を晒し、転がった頭部から黒い蟻のようなものが這い出てきた。


「正真正銘のジョルトだ」啓斗は呟いて、「ブルートじゃなかった……」


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