表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第10話 天使と悪魔の間に
48/74

謎の戦車団

 ヴィーナスドライヴは町へ引き返すため出発した。ヘッドクオーターズには、レイナ、マリア、サヤ、スズカ、啓斗(けいと)が乗り込み、ハンガーはアキがひとりで運転していた。レジデンスは、タエがハンドルを握り、いつものように、ルカ、クミ、ミサ、コトミが乗り込む。ルカとクミは医務室だった。

 ヘッドクオーターズは来たときとは違い、後部に荷台を接続して牽引していた。その荷台の上には一台の戦車が乗せられている。荷台、戦車ともに旧軍施設で調達したものだ。

 戦車の砲塔上部のハッチが開き、中から、カスミ、コーディ、ミズキが順に出てきた。三人は荷台の上を歩きヘッドクオーターズの中に入った。


「ばっちり。いつでも動かせるわ」


 司令室に入ってきたカスミが言った。その後ろからはコーディとミズキも続く。


「カスミさん、どうして戦車をわざわざ牽引するんですか? 乗って走ればいいのに」


 啓斗が訊くと、カスミは、


「啓斗、戦車って、ものすごく燃費が悪い乗り物なのよ。移動のために自走させるなんて愚の骨頂よ」


 それに続いてミズキが、


「乗り心地も最悪だしね」

「でも」と、カスミが、「昔のに比べたら、随分快適になったわよ。あれ、かなり後期に開発された戦車でしょ」

「そうよ」と、それを聞いたレイナは、「フランスが開発した最終型戦車の〈クラージュ〉よ」

「フランスの戦車なんですか」と啓斗が言って、「あれは、人が乗り込んで動かすタイプの戦車ですね」

「ええ、他に無人タイプもあるわよ。通常、有人戦車一台と無人戦車三台でひとつの小隊を組むの。まったく外見が同じだから見た目で区別は出来ないけれど」

「有人タイプと無人タイプで、どうして見た目の区別をつけないんですか?」

「有人と無人で形を変えたら、真っ先に隊長機の有人タイプのほうが狙われちゃうでしょ」

「ああ、そうか。まあ、頼もしい仲間が増えましたね。と言いたいことろですけど、戦車もブルートには無力なんですよね」

「そう、まあ、何かに使えるでしょ。タエたちが買い物に出る足にしてもいいし」

「あはは」

「レイナ」マリアがレイナを呼んだ。その口調は若干緊張を帯びていた。「何か来る」

「何かって?」


 レイナも表情を引き締めメインモニターを見た。マリアは続けて、


「左から。ズーム映像を出します」


 サブモニターに望遠映像が映し出された。それを見た啓斗は、


「戦車!」


 と叫び、レイナは、


「レジデンスとハンガーをヘッドクオーターズの影に入らせて」


 サヤが即座に二台に通信を入れる。カスミ、コーディ、ミズキの三人は、すでに指令室を出て牽引しているクラージュ戦車に向かっていた。


「マリア、信号は出てる?」レイナは訊いた。


「いえ、何の信号も発していません。もっとも、現在稼働している軍隊なんてあるとは思えませんが……」


 そう答えたマリアの隣では、サヤが所属不明の戦車に対して呼びかけを続けていた。


「こちらは民間の組織です。戦車を積んでいますが交戦の意志はありません。応答願います……」


 荷台では、カスミたちがクラージュ戦車に搭乗を完了していた。


「同じ戦車ですね」


 啓斗が言った通り、近づいてきているのはカスミたちが乗り込んでいるクラージュ戦車と同型機だった。


「レイナ」と、マリアが、「距離、約六千メートル。そろそろ砲の射程距離に入る」

「丘や建築物があるから実際の交戦距離はもっと短くなるわ。カスミ」と、レイナは戦車の中のカスミに通信して、「もう少し待って」

「了解」


 カスミから返事が返ってきた。サヤは並走しながら距離を詰めてくる戦車に対し、尚も交信を続けていたが、


「駄目です。全然応答ありません」そう言って、レイナを振り向いた。


「レイナ!」と、マリアの声が、「一台だけじゃない! もっと来る!」


 モニターに映る戦車の奥に見える丘の向こうから、さらなる戦車の機影が姿を現した。全て同型のクラージュ戦車だった。


「レイナさん!」啓斗は立ち上がり、「俺、ヴィクトリオンで出ます」

「ヴィクトリオンはハンガーよ」

「跳び移ります。ウインテクターを着れば可能です」

「マリア! サヤ!」


 レイナが叫び、マリアは転送準備を、サヤはアキに通信を入れ、ヘッドクオーターズにハンガーを寄せてもらうように告げた。


「啓斗、行くよ」

「ああ」


 マリアの声に啓斗が答えると、マリアは転送スイッチを入れた。啓斗の体の周囲に光の帯が集まり、ウインテクターの装着を完了した。


「啓斗、剣とライフルはハンガーで調達して。こっちにあるものは転送用に取っておくわ」

「了解」


 答えると啓斗は司令室を飛び出た。外に通じるドアも開けボディ側面に回り、取り付けられた梯子を掴む。そのすぐそばにはハンガーの車体が迫ってきていた。運転席に座るアキが通信を入れ、


「啓斗、後部ハッチを開けた。飛び移ってくれ」

「分かりました」


 ハンガーはヘッドクオーターズを追い越すように加速し、啓斗の位置から後部ハッチが視界に入った。ハッチはほぼ水平にまで開けられ、ハンガー格納庫床の延長のようになっている。啓斗はヘッドクオーターズ車体の突部に足を掛けハンガーに向かって跳んだ。直後、


「うわっ!」


 轟音がこだまして、ハンガーの格納庫に転がり込んだ啓斗は悲鳴を上げた。


「撃ってきた!」と、カスミの声。


「応戦して!」


 レイナの叫びに、カスミたちが乗り込んだクラージュ戦車は、駆動輪を回して荷台から降り、砲塔を回頭させて砲弾を発射した。

 敵戦車の初弾は射程距離ぎりぎりだったためか、かろうじてヘッドクオーターズへの直撃は免れたが、カスミのクラージュの放った砲弾は敵戦車の正面に命中した。撃破までには至らなかったが車体を大きく揺らし、直後に発射された敵の砲弾は空に向かって飛んでいった。


「おっしゃー! 腕の差!」砲手席でコーディが拳を握る。


「コーディ! さすが!」操縦席に座るミズキの歓声が続いた。


 クラージュでは、カスミが車長、ミズキが操縦手、コーディが砲手を務めていた。


「依然、こちらからの通信には全然答えません!」


 サヤがレイナを振り返って言った。


「レイナ!」アキの通信の声が入り、「どうなってるんだ? 敵はブルートなのか?」

「分からないわ。こちらからの通信には答えてこない――」


 レイナの声は爆音と振動で中断された。敵戦車からの砲弾によるものだった。ヘッドクオーターズを狙っていたその砲弾は、スズカがさらに距離を空けたことにより、今度も車体への着弾は免れていた。


「今のが答えなんだろ!」


 小さな悲鳴のあとにアキの声が続いた。さらに、応戦するカスミ機の砲撃音が鳴り、


「レイナ!」今度はカスミの声が、「全部で九台いるわ。うち、クラージュ戦車は八台。残り一台は兵員輸送車よ」

「戦車八台に、兵員輸送車?」レイナはカスミの言葉を繰り返して、「スズカ! ハンガーとレジデンスを守りながら逃げて! アキとタエはヘッドクオーターズに併走して! 絶対に前に出ないで!」

「了解!」

「オーケー」

「わ、分かったよ」


 スズカ、アキ、タエの声が、ほぼ同時に返ってきた。


「レイナさん!」間髪入れず啓斗の声が、「ヴィクトリオン出ます」

「頼むわ、啓斗!」


 啓斗はヴィクトリオンを出撃させた。急速回頭したヴィクトリオンは、カスミたちが乗るクラージュの前に付くと迫る敵戦車に向けてマシンガンを放ったが、何の反応も返ってこなかった。


「啓斗」カスミからの通信が、「この距離じゃ、マシンガンなんて全然届かないわよ」

「ええっ?」

「戦車砲だって、ぎりぎりの射程距離よ」


 ヴィクトリオンとカスミ機の周囲には、敵戦車からの砲撃による着弾で次々に轟音と土煙が上がり続けていた。

 上空から俯瞰すると、左に八台の敵戦車と一台の兵員輸送車、右に五千メートルほどの距離を置いてカスミ機とヴィクトリオン、さらに少し距離を置いて右にヘッドクオーターズ、その右隣にハンガー、一番右にレジデンス、という並びになっていた。


「カスミ! 啓斗!」レイナの通信が入り、「私たちは向こうに見える市街地に入るわ」


 ヘッドクオーターズがハンガー、レジデンスを守るようにしながら、三台は来る途中に見えた廃墟の街並みを目指していた。


「了解。何とか食い止めて合流するわ」


 カスミが答えると、ヘッドクオーターズら三台は町に向かって加速した。


「啓斗」カスミは啓斗に、「私たちも応戦しながらレイナたちを追って町に入るわよ。絶対に深入りしないで」

「ここでやっつけないんですか? 近づけばヴィクトリオンだって戦車と戦えます」

「相手は八台よ。まともにやりあって勝てるわけないわ」

「そうだぞ啓斗」と、コーディが、「戦車同士の戦いは、三対一の時点で勝つのは無理って言われてるんだぞ」

「ヴィクトリオンでも?」

「戦車の力を甘く見ないで」と、カスミが、「いくら機動性に優れるヴィクトリオンでも、こんな障害物のほとんどない場所で戦ったら確実に的になるわ。装甲の厚さだってヴィクトリオンと戦車じゃ比にならない――コーディ、撃ちまくって!」


 カスミの声にコーディは砲撃を開始した。敵戦車も次々に砲撃を仕掛けてきている。カスミたちと敵戦車団は射程距離ぎりぎりを保ちながら併走しているため、互いの砲弾は命中こそしなかったが、そこかしこで着弾した砲弾が土煙を巻き上げていた。


「カスミ、こっちは市街地に入ったわ」


 レイナからの通信の声にカスミは、


「よし、私たちも市街地に向かうわよ。啓斗、先行して」

「了解!」


 先行するヴィクトリオンを追って、カスミ機は砲塔だけを敵戦車群に向けて牽制射撃を繰り返しながら市街地に向かった。



 市街地の奥まった建物の影に、レイナはヘッドクオーターズ、ハンガー、レジデンスを潜ませるように駐機させた。レイナがこの建物を選んだのは、隠れやすいという理由の他に、


「病院、か」


 カメラのモニター越しに、その建物を見たアキが言った。


「そう」レイナは、アキに手伝ってもらいながら強化外骨格を着込み、「あの生存者の女性をここに移しましょう。レジデンス医務室の狭いベッドよりはずっと快適でしょ。いざとなったらルカでも付けておいて、私たちだけで逃げ出せるしね」

「後で回収しに来るんだな」

「そういうこと」レイナは強化外骨格の装着を終え、「アキ、対戦車用の武器はある?」

「ああ、ちょうどカスミたちが、あの施設から対戦車ロケットも拾ってきてる」

「ちょうどいいわね」レイナはコンソールに向かっているマリアに、「ここは頼んだわよ」


 と告げると、マリアは、「はい」と返事をした。


「スズカ」と、レイナは運転席への通信で、「いつでも動かせるようにしておいて」

「了解」


 スズカの声が返ってきた。


「アキは司令代行、お願いね」


 レイナに言われ、アキは、


「ああ、気を付けるんだぞ」


 レイナはウインクを返して司令室を出た。

 レイナはハンガーから対戦車ロケット砲とその換え弾頭を三発。さらにグレネード数個とアサルトライフルを持ち出し、来た道を戻っていった。

 ヘッドクオーターズ司令室にはアキとマリア。その運転席にはスズカ。ハンガーの運転席にはサヤが座った。ルカは生存者の女性を担架に乗せて病院に移動させた。ルカにはタエとクミも付いていった。ミサとコトミは手を振ってレイナを見送ると、レジデンス食堂に戻り、皆に配るためのコーヒーと軽食を作り始めた。


 ルカたちは病院の中に入った。担架はルカとタエが運ぶ。一階の出入り口に一番近い病室を見つけると、クミが簡単にベッドメイクをして、女性の体をそこに移した。


「じゃ、私はレジデンスの運転席に戻るから、何かあったらすぐに連絡寄越すんだよ」


 タエは自分の携帯端末を握って言った。ルカが頷くとタエは、


「クミも、ここにいるのかい?」


 そう訊かれたクミは、


「うん、ごめんなさい……」


 と俯いて答えた。タエは微笑んでクミの頭を撫でると、


「いいさ。ゆっくり甘えなよ」

「わ、私、そんなんじゃ……」


 クミは赤くなって言った。タエはルカとも顔を見合わせて微笑むと、


「ルカ、クミのことも頼んだよ」

「任せておいて」


 ルカのその言葉を聞くと、タエは病室を出ていった。

 クミとルカは椅子を持ってきてベッドの横に並んで座った。クミは、


「目を覚ましてくれませんね」

「あんな目に遭ったんだもの。相当ショックが大きかったんでしょうね」


 ルカの言葉に、クミは毛布から出ていた女性の手を握って、


「もう大丈夫ですよ」


 そう言って微笑みかけ、女性の顔を見つめた。女性はまぶたを閉じたまま呼吸に合わせて僅かに胸を上下させるだけで、全く反応を見せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ