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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第10話 天使と悪魔の間に
47/74

 女性をレジデンスの医務室に収容し、ルカが容体を診た。

 その間にカスミとミズキは格納庫から使えそうな武器、弾薬を選別回収していた。コーディが駐機されている戦車の一台に乗り込み、しばらくすると戦車のエンジンが掛かる音がした。


「これ、使えるよ」


 戦車から出てきたコーディが言った。


 啓斗(けいと)はヴィクトリオンで施設周囲を捜索し、ブルートも、ブルートヴィークルも発見出来なかったことを報告すると、医務室に飛んでいった。


「ルカさん!」


 ドアを開けて飛び込んだ啓斗に、ルカは唇に指を当てて、「しーっ」と言って睨んだ。ベッドにはロッカーの中にいた女性が寝かされていた。


「す、すみません……」啓斗は一転、蚊が泣くような声で謝って、「で、どうなんですか、ルカさん?」

「ええ、気を失っているだけみたいね。特に外傷はないわ」


 そう言って女性を見た。女性はルカにより院内着に着替えさせられており、ベッド脇の机には女性が着ていた作業着が畳まれて置かれていた。その作業着の胸部分に付いたネームプレートを見た啓斗は、


「YURIKA、ユリカさん、か」プレートに刻まれたアルファベットを読み上げ、女性を見て、「いくつくらいなんだろう?」

「失礼よ、啓斗」


 ルカが(たしな)めた。


「あ、すみません。でも、この時代の人って、みんな若く見えるじゃないですか」啓斗はそう言うと改めて女性に目をやって、「ユリカさん、レイナさんと同年代くらいに見えますね」


 啓斗が言った直後、ドアをノックする音がした。ルカが、「どうぞ」と声を掛けると、


「失礼しまーす」と、クミがナプキンを掛けたトレイを持って入室して、「ルカ、簡単な食事と、水」そう声を掛けてトレイをテーブルに置いた。


「ありがとう、クミ」


 ルカが礼を言った。クミは、そのままベッドに横になっている女性を見て、


「この人ですか……」

「そう、唯一の生存者……」


 啓斗は神妙な表情になって言った。


「生存者。コトミみたいな……」


 表情を暗くしたクミは、女性の顔からテーブルに置いた作業着のネームプレートに視線を移し、


「ユリカ……?」

「そう、この人の名前だよ」


 啓斗が言うと、クミは、


「ユリカ……」と、ネームプレートの名前を復唱した。


「クミ、もしかして、知ってる人?」


 啓斗が訊くと、クミは首を横に振り、


「ううん、全然。でも、お母さんと同じ名前」そう言って笑みを浮かべた。


「そうなんだ? クミのお母さんって――」


 啓斗は言葉を止めたが、クミは意に介した様子もなく、


「うん、ずっと前に、戦争で死んじゃった」

「そ、そうだったね……」


 啓斗は頭を掻いた。クミは女性の顔を見つめたまま、


「ユリカさん、かぁ……」


 そう言うと、笑みは寂しげなものに変わり、少しだけ瞳を潤ませた。



 医務室を出た啓斗は、カスミ、ミズキと一緒に、もう一度施設を見て回っていた。


「こ、これは……?」啓斗は格納庫のさらに奥にある狭いスペースに並んだものを見て、目を見張った。


「これは、啓斗のいた時代には、絶対になかったでしょ」


 ミズキが言うと啓斗は、「うんうん」と首を縦に振った。啓斗が凝視しているのは人間の姿をした全高二メートル程度のロボットだった。


「自律型機動兵士〈ジョルト〉よ」隣でカスミがロボットの名称を教えた。


「自律型って、自分ひとりで動くってことですよね?」


 啓斗が訊くと、カスミは、


「ええ、いわゆるロボット兵士ね。これが登場したときは大きな騒ぎになったそうよ」

「そうよ、って言うことは、カスミさんが生まれるより前に、こいつはもう?」

「ええ、今から三十年くらい前ね、ジョルトが登場したのは。その翌年に発生した内戦に早速投入されてね。世界中の注目を集めたわ」

「そうでしょうね、こんなのが歩き回って戦争したら」啓斗は、まじまじとジョルトの深緑色のボディを眺めて、「大活躍だったんですか?」


 カスミは、首を横に振って、


「それがね、期待されたほどじゃなかったそうよ。そのときの戦場が荒れ果てた市街地で、瓦礫とか障害物をうまく乗り越えたり出来なくってね。やっぱり完全二足歩行の戦闘用ロボットって難しかったみたい。結局、強化外骨格の兵士のほうが使えるし安上がりだ、なんて言われて」

「そこで」奥からミズキの声がして、「代わりに登場したのが、これ」と、さらに奥の壁際にあるものを指さした。


「こ、これも……? いや、ちょっと違う」


 啓斗はミズキの隣に行き、目の前にあるものを見て言った。そこにあるものも人の形をしたロボットだったが、ジョルトとは下半身の形状がまったく違っていた。そのロボットの腰からは先端にタイヤの付いた四本の脚が生えており、下に行くにつれ放射状に開かれたその四脚がスタンドのように体を支えていた。そのため、先に見たジョルトはハンガーに背中を預ける形で置かれていたが、このロボットは停止時においても四脚で自立して置くことが出来ている。


「これが、同じく自律型機動兵士の、〈スプリンガー〉よ」


 ミズキが言うと、啓斗は、


「スプリンガー。この脚は?」

「そう、これがジョルトからの改良点。脚が四本あるから稼働していない状態でも、こうしてハンガーなんかの支えなしで立たせていられるし、障害物もバランスよく乗り越えられる。タイヤを使えば平地では二本の脚で走るよりも断然スピードが出せる。時速百キロ近く出せるから、高速で走る戦車に随伴することも可能。さらに、この脚は関節と油圧の伸縮を使って瞬時に跳び上がることが出来るの。低い障害物なら脚で乗り越えるんじゃなくて、走ったまま跳び越せちゃうわけ。最大十メートルくらいの高さまでジャンプ出来るそうよ。平地での速度、跳躍力ともに、強化外骨格を(まと)った人間も敵わない」

「ひゃー、こんなのが出てきたら、もうジョルトの出番はないね」

「ところが、このスプリンガーを作ったのはジョルトとは別の企業だったの。このままでは自律機動兵士のシェアは完全にスプリンガーに奪われると焦ったジョルト側の企業はね、ジョルトを直接戦わせるんじゃなくて、パイロットの代わりとして売り込むことにしたの」

「パイロットの代わり?」

「そう、ジョルトの優位性は、とことん人間そっくりなこと。だったら逆に人間のやる仕事をジョルトにやらせようって、こう考えたのね。ジョルトがあれば有人兵器を即座に無人兵器にすることが出来るし、ロボットだから人間がやるようなケアレスミスも撲滅出来る。余計な装備を省いて普通の人間と同じ程度の重さにして重量的負担も解消したわ」

「なるほど」

「でも、うまくいかなかった」

「え? どうして?」


 啓斗の問いには、カスミが、


「兵士たちから猛反発が起きたのよ。ロボットに職を奪われるって」

「えー、そうなんですか?」

「そうよ。オートメーション化が進んで人間が職を失うのは、工場や経理だけじゃないのよ。軍兵器は、ただでさえ無人化がかなり進んでいたから」

「なるほど。でも、ここの格納庫にあった戦車は人が操縦するタイプですよね?」

「そうね、しかも二台だけ。このクラスの格納庫なら有人戦車一台に無人戦車三台で構成する小隊を三つくらい格納しておけると思うけど。戦争に出てやられちゃったのかもしれないわね」

「でも、このスプリンガーも、ジョルトも、あの戦車も、ブルート相手じゃ意味がなかったってことですね」

「その通りよ。ここにも、ジョルトは二機、スプリンガーは一機しかないわね。他は全部戦場の露と消えたんでしょうね」


 カスミが言うと、


「おーい」コーディの声が聞こえ、「こっち、準備出来たぞ」


 と啓斗たちのいる場所に顔を出した。コーディの後ろにはアキの姿もあった。


「ええ、今行くわ」カスミは返事をしてアキに、「ねえ、これも持っていく?」


 と計三機の人型ロボット兵士を指さした。アキは、


「いらない。メンテが面倒くさい」

「店のウエイターとして使ったらいいじゃないですか」

「怖がって客が寄りつかなくなるわ!」


 アキは啓斗の提案も却下した。


 最後に、医務室に残ったルカ以外のレイナたち全員が外に出て、畑のそばに死体を埋めると、簡易ではあるが墓も建て、墓前に手を合わせた。



 レジデンスに戻ったメンバーは昼食を取りながら今後の行動について話をしていた。


「とりあえず、一度町に戻ろうと思うわ」


 レイナが言うと啓斗が、


「ユリカさんを町に預けるんですね」

「そうよ。このまま私たちの戦いに巻き込むわけにはいかないしね」

「あのさ、レイナ」と、クミが箸を止めて声を掛け、「ユリカさんなんだけど、このままヴィーナスドライヴに居てもらうわけには、いかないかな?」


 レイナはクミを見つめて、


「ユリカさん、もう目は覚めたの?」


 クミは俯いて首を横に振ると、


「ううん、まだ。ルカが付きっきりで診てくれてるけど」

「それじゃあ、預かる、預からないは別にして、このまま戦いに同行させるわけにはいかないでしょ」

「預かるかは、別にして?」


 クミはレイナを見て言った。


「クミ」と、タエが、「あんまりレイナを困らせたら駄目だよ」

「タエ、いいの」


 レイナはそう言って微笑んだ。


「ユリカさんって、クミのお母さんと同じ名前なんだよね」


 クミの隣に座るミサが言うと、


「あ、そうなんだ」と、さらに隣に座るコトミが、「そう言われてみると何だか、お母さんっぽいかな、ユリカさんって」そう言って微笑んだ。


「わ、私、医務室見てくるね」クミは、「ごちそうさま」と言って箸を置き、食堂を飛びだしていった。


「……クミ、泣いてた」クミの背中を見送ったミサが言った。


「レイナさん……」


 啓斗がレイナに声を掛けた。レイナは神妙な面持ちで俯く。


「あの、ユリカって人」と、コーディが箸を止めて、「クミのお母さんにしては、若くないか?」


 それを聞いたタエが、


「なに言ってのさコーディ、クミのお母さんが亡くなったのって何年も前だよ。ちょうど、あのくらいの年齢だったんだろうさ」

「ああ、そっか」


 コーディは納得したような声を出したが、箸は止まったままだった。


「ごめんね、レイナ」タエがレイナに謝った。


「何? どうしてタエが謝るの?」


 レイナが言うとタエは、


「私じゃ、やっぱりあの子の母親にはなれないんだね」

「そんなこと」と、レイナは寂しげな笑みを浮かべて、「それを言うなら私もよ。私には母親の経験なんてないから、なろうったって無理なんだけど」

「私のお母さんは、タエだよ」


 ミサが言うと、続けてコトミも、「私も」と、続けた。


「ありがとう、ミサ、コトミ。そう言ってもらえると、すごく嬉しいよ。何だか二人の本当のお母さんに悪いね」


 タエがそう答えて微笑むと、コトミは、


「あのね、私、ちっちゃい頃にお母さん病気で死んじゃって、ずっとお父さんと二人で暮らしてきたの。だから、お母さんのこと全然知らないんだ」

「わ、私も、お母さんのことは、あんまり憶えてない……」


 ミサも俯きながら言った。そして顔を上げて、


「でも、クミは、きっとお母さんと一緒に過ごした時間が、私やコトミよりもずっと長いんだよ。だからだよ、あの、ユリカさんっていう人のこと……」


 食堂は沈黙に支配された。その沈黙を破ってレイナは、


「ま、とにかく、今は町に行くのが先決よ。ブルートヴィークルを見失ってしまった以上、これからの行動と対策も練らないとね。食べ終わったらすぐに出るわよ」



 医務室に入ったクミはベッドの横に持って来た椅子に座っていた。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ」その様子を見てルカは、「体に別状はないんだから。極度の緊張状態から解放されて眠ってるだけよ」

「うん……」クミはベッドの上から視線を動かさないまま答え、「ねえ、ルカ」

「ん?」

「私、ここにいてもいい?」

「いいわよ」


 ルカは微笑んで答え、クミもルカに視線を移して笑顔を見せた。

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