表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第10話 天使と悪魔の間に
46/74

軍施設の惨劇

 翌朝早く、ヴィーナスドライヴはブルートヴィークルのタイヤ痕を追って出発した。タイヤ痕は途中、アスファルト等の上を通り途切れることもあったが、その都度周辺の捜索をやり直し追跡を続けることが出来ていた。


「どこへ向かったんだと思う?」


 ヘッドクオーターズ司令室でレイナはアキに訊いた。アキは右サブモニターに映る周辺地図を見上げながら、


「もう少し走ると、旧軍施設があったな」

「そこが目的地だと?」

「分からない。ブルートが今更、放棄された地球軍の施設に用事があるとも思えないし」

「軍の施設?」


 と啓斗(けいと)が訊くと、アキが、


「そう。この日本はブルートとの戦争の最終舞台となった場所だからね。連合軍が各国の最新装備を持ち込んで最後の抗戦をしたんだ」

「そうだったんですか」

「うん、ブルートの最初の上陸はアメリカから始まって、徐々に東側に向けて侵攻していったから、極東の日本は最後の戦場になったんだよ。だから地球に残ったブルートの大半は、この日本に潜伏していると思われてるんだ」

「そんな危険なところで皆さん暮らしているんですか」

「まあ、島国で、遠洋航海に出られるような大きな船は、ことごとく沈没させられたし、飛行機もそう。出る手段がないっていう理由もあるけれど、何て言っても生まれ育った国だからね」

「生まれた国、か……」


 啓斗は、左サブモニターに映る、カメラが捉えている外の景色に目をやった。美しい山河と、時折目にする荒廃しきり恐らく誰も住んでいない廃墟の町並みが異様なコントラストを作り出している。


「軍施設が見えてきました」


 サヤの声と同時に、運転席前方の映像を流しているメインモニターに映る地平線から鉛色の建築物がせり出してきた。


「どうやら間違いないようね」


 レイナが言うと、アキも、


「ああ」と答えた。

 ブルートヴィークルのタイヤ痕は、まっすぐにその建物がある敷地に向かって伸びていた。


「相手がブルートヴィークルなら、俺がヴィクトリオンで突っ込みます」


 啓斗は、そう提案したがレイナは、


「啓斗、そう焦らないで。止まって少し様子を見ましょう」そう言うと、「スズカ」と運転席に通信の声を入れた。


 ヘッドクオーターズは軍施設出入り口から五百メートルほど距離を取り、小さな丘の陰に停まった。その後ろには同じようにハンガー、レジデンスも停車している。


「何も動きがないな」


 様子を見始めてから三十分ほど経過したところでアキが言った。その言葉通り軍施設はまったくの沈黙を保っていた。


「よし」と言ってレイナが動いた。「啓斗とカスミはヴィクトリオンで施設に向かって。まだウインテクターは装着しないで。ミズキとコーディはここで待機」


 啓斗たちは、「了解」と答え、啓斗とカスミの二人は司令室の出入り口に向かった。


「カスミ」と、コーディが声を掛け、「もし、戦車があったら一台拝借してきてくれよ」


 カスミは、「いいわね」と言って笑った。それを聞いてアキも、


「カスミ、弾薬とか何か使えそうな物もあったら、可能であれば持って来てくれると助かる」

「オーケー」


 カスミは答えて啓斗とともにヘッドクオーターズを出た。


 後席にカスミを乗せたヴィクトリオンは軍施設に向かって発進した。


「タイヤの跡は、確実に施設内に入っていますね」


 キャノピー越しに地面を見て啓斗は言った。


「そうね」と、カスミは答えて、「施設敷地内は舗装されてるから、タイヤ痕はもう分からないわね」


 カスミが答えた直後、


「入ります」


 啓斗は言って、ヴィクトリオンを施設内に進入させた。

 舗装された広場を徐行しながら啓斗は、


「ブルートヴィークルが隠れるとしたら、あそこですね」


 と施設敷地右奥に位置する半円型の屋根をした大きな建物を指さした。


「格納庫ね」カスミもそれを見て言った。

「一気にマシンガンを撃ち込みましょうか? それとも、格闘形体に変形して突撃しますか?」


 ヴィクトリオンを停止させて啓斗が言ったが、カスミは、


「人がいたらまずいわ」

「人が? いますか? こんなところに?」

「見て。左手前」


 啓斗の疑問にカスミは左前方を指さして答えた。その先には舗装されていない土が露出した地面があり、


「あ、畑」


 啓斗が言った通り、そこは土が耕され、等間隔に何かの野菜が並んでいた。


「人の手が入らないで野菜があんなに育つはずがないわ。ここには住人がいる」

「自給自足してるっていうことですか?」

「そうね。こういった軍施設には自家発電機能があるから、燃料さえ町から調達してくれば電気も使える。水道が生きているかは分からないけれど、町か近くの川から水を持ってくれば済む話だわ。見て、畑の向こうに貯水槽を積んだトラックもある」

「本当だ」


 カスミが言った通り、畑の奥にはタンクを積んだトラックが駐車されていた。


「で、でも、ここに人が住んでいて、ブルートが入り込んだってことは……」

「啓斗、降りるわよ。居住棟から見ていきましょう」

「了解」


 啓斗とカスミはヴィクトリオンを降りた。

 カスミは周囲を窺いながら、


「レイナ、ヘッドクオーターズで来て。出入り口手前にいれば施設全部が半径一キロ以内に入るわ」

「了解」


 カスミの通信を受けたレイナは、ミズキひとりをハンガーとレジデンスの警備に残し、ヘッドクオーターズを施設前まで前進させた。

 カスミはアサルトライフルを、啓斗はマルチプルライフルを提げ、二人は畑の近くにある居住棟出入り口から内部に進入した。カスミは強化外骨格を纏っているが啓斗はウインテクターの転送に備えて、ブーツ以外はいつもの服を着用している。


「静かね……」壁に背中を付けて廊下に立ったカスミは、「レイナ、外で異変があれば、すぐに知らせて」

「もちろん。気をつけて」


 レイナの通信が返ってくると、


「啓斗、ついてきて」


 カスミはライフルの銃口を下げた状態で構えながら廊下を進み、啓斗も同じようにその後ろについていった。

 部屋のひとつひとつを確認しながら廊下を進む。ほとんどの部屋は長い間使われた形跡はなく、雑多な物置と化していたが、一階奥の台所は様子が違っていた。明らかに他の部屋と違い清掃がされており、流しには洗ったばかりと思われる食器と箸が、まだ水滴が付いた状態で置かれていた。そして、


「啓斗」カスミが台所奥のテーブルのそばに立ち啓斗を呼んだ。啓斗は無言で近づいていく。カスミの表情から、そこに何があるかは察しがついた。もっとも部屋に入った途端鼻孔を刺激した臭いがすでに、その存在を暗示してはいたが。


「……くそ」啓斗は吐くように呟いた。テーブルの陰には二人の男性が倒れており、すでに死亡していることは明白だった。男性の体はどちらも頭部から胸にかけてが焼けただれたように溶解した状態だった。屈み込んで死体の解けた部分に顔を近づけたカスミは、


「酸の一種ね」そう言って立ち上がった。


「酸?」啓斗も鼻と口を押さえながらカスミの後ろから死体を見て、「こんな殺し方をするなんて、やっぱり、ブルート?」

「そうね。というか今の時代、人間を殺そうなんて考えて実行するのは、ブルートくらいしかいないわ」

「くそっ」


 啓斗は、もう一度吐き捨てるように言った。二つの死体の作業着のような服の胸にはネームプレートが付けられていたが、これも溶解しており名前を読み取ることは不可能だった。

 カスミの見た映像と二人の会話は、カスミのヘルメットカメラと通信により司令室にも届いている。凄惨な死体を目にした一同は顔をしかめ、サヤだけは悲痛な表情でモニターから目を逸らした。


 一階の捜索を終えた二人は、二階の寝室と思われる部屋でもひとりの死体を発見した。一階で見たものと同様、その死体は頭部から胸を酸のようなもので溶かされていた。さらに二階の廊下でひとり、居住棟から格納庫へ向かう階段の途中でひとり、計五人の死体を確認した。階段で見つけた死体のみ女性のものだった。


 カスミと啓斗は格納庫に通じるドアの左右に立った。二人は頷き合い、啓斗がドアを引き開け、同時にカスミがライフルを構えながら中を見回した。格納庫内に窓はなかったが、照明が灯っていたため内部の様子を窺うことは出来た。

 中に体を滑り込ませたカスミは周囲を確認すると、手振りで啓斗にも、来い、と指示を出した。啓斗はカスミのように姿勢を低くしながら格納庫内に入った。


「戦車……」啓斗は呟いた。格納庫内には二台の戦車が駐機されていた。格納庫内は広く、同じ戦車があと十台以上は格納出来そうだった。戦車に目を奪われていた啓斗はカスミに肩を叩かれて、カスミが指さす方向を見た。そこにも、


「くそっ」啓斗は小さく口にした。格納庫隅に数名の男女が倒れていた。そのいずれもが、やはり頭から胸にかけてを溶かされるという殺され方をしていた。カスミは早足で死体に近づき、啓斗も後を追う。


「応戦したみたいね」


 死体を見下ろしてカスミが言った。死体の周囲には数丁の重火器やマガジン、排出された薬莢が散乱しており、床や壁にも弾痕が穿たれていた。そばの壁際には重火器をしまった棚と細長いロッカーがいくつか並べられている。死体は男女ともに二名ずつ計四名のものが折り重なるように倒れていた。男性は二人とも銃を握ったままで作業着を着ており、女性は一名が作業着で、もう一名は私服姿だった。


「全部で、九人か……」


 啓斗は悲痛な表情で呟いて、ため息を吐いた。


「啓斗」カスミは啓斗の前に立ちライフルを構えた。その銃口は並んだ細長いロッカーのひとつに向けられていた。啓斗も慌ててライフルを構える。

 二人が銃口を向けたロッカーが、がたり、と鳴った。カスミは、ゆっくりと下がりながら啓斗の胸を押して、もっと下がれ、と指示をしている。啓斗はカスミに押されるように下がりながら唾を飲み込んだ。


「わあーっ!」啓斗が叫んだ。突然ロッカーの扉が開き、中からひとりの女性が出てきて、そのまま床に倒れ込んだためだった。


「しっかり!」

「啓斗!」


 カスミが止める前に啓斗が倒れた女性に駆け寄った。ライフルを床に置いて女性を抱き起こす。女性の顔に(まと)わり付いた乱れた長い髪を掻き分けて顔に耳を近づけると、


「……生きてます! カスミさん、この人、生きてます!」


 嬉しそうな顔で、そう言って振り向いた。カスミはレイナに、ヘッドクオーターズとレジデンスを格納庫前まで寄せてくれるよう通信した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ