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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第9話 町に人、人に想い
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涙酒

 ハンガーを出た啓斗(けいと)はレジデンスの食堂に入った。


「あ、マリア」


 カウンターにはマリアの姿があった。


「啓斗、まだ起きてたの?」


 マリアは振り向いて言った。その隣には、カウンターに突っ伏しているもうひとりの人物がいた。


「マリアこそ。それに、そっちは」啓斗はカウンターに近づいていき、「レイナさん?」


 カウンターで自分の両腕を枕にして寝息を立てているレイナを見て言った。レイナはシャワー後らしく、バスローブを着ており髪も僅かに湿っていた。


「みんな早く寝ちゃったからって付き合わされちゃって。シャワー出てすぐによ。まったく。アキはハンガーで仕事でしょ。で、そのくせ自分のほうが先にダウンしてるし」


 マリアはレイナの寝顔を見て笑って言った。


「はは」と啓斗も笑って、「レイナさん、実はあんまりお酒強くないんじゃ」

「そうかもね。レイナのお酒はアキとは正反対かも。アキは、もうただお酒が好きってだけで飲んでるじゃない」


 マリアが言うと、啓斗は、


「レイナさんは、そうじゃない?」

「そう。レイナのは、典型的なストレス解消酒なんじゃないかな」

「ストレス。司令官って、やっぱりストレス溜まるものなのかな?」

「ま、性格的なものもあるんだろうけど。啓斗、せっかくだから、ちょっと付き合ってよ」


 マリアはレイナとは反対側の自分の隣の椅子の座面を叩いた。


「う、うん。じゃあ、俺はジュースで」


 啓斗はカウンターの中に入ろうとしたが、


「私がやってあげるって」


 マリアが椅子を立ち、啓斗の肩を掴んで椅子に座らせ、自分がカウンターの中に入っていった。


「悪いね、マリア」


 啓斗は、ぺこり、と頭を下げると、マリアは笑って、


「なーに、これくらい。私が付き合わせたんだし、いつも啓斗には頼りっぱなしだからね」

「それこそ、俺のほうがマリアには世話になってるじゃないか。レイナさんやミズキたちから聞いたよ」

「何を?」マリアは冷蔵庫から取り出したボトルからグラスにジュースを注いだ。


「転送のことさ。あれ、俺の受信機から転送先の座標をその都度計算してやってるんだろ。みんな言ってたよ、あんな早い計算、マリアにしか出来ないって。サヤなら、もっと時間が掛かってるだろうって」

「ふふ、ありがと。はい」


 マリアはグラスを啓斗の前に置いて、カウンターを回って自分の席に戻った。啓斗は礼を言って、ひと口ジュースを飲んだ。


「そのうち、サヤにも私と同じくらいの早さで計算出来るようになってもらわないとね」マリアは自分のグラスを取って、「ねえ、啓斗。朝、私と倉庫を捜索したじゃない」

「え? う、うん」

「そのとき、何か見た?」


 マリアは啓斗を向いて言った。


「な、何で?」

「カメラの写真を整理してたらさ、啓斗のカメラの写真、ひとつ番号が飛んでたんだよ。時間から言って、私と倉庫の捜索をしてたときのものっぽいなって思って」

「……あ、ああ、そうだった。撮り損ねてさ、失敗した写真だったから、戻ってから消したんだよ」

「何を撮り損ねたの? 成功した写真がなかったよ?」

「そ、それは……」


 口を噤み下を向いてしまった啓斗に、マリアは、


「ごめんね。別に責めるつもりじゃなかったんだけど。何か事情があるのね」

「うん、ごめん」

「レイナに関係すること?」

「え? ど、どうしてそう思うの?」

「今、たまたま隣で寝てるから」

「な、何だ……」

「本当にレイナのことなんだ」

「え? い、いや、それは……」

「昼間、アキとヴィクトリオンで出たよね。そのときに話をしたの?」

「マ、マリア……」

「どう? 図星?」


 啓斗は、ゆっくりと頷いた。


「はは、女の勘」マリアは笑って、グラスの中のカクテルをひと口飲み、「じゃあ、私も、もう追及しない。アキが承諾してるんなら、いいよ」

「ごめん」

「いいって。あのね、私さ、レイナって、こういうのに向いてないんじゃないかなっていつも思うんだよね」


 マリアは隣で寝息を立てているレイナの寝顔を見て言った。それを聞いた啓斗は、


「こういうのって?」

「司令官みたいな、みんなの上に立つような仕事」

「えー、そうかなあ? 俺は、ばっちり合ってると思うけどな」

「何ていうかさ、レイナって、ちょっと危ういところあるじゃない?」

「危うい? レイナさんが?」

「うん、私はアキほどじゃないけど、レイナと付き合い長いからそう思うのかも。指令室でいつも一緒にいるしね」

「そっか……」


 啓斗もマリア越しにレイナの寝顔に目をやって、


「でも、上の人間って、あまりに完璧であるよりも、ちょっとくらい頼りないほうが、下の人間たちが『自分が支えなきゃ』って思ってチームの連帯感が高まるからいい、いう話もあるよね」

「啓斗がそう言ってたって、あとでレイナに話しておくね」

「ちょ、ちょっと! 誰もレイナさんがそうだとは言ってないじゃないか!」


 啓斗は血相を変えて立ち上がった。マリアは笑って、


「ふふ、冗談。さて」と立ち上がって、「そろそろお開きにしよ」


 空になった自分と啓斗のグラスを取って流しに入れると、


「ねえ、レイナ運ぶの手伝って」

「も、もちろん。ていうか、前にもこんなことあったな……」


 そう言って啓斗はレイナを見た。レイナは静かに寝息を立て、バスローブ越しに、ゆっくりと肩が上下していた。


「じゃあ、反対側お願い」


 マリアがレイナの左側から手を入れて肩に担ぎ上げると、啓斗は右側から同じようにレイナの腕を担いだ。


「ヘッドクオーターズまで行くの面倒くさいから、医務室のベッドに投げて行こう」


 マリアが言うと、啓斗は、


「前もそんなことになってたな……」

「じゃ、せーの、で持ち上げるよ。……せーの」


 マリアの掛け声で二人は同時にレイナの体を担ぎ上げた。


「うわっ!」啓斗が叫んだ。


「どうしたの?」レイナの顔越しに、マリアが声を掛けた。


「い、いや、な、何でも……」


 啓斗の視線はレイナの胸に注がれていた。担ぎ上げた拍子にバスローブがはだけ、レイナの胸が見えてしまっていた。レイナはバスローブを左上にして着ていたため、左側に立つマリアから、その様子は見えていないようだった。


「じゃ、いくよ」


 マリアの声で二人はレイナを担いだまま歩き出した。一歩踏み出すたびに、露わになったレイナの左胸が揺れる。


「啓斗、ごめんね、そんな前かがみの歩きにくい体勢にさせちゃって。私の背に合わせてくれてるんだよね」

「だ、大丈夫、平気……」啓斗は真っ赤な顔で答えた。


「啓斗、ゆっくりね……」


 医務室に入った二人はベッドにレイナの体を横たえた。


「ふう、ありがと」マリアは言って、「そうだ、アラームセットしておいてあげよう」


 と机の上に置いてある置時計を手に取ってアラームのセットを始めた。


「ふう……」啓斗は額の汗を拭って、ベッドに寝かされたレイナを見ると、「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げた。


「何、どうかした」


 マリアはアラームのセットをしながら訊いた。啓斗は、


「な、何でもない」


 と言って、ベッドに寝かせた拍子にはだけていたレイナのバスローブの前を取って合わせた。レイナはバスローブの下には何もつけていなかった。


「これでよし、と」


 マリアは時計をもとのように机に置いて、啓斗の目を見る。


「な、何?」


 啓斗も若干前かがみになりながらマリアを見返す。マリアは、にやり、と笑って、


「見たでしょ」

「な、何を?」

「レイナのあそこ」

「マ、マリア! 何で?」

「ま、大浴場のときに、もう見てるもんね」

「い、いや、それは……」

「私のも、見たでしょ?」

「え? そ、それは……だ、だって、あのときは、みんなが……」

「啓斗」


 マリアは近づくと啓斗の首に両腕を回し、顔を寄せて啓斗の頬に唇を当てた。


「マ、マリア……」


 啓斗は真っ赤になって呟いた。

 少しの間そうして、マリアは啓斗の頬から唇を離して両腕も解いた。その頬を赤く染め、はにかんだように笑ってから、ベッドに向かいレイナの体に毛布をかけると、


「おやすみ、啓斗」


 そう声を掛けて医務室を出て行った。


「お、おやすみ……」


 完全にマリアの姿が見えなくなってから、啓斗はようやく口にした。

 啓斗はベッドのそばに寄り、寝息を立てているレイナの頭を少し撫で、髪をひと房、ゆっくりと手に取った。滑らかなその髪は啓斗の手を滑り、ベッドに落ちる。


 医務室を出る前にレイナの顔を一度見て、照明を落とすと啓斗は自室に戻った。

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