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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第9話 町に人、人に想い
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啓斗の想い

「ヴィクトリオンの変形を見せたら、あの子たち腰を抜かしてたかもね」


 後席との通信で啓斗(けいと)が言うと、


「ダメだよ。アキに言われてたでしょ」

「そ、そうでした……」


 コトミに言われ、ばつが悪そうに啓斗が答えると、さらにスピーカーからコトミとミサの笑い声が返ってきた。


「うわー、速ーい!」

「レジデンスとは全然違う!」


 コトミとミサはキャノピーに手を貼り付かせ、流れていく景色を見ながら歓声を上げた。


「二人とも、もうレジデンスに追いつくぞ」


 啓斗は前方キャノピー越しにレジデンスの車体を捉えると後席の二人に言って、スロットルを捻り、レジデンスの横に付けて併走した。

 レジデンス食堂の小さな窓から、タエ、クミたちが手を振り、コトミとミサも笑顔で手を振り返した。



 ヴィクトリオンとレジデンスはヘッドクオーターズとハンガーの駐機場所に同時に到着した。近づいたエンジン音を聞いたレイナが、ヘッドクオーターズから降りて二台を迎えた。


「みんなで食べてくればよかったのに」


 レジデンスから降りたアキにレイナが言うと、タエが、


「レイナひとりだと、また軍用レーションで済ませちゃうでしょ。ヘッドクオーターズにもハンガーにも調理設備はないし。私がいるうちは、非常時以外はそんなの食べさせないからね」

「あら、レーションも、あれはあれでおいしいのよ」

「たまに食べたくなるよな」アキも同意した。


 ヴィクトリオンの後席から降りたコトミとミサは、皆のもとに駆け寄り、


「もうね、ビューンって、すごいの! あっという間にレジデンスに追いついたの!」

「めちゃ、速かった!」


 と、ヴィクトリオンのサドルに跨った男の子さながら、興奮した様子で語っていた。


「よーし、ミサ」クミはミサの頭を撫でて、「その勢いで、夕御飯作る手伝いもしようか」

「私も手伝う!」


 コトミも手を上げ、タエ、クミ、ミサ、コトミの四人は厨房に向かった。


「レイナ」カスミが声を掛け、「悪かったわね、ひとりで留守番させちゃって」


 レイナは首を横に振って、


「いいのよ。たまにはひとりにならないとね。いい気分転換が出来たわ」

「レイナさん」


 と啓斗が声を掛けた、レイナは顔をカスミから啓斗に向けた。


「あ、あの……」


 言葉を切り出した啓斗を、少し離れてアキが見つめる。


「留守番、お疲れ様でした」


 啓斗は、そう言って頭を下げた。


「何? どうしたの?」レイナは少し吹き出して、「カスミにも言ったでしょ。いい息抜きになったわ。啓斗のほうこそ、みんなのお守りさせられて大変だったでしょ」

「い、いえ、そんなことは……」

「私は部屋にいるから、夕御飯出来たら呼んで」


 レイナは手をひらひらと振りながらヘッドクオーターズに戻っていく。


「レイナ」今度はアキが呼び止め、「チサトたちと連絡を取ったんだが、もうすぐ合流出来るそうだ」

「本当に? それはよかったわ」

「チサト?」啓斗はそれを聞いて、「昼間、ルカさんが言ってた名前はアイリって人だったな」


 啓斗は、二人のそばに寄って、


「レイナさん、別働隊って、何をしている人たちなんですか?」


 レイナは、アキに、


「啓斗には、何も話してないの?」


 と訊き、アキが黙って頷くと、啓斗を見て、


「……機密よ」

「そ、そんなー」


 へたり込む啓斗を残し、レイナは顔に笑みを湛えながらヘッドクオーターズに戻った。



 夕食の準備が整い、メンバー全員が食堂に集まった。レイナの声に合わせて、全員が「いただきます」をして食事に取りかかった。


「みんな」食事が始まってすぐにレイナが、「食べながら聞いて。今日、付近を捜索していたんだけどね」

「レイナ」と、アキが口を挟み、「休んでたんじゃないのか?」

「ヘッドクオーターズで周辺をドライブがてら走ってただけよ」と、アキに抗弁して皆に向き直り、「で、捜索というか、ドライブしてたらね、ブルートヴィークルのタイヤ痕を発見したの」


 皆の箸が止まり、レイナに視線が集中する。


「いいから、食べながら」


 レイナが食事を促し、皆は、また箸を動かし始めた。レイナは、


「どうやら、あの廃墟街から出て行ったものらしいの。かなり新しいタイヤ痕だったわ。多分、遅くても昨日の朝方」

「朝方」と、カスミが、「ミズキたちを救出したのが、そのくらいよね」


 レイナは頷いて、


「そう、多分だけど、あそこに潜んでいた他のブルートは、啓斗がリーチを倒したのと同じくらいに時刻に、もうあの廃墟を放棄して脱出していたのかも」


 それを聞いた啓斗はアキと目を合わせた。


「それでね」と、レイナは続け、「私たちは、そのタイヤ痕を、ブルートヴィークルを追ってみようと思うのだけれど。どう? みんなの意見は?」


 しばしの沈黙のあと、カスミが、


「今のところ、次に叩くブルートの手掛かりがそれしかないのであれば、追うべきね」

「もう、この町にはブルートはいない、と?」


 啓斗の言葉には、レイナが、


「多分。そう考えてもいいんじゃないかしら。啓斗がこの町で倒したブルートは、全部で四体。いくらここが大きな町だからといっても、ひとつの町に巣くうブルートとしては多いほうよ。私たちと交戦して逃げたスタッグの他に、ミサが目撃した二体。その三体がここを出奔したのだと考えられるわ」

「私もそう思う」と、アキが賛同した。


「そうですか。じゃあ、もうこの町は安心なんですね」啓斗の顔がほころんた。


「そうね」今度はタエが、「私も今日、色々と話を聞いてみたんだけど、原因不明の死体が出るようなことはもうないそうだよ。みんなも聞いた、ホーネットによるものと思われるのが最後だって。ブルートがいなくなったっていうことなんじゃないか?」

「そうなんですか。よかった……」

「啓斗が、この町に平和を取り戻したんだよ」


 ミズキが微笑んで声を掛ける。


「みんなの協力があったからだよ」啓斗は言って立ち上がり、「ありがとうございました」と頭を下げた。


「そんなに改まるなよ」


 コーディが笑い、ルカが、


「私たちは家族よ。家族が協力しあうのは当たり前でしょ」


 啓斗は、「はい」と答えて椅子に座った。


「じゃあ、改めて」レイナが皆を見回して、「明日、ブルートヴィークルの追跡を行うことにするわ。いいわね」


 メンバー全員は、「了解」と返事を返し、歓談が広がっていった。


「啓斗」タエは啓斗に、おかわりの白米を盛りつけたお椀を手渡して、「もうここの生活には慣れた? なにか不都合とかない?」

「ありがとうございます」啓斗はお椀を受け取って、「不都合っていうんじゃないですけど、俺の部屋の荷物、あれ、いつになったら片付くんですかね……?」

「呆れた」それを聞いたレイナが、「まだ片付けてなかったの?」と、皆を見回した。


 コトミ以外の全員は、レイナと、啓斗とも目を合わせないように俯き、黙々と食事をかき込むだけだった。



「この町とも今日でお別れですね」食事を終え、食後のお茶を飲みながら啓斗は感慨深い声で言って、「あ、でも、もう町は離れているんだから、すでにお別れしてるってことか」

「色々あったわね」と、カスミも言った。


「はい。嬉しいこともあったけど、悲しいこともありました……」


 そう言って表情を曇らせた。それを見たアキが啓斗の肩を叩いて、


「啓斗が、この町に潜んでいたブルートを四体も倒して、残っていたやつらも追い払ったんだ。もう、これ以上この町の人たちがブルートの手に掛かることはないんだ。よかったじゃないか」

「はい……」


 啓斗はアキを見て少し微笑んだ。アキも笑みを返す。


「この町、もっと大きくなるそうだよ」と、カウンターの中にいたタエが、「昼間、公園で町の人たちと話したんだけどさ、今は廃墟になっている区域の使える建物やビルに人を住まわせる計画があるそうだよ。道路も整備して。そのための委員会も立ち上げたんだって」

「そうなんですか」


 啓斗が言うと、タエは頷いて、


「そう。周辺の小さな町や集落に連絡を入れて人を集めてるそうだよ。ブルートもいなくなったことだし、もっと活気が出て大きくなるよ、あの町は」

「啓斗のおかげね」


 レイナが微笑みながら言った。


「そんな、俺なんて……」啓斗は手を振って、「みんなの協力があったからブルートを倒せたんだし、町が発展するのは町の人たちの努力の賜ですよ。ねえ、レイナさん、追跡するブルートを倒したら、もう一度この町に来ましょうよ」

「いい考えね」


 レイナが言うと、啓斗は、


「でしょう。また、あの親父さんのラーメン食べましょうよ。今度は全員で行きましょう。カズヤくんとトモキくんも頑張って働いてるんだろうな。二人のお母さんにも挨拶したいですね。バスの人たちは、もう解散しちゃったかな? あの親子にだけでも会いたいな」

「ふふ」町のことを語る啓斗を見てミズキは、「啓斗、嬉しそう」

「そ、そうかな?」啓斗は頭を掻いた。


「そうだよ」


 ミズキは笑い、食堂は他のメンバーたちの笑い声に包まれた。


 食事を終えシャワーも済ませ、外の散歩に出た啓斗は、ハンガーの開いた後部ハッチから明かりが漏れているのを見ると近づいていった。


「アキさん」

「おお、啓斗」


 ハンガーの中では、アキがバンの運転席窓ガラスの交換をしていた。


「あ、このバン。回収してきたんですね」


 啓斗が訊くと、アキは、


「そうだよ。せっかく買ったんだからね。とりあえずガラスだけでも交換しないとな。鈑金の修理は、また落ち着いてからだな」


 そう言って、傷だらけで塗装の剥げた車体右側面を叩いた。


「アキさんって、何でも直しちゃうんですね」


 啓斗が感心した声で言った。


「仕事だし、得意だからね」

「ウインテクターとか、武装の修繕も、当然ここで?」

「そうだよ、あれを使ってね」


 アキはハンガー奥にある機械を指さした。そこには高さはハンガーの内部ほぼ一杯を使い、幅一メートル程度の円柱のような形の機械があった。円柱の一部は透明なカバーになっており、そこを開いて中に物を入れられるようになっている。


「あれは?」


 啓斗が訊くと、アキは搭載されているヴィクトリオンの横をすり抜けるように、その機械に向かって歩き出し、啓斗もついていく。アキは機械の表面に触りながら、


「修繕機だよ。傷ついたものをこの中に入れて傷を元の通りに修繕するんだ。ちょっとやってみせようか」


 と、アキは、作業台に置いてあった一振りの剣を手に取った。


「あ、それ、ウインテクター専用剣ですね」

「そう」と、アキは啓斗に剣を見せて、「戦いで細かい傷がついたり、時には刃こぼれもするだろ」


 アキの言った通り、その剣は先の戦いで使用されたもので、刀身に無数の傷が付いていた。


「これを、ここに入れて」アキは透明なカバーを開き、機械の中に剣を入れ、カバーを閉めて、「で、機械を動かす」


 アキが機械のコンソールにあるボタンを押すと起動音が鳴り、機械の内壁から先端が尖ったマニピュレーターのような細い腕が伸びてきて、剣の表面をその先端でなぞり始めた。すると、なぞった先から剣に刻まれていた傷が消えていく


「あ、傷が、消えて?」


 それを見た啓斗が言った。アキは、


「そう、細かい粒子を吸着させて傷を埋めて修復してるんだ。あらかじめ、この剣の形をインプットしてるから、機械がダメージ箇所を判断してインプットされた形の通り、つまり、新品の状態に直してくれるんだよ。真っ二つになったって内蔵アームが切断面を合わせるように持ち上げて、くっつけてくれるんだ。修復に使う材料は、これも最初にインプットしたものと同じ材質を、機械に入れた材料の元、〈ミクスチャーマテリアル〉から生成するんだ。ほとんどの材質は、このミクスチャーマテリアルから作られるんだよ」

「へえー」


 啓斗は興味深い目で機械のカバーに顔を近づけて、


「便利な機械ですね。凄い世の中になったんだなー」

「ぷっ」と吹き出してアキは、「相変わらず面白いな、啓斗は」

「だって、俺にとってはオーバーテクノロジーだらけですよ、この世界は。ミズキたちが着てる強化外骨格、一瞬で転送されてくるウインテクター、ロボットに変形するヴィクトリオン」

「まあ、これは」と、アキは修復機を触って、「さすがに一般家庭に普及するとまではいかなかったけどね。高価すぎて」

「ヴィクトリオンの修理は、どうするんですか? ばらしたって、ひとつひとつのパーツが大きくて、この機械には入りませんよね?」

「ああ、それは、あれを使うんだ」


 アキはハンガー内のヴィクトリオンを指さした。ヴィクトリオンの機体に、四本の脚を持った機械が張り付いていた。放射状に広がった脚の中心には、修繕機のマニピュレーターと同じような先端が尖ったシャフトが付いており、その先端がヴィクトリオンの機体に向けられていた。その機械からはコードが伸びており修繕機と繋がっている。


「本体から命令を受けて動く、小型オプションだよ」

「へえー」


 啓斗はヴィクトリオンに張り付いているオプション機械のほうに歩いていった。オプション機械の大きさは、広げた対角線の脚同士の距離が一メートル程だった。


「この修繕機でバンも直しちゃえばいいじゃないですか」


 啓斗は言ったが、アキは首を横に振って、


「ミクスチャーマテリアルは手に入りにくいし高価だからね。ウインテクターやヴィクトリオンの修理にしか使いたくないんだ。普通の手段で直せるものは、なるべくそうやるさ」

「アキさん、大変ですね。ミズキたちの強化外骨格の整備や修理もやってるんでしょ。ひとりで」

「まあ、仕方ないさ。それに、チサトが合流すれば私の仕事も楽になる」

「チサト、って、別動隊の。アキさんみたいなエンジニアなんですか?」

「そうだよ。私の弟子だよ。ま、向こうが勝手に名乗ってるだけだけれどね」

「それは頼もしいですね」啓斗はヴィクトリオンからアキのそばに移動して、「で、その、チサトさんたちは何をやってるんですか?」

「啓斗」

「はい?」

「レイナのこと、頼むぞ」


 アキは啓斗の腕を叩いた。


「何ですか? いきなり」

「啓斗の見せてくれた写真、あれから考えるに、これから追おうとしている相手はシャークブルートである可能性が非常に高い」

「ああ……」

「そうであれば、そう遠くないうちに私たちはシャークブルートと遭遇することになるだろう」

「はい」

「レイナが、そいつを目撃したら……」

「レイナさん、我を忘れて飛びかかっていくかも……」

「もちろん、私たちも気を付けるけれど、啓斗もレイナのこと頼むぞ」

「はい、それは、もちろん……」


 二人は沈黙した。修繕機の駆動音だけがハンガーの中に響く。


「アキさん」啓斗が沈黙を破って喋りだし、「以前、シャークブルートが見つからないほうがいい、っておっしゃってましたよね」

「……ああ、そうだったな」

「でも、こんなに早く遭遇しそうです」

「そうだな」

「シャークブルートを倒せたとしたら、レイナさん、切れちゃうんじゃないか、ってもおっしゃってましたよね」

「……そうだったっけ」

「もしそうなったら、俺に何か出来ることはあるんでしょうか?」

「啓斗」アキは啓斗の目を見て、「もう遅い、寝ろ。明日は早いんだぞ」

「はい……」

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