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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第8話 小さな逃亡者
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大浴場は踊る

 ヘッドクオーターズに戻った啓斗(けいと)はミズキの強化外骨格に着替え、カスミに手伝ってもらい予備バッテリーを運搬してヴィクトリオンを再起動させた。カスミを後席に乗せ、格闘形態のヴィクトリオンは立ち上がった。


「啓斗」レイナの声で通信が入った。「せっかくだから、ビルの屋上にある、水が残ってる貯水タンクを持って来てくれない?」

「貯水タンク? 何に使うんです?」


 啓斗が訊くと、


「久しぶりに大浴場をやろうかと思って」


 返ってきたレイナが言うと、通信の向こうから皆の歓声が上がった。


「大浴場?」


 と聞き返す啓斗に、後席からカスミが、


「パイプフレームと防水シートで特設大浴場を作って、レジデンスのボイラーを通して沸かしたお湯を入れるのよ。川縁とか大量の水が手に入るときに、たまにやるの。すごく気持ちいいわよ」

「露天風呂みたいなものですね。いいですね」

「啓斗も一緒に入る?」

「え? い、いや……」

「啓斗も入ろうー!」


 答えあぐねる啓斗の声に、通信でコトミの声が被さってきた。


「カスミさん、水着とか着て入るんですか?」

「そんなの着るわけないでしょ。みんな裸よ」

「そ、それは、さすがに……と、とにかく、貯水タンクを」


 啓斗は赤い顔でスロットルを捻った。後席でカスミが、ふふ、と笑った。



 特設露天大浴場に歓声が聞こえている。大浴場の隣にはレジデンスが停められ、貯水タンクと浴槽を繋いだパイプをボイラーを通して介している。レジデンスを挟んだ反対側では、啓斗が走行形体に戻したヴィクトリオンを洗車していた。


 湯船の縁に腰掛けたミズキが、隣に座るコトミに、


「コトミ、ごめんね」

「ミズキ」コトミはミズキの顔を見て、「どうして謝るの?」

「だって、私、コトミにつらいことをさせようとした……」


 ミズキは防水絆創膏を張られた自分の左腕を見た。コトミは首を横に振って、


「私ね、すごいなって思った、ミズキの覚悟。私、ミサから聞いて、自分ではヴィーナスドライヴの一員になった覚悟を決めてたつもりだったけど。まだ全然だなぁって。それに今日のミズキ、すごくかっこよかった。私もミズキみたいになりたいな」


 そう言って、視線を落として、


「私、ミズキの足手まといになっちゃってたよね。二階から飛び降りるときとか、私、怖くって……私のほうこそ、ごめんね、ミズキ」

「ねえ、コトミ、こっちきて」


 ミズキはコトミを抱き寄せ、


「私、コトミがいなかったら、あそこまでやれなかったと思う。ひとりだけだったら、今頃ブルートに殺されてたと思う。私が頑張ることが出来たのはコトミのおかげ。ありがとう」

「ミズキ……」


 コトミが見上げると、ミズキはまぶたを閉じ涙を流していた。コトミは微笑み、


「ミズキ、体もかっこいいね」と、ミズキの腹を撫でた。


「な、何? コトミ?」


 ミズキはまぶたを開いて言った。コトミは尚も、


「腹筋とか、すごい。さすが戦士だね。かっこいい……」


 と言いながらミズキの体を撫で始めた。


「ちょ、ちょっと、コトミ……あ、そこ」ミズキは赤面して体をよじり、「ふ、腹筋なら、コーディとカスミのほうが凄いわよ」

「お、呼んだか?」


 と、コーディが湯船から立ち上がり、腰に手を当てて胸を張った。


「うわ、コーディもかっこいい……」


 コトミはミズキの体から手を離し、コーディの白い肢体を見つめた。


「ふふふ、どうだ」コーディは、にやり、と笑い、「おっぱいだって、ミズキより大きいだろ」

「えー、そうかなぁ?」


 ミズキが異議を唱えるような声を出した。それを聞いたスズカが立ち上がり、


「よし、二人、そこに並んでみろ。私が確かめてやる」


 と両手を握る仕草をする。


「やだ、スズカ……」

「おう、やってみてくれ」


 ミズキは胸を隠し、コーディはさらに胸を張った。


「あれ? カスミは?」


 コトミが湯船を見回すと、湯船に浸かっているレイナが、


「カスミなら、ちょっと涼んでくるって、上がったわよ」

「えー、連れてくる。カスミの腹筋も見たい!」


 コトミは湯船から上がり、


「わ、私も行く!」


 と、ひと呼吸遅れてミサも続いた。


「こ、こら! あなたたち!」


 裸のまま浴場を飛びだした二人をクミが追った。



 啓斗は時折レジデンスの向こうから聞こえてくる声に洗車の手を止めながらも、何かを振り払うかのようにスポンジでヴィクトリオンのボディに磨きをかけていた。


「啓斗、精が出るわね」

「はい、こういう水が大量に使えるときに洗ってやらないと……」


 声に振り向いた啓斗は手を止めた。そこには、サンダルを履きバスタオルを体に巻いたカスミが立っていた。


「カ、カスミさん……?」

「私、長風呂って苦手で。すぐのぼせちゃうの」カスミは手で顔を扇いだ。


「そ、そう、なんですか……」


 啓斗は微動だにせず、カスミを見つめている。


「啓斗、泡が乾かないうちに水で流したほうがいいわよ」


 カスミが言うと、啓斗は、


「は、はい、そうですね……」


 と屈み込んで水を入れたバケツに手を伸ばした。顔はバケツのほうを向いていたが、視線だけは横目でカスミの体に向けられていた。

 そこに一陣の風が吹き、ヴィクトリオンのボディに残る泡を吹き飛ばし、カスミのバスタオルも勢いよく捲りあげた。


「あ」カスミはバスタオルを押さえるでなく、自然にもとのようにバスタオルが自分の股間を隠すに任せ、「ねえ……見た?」はにかみながら啓斗に視線を送る。


「……は、はい。……い、いえ! み、見てません!」


 啓斗は真っ赤になってバケツを掴むと、叩き付けるようにヴィクトリオンのボディに水をかけた。それを見たカスミは少し頬を染めて笑う。そこへ、


「あ、いた!」

「カスミ!」


 コトミとミサがレジデンスの陰から飛びだしてきた。二人ともカスミと同じようにサンダルを履いていたが、体にはバスタオルも何も付けてはいなかった。


「コトミ! ミサ!」


 啓斗は跳び退きヴィクトリオンのボディに背中を付けた。


「あ、啓斗」と、コトミは啓斗に、「ねえ、啓斗も一緒に入ろう!」


 啓斗に駆け寄り手を掴んだ。


「ちょ、ちょっと!」


 啓斗は叫んだ。ミサも一瞬躊躇するように体をよじらせたが、コトミのあとを追って啓斗の腕を掴み、


「は、入ろ……」


 と上目遣いで啓斗を見上げて言った。そこへ、


「こら! 二人とも、そんな格好で!」


 さらにクミが飛び出てきた。クミは小さなハンドタオルを胸に当てているだけだった。

 啓斗はコトミとミサに手を引かれながら歩く。クミの横を通り過ぎるときには、視線がクミの下半身に向いていた。


「……あ! ちょっと!」


 クミはハンドタオルを胸から股間に当て直した。

 レジデンスを超えると啓斗の目に大浴場の湯船と、湯船に浸かり、あるいは縁に腰をかけたヴィーナスドライヴメンバーの姿が飛び込んできた。


「あら、啓斗」縁に腰を下ろしているレイナが、「一緒に入るの?」


 コトミとミサは同時に、「うん」と言ったが、


「だ、駄目に決まってるでしょ!」

「おお、来い!」


 湯船に浸かっていたミズキとコーディが同時に叫び、叫び終わるなりミズキとコーディは顔を見合わせた。コーディは顔を赤くしたミズキに、


「嫌ならミズキだけ上がってもいいんだぞ?」


 と言って、にんまりと笑った。ミズキは真っ赤な顔で口を尖らせてコーディを睨む。ルカとスズカも湯船から上がり、コトミとミサが手を引く啓斗の背中を押していた。湯船の中からマリアはそれを見て笑っていた。


「……もう」ミズキも湯船から立ち上がり、「こ、こうなったら、ヤケよ!」真っ赤な顔をさらに赤くして湯船の中を歩き、「啓斗!」と縁に足を掛けて湯船から上がった。


「ミ、ミズキまで!」

「動き回って汗かいたでしょ。早く入りなさい!」


 ミズキは啓斗の服を脱がせるルカたちに加わった。


「おお! いいぞ、いいぞ!」


 コーディも湯船から飛び上がって輪の中に加わった。後から歩いてきたカスミが隣のクミの肩に手を置くと、クミは、「はぁー」と、ため息を漏らした。

 サヤは口まで湯船に浸かりながら真っ赤な顔で、次々と衣服をはぎ取られていく啓斗の体を凝視していた。


「レイナ」


 アキはレイナにビールの入ったグラスを差し出した。アキは湯船の縁に酒を持ち込んで、タエと一緒にグラスを傾けていた。レイナがグラスを受け取ると、三人はグラスを掲げ、


「乾杯」


 と言って、湯気で曇ったグラスを打ち合わせた。

 啓斗の着ていた服がどんどん放り投げられ、最後の一枚の下着が宙に舞った。

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