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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第1話 500年を越えて
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侵略者ブルート

結城(ゆうき)くんと、ミズキもブルートのいる方向に進み始めました」


 指揮車両ヘッドクオーターズの司令室でメインモニターを見上げながら、ヘッドセットを付けたサヤが言った。モニターの上下左右中心を貫く線の交点、つまりモニター中心は、ヘッドクオーターズの現在位置。モニターには周辺の地図が表示されている。モニター上部、ヘッドクオーターズ前方の位置には、緑のマーカーが点灯している。そのマーカーはゆっくりと、画面中心の交点、ヘッドクオーターズから遠ざかっていく動きを見せている。そのマーカーの横には、〈6〉と〈10〉の二つの数字が記載されている。〈6〉はミズキを、〈10〉は啓斗(けいと)を表している。


 地図の縮尺が小さいため、ほぼ並んで走る二人のマーカーは重なって表示されており、そこに二人のメンバーがいるということを分からせるための表示だった。


「何をやってるの、ミズキは……」レイナは苛立つような声を出し、「サヤ、ミズキを呼び出して」と、命じた。


 数回のコールの後、ミズキが応答した。


「レイナ……」

「ミズキ! 何をしているの!」レイナは通信マイクに叫んで、「早く結城くんを連れて――」

「啓斗、戦うって……」

「え?」

「啓斗、ブルートと戦う、って。カスミとコーディを、助けてくれるって……」

「バカな!」


 レイナは唇を噛んだ。

 その後ろでツナギ姿で立っていた小柄な女性は、


「いや、やれるかもよ」

「アキ! あなたまで!」


「アキ」と呼ばれた小柄な女性は、眼鏡越しにモニターから視線を下げ、自分を振り向いたレイナの目を見ると、


「レイナ、やってみよう」

「アキ!」

「レイナ、カスミとコーディを見殺しにするつもりなのか」


「アキ」と呼ばれた女性の言葉に、レイナは、すぐには言い返さなかった。その目が曇り、唇を小さく震わせると、


「出来ている。覚悟は……出来ているはずよ……カスミも、コーディも……」

「レイナ!」


 アキがレイナを一括すると、レイナは、ぴくり、と肩を震わせた。


「……すまん」アキは詫びて、「レイナ、私からも頼む」

「アキ……」レイナは逡巡するような表情を見せたが、それは一瞬だけだった。口元を結び、真っ直ぐにアキを見て、「アキ、距離はどう?」そう言ってモニターに視線を移した。


「駄目だ、足りない。近づいてくれ」


 アキもモニターを見上げて言った。


「分かったわ」レイナはマイクの通信先を切り替えて、「スズカ、前進して!」


 レイナの声はマイクとスピーカーを通じ、レイナたちのいる司令室とは別のヘッドクオーターズ運転席に伝わった。

 ハンドルを前にした運転座席に座った「スズカ」と呼ばれた女性は、「オーケー」と言ってアクセルを踏み込む。ヘッドクオーターズは車輪を回し、ゆっくりと車体を前進させた。

 走行による振動は司令室にも伝わり、司令室脇のカートに折りたたんで入れられていたパイプ椅子が、カタカタと音を立てた。


「私は、念のため装備のチェックをしてくる」


 アキはそう言って、司令室奥のドアへ向かった。


「頼むわ」


 レイナはアキの背中にそう声を掛け、モニターに視線を戻した。モニター中心のヘッドクオーターズ現在位置と、ミズキ、啓斗の二人とは、徐々に距離が詰まりつつあった。〈6〉と〈10〉の数字のマーカーのさらに上には、同じ緑色のマーカーが表示されていた。その横には、〈4〉と〈5〉の数字が並んでいる。友軍メンバー、カスミとコーディの現在位置だった。


「レイナ!」


 サヤの隣に座った、もうひとりのヘッドセットを付けた女性、マリアが振り返って言った。

 レイナは、「どうしたの、マリア」と声を返した。


「コーディから映像が入ります」


 マリアが言うと、レイナは、「サブに出して」と、さらに返した。

「了解」マリアの声と同時に、メインモニターの横のサブモニターに映像が映し出された。映像と一緒に、女性の声も送られてきた。


「レイナ! やばい!」

「どうしたの、コーディ!」


 レイナが室内スピーカーから聞こえたコーディの声に答えると、


「見て」コーディの声がさらに答え、直後、映像が横に動き、「二体いるよ……」

「二体……」


 レイナは唇を噛んだ。サブモニターの映像には、二人の男が映し出されていた。



「おいおい、何だ何だ……」


 男は足下に落ちている瓦礫片を蹴り飛ばす。瓦礫片は勢いよく飛んでいき、数メートル先の建物の壁にぶつかって跳ねた。およそ人間の脚力ではない。


「人間どもが集まってるっていうから来てみたが、人っ子ひとりいねえじゃねえか」

「探す楽しみが増えたと思えばいいさ……」


 その横に立つ、もうひとりの男が言って不気味に口角を上げた。

 その様子を、十メートルほど離れた建物の陰に身を隠した二人の女性が窺っていた。二人は軍用の強化外骨格を(まと)っており、手にはアサルトライフルを構えている。ヘルメットから覗く髪は、ひとりが黒、もうひとりは金髪だった。


「カスミ、どうする?」


 金髪のほうが男から視線を離さずに訊いた。そのヘルメットにはカメラが備えられており、二人の男の姿をヘッドクオーターズにモニターしている。


「ぎりぎりまで手は出さないで」


「カスミ」と呼ばれた黒髪の女性も、視線を男たちに向けたまま答え、


「どうせ」と、自分が持つライフルに一瞬だけ視線を落として、「あいつらに、これは効かないんだから。こっちから無闇に攻撃する必要はないわ」

「ねえ、見た?」


 やはり視線を外さずに、コーディが小声でカスミに話し掛けた。


「何を?」

「救世主」

「……ええ、見たわよ。ベッドに寝てるところを、ちらっと」

「結構いい男だったよね。私、タイプかも」

「いい男か。私に言わせれば、かわいい子ね――」そこまで口にしてカスミは言葉を止め、「動く!」


 周囲を窺うようにして足を止めたままだった二人の男は、同時に歩き出した。


「みんなが避難した方角だよ。カスミ!」


 コーディはライフルを構え直したが、カスミは、


「待って。すぐには追いつかれないわ。本当にまずいときまで手は出さない。戦ったら……確実に負ける。……死ぬ」

「死ぬ……」


 コーディは、冷や汗を流して、ごくり、と唾を飲み込んだ。


「併走しましょう。音を立てないように、ゆっくりと……」


 カスミとコーディは、遮蔽物に隠れる状態を保ちながら、静かに二人の男と同じ方向に歩き出した。

 コーディは、カスミに二、三メートルほど遅れていた。瓦礫や雑草で足場のおぼつかない中を、音を立てないように歩くのに苦戦しているようだった。カスミは時折振り返り、コーディの様子を確認しながら歩いている。


「!」コーディが声にならない声を上げた。踏み出した足下に積まれていた瓦礫が崩れ、ガラガラと音を立てたのだ。


「ん?」男のひとりが立ち止まった。ほぼ同時に、もうひとりも立ち止まる。二人は、きょろきょろと周囲を見回して、先に立ち止まったほうが、「ふふ、いたぜ……」不気味な笑みを湛えながら声を出した。


「カスミ、ごめん!」


 コーディは小声で言って、カスミを拝むように手を立てた、が、


「いや、違うわ」


 カスミは男たちを見たまま言った。男は、コーディがいる方向とは反対側に向かって歩き、建物の壁に立てかかった状態の、二メートル角程度の大きさのコンクリート片を両手で掴み、引き剥がすようにして後ろに放り投げた。コンクリート片は地面に落ち、砂や埃を舞わせ、表面に亀裂を走らせた。

 今までコンクリート片が立てかかっていた場所を見下ろして、男は口角を上げる。その陰には、二人の人間が隠れていた。壮年の男性と、その腕にしっかりと抱かれた少女だった。二人とも、遠目にも分かるほどに体を震わせていた。

 後ろで、その様子を見ていたもうひとりの男は、


31(スリーワン)、お前の獲物だな」


 と言って、にやり、と笑った。


「悪いな、27(ツーセブン)


 31と呼ばれた男は、一度自身が27と呼んだ男を振り返り、すぐに足下で震える二人に視線を戻し、「男に用はねぇ」そう言いながら、男性のほうに手を伸ばした。


「やめろ!」


 建物の陰からコーディが躍り出て、ライフルの銃口を31に向けた。


「ん?」31は振り返った。


「そこの人! 逃げて!」


 叫びながらカスミも姿を見せ、27のほうにライフルの銃口を向けてトリガーを引いた。銃口から火花とともに銃弾が放たれたが、27の体に着弾はしなかった。通常であれば、確実に命中していた狙いだったが、その銃弾は27の体にまで到達してはいなかった。27の体から数十センチ手前に、緑色の六角形を数個ほど組み合わせた形状のものが現れ、ライフルの銃弾は全てそれに弾かれた。侵略者ブルートが有するバリアだった。

 27は微動だにせず、自分に銃口を向けたカスミを黙ったまま見ていた。

 コーディは、「早く逃げろ!」と叫びながら、31のほうに走り、ライフルの銃口を向けてトリガーを引いた。31の前にも、同じようなバリアが現れ、やはり、銃弾は全てそれに弾かれた。その間に男性は、少女を抱えたまま立ち上がり、走ってその場から駆け出す。


「おっと」


 それを見た31は、懐から何かを取り出して、逃げる二人に向けた。拳銃だった。それは明らかに地球製のものではない、紫色で毒々しい形状をしていた。

 31がトリガーを引くと、銃弾が放たれ男性の右足に命中した。男性は悲鳴を上げて前のめりに倒れた。31は銃口を男性の背中に向けながら、その近くまで歩み寄る。


「おい、どけ。貫通してガキにも弾が当たるだろうが」


 男性は、俯せの状態で背中を見せ、その両腕にしっかりと少女を抱きかかえていた。


「どけ!」31は男性の背中を蹴り上げた。男性は悲鳴を上げて宙に舞い、数メートルほど飛んで地面に転がった。落下の拍子に抱きかかえていた少女を離してしまい、少女は男性から数メートルほど離れて地面に倒れていた。


「やれやれ」31は銃口を改めて男性に向けるとトリガーを引いた。その直前、カスミが男性に跳びつき覆い被さったため、銃弾はカスミの強化外骨格の背中に命中した。


「ぐっ」カスミがくぐもった声を上げる。31はさらに二回トリガーを引き、放たれた弾丸は二発とも、同じ背中の外骨格に命中した。


「ふん、まあいい」


 31は持っていた銃を投げ捨てると、少女のほうに向き、ゆっくりと近づいていく。


「俺は、君みたいな小さな女の子が好きでね……」倒れたまま震える少女のそばで立ち止まり、「縛り上げて、手足を順番に切断していくのが大好きなんだ」


 不気味な笑みを浮かべて少女を見下ろした。その後ろでは、コーディが27に首根っこを掴まれていた。


「や……めろ……」


 コーディは息苦しそうに掠れた声を出した。それを見た31は、


「そっちも獲物を捕まえたようだな」


「ああ」27は笑みを浮かべて、「お前と来ると、獲物が被らなくていいぜ」

「まったくだ」

「ふふ、そんなガキに興味があるやつの気が知れない」

「俺の方こそ、女のはらわたを引きずり出して殺すなんて、何が楽しいのかまったく理解できんぜ」


 31と27は互いの顔を見て笑い合った。


「コーディ……」


 カスミは地面に手を突いて体を起こした。カスミの外骨格は31の放った銃弾を完全には防ぎきれず、背中にまでダメージが達していた。

 カスミの体の下では男性が、「娘を……娘を……」と呟きながら、苦悶の表情を見せていた。足に受けた銃創からは、血が流れ続けている。

 銃声と同時に、31の背中に六角形のバリアが浮かんだ。31が振り向くと、


「その子から離れなさい!」


 拳銃を構えたミズキが立っていた。その後ろには、啓斗の姿もあった。


「何だ?」31は少女のもとから離れ、ミズキほうに数歩近づき、「微妙なところだが……けっ、またお前の獲物だぜ」


 と27に向かって毒づいた。


「悪いな、俺ばっかり」


 27は、にやり、と笑った。


「こいつらが……ブルート?」ミズキの後ろで、啓斗は唾を飲み込んで、「人間と見た目は変わらないじゃないか……」

「油断しないで」


 銃口を31に向けたまま、ミズキが言った。


「お、俺は、どうやって戦えばいい?」

「ちょっと待って。多分、まだ距離が……今、司令室と通信を――」


 ミズキは銃を片手だけで構え、空いた手を懐に入れたが、そこに31が跳びかかってきた。


「ミズキ!」


 啓斗が叫ぶ間に、ミズキの体は31の前蹴りを受けて後方に吹き飛んだ。


「おいおい」コーディの首を掴んだまま27は、「俺の獲物をあんまり傷物にするなよ」

「ひとりくらいいいじゃねえか……」


 31は腹部を手で押さえてうずくまるミズキに向かって歩いていった。


「……やめろ」


 啓斗は呟いた。自身では叫んだつもりだったが、その声は31に耳には届いていないようだった。啓斗の手が、足が震えている。啓斗の視線も手足同様、震えるように泳いでいたが、地面に落ちているものが視界に入ると、それに焦点を合わせ、屈み込んで拾い上げた。そして、


「やめろ!」


 今度は、はっきりと叫び、手にしたそれのトリガーを引いた。放たれた銃弾は、31の背中に命中し、真っ赤な血を飛び散らせた。

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