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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第8話 小さな逃亡者
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朝焼け

 ミズキの腕を掴んでいたブルートは地面に向かって落ちていく。そのブルートには右手首から先がなかった。


「何ぃ?」


 手首の切断面から血をほとばしらせ、叫びながら落下するブルート。

 ミズキの左腕には、切断されたブルートの右手首が掴んだ状態のまま残されていた。

 ブルートの手首を切断したのは、ビル壁面の凹凸を駆け上がってきた啓斗が持つ高周波剣だった。

 啓斗はそのままビルの壁面に何回か足を突きながら地面に着地した。


 ミズキは自由になった左手を伸ばして手すりを掴み、屋上床と壁面の角に足を掛けて這い上がった。そして、手すりを乗り越え左腕に付いたブルートの手首を引き剥がすと、それを投げ捨てた。屋上床に転がった手首は、すぐに青白い光に包まれて小さく爆発して消し飛んだ。

 屋上に仰向けに倒れ込んだミズキにコトミが走り寄り、ナイフを置いて屈み込むとミズキの体を揺すった。


「ミズキ! ミズキ!」


 コトミは泣きながら声を掛け続ける。ミズキは荒い息を吐きつつも、その顔には次第に赤みが戻ってきていた。


「コトミ……」ミズキは両手でコトミの頭を包むと、自分の胸に抱き寄せて、「ごめんね、ごめんね……」


 と何度も詫びて、コトミと一緒に泣き続けた。


 地上に着地した啓斗はブルートと対峙していた。


「お前が?」


 ブルートが言うと、啓斗は、


「ああ、そうだ」と答え、剣を両手に構えた。


「何者だ? この星の生物が俺たちに危害を加えることなど不可能なはず。どこから来た?」

「お前たちブルートを一匹残らず殲滅するために、地獄から来た」

「ふざけるな!」ブルートは激高した声を上げ、「男は好みじゃないが、一滴残らずその血、吸い尽くしてやる」残った左手を開き、掌にある吸血孔を向けた。


 啓斗から十メートルほど離れてレイナの姿があった。そのヘルメット搭載カメラが啓斗とブルートの姿を捉えている。カスミとコーディはミズキとコトミ救出のためビルの中に入っていった。レイナは通信マイクに向かって、


「交戦中のブルートを〈リーチ(ヒル)〉と呼称する」


 カメラ映像とともに、その声はヘッドクオーターズに送られた。


 リーチブルートが啓斗に跳びかかった。同時に左腕をしならせムチのように振る。啓斗は右腕の鎧でリーチの(てのひら)を受けた。掌はそのまま鎧の表面に貼り付き、何かを削るような金属音を鳴らした。


「何が?」


 啓斗は叫ぶと、剣を左手に持ち替えてリーチの腕に斬りかかったが、刀身が達するよりも早くリーチは手を引いた。

 剣が空を切ると、啓斗はリーチの掌が貼り付いていた部分の鎧に目をやる。そこには直径一センチ程度の円形の傷が刻まれていた。リーチは広げた掌を啓斗に向けた。吸血孔内周に配された三本の鋭い歯は、周に沿って高速回転していた。


「強化外骨格だろうと、斬り裂く」


 歯の回転を止めてリーチが言うと、啓斗は剣を背中にマウントして、腰に下げたマルチプルライフルを手にした。


「させるか!」


 リーチはまたも左腕をムチのように使って、その掌を啓斗が構えたばかりのライフルに貼り付かせた。啓斗はトリガーを引いたが、リーチはライフルを掴んだ左手を動かして銃口を自分から逸らし、三点バーストで放たれた銃弾はビルの壁面に着弾した。リーチがそのまま腕を引くと、啓斗の手からライフルが奪い取られた。


「しまった!」啓斗は通信で、「アキさん! 代わりのライフルを!」と、叫んだが、


「駄目だ、啓斗。一キロ以上離れてる!」


 アキの声は、そう返ってきた。


「くそ!」啓斗は背中から剣を抜いた。リーチは奪ったライフルを投げ捨てると、再び跳びかかり左腕を振った。その腕の先端の手は開かれておらず拳に握られている。拳は啓斗の剣の腹に命中し、剣は啓斗の手からはじき飛ばされた。間髪入れずにリーチは啓斗に前蹴りを放ち、啓斗は前屈みの体勢になった。

 リーチの左手が滑り込むように啓斗の体に貼り付いた。その場所はヘルメットと胸鎧の間の首筋。そこは可動を確保するために装甲で守られておらず、柔らかいショックアブソーバースーツが露出している。

 リーチが目鼻のない顔を歪めた、にやり、と笑ったように見えた。

 丸腰の啓斗は両手を上げリーチの左腕を掴むと、渾身の力を込めて握った。


「うぉぉ!」

「ぐわぁぁ!」


 啓斗は雄叫び、同時にリーチは悲鳴を上げた。

 ウインテクターにより強化された啓斗の握力でリーチの左腕は握り潰され、へし折られた。リーチの左前腕は肉が裂け、折れた骨が露出した。啓斗はそのまま自分の首筋からリーチの掌を引き剥がす。吸血孔が貼り付いていた場所には三つの小さな穴が穿たれていた。

 啓斗は左手だけを離し前蹴りを放った。リーチの左腕は千切れ、体だけが後方に飛んでいった。


「啓斗!」


 レイナが飛ばされた剣を拾い、啓斗に向かって投げた。啓斗は握っていたリーチの左腕を捨てると、投げ渡された剣を受け取り柄のスイッチを入れ、両手に構えて跳びかかり剣を振り抜いた。


「がはぁっ!」


 断末魔の声を発し、リーチの体は左肩から右腰まで、袈裟懸けに真っ二つにされた。スライドするようにリーチの上半身は地面に崩れ落ち、下半身とともに青白い光に包まれて爆散した。



「ミズキ! コトミ!」


 啓斗は二人の名前を呼びながら駆け寄った。ミズキはコーディの肩を借りて歩き、コトミはカスミに抱きかかえられてビルから出てきた。戦闘中は建物の陰に隠れていたミサも泣きながら走ってきた。ミサの姿を見ると、コトミはカスミの腕から下りてミサに駆け寄り、二人は抱き合って泣いた。


「アキ」と、レイナは通信を入れ、「ミズキとコトミを無事確保したわ。これから帰還する」


 司令室内に歓声が上がり、マリアは両手で顔を覆って泣き出したサヤの肩を抱いた。タエも涙を流すクミの肩を抱き、ルカとスズカは笑顔を見せ合った。

 アキは司令室内の様子を眺めて微笑み、


「了解。気をつけてな」


 と、レイナに通信を送った。そして、


「啓斗」

「はい?」


 名前を呼ばれた啓斗は返事をした。続けてアキは、


「ヴィクトリオンはどうした?」

「ああ、はい。途中でバッテリー切れになっちゃったんで、乗り捨ててきました」

「ちゃんと予備バッテリーを持っていって回収してこいよ」

「ええ、それは、もちろん。で、予備バッテリーは、どこに?」

「もちろん、こっち。ハンガーの中だ」

「じゃあ、誰か届けにきてもらったほうが早いんじゃ」

「バカ言え、あんな重たいもの持って行けるか。啓斗が運ぶんだよ」

「え? ま、まあ、ウインテクターのパワーアシストがあれば……」

「ウインテクターは、そろそろ稼働時間の限界だぞ」

「え?」

「がんばれ」


 アキは通信を切った。


「……レイナさん、俺、バッテリーを取って来なきゃいけないから、先に戻っていいですか?」


 啓斗が言うと、レイナは、


「もちろん、いいわよ。カスミ」と、カスミを向いて、「啓斗のこと、手伝ってあげて」


 カスミは、「いいわよ」と言って微笑んだ。


「啓斗」コーディの肩を借りながら歩いてきたミズキは、「私の強化外骨格、使っていいよ」

「ありがとう、ミズキ」そう言って啓斗はヘルメットを脱いで、「よかった、本当に。ミズキ、コトミも、ミサも……」

「啓斗……ありがとう……」


 ミズキはコーディの肩から離れ啓斗の胸に飛び込んだ。コーディは、仕方がない、という笑顔でそれを見つめる。


「ミズキ……うわっ!」


 啓斗の背中に勢いよく抱きついてくるものがあった。コトミとミサだった。


「啓斗、ごめんね、ごめんね……」

「ありがとう、啓斗、ありがとう……」


 コトミとミサは啓斗にしっかりと抱きすがって泣いた。それを見たミズキは体を離して啓斗を二人に譲った。啓斗は屈み込み視線の高さを合わせ、二人の頭を撫でて、


「コトミもミサも、よく頑張ったな。さすがヴィーナスドライヴの一員だ」


 そう言って微笑んだ。

 コトミとミサは啓斗の首にしがみついて、さらに激しく泣いた。

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