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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第8話 小さな逃亡者
37/74

一枚の写真

啓斗(けいと)、私の部屋のベッドで仮眠を取って」


 ヘッドクオーターズに向かう啓斗に、レイナがそう声を掛けた。


「え? いいんですか?」


 振り向いて訊いた啓斗に、レイナは、


「もちろん。啓斗には一番快適に眠って、早く体力を回復してもらわないと」

「皆さんは、どこで寝るんですか?」

「運転席シートが、いつもスズカが使ってるベッドになるし、寝袋もいくつか積んであるわ。心配しないで」

「そうですか、じゃあ、遠慮なく使わせてもらいます。ありがとうございます」


 啓斗は頭を下げてヘッドクオーターズに向かった。


 アキたちに手伝ってもらいウインテクターを脱ぐと、啓斗はレイナの個室ドアの前に立った。ドアを開け中に入る。

 中はベッドと小さな机と椅子、作り付けの扉付きの棚だけがある狭くシンプルな部屋だった。面積だけなら啓斗の部屋のほうが広い。啓斗はブーツを脱いで、恐る恐るベッドに横になった。顔を横に向けると、机の引き出しのひとつが少し空いているのが見えた。啓斗は引き出しに手を寄せ閉めかけたが、手を止め、ドアに一度視線を送ってから起き上がり、そっと引き出しの中を覗いた。

 三分の一程度空いた引き出しの中には、書類の上に一枚の写真立てが伏せて置かれていた。啓斗はもう一度ドアを見てから、ゆっくりと引き出しを開け、写真立てを手に取って裏返した。そこには三人の女性が写った写真が入れてあった。軍の士官服を着たレイナを中央に、右隣にはパンツスーツ姿のアキ、左隣には金髪でスカートスーツ姿の女性が立っていた。


「もしかして、この人が、イナスさん?」


 啓斗は小さく呟いた。写真のレイナ、アキともに、現在よりも若干若い顔立ちをしていた。


「美人だな……」


 啓斗は金髪の女性を見て呟いた。しばらく写真立てを眺めたあと、丁寧に元に戻して引き出しを閉める。一度あくびをしてから啓斗はベッドに横になり、照明を消した。



 ルカはレイナの個室のドアをそっと開けて中を覗き込んだ。照明が消えた室内、ベッドの上で毛布にくるまって啓斗が寝息を立てている。それを確認すると、ルカは開けたときと同じように音を立てずにドアを閉めた。


「どう?」


 司令室に戻ってきたルカに、レイナが訊いた。


「うん、よく眠ってるわ」

「そう、よかった」


 レイナは言った。その姿は隣に立つカスミ、コーディと同様、強化外骨格を纏っていた。


「アキ」と、レイナは立っているアキに向かって、「司令代行、頼むわよ」

「ああ。無理するなよ」


 アキは答えたが、レイナは笑って、


「ここで無理しないで、いつするのよ」


 答えながらアサルトライフルを肩に提げた。腰にはホルダーに入ったハンドガンと、ライフルのマガジンが数個提げてある。ヘルメットには暗視スコープが取り付けてあり、今は額の位置に上げられている。


「それじゃあ、行くわ」


 レイナはそう言って、カスミ、コーディと顔を見合わせ頷き合った。


「レイナ」コンソール席に座っていたサヤが立ち上がって、「気を付けて」

「ありがとう、サヤ。でも心配しないで。私だって少しだけど前線での戦闘経験あるんだからね」


 レイナはウインクとともにそう返すと、カスミ、コーディを連れて司令室を出た。



「発信機との距離は、約五キロね」


 カスミが言った。三人は夜の廃墟の町を進んでいる。カスミが端末のモニターを確認し、コーディとレイナが周囲を警戒しながら歩く。三人とも暗視スコープをかけている。


「全員、捕まっていると思う?」


 コーディが訊くと、カスミは、


「ミズキが、そう簡単にブルートの手に落ちるとは思えない。でも」

「ミサとコトミ、ね」


 レイナが言うと、カスミは頷いた。


「ブルートが三人を掠った理由は、何だと思う?」


 話題を変えるようにコーディが言った。それを受けてカスミは、


「あの三人か、そのうちの誰かが必要だったから、でしょ」

「多分」と、レイナは、「ミズキね。ミサとコトミは偶然バンに乗っていただけだと思う。あの子たちの部屋に石が並べてあったでしょ。タエに聞いたら、昼間買い物に行ったときに公園で拾ってきたものだそうよ。帰りはアキのバンに乗せてもらって帰ってきたじゃない、だから」

「石をバンの中に落として、それを拾いに行って?」


 コーディが言うと、レイナは頷いた。カスミも、


「私がバンの中を覗いたとき、手足を拘束されていたのはミズキだけだったわ。あり得るわね」

「ミズキを掠ったのは? どうしてその場で殺さなかったんだ?」


 コーディの疑問に、カスミは、


「その場で殺すと、騒ぎになってやっかいだからでしょう。それとも、殺す以外に目的があるのか。何にせよ掠う必要があったってことだろうから。バンを運転していたブルートはフードを被った男だったわ」

「フード……あ! あいつだ!」


 コーディは大きな声を出し、慌てて口に手を当てた。レイナ、カスミも立ち止まり、三人は壁際に寄って周囲を窺い異常がないことを確認すると、再び歩き出した。


「ごめん」


 コーディは詫びた。レイナは、


「何? あいつ、って?」


 コーディは、ことさら小声になり、


「今夜、店に来てたんだよ、フードを被った男の客が。そいつ、一昨日いたっていう青い服の女って指名してきて、ああ、ミズキのことだなって思った。今日はシフトじゃないって言うと、そのまま帰っていったよ」

「じゃあ、そのあと店を出てミズキを見つけて掠った」

「時間的にも、間違いないわね」


 レイナとカスミは、そう言い合った。


「くそ」コーディは吐き捨てるように、「まさか、ブルートに酒を出していたなんて。しかも、そいつがミズキを……」

「コーディに責任なんてないわ」と、レイナは、「でも、まさかブルートが堂々と人間の店に出入りしてたなんてね。今度から気を付けないと」

「気を付けようがないわよ、そんなの」カスミが言った。


「入ってきた客全員に、銃弾を撃ち込むんだよ。それで判別出来る」


 コーディが言うと、レイナとカスミは小さく笑った。直後、カスミは立ち止まって、


「動いた!」


 レイナとコーディも立ち止まり、カスミを見た。さきほどまで停止していたディスプレイに映ったマーカーが今は動き出していた。


「バンが動いたってこと?」


 コーディが訊いたが、カスミは、


「速度からして、車のものじゃないわね。もっと遅い、人が歩くか小走りくらいの」

「行きましょう」


 レイナが言うと二人は頷き、カスミを先頭にしてマーカーのポイントに向かって走り出した。



「動いた」


 司令室でモニターを凝視していたアキが言った。モニターでは発信機を表す赤いマーカーが移動を始めた。それを追うように、レイナ、カスミ、コーディを表す〈1〉〈4〉〈5〉の番号が振られた緑のマーカーも移動速度を速めていた。

 ルカが司令室の床で寝袋に入り仮眠を取っていたサヤを揺り起こし、マリアは運転席に「動き出しました」と通信を送った。

 ヘッドクオーターズ運転席で仮眠を取っていたスズカはマリアの声を聞いて目を覚まし、窓に引いていたカーテンを開けた。


「もうすぐ夜明けか……」


 東の空に差し始めた陽光が、廃墟ビル群のシルエットを若干暗さが和らいだ夜空に浮かび上がらせていた。



「子供ひとり、放っておけばいいものを」


 背広の男は笑って呟いた。

 コートの男が歩いて行くと、瓦礫の下からひとりの子供が飛びだし、男はコートの裾をはためかせてそれを追っていった。それを見送っての呟きだった。


「19の獲物でしょうか」


 背広の男とともに残った、もうひとりのコートの男が言ったが、


「いや、あいつは、あんな子供など相手にしない。どこかの浮浪者が紛れ込んだのだろう。行こう」


 背広の男はもと来た道を引き返し、コートの男は、その右斜め後ろに付いて歩き出した。



 ミサは走った。振り返って追っ手との距離を確認する余裕などないように、まっすぐに正面だけを見て走っていた。荒い息づかいに鼻をすする音が混じる。まぶたを閉じると涙の粒が後方に置き去りにされた。

 ミサの後ろからコートを着た男が追いかけてくる。脚力では両者の差は歴然だったが、荒れ果て、瓦礫や放棄された自動車などが散乱する廃墟の街並みは小柄なミサに味方し、両者の距離は数メートル程度を保ったままだった。


「あっ!」ミサがアスファルトの亀裂から生えた草に足を取られて転倒した。両者の距離は即座に埋まった。

 地面に手を突き起き上がろうとする途中の姿勢で、ミサは扇ぎ見るように振り返って動きを止めた。コートの男がすぐ後ろに立ちはだかっていた。


「何者だ」男はミサを見下ろして、ほとんど唇を動かさずに喋った。「ただの浮浪者なのか」


 ミサは地面に突いた手と膝をガクガクと震わせ、涙を溜めた目で男を見上げた。

 男が一歩踏み出すと、びくり、と体を震わせてミサは手と膝で地面を這う。その拍子に懐から何かが落ちアスファルトに転がった。カスミが仕掛け、ミサが回収した発信機だった。慌てて発信機に手を伸ばしたミサだったが、男の足がそれを踏みつけるほうが早かった。男は靴の裏とアスファルトに挟み込んだメダルのようなものを摘み上げると、


「……発信機だな。こんなものを。ただの浮浪者じゃないな」


 そう言うと、睨むようにミサを見下ろし、発信機を握り潰した。



「反応が消えた!」


 廃墟の町でカスミが、司令室でアキが、同時に同じ言葉を発した。


「レイナ!」ディスプレイから顔を上げて、カスミは言った。


「とにかく、反応が消えた場所まで急ぐわよ!」


 そう言ってレイナは走り、カスミとコーディも続いた。コーディは掛けていた暗視スコープをヘルメットの額部分に上げた。夜明けとなり、肉眼でも周囲の状況が十分確認出来るようになったためだろう。だが、レイナが、


「コーディ、スコープは通常モードにして掛けたままにしていて」


 と告げた。自身も、カスミもスコープは掛けたままだった。


「どうして?」


 再びスコープを掛け、暗視モードから通常視界モードに切り替えてコーディが訊くと、


「私たちの顔を知られないためよ。ブルート同士に組織だった横の繋がりがあるなら、仕留め損なって逃がせば私たちの顔が知られることになる」

「そっか」と、コーディは納得した声を出したが、「でも、どの道、私たちにブルートは倒せないから、逃がしちゃうこと前提だけどね」

「それもそうね」レイナは笑ったが、すぐに口元を引き締めて、「もしくは、私たちがやられるか、ね」

「レイナ!」カスミが諫める声を上げた。


「……ごめん」


 と、ひと言レイナは詫び、それからは無言のまま三人は走った。



「消えたって、どういうこと?」


 司令室にいあるルカが震えた声で訊いた。


「分からない」アキも若干声を震えさせ、「レイナと通信を」と、マリアに指示した。

 マリアはレイナに応答を求めると、


「こちら、レイナ」司令室にレイナの通信が入った。


「レイナ!」


 アキは叫んだが、


「分かってる。発信機の反応が消えたわね」


 努めて冷静に聞こえるレイナの声がすぐに返ってきた。


「壊れちゃったんでしょうか?」


 コンソール席に座ったサヤが言ったが、カスミの声が、


「いえ、あれは軍用の品質のいい頑丈なものよ。壊そうと思わなければ壊れるものじゃないわ」

「とにかく今は――」


 アキの言葉はドアの開く音で止められた。運転席やレイナの個室側へ行き来するドアが開き、啓斗が立っていた。


「啓斗……」

「アキさん」


 アキは啓斗を見つめ、啓斗もアキを見ながら大股で歩いてくる。


「啓斗、よく眠れたか――」

「どういうことなんですか?」啓斗はアキの言葉を止め、モニターを見上げて、「レイナさん?」

「……啓斗」


 スピーカーからレイナの声が返ってきた。


「夜明けを待って、みんなで行くんじゃなかったんですか?」

「啓斗」レイナの声が、「あなたは、連日の戦いで疲労していたわ。あのまま真夜中に敵地に乗り込んでも、満足に戦えるか疑問だった――」

「だから、置いていったんですか?」

「啓斗――」

「レイナ!」


 レイナの言葉は同じ通信で入ってきたカスミの声で止められた。啓斗もそれ以上の詰問をやめモニターを注視した。レイナのヘルメットカメラから送られてくるその映像が、ひとりの男を捉えていた。コートを着た男だった。その足元には、


「ミサ!」


 司令室にいた全員が叫んだ。


「くそ!」啓斗は外へと通じるドアに走り、「アキさん! テクターの転送を!」


 そう言い残して外へ飛びだした。


「マリア! ウインテクター転送!」


 アキが叫ぶと、


「了解」と、マリアが答え、「座標固定」コンソールを操作して転送ボタンを押した。。

 ヘッドクオーターを飛びだして走る啓斗の体の周囲に、いくつもの光の筋が浮かび上がる。それらが啓斗に集約していくように集まっていき眩い光が放たれ、啓斗はウインテクターの装着を完了した。

 啓斗は外にハンガーとレジデンスが停まっているのを見ると、ハンガーに向かって走った。


「ヴィクトリオンは?」


 後部ハッチが下りたスロープを駆け上がり、ハンガー内に飛び込んだ啓斗が叫んだ。


「啓斗?」ヴィクトリオンの隣で計器を操作していたクミが顔を上げて、「ヴィクトリオンは、チャージ中よ」

「途中でもいい! 出る」


 啓斗はヴィクトリオンのコクピットに跳び乗った。


「アキ!」クミはヘッドクオーターズに通信を入れた。


「いい! 出してくれ!」即座にアキの声が返ってきた。


「了解!」


 クミは計器を操作すると、ヴィクトリオンに繋がれていた充電プラグが外れた。


「いいよ啓斗! でも、あんまり長く動かせないからね!」


 クミが叫ぶと啓斗はキャノピー越しに親指を上げ、タイヤを鳴らしてヴィクトリオンを発進させた。


 ヴィクトリオンの行く手はすぐに立ち並ぶビルや建築物に阻まれた。

 コクピットモニターのレーダー画面に映ったレイナたちの居場所を真正面の位置に捉えると、啓斗は変形ダイヤルを回してヴィクトリオンを変形させた。格闘形態に変形したヴィクトリオンは眼前に迫った建物を跳び越え、屋上を蹴ってまた跳び上がり、肩のバーニアを噴かした。

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