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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第7話 狙われたミズキ
35/74

追跡、そして

「見えた!」


レイナは、メインカメラに映ったバンの背面を見て言った。


「こっちでも確認したわ」


 ヘッドクオーターズから外に出て、車体側面の手すりを掴んだ状態でカスミも言った。カスミの声はヘルメット内マイクを通じて司令室に伝わる。カスミは強化外骨格を(まと)い、右腕にはコーディが持っていたものと同じマグネットアンカーを装着している。足には、靴底にローラーブレードのように二つの車輪が縦に並んでいるブーツを履いていた。

 スズカがハンドルを切り、ヘッドクオーターズをバンに寄せる。車体間の距離が数メートルになったところで、カスミは右腕を上げアンカーを射出。アンカーはバンの天井に電磁石で吸着した。


 バン車内では、突然屋根から聞こえた鈍い音に運転席のフードの男が顔を上げる。荷台に屈み込んでいたミサとコトミも、びくり、と体を震わせてて上を見た。が、声は発しなかった。屈み込んでいる二人からは窓の外に見えるヘッドクオーターズは視界に入らない。それ以上に二人は、ミズキの手脚を拘束したロープの結び目を解く作業に集中していた。ミズキは意識を失ったままだった。しかし、結び目の結束は子供の手には余る堅さで、二人はまだロープを解けてはいなかった。ミサが後ろ手に手首を縛るロープを、コトミが足首を、それぞれ担当していた。

 コトミは何かを目に留め、ロープから手を離すと荷台の隅まで這っていき、それを拾い上げた。二人がなくしていた公園で拾った石だった。それを見たミサは、今はそれどころじゃない、とばかりに首を横に振る。コトミも、違う、というふうに首を横に振り返すと、石を持ってミズキの足首に戻り石をロープに当てて擦り始めた。その石は割れた形跡があり、片面が鋭利な形状となっている。コトミはその鋭利な石でロープを切断し始めた。


 マグネットアンカーがバン天井に吸着すると、カスミは一度ワイヤーを引いて確実に固定されていることを確かめてから、手すりから手を離すと同時にヘッドクオーターズの車体を蹴った。カスミの体は宙を舞い、着地するとブーツ裏のローラーブレードが地面との摩擦で回り出し、カスミはバンに引っ張られて走行する体勢になった。そしてワイヤーを巻き取り、徐々にバン背面に近づいていく。


 運転席の男はバックミラーを見るとバンを徐々に右に寄せていった。バンの右側前方には地面から突出した岩が見えている。バンがその岩を追い越す直前になって、男はハンドルを勢いよく左に切った。バンは左に急カーブし、同時にカスミは慣性の法則で勢いよく右側に振られた。カスミの目前には岩が迫り叩き付けられる直前、カスミはワイヤーを引いて体を横にすると足を曲げ、垂直に立つ岩肌を両足で蹴った。カスミは空中に跳び上がりワイヤーを巻き取ると、そのままバンの天井に着地した。

 車内に屋根からの鈍い音が響く。男は舌打ちするとハンドルを左右に切りバンを蛇行運転させる。屋根の上のカスミは腹ばいになり、右手で吸着したマグネットアンカーを、左手は助手席側の窓枠を掴みバンの横揺れに耐える。


「カスミ……」


 司令室のモニターで外部カメラが捉えたその映像を見ていたレイナが呟いた。アキを始め、司令室にいる全員もモニターを注視している。


 荷台部では、バンが横揺れするとミサとコトミは床を滑り、ミズキのロープから手を離してしまった。ミサは口に手を当てている。悲鳴が漏れてしまうのを防いでいるのだろう。それを見たコトミも真似をして自分の口を手で塞いだ。それでもコトミの指の隙間からは低い悲鳴が漏れたが、それは車のエンジン音と走行音に掻き消された。

 手足を拘束されたミズキの体も横滑りして荷台部の側面にぶつかった。閉じられたミズキのまぶたが僅かに動いた。


「スズカ! 車体をバンに寄せて!」


 レイナの声はヘッドクオーターズ運転席にも届き、それを聞いたスズカはハンドルを切ってヘッドクオーターズをバンに寄せていく。バンの右側には点々と岩が突出して障害となっており、左から迫ってくるヘッドクオーターズとの間に挟まれる形となった。必然、バンは蛇行運転を続けることが出来なくなっていき、徐々に直進走行に移行していった。


 バンの走行軌跡が直進となったことで横揺れが治まると、カスミは左手を離し右手でアンカーを握ったまま運転席側面に滑り込むように体を移動させた。その間に抜いていたハンドガンを左手に構え、銃のグリップで運転席ドアの窓を割ると中に銃口を向け、


「今すぐ止めなさい」


 カスミは運転席でハンドルを握るフードの男に言った。男はカスミの存在など気にも留めていないように正面を見たまま。ガラスが割れる際にも、僅かに横に顔を向けただけだった。


「聞こえないの? 車を止めなさい」


 もう一度カスミは言ったが、男はフードから覗く口元に僅かに笑みを浮かべただけでハンドルを右に傾けた。カスミの背後に岩が迫る。カスミはトリガーを引いた。が、放たれた銃弾は男の左腕に着弾する直前、六角形を密集させた形のバリアに弾かれ天井にめり込んだ。


「やはり、ブルート!」


 カスミは呟くと車体を蹴って天井に跳び上がった。次の瞬間、バンの運転席側側面は岩に激突した。


「きゃぁっ!」


 コトミは激しい揺れに口から手を離し悲鳴を上げてしまった。それを耳にした男は荷台側に顔を向け、


「目が覚めたのか」


 そう言って、また顔を正面に戻した。

 荷台で手足を拘束され横になったミズキはまぶたを開いていた。そして顔を後ろに向けると目を見開いた。そこには、伏せた姿勢になり手で口を押さえたミサとコトミの姿があった。

 ミサとコトミはミズキと目が合うと頷いて、そばまで這っていき、手足の拘束を解く作業を再開した。なかなか結び目が解けないミサに比べ、コトミのほうは往復運動させた石を徐々にロープに食い込ませることが出来ていた。

 屋根に上ったカスミは腹ばいになり、バン背面の窓から車内を見た。


「ミズキ! それに!」


 カスミは小さく叫んだ。

 後部ドア窓の外に、ヘルメットを被り逆さまになったカスミの顔が下りてきたのを見たミズキは、視線で自分の拘束を解こうとしている二人を指した。カスミは頷く。そこへ、


「カスミ」


 カスミのヘルメット内蔵スピーカーに通信が入ってきた。レイナの声だった。


「バンがもうすぐ廃墟に入る。狭い路地に入られたらヘッドクオーターズじゃ追えない。ヴィクトリオンでも」


 カスミが顔を上げ進行方向を見ると、ビルが立ち並ぶ街並みが迫ってきている。同時に視界の隅に何かを捉えた。運転席窓から屋根に身を乗り出して銃を向けているフードの男だった。

 カスミは屋根から身を翻す。男は同時にトリガーを引き、放たれた銃弾が強化外骨格に命中した。カスミはバランスを崩してしまい、バン背面ドアの枠に伸ばした手は僅かに届かなかった。バンの後ろに投げ出されたカスミは体を捻って地面に着地し、ワイヤーを介してバンと繋がり、再びローラーブレードで地面を滑走する体勢となった。

 その間に男は一度運転席に戻り、アクセルを踏んで緩みかけたバンの速度を加速させると再び窓から身を乗り出し、カスミに向けてトリガーを引いた。カスミも銃で応戦したが、男の眼前で銃弾はバリアに弾かれる。男が乱射した弾丸のひとつがワイヤーを切断した。


 カスミは滑走するバランスを崩し地面に倒れた。十数メートル転がったあと顔を上げると、バンの後ろ姿はビルとビルの間の狭い路地に消えていった。併走していたヘッドクオーターズも路地直前で急ブレーキを掛けて停止した。

 その後ろから、走行形体に戻ったヴィクトリオンが追走してきた。



「済まない、レイナ」ヘッドクオーターズから降りて駆け寄ってきたレイナに、立ち上がったカスミは言った。


「大丈夫?」


 レイナは声を掛けたが、カスミは、「ええ、私は」と言って、左手を上げた。


「カスミさん!」「カスミ!」


 ヴィクトリオンからも啓斗(けいと)とコーディが降りて、口々に叫びながらカスミに駆け寄った。


「啓斗、ごめんなさい、ミズキは……」


 カスミが言うと、レイナが、


「ミズキがいたのね? ミサとコトミは?」


 カスミは首を縦に振り、


「ええ、三人一緒だったわ。ミズキだけは手足を拘束されていた。三人とも無事よ。今のところはね……」


 カスミの言葉を聞いた啓斗は、


「拘束、って……」


 と呟いた。カスミはレイナに、


「それと、運転していたのは、やはりブルートだったわ」

「ブルートが。どうしてカスミ、ミサ、コトミの三人を……」


 レイナが言うと、啓斗は、


「くそ!」と叫んで、廃墟の町に向かって駆け出したが、


「待て! 啓斗! テクターの稼働時間を忘れるな!」


 降りてきたアキの声に足を止め、地面を蹴って、


「テクターを着ていなくたって、ライフルと剣さえあれば!」

「啓斗!」レイナが一括して、「こんな夜中に敵地に乗り込むのは危険よ。朝を待ちましょう」

「で、でも……」

「ブルートはミズキを殺さずに掠ったわ。ミサとコトミも。殺すつもりならとっくにやってるはずよ。それに」


 レイナはカスミを見た。カスミは端末を取り出しディスプレイを展開させると、


「大丈夫、正常に動作してるわ」


 マップ画面に赤いマーカーが表示されていた。それを覗き込んだ啓斗は、


「カスミさん、これって」

「そう、バンに取り付いたとき屋根に発信機を付けておいたの」

「さすが……」

「啓斗」と、レイナは、「少し眠って休んで。明るくなったら、すぐに出るわよ」

「……はい」

「啓斗、テクターを脱げ。さっそくチャージする」


 アキに言われ、啓斗はもう一度、「はい」と答え、ヘッドクオーターズに向かった。

 レイナはバンが消えた街並みを見た。一切明かりは灯っておらず、そびえ立つ真っ黒なビル群を月明かりだけが不気味に照らし出していた。

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