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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第7話 狙われたミズキ
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ヴィーナスドライヴの台所

 商店街につくとコトミとミサは台車を降り、タエ、クミと一緒に買い物に連れ立った。啓斗(けいと)も台車を外に置いて三人と一緒に商品を見て回る。始めこそ啓斗が一緒のためか大人しくしていたミサだったが、クミ、コトミと一緒に店を見て回るうちに徐々に笑顔を見せ、話し、笑い出すようになる。啓斗も、そんなミサの様子を見て笑顔になった。

 台車の積み込みスペースが半分程度埋まったほどで四人は休憩をとり、飲み物を手に公園のベンチに腰を下ろした。ミサとコトミは、いち早くジュースを飲み終えるとクミの手を引いて公園に遊びに走った。


「コトミちゃん、元気になって本当によかった」


 啓斗は、ミサ、クミと笑顔で遊ぶコトミを見て言った。


「啓斗、コトミのこと呼び捨てにしていいんだよ。あの子も、そうしてほしいって思ってるよ」

「あ、すみません。そう心懸けてはいるんですけど、コトミちゃんがいない場所だと、つい。あ、今も、コトミちゃんって言っちゃいましたね」

「そうそう、あの子も、もううちの家族なんだから」

「そして、命の恩人の娘さんです」


 啓斗は腰のナイフホルダーにそっと手を置いた。


「啓斗、もう気にしたら駄目だよ」


 タエは言ったが、啓斗は首を横に振って、


「ありがとうございますタエさん。でも気にするとか、そういうのじゃないんです。気にはしないですけど、忘れないようにはしなきゃって。俺がここまで戦えてるのも、あの人、コトミのお父さんがいたからだって、そう思うんです」


 啓斗は少し視線を下げた。タエは啓斗の横顔を見つめる。啓斗は、


「正直、怖いです、ブルートと戦うの。普通にしてるときはもちろん、ウインテクターを装着していても。でも、そんなとき、あの人の、コトミのお父さんの姿が頭に浮かぶんです。自分の命を顧みず、コトミを、俺を、みんなを助けてくれた、あの日の姿が。そうすると、やらなきゃって思いが沸き上がってくるというか。力が出てくるというか。でも俺の力がまだ足りないから、カスミさんに怪我させたりして。掠われた人たちも、全員助けたかった……」


 俯いた啓斗の目から涙がこぼれ落ちた。タエは啓斗の腕を叩いて、


「啓斗、あんたはよくやってるよ。すごいよ」そう言って笑った。


「はい、ありがとうございます」


 啓斗は顔を上げ目を拭うと、ジュースをひと口飲んで、


「タエさんって、ヴィーナスドライヴ、長いんですか?」

「私は、そうでもないんだ。パーソナルナンバーを見ても分かるだろ」

「タエさんは、確か、〈14〉ですよね、その後が、クミとミサ、番号が三つ空いて、〈20〉がコトミですね。そうですね、番号だと後の方ですね」

「ある町の食堂で働いてるところをね、レイナにスカウトされたんだ。食事とか家事を専属でやってもらえないかって。働いてる店でもよくしてもらってたから迷ったけど、何か変えたくてね。ヴィーナスドライヴに行くことに決めた」

「変えたくて、ですか」

「うん、私ね、戦争で夫と子供をブルートに殺されたんだけれど」

「あ、す、すみません」


 啓斗は詫びたが、タエは首を横に振って、


「私が勝手に喋ったんだから、啓斗が謝ることないだろ」


 そう言って笑った。啓斗は、「そ、そうですけど……」と言って頭を掻く。タエは、


「夫と子供が生きてるうちから、その店で働いてはいたんだけど、さすがに二人を亡くした直後は何もする気にならなくてね、正直……」

「……正直?」

「死のうとも考えた……でもね、店の店主がいい人で。好きなだけ泣いて、気が済んだらまたうちで働いてくれって言ってくれて。それでまた働かせてもらうことになったんだ。でも、どうしてもそこにいると、夫や子供のことを思い出しちゃうしね。ヴィーナスドライヴを見せてもらって、やる気にもなったしね」

「やる気に? ヴィーナスドライヴを見て?」

「私が行く前のヴィーナスドライヴの食事状況って、それはもう、すごいものだったんだよ。食事はほぼ軍用レーションかインスタント食品。よくて外食。カスミは少し料理もやれるんだけど、普段の仕事やトレーニングもしながら、あれだけのメンバーの食事を作るのは大変だしね。これは私が何とかしなきゃって」

「そうだったんですか。まあ、アキさんとか、そういうの一切やらなそうだもんな……あ! 今のは!」

「大丈夫、大丈夫」


 慌てて汗を流す啓斗に、タエは、


「でも、アキはああ見えて意外と料理するんだよ。たまにクッキー作ったりもするよ」

「クッキー? アキさんが? ――あ! い、今のは!」


 タエは、「分かってる、分かってる」と笑いながら言って、


「それでね、レジデンスを大改装することにしたの。トレーニングルームとして使ってた広い部屋を炊事場と繋げて食堂にしてね。トレーニングなんて外で走れって言って」

「あれ、タエさんの作品だったんですか」

「そうだよ。それまでは、みんな思い思いに部屋で食事をとってたんだけど、食事っていうのは家族全員で揃って食べるものだって言ってやってね。で、夜は食堂を店舗にして営業もしようって提案したんだ。せっかくこんなに美人が揃ってるんだからって。これには意外とアキが乗り気になってね。バーみたいにして、たくさんお酒を置こうって言い出して。多分、自分が飲みたかっただけなんだろうけど」

「あはは」

「でもこれが、いざやってみると大変でね。もうひとり手が欲しいって思って、私のいた店からクミを引き抜いたんだ。長いこと一緒に働いてて、いい腕だって知ってたし、私の後釜にはこの子しかいないって思って店に残したんだけど、結局連れて行くことにした。クミも戦争で家族を亡くしていたから、私の気持ちもよく分かってくれて随分と励ましてくれたよ。一度に二人もいなくなって、店主には悪いなと思ったけど、快く送り出してくれてね」

「そうだったんですか」


 啓斗は感慨深い表情になり、


「じゃあ、ミサは? ミサって、日本人じゃないですよね?」

「ああ、肌の色がね。ハーフみたいなんだ。東南アジア系との」

「みたい、っていうのは?」

「ミサはね、レイナが拾ったの。ある集落がブルートに襲われてるって情報を聞いてレイナたちは急行した。もちろん私たちにブルートを倒すことなんて出来ないから、ブルートを足止めしている隙に住人の保護と避難をさせるためにね。でも、その襲撃で生き残ったのはミサひとりだけだった」

「えっ」

「遅すぎたんだ。レイナたちが駆けつけたときにはもうブルートは去っていて、瓦礫の下からミサひとりだけが生きて発見された。ミサの上には大人が覆い被さっていて、落ちてきた瓦礫からミサを守ってるみたいだった。その人がミサの親だったのかは分からない。

 ミサ、最初は何も喋ってくれなくてね。ちょうど、つい最近のコトミみたいだったよ。それでも少しずつ心を開いてくれるようになって。歳が近いクミによくなついてね。私の仕事を手伝ってくれるようになったんだ。でも、ミサが家族のことや自分のことを話すことはなかった。私たちも、つらい記憶をわざわざ聞き出すつもりはないし……どうしたの? 啓斗」


 タエの話を聞いていた啓斗は、再び涙を流していた。


「だ、だって」啓斗は涙を拭って、「みんな、つらい思いをしてるんだなって思ったら。あんなに小さいのに。タエさんだって、家族を……」

「今の時代、そんな珍しい話じゃないさ。それに私には新しい家族がいるもの」

「ヴィーナスドライヴですね」


 啓斗が言うと、タエは笑顔で頷いて、


「みんな、私の子供だよ。レイナやアキもね。啓斗もだよ」

「はい」


 啓斗は強く頷いた。


「それじゃ、そろそろ休憩終わり」タエは立ち上がって、「おーい! そろそろ行くよ!」


 と公園で遊んでいる三人に声を掛けた。クミがしゃがんでいたミサとコトミを立たせて、手を引いてタエのもとに歩いてくる。


「はい」と、コトミは啓斗に手を差し出した。その小さな(てのひら)には、白い石が置かれていた。


「みんなできれいな石を探して拾ったの。これは啓斗お兄ちゃんにあげる」コトミはそう言って笑った。


「ありがとう、コトミ」


 啓斗も笑顔になって白い石を受け取った。コトミはミサを向いて、


「ほら、ミサも」


 ミサはコトミに声を掛けられると、おずおずと啓斗の前に来て、後ろ手にしていた右手を、そっと差し出した。その掌にも石が置かれていた。青い石だった。


「俺に?」


 啓斗が訊くと、ミサは頷いた。


「ありがとう、サヤ。二人とも、大事にするよ」


 啓斗が笑顔で石を受け取ると、コトミは、にこり、と微笑んだ。ミサはすぐにタエのもとに走り手を握った。

 啓斗は左右の手に二つの石を置き眺めると、大切そうに懐に入れた。



 買い物を終え四人は帰り道を歩いていた。啓斗は荷物が満載となった台車を押している。


「重くないかい? 啓斗」


 タエが訊いたが、啓斗は、


「全然ですよ。でも女性が押すには結構な重量ですよ。タエさん、もっと早く俺を買い物に連れて行ってくれたらよかったのに」

「今回は特にたくさん買ったからね。それに啓斗は色々と忙しいだろ」


 そこへ後方からクラクションの音が聞こえた。四人が振り向くと一台の白いバンが低速で走ってきている。運転席にいるのはスズカだった。助手席にはアキも乗っている。二人はフロントガラス越しに手を上げた。



「バンにしたんですね」


 台車とともにバンの荷台部に乗り込んだ啓斗は運転席に向かって言った。


「うん」と、ハンドルを握るスズカは、「バギーも便利だけど、買い物にも使えるし、とりあえずバンが一台ほしいねってことで。本当はバギーも欲しかったんだけど」

「ハンガーがいっぱいになって整備スペースがなくなる」助手席のアキが言って、「予算の問題もあるしな」


 後部座席には、タエ、クミ、ミサが乗り込んでいた。


「バギーみたいな特殊な車が、そんな簡単に手に入るんですか?」


 啓斗の質問には、アキが、


「ほとんど元軍用車両だよ。元軍人が売り払ったり、車に詳しいやつが、そこらから拾ってきて整備して売ってるんだ。戦車とかも手に入れようと思えば手に入るけど、需要がないからね」

「たしかに、戦車で買い物には行けないですしね」

「ぷっ」クミが吹き出した。「ごめん、想像しちゃった。タエと私とミサが戦車に乗って買い物に出るとこ」

「じゃあ」と、スズカが、「タエが車長、クミが操縦手、ミサが砲手、だね」

「なにそれ?」クミが聞き返した。


「マニアックなネタを言うな!」助手席でアキが突っ込んだ。



 レジデンスに帰ると荷物を運び入れ、啓斗たちは夜に向けての開店と明日の移動の準備に取りかかった。

 日が傾き夕暮れが迫る時間になるとレイナたちも帰ってきた。


「ただいま」


 レイナは食堂に顔を出し、その後について入ったカスミは、


「ああ、疲れたわ。やっぱり車いるわね。ねえ、表に停めてあったバン、あれ買ったの?」

「はい、アキさんとスズカが選んだんです」


 と、カウンターを拭いていた啓斗が答えた。


「今度、使わせてもらうわ」


 カスミは言ってカウンター席に座った。啓斗は同じくカウンター席に座っているレイナに、


「レイナさん、何か情報はありましたか?」


 そう訊くと、レイナは表情を引き締めて、


「裏路地で、何人かの死体が見つかったって」

「それって、もしかして……」

「胸を槍のようなもので刺し殺されていたそうよ」

「刺し殺されて……ホーネットが?」

「そうと決まったわけではないけれど、多分」

「くそっ!」啓斗はカウンターを拭いていた布巾をきつく握りしめて、「俺が、あのとき仕留めてれば……追撃するべきだった」

「啓斗」カウンターの中で酒類の整理をしていたアキが、「ウインテクターの稼働可能時間を忘れるな。下手に深追いすることは危険を招く」


 口を結んだままカウンターを拭く作業を再開した啓斗に、レイナは、


「啓斗、裏でミズキの手伝いをしてちょうだい。荷物をまとめてるの」

「……分かりました」


 啓斗はカウンターを離れてドアに向かった。


「啓斗」カスミが呼び止めて、「ひとりで何でも出来るわけじゃないのよ。残酷なようだけれど、ある程度割り切ることも必要よ。啓斗が無理をして何かあったら、そのほうが人類全体にとっては不利益になるのよ」

「はい……」


 啓斗は呟くように返事をして食堂を出た。

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