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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第7話 狙われたミズキ
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ブルートのナンバー

 啓斗(けいと)がバッファローブルートを倒した日の翌朝、ヴィーナスドライヴメンバーはレジデンスの食堂兼店舗で、いつものように朝食をとっていた。


「みんな、食べながら、ちょっと聞いて」


 レイナが言うと、全員は食事を続けながらレイナに顔を向けた。


「今後のことなんだけれど」と、レイナは話しだし、「もっと町の奥に行ってみようと思うの。この町に来てから、もう三体のブルートに遭遇、内、二体を倒したわ。もちろん啓斗がね」


 皆は微笑みながら視線をレイナから啓斗に移した。


「い、いや、みんなの協力があったから……」


 啓斗は箸を持つ手を止め、顔を赤くして言った。レイナも笑みを浮かべていたが、話を再開して、


「それでね、今までブルートと遭遇したのは全て町の奥、現在ほとんど人が住んでいないエリアだわ。もしかしたら、そこに、この町に巣くうブルートの本拠地があるのかも」

「そうだな」と、アキは、「それに昨日みたいに、いざというときにウインテクターを転送出来ない、という事態は避けたい。スズカが運転する車に乗るのもな」

「何だよ、それー」


 スズカが声を上げた。レイナは、


「では、色々と準備もあるので明日の朝一番でここを発つ、ということでいい?」


 全員は、異議なし、と答えた。


「よし、そうなったら、ここで店を出すのも、とりあえず今日で最後だな」コーディは食べ終わった食器をカウンターの上に置いて、「マリア、今夜は稼ごうぜ」


 マリアに向かって言った。それを聞いたマリアは、


「ああ、今日は私とコーディの当番だったね。よし、ばっちり稼ぎますか!」

「ちょっと際どいサービスもありにするか?」


 コーディが顔を寄せると、


「どこまで?」マリアも顔を近づけ、「ちらっ、と見せるくらい?」

「タッチで別料金、ってのは?」

「相手によるねー……」

「相手が啓斗だったら?」

「それは、もう、最後まで――」


 マリアは言葉を止めた。コーディの肩越しにアキがメガネを通して鋭い視線を刺していた。



「やられたのか?」


 倒壊しかけて使用されていないビルの屋上。フードを被った男が床に腰を下ろし階段室の壁にもたれかかっている女性に言った。その左脇腹には真新しい傷跡が窺える。背中側から正面に抜けた銃創のような傷だった。女性は座ったまま男を見て、


「ええ、37(スリーセブン)もやられたわ。58(ファイブエイト)に続いて」

「何者だ?」

「分からない。一緒に何人か人間もいたけれど、よく顔は見えなかったわ」そう答え、自分の左脇腹を見て、「くっ、これが、痛み……」

「痛み……」フードの男は呟いて、「どんな感覚なんだ? 一度味わってみてもいいかもな」

「お前もあいつと戦ってみればいい」


 女性は、じろり、と男を睨んだ。男は、ふっ、と笑って、


「やめておこう」

19(ワンナイン)、この体では私はもう満足に戦えないわ。ヴィークルを使う。お前がもし、あいつに遭遇したら教えてほしい。この恨みは……晴らす」

「ああ、いいが、あまり派手に暴れるなよ」

「約束は出来ないわ」


 そう言うと女性は立ち上がった。その目が真っ赤に染まり、体がうねるように変化した。


「どこへ行く?」


 男が訊くと、左腕に鋭い針と、頭部に複眼を持つ姿に変化した女性は、


「腹いせに、二、三人刺し殺してくるわ」

「ふふ、見つかるなよ」

「私を見つけたやつを殺すのよ」


 女性はそう言い残すと、背中に生えた、もとは四枚あったが今は一枚破壊され三枚となった羽を羽ばたかせて、不安定な飛行姿勢ながらも屋上から飛び上がった。



 食事を終え辺りを軽くランニングしてきた啓斗は、レジデンスの食堂兼店舗に上がった。


「あ、レイナさん、それに」


 啓斗はテーブルに座ったレイナの背中と、その両隣の席に座る二人の小さな背中を見た。振り返ったその二人はミサとコトミだった。コトミは「啓斗お兄ちゃん」と呼びかけ笑顔を見せたが、ミサのほうは啓斗の顔を見ると、すぐに正面に向き直ってしまった。

 啓斗は少し苦笑いを見せて、


「何してるんですか?」と訊きながらカウンターの中に入った。


「ミサとコトミに、勉強を教えてるの」と、レイナは答えた。


「へえ、勉強ですか」啓斗は冷蔵庫から水の入ったボトルを取りだし、「そうかー、二人とも、まだ子供ですものね」

「啓斗お兄ちゃんからも今度勉強教えてもらいたい」


 コトミがそう言うと、啓斗は、「うっ」と言葉を詰まらせ、「ま、また今度ね……」と、グラスに注いだ水を飲み始めた。


「どう? 啓斗も一緒に私の授業受ける?」


 レイナが笑って言うと、啓斗は飲み終えたグラスを洗い水切りに置いて、


「い、いずれまた」と言って、そそくさとカウンター奥のドアから出て行った。



 シャワーを浴び終えて外に出た啓斗はレイナに呼び止められた。


「啓斗、ちょっと、いい?」

「あ、レイナさん。勉強は終わりですか?」

「ええ、それでね、今度は啓斗のお勉強」

「え? 俺の?」

「ここのところ忙しかったから。アキと一緒に色々とレクチャーするわ」


 レイナは親指で食堂の方向を指さした。



「一緒に勉強する仲間が出来て、ミサ、喜んでるわ」

「そうですか。あの二人、仲よさそうですものね」


 食堂に入ったレイナと啓斗はそう話しながら、それぞれジュースを注いだグラスを持ってきてテーブル席に腰を掛けた。


「悪い、遅くなった」


 ツナギ姿のアキが間を置かずに入ってきた。冷たいお茶を注いだグラスを持って、二人と同じテーブル席に腰を下ろす。


「啓斗」アキは啓斗に向かって、「時間があるうちに色々教えておこうと思う」

「はい」啓斗は返事をした。


「まず」と、レイナは、「啓斗のほうから、何か訊きたいことはある?」

「俺のほうからですか? そうですね……あ、ブルートが自分たちのことを何か番号みたいなもので呼んでいましたけれど、あれは何ですか?」

「あれはね、ブルート同士の識別番号のようなものだと考えられているわ」

「識別番号?」


 啓斗が聞き返すと、レイナは頷いて、


「ブルートは、一桁の数字を二つ組み合わせて、個体の識別としているらしいの。要は、ブルートの名前ってことね」

「一桁の数字を二つ。昨日のホーネットブルートは、バッファローブルートのことを、確か、『スリーセブン』って呼んでましたね」

「そう、数字で表すと、〈3〉と〈7〉ってことね」

「ということは、ブルートは全部で……九十九体?」

「ゼロ二つも組み合わせにいるとすれば、百体ね」

「百体……」

「今まで彼ら同士で呼び合っているのを聞いた範囲の中で、っていうことよ。もしかしたら三桁、四桁の数字を持つブルートもいるかもしれない。そして、今まで人類が遭遇したのは二桁の名前を持つブルートだけなのだけれど、一桁の数字を持つ連中がいるということは、ブルートらの会話の中で明らかになっているわ」

「一桁、ですか」

「そう、さっき言った、〈00(ダブルゼロ)〉というのが存在するとすれば、〈00〉から〈09〉までの十体ね。そいつらは、〈シングルフィギュアズ〉と呼ばれ、ブルートの中でも最上位の戦力を持っているらしいわ」

「最上位の戦力……そいつらは、この地球に来ていないと?」


 啓斗が訊くと、レイナは黙って頷いた。


「どこか別の星にいるのか。それとも地球程度の星、シングルフィギュアズが出てくるまでもない、とナメられていたのかもしれないわね。実際そうだったから」

「くそっ、ふざけやがって……」

「ただ、シングルフィギュアズを除けば、他のナンバーの間には、強さや立場の優劣関係はないと考えられているわ。例えば、〈11〉が、〈99〉より、明らかに強いとか、立場が上とか、そういうことはないみたいなの。あくまで個体の識別のために番号を振っているっていうだけね」

「シングルフィギュアズだけが別格、っていうことか。いつか引きずり出してやる」

「おいおい、無理に強敵を連れてこなくてもいいんだぞ」と、アキが言って、「じゃあ、次は私だ。啓斗、ブルートの特殊能力について教える。それと、それに対抗するためのヴィクトリオンの機能のこともな」

「ブルートの特殊能力と、ヴィクトリオンの機能?」


 啓斗が訊き返すとアキは頷いて、お茶をひと口飲んでから説明を開始した。



 レイナとアキからの啓斗へのレクチャーは終わり、昼食の時間となった。食堂に集まった皆は、それぞれ、午後からの行動について話し合った。

 アキとスズカは大破したバギーに代わる新しい車両の購入に。

 レイナ、カスミ、ミズキ、コーディは二班に分かれて町へ情報収集とパトロールに。

 マリア、サヤ、ルカは留守番も兼ねて、明日の移動のための準備と、適当な移動ポイントのピックアップ。

 タエ、クミ、ミサ、コトミは食料品の買い出しに出ることになった。


「俺は、どうすればいいですか? やっぱりパトロールに?」


 啓斗が訊くと、タエが、


「レイナ、啓斗を借りてもいいかい?」と言ってきて、「今回は大量に買い込もうと思うんで、荷物を運ぶのに男手があると大変助かる」


 レイナは頷いて、「啓斗、いいかしら?」と訊いた。


「は、はい、もちろん」


 啓斗が答えるとタエは、「それじゃ、よろしく」と笑顔で手を上げた。

 クミとコトミも嬉しそうな顔を見せる。ミサひとりだけは不安そうな、戸惑ったような表情になり、覗き見るように啓斗の顔に視線を送っていたが、啓斗が振り向き目が合いそうになると、さっ、と顔を(そむ)けた。


「クミ、コトミ、ミサも、よろしく」


 啓斗が笑って言った。クミとコトミは元気に「はい」と返事をしたが、ミサだけは、ちら、と啓斗の顔を一瞬窺っただけだった。



 昼食を終え町に出た啓斗たちは、食料品や生活用品を買い求めるため商店街に向かった。ヴィーナスドライヴ全員分の食料となると、かなりの量になる。タエはいつも、荷物が落ちないように低い囲いを付けた手押し台車を押しながら買い物に出ている。購入したものを台車に入れて帰るのだが、今は行き行程のため台車は空で、そこにコトミを乗せて啓斗が台車を押していた。


「ねえ、次はクミが乗る?」台車を押しながら啓斗が訊いた。


「わ、私はもう、そんなことする歳じゃないし……」クミは笑顔で台車に乗るコトミを見て言った。


「じゃあ、ミサ」


 啓斗は今度はミサに向かって言った。ミサは、クミとタエに挟まれるように、というよりも隠れるように二人の間に体を入れ手を繋いで歩いていた。ミサは台車に揺られるコトミを見ていたが、啓斗に声を掛けられると目を逸らして、ぶんぶん、と首を横に振った。


「ミサも一緒に乗ろう」


 台車の上からコトミが声を掛けた。ミサは「えっ」と小さく声を出してタエとクミを見る。二人は同時に頷いて歩みを止めた。ミサも足を止め、啓斗も立ち止まった。ミサは二人から手を離し台車に近寄ると、ゆっくりと啓斗の顔を見上げる。


「はい、どうぞ」


 啓斗が笑顔で言うと、ミサはすぐに顔を伏せた。台車の中でコトミは端により、ミサが入る分のスペースを作っている。ミサは囲いを跨いで台車に入る。右手で囲いを掴むと左手をコトミが握ってきた。ミサはコトミの顔を見て、二人は笑顔を見せ合った。


「よし、行くぞ!」


 啓斗は握りをしっかりと掴んで台車を押し始め、徐々にスピードを上げていった。台車の上の二人は手を取り合って歓声を上げた。その姿を見たタエとクミは互いの顔を見て笑い合うと、台車の後について歩き出した。

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