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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第6話 弱者の矜持
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反撃

 バッファローは吠えて、足で数回地面を蹴り掻き、前傾姿勢になって突進した。それを見た啓斗が剣を構えると、ホーネットは上空に飛び上がった。

 啓斗は思わずホーネットの動きを一瞬目で追ってしまった。その間にバッファローの角が眼前にまで迫る。

 啓斗は剣を目の前に水平に翳し、左手で剣の刀身を押さえた体勢でバッファローの突進を受けた。両足を強く踏ん張っていたが、突進の勢いに押されて啓斗の両足は宙に浮き、そのまま体ごと運ばれて背後の壁に叩き付けられた。バッファローの上半身までが壁の向こうに見えなくなる程の強烈な突進だった。

 バッファローは数歩後退して上半身を引き抜くと、前傾姿勢のまま、さらに足で地面を掻いて突進した。バッファローが再び突っ込む直前、壁に空けられた穴から啓斗が転がり出た。


 立ち上がった啓斗は上空から飛来する音に目を向けた。左腕の針を突き出す格好でホーネットが急降下してきていた。つい先ほどまで三十センチ程度の長さだったホーネットの針は、今はその長さを一メートル近くにまで伸ばしている。

 啓斗は剣を下から上に振り抜いてホーネットの針を斬り払った。ホーネットは、そのまま上空へ飛び上がる。


 針の一撃から逃れたばかりの啓斗をバッファローの突進が再び襲う。

 背後から聞こえた重い足音に咄嗟に反応した啓斗が、躱せないまでも身をよじったため、啓斗の背中に激突したのはバッファローの右側の角のみだった。初撃で啓斗が叩き折った角の断面がウインテクターの背中アーマーにぶつかった。啓斗は吹き飛ばされ、その体を道路の反対側の壁に打ち付けられた。

 壁から剥がれ落ちた啓斗は体を震わせながら起き上がったが、すぐに片膝を突いてしまう。


「死ね! 人間!」


 バッファローは、とどめ、とばかりに三度の突進を仕掛けた。啓斗は片膝を突いたまま動かない。


「啓斗!」


 スズカたちをビルの影に避難させ、コーディとともにライフルを構えて飛びだしたミズキが叫んだ。構えているのは自分のライフル。腰にはウインテクター専用ライフルを提げていた。


「来るな!」


 啓斗は、そう叫ぶと剣を背中にマウントして立ち上がり、数歩前に踏み出て両手を上げ、突進を仕掛けてくるバッファローに対した。


「ぐおっ……!」


 啓斗はバッファローの左右の角を両手で掴み取った。衝撃で足が数十センチ地面を滑ったものの、突進を押し留めることには成功した。

 足を止めたミズキとコーディは、二十メートル程度離れた位置で戦況を見守っている。


「ぐぐ……」


 啓斗はヘルメットの下で歯を食いしばり、全身の力でもってバッファローの力と対峙していた。


「いつまで持つかな?」


 バッファローは余裕を伺わせる不敵な言葉を発すると、アスファルトに亀裂を作って足を踏み込む。その力に押され啓斗の足は徐々に後ろに滑っていく。


「……そろそろか」


 啓斗は呟いた。


「何?」


 バッファローが言うと、啓斗は地面を蹴り、掴んだ角を支点に懸垂のように上に体を引き上げ、バッファローの頭上に逆立ちするような体勢になる。啓斗のふんばりがなくなったことでバッファローは前進し、壁に頭を打ち付けた。啓斗は角から手を離すとバッファローの背中を蹴って跳び、背後の地面に着地した。


「何のつもりだ――」


 壁から頭を引き抜いたバッファローは振り返り、すぐに言葉を止めた。着地した啓斗は頭を抱えて地面に伏せる姿勢を取っていた。


「何だ? 何が――」

「34! 逃げろ!」


 上空からそれを見ていたホーネットが叫んだ。望遠の効くホーネットの複眼は上空からながらもそれを捉えていた。バッファローの足下に転がったハンドグレネードを。それは起動済みで外周に光の帯を走らせている。啓斗のベルトからはハンドグレネードがひとつなくなっていた。

 バッファローの足下で爆発が起こった。グレネードの爆発飛散範囲は十五メートル程度だったため、ミズキとコーディは爆風が巻き上げた砂埃だけを浴びた。


「ミズキ! ライフルを!」


 啓斗の声が砂煙の中から聞こえ、ミズキはウインテクター専用マルチプルライフルを放り投げた。ほぼ同時に砂煙の中から跳び出た啓斗はライフルをキャッチすると、地面を転がって膝立ちになりライフルを構える。徐々に風で砂煙は吹き飛ばされ、中に立つシルエットがおぼろげに見えてきていた。

 啓斗は、そのシルエットに銃口を向けフルオートモードでトリガーを引き絞った。数秒ほど銃弾を浴びせ続けマガジンが空になると、啓斗はトリガーから指を離した。

 砂煙は完全に晴れ、中から体中に傷と弾痕を穿たれたバッファローの巨躯が出現した。残っていた左側の角も銃撃で撃ち飛ばされていた。

 バッファローは、ゆっくりと右足を一歩踏み出したが、その直後、体中が青白い光に包み込まれて爆散した。


「くっ」


 バッファローが爆散したのを見下ろしていたホーネットは、身を翻して、その場から飛び去る動きを見せた。


「啓斗! ホーネットが逃げるぞ!」


 アキの叫び声に啓斗は、ライフルから空になったマガジンを交換して上空に向けた。ゴーグルに表示されたターゲットサイトがホーネットの後ろ姿を捉えると、スナイプモードにしてトリガーを引く。放たれた弾丸がホーネットの背中に命中した。

 次弾が飛行バランスを崩したホーネットの四枚ある羽の一枚を撃ち飛ばした。

 啓斗はさらにトリガーを引いたが、羽を一枚を失ったことで飛行姿勢が乱れたホーネットに狙いを付けることはかえって難しく、以降、啓斗が撃った数発の弾丸は次々と目標を外し続けた。


「くそ! マガジン交換の手間がなければ!」


 啓斗はそう吐いてライフルを下ろした。ホーネットの姿は、ふらふらと降下するようにビルの影に隠れて見えなくなっていった。


「啓斗!」アキが啓斗のもとに駆け寄った。


「逃がしてしまった」啓斗は悔しそうに言って、「あっ! そんなことより、あの二人を早く医者に診せないと!」

「心配するな。もうミズキとコーディが連れて行ったよ。啓斗にライフルを放り投げて、すぐにね」

「そうですか。よかった……」


 啓斗はヘルメットの下で安堵の表情を浮かべて、ため息を漏らした。


「啓斗ー!」ビルの影からスズカも走ってきた。


「スズカ!」啓斗はヘルメットを脱ぎ脇に抱え、「勝てたのはスズカのおかげだよ! ありがとう!」そう言って頭を下げた。


「やめろよ、普通だよ」


 スズカは頬を染めながら手を振る。


「かっこよかったよ!」啓斗が顔を上げて微笑むと、


「そ、そう?」スズカは、さらに顔を赤くした。


「スズカ」と、それを冷静な目で見つめていたアキが、「私は、お前にヘッドクオーターズのハンドルを任せていることに不安を憶えてきた」

「何でだよ! かえって安心してもいいくらいだろ!」

「何かあったんですか?」


 啓斗が訊いたが、アキは、


「何でもないさ。さあ、私たちも帰ろう」


 と言って啓斗の背中を、ぽん、と叩いた。



 救出された二人は町で医師の診療を受け、命に別状はないことが確認された。すぐに見舞いに訪れた啓斗の手を男性は強く握って、「ありがとう」と涙を流しながら何度も繰り返した。啓斗もその手を握り返し、


「お礼を言うのは俺のほうです。ありがとうございました」


 そう言って深く頭を下げた。


 女性は娘と再会を果たした。傷だらけの姿で返ってきた母親に戸惑ったのか、女の子は泣き出したが、母親がやさしく抱きしめると、その泣き顔は戸惑いから安堵の表情に変わった。母親も涙を流し、親子は強く抱き合った。

 拷問を受けて殺された男性の遺体はミズキたちが回収し、町の共同墓地に手厚く葬られた。啓斗を始めヴィーナスドライヴの全メンバーも墓碑の前で手を合わせ冥福を祈った。死してもなお、自分たちのことを決してブルートに話さなかったことへの感謝とともに。



「ホーネットブルートにウインテクターのことを知られてしまいました。すみません」


 レジデンスに戻った啓斗は、そう言ってレイナに頭を下げた。


「謝ることじゃないわよ」レイナはそう言って、「遅かれ早かれ、こうなることは覚悟していたから。そんなことより」


 レイナは啓斗の肩に手を置いて、


「ありがとう」そう言って微笑んだ。


 啓斗は赤くなり、


「い、いえ。俺のほうこそ、すみませんでした、レイナさん」深々と頭を下げた。


「何? どうしたの突然?」


 それを聞いたレイナが今度は赤くなる。

 ミズキとコーディは顔を見合わせて微笑み合った。


「啓斗、何飲む?」


 カウンターの中にいるクミが訊いてきた。


「じゃあ、冷たい水を」


 啓斗が言うと、クミは冷蔵庫からボトルを取りだし、グラスに注いだ。


「は、はい、どうぞ……」


 氷を浮かべた冷たい水が入ったグラスを、ミサが運んできて啓斗に渡すと、


「ありがとう、ミサ」


 啓斗は笑って受け取った。啓斗がグラスを取ると、ミサは足早にカウンターの中へ戻っていった。


「ミサ、いい加減慣れなよ」


 クミが半ば呆れた声で言った。ミサは両手で持ったトレイで口元を隠して、


「だ、だって……」


 と呟き、ちら、と啓斗を見たが、啓斗と目が合うと、またすぐに視線を逸らした。


「まったく」クミは、仕方がないな、という顔をして、「啓斗は私たちの、人類の救世主なんだよ」

「いいって、クミ」啓斗はグラスの水を飲み、「それを言うなら、今回の救世主は、なんと言ってもアキさんだよ」


 そう言うと、カウンターの隅でカクテルグラスを傾けていたアキを見た。


「どうしてだ?」


 アキが言うと、啓斗は、


「だって、転送が無理だからウインテクターを直接運ぶっていう作戦を思いついてくれたの、アキさんなんでしょ」

「もっと早く気が付くべきだった。そうしてたら、啓斗たちをあんなピンチに追い込むこともなかった。むしろ、私に怒ったっていいくらいだ」


 アキはぶっきらぼうに言って、空になったグラスをカウンターの上に置いた。


「アキ、相変わらずだね」


 コーディと並んでカクテルを飲んでいたミズキが言うと、コーディも、うんうん、と頷いた。

 その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、アキは無言のままグラスを手にカウンターの中に入って、お代わりのカクテルを自分で作り出した。


「あ、でも、アキさんって、以外とかわいいところあるんですね」


 啓斗が何気なく口にすると、カクテルを作っていたアキの手が止まった。


「なになに? アキのかわいいとこって?」


 洗い物の手を休めて、クミがカウンター越しに啓斗に訊いた。啓斗は、


「アキさん、バギーで俺たちのところに駆けつけてくれたとき、すごくかわいい悲鳴上げてましたよね、きゃー、って」

「えー! きゃー? アキが?」


 クミは顔を赤くしてアキを見た。ミサも意外そうな顔でアキを見る。

 レイナ、ミズキ、コーディの三人は、我関せずという顔になって黙々とグラスを傾ける。


「そうなんだ。俺、アキさんのこと、怖い怖いってばっかり思ってたけど、あんなかわいい一面もあるんですよね。ちっちゃな体でバギーのフレームにしがみついているのも、かわいかったですよ。ね、アキさん」


 啓斗はアキに声を掛けたが、アキは背中を向けたまま、


「……啓斗、お前のチ○コ丸出しの写真を町中にばらまく」


 静かな声で、そう言った。ミズキは口に含んでいたカクテルを吹き出した。


「ちょ! な、何なんですか! いきなり!」啓斗は立ち上がって、「どうしてそうなるんです? というか、何でそんな写真持ってるんですか!」

「お前の手術をするときの様子を撮影してたんだ」アキは、くるり、と振り向いて、「それを、ばらまく」

「な、なんで?」


 啓斗は顔を真っ赤にしていた。カウンターの隅で、クミとミサの二人も啓斗を、正確にはその下半身を横目で見ながら赤くなっていた。


「ああ、あの写真、私も持ってるぞ」


 コーディが言うと、啓斗は勢いよく振り向いて、


「コ、コーディ? な、何で?」

「ミズキも持ってるよな?」


 ミズキも真っ赤になって、


「な、何よ! いきなり!」

「ん? 持ってなかったっけ?」

「も、持ってるけど……」


 ミズキがカクテルを飲みながら答えた。


「持ってるのかよ!」啓斗が突っ込んだ。


「私は、いつも使ってるぞ」


 コーディが言うと、ミズキは口に含んだカクテルを吹き出した。


「写真を使うって? 何に?」


 驚いた顔で訊いてきたミサに、クミは、


「し、知らないわよ!」


 と真っ赤になりながら答えていた。

 アキは微笑みながら皆の様子を眺め、レイナと目が合うとグラスを上げた。レイナもそれに答えグラスを掲げて、アキにウインクを投げた。

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