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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第6話 弱者の矜持
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スズカ爆走

「ミズキたちの動きが止まったわ」


 ヘッドクオーターズ司令室でモニターを見ていたレイナが言った。


「距離は?」


 司令室にいるアキが訊くと、レイナは、


「まだよ、まだ転送可能範囲からは二百メートルくらい離れている。ねえ、スズカ、本当にこれ以上無理?」

「無理だ」レイナの声を通信で運転席で聞いていたスズカの声が、やはり通信で返ってきて、「広い道は瓦礫の山で進めないし、ヘッドクオーターズじゃ狭い路地には入られない。ビルをなぎ倒すなんて出来ないし」


 ヘッドクオーターズは啓斗(けいと)たちに近づくべく町中に入ったが、狭い路地の手前で、それ以上の進行を阻まれていた。


「思ったよりも全然近づけてませんね、啓斗たちのほうも」


 モニターを見上げてサヤが言った。


「建物や障害物があるから、一直線にここへ向かうわけにはいかないわ。それに、動きが止まっているということは、ブルートと遭遇して交戦中なのか、それとも、もう……」

「やめて下さい!」


 サヤが大きな声で言った。その声は震えていた。


「ごめん……」レイナは謝ったが、表情は沈んだままだった。


 アキはレイナの後ろで椅子に座り、テーブルに肘を付いて手を組み額に汗を浮かべている。


「あの……」と、コンソールから振り返ってマリアが、「ウインテクターをとりあえず転送して、啓斗さんに取りに行ってもらうというのは、駄目ですか?」

「……無理よ、転送は、ここから一キロ以内のどこでもいいわけじゃないのよ。啓斗の受信機から半径一.五メートルの範囲にしか――」

「私は馬鹿だ!」


 レイナが喋っている途中、アキは叫んで立ち上がった。皆が一斉にアキを見る。


「転送に(こだわ)りすぎてた!」

「どういうこと? 何かいい案でも? アキ」


 アキは声を掛けてきたレイナを見て、


「ウインテクターを直接届ければいい!」


 アキは、そう叫んで転送室へ向かって走り出した。


「マリア!」


 アキの言葉を聞いたレイナも叫んだが、すでにマリアは郊外に停めたままのレジデンスに通信を入れていた。サヤもコンソール席を立ち転送室に走っていく。レイナもその後を追って走った。


「……そうです。ハンガーにあるバギーを運転して、こっちに持って来て下さい」


 レジデンスと通信するマリアの声だけが司令室に聞こえていた。

 転送室では、スズカも加わった四人が、分担してウインテクターとその武装を持ち出していた。


「アキ」スズカが声を掛け、「運転は、私に任せてよ」と、ウインクした。


「よし、頼むぞ」アキは頷いた。


 レジデンスにいたルカが、ヘッドクオーターズまでバギーを運転してきた。

 手分けしてバギーの荷台にウインテクターと装備を積み込み、しっかりとハーネスで固定すると、バギーの運転席にスズカ、助手席にアキが跳び乗った。レイナは二人に向かって、


「頼んだわよ」

「ああ、任せ――」


 アキが答え終わらないうちに、スズカはアクセルを踏んでバギーを発進させた。



「そこ、左だ」


 バギーのコンソールに固定したディスプレイを見ながらアキがナビをする。スズカがハンドルを切るとバギーは車体を浮かせてカーブし、片輪が一瞬浮いた。


「今度は右だ」


 アキが次の交差点のナビをしたが、スズカはハンドルを握ったまま動かさずに、


「真っ直ぐ行ったほうが早いよね」


 スズカも運転しながら横目でディスプレイに表示されるマップを見ていた。


「お、おい、まさか……」


 アキは正面に迫る壁を、正確には、ビルとビルの間に空いた道とも言い難い細い隙間を見て言った。スズカは車幅を目測するように車体の両脇に付いた左右のタイヤに目をやり、正面に迫る細い隙間を見据えると、


「行けるな」

「スズカ!」


 バギーは、まったく速度を緩めないままビルとビルの隙間に飛び込んだ。バギー左右のタイヤと壁との間は数センチもなかった。

 数秒後、バギーは壁との隙間を通り抜け広い通りに出た。


「どう? かなりショートカット出来たでしょ?」


 スズカは、にやり、と笑ってアキを見たが、アキは呆然とした表情のまま正面を向き目を見開いたままだった。


「あ、啓斗たち、動き出したみたいだよ」


 スズカが言うと、ようやくアキは放心した顔から復活しディスプレイを見た。啓斗ら三人の現在位置を現すマーカーは、ゆっくりと移動を再開していた。



 ミズキは男性を、コーディは女性を抱え、その四人を護衛するようにライフルを持った啓斗は周囲に目を配りながら歩く。

 体力が回復し、男性の容体もよくなったことから、五人はビルを出て再びヘッドクオーターズに向けて歩みを再開していた。


「かなり奥のほうに来ちゃったみたい」ミズキは左右を見回しながら、「人の影も見えない」

「誰も住んでいない、使われていない区域みたいだな」と、コーディも周囲を窺い端末のディスプレイを見て、「くそ、歩いた距離の割りには、ヘッドクオーターズに、ほとんど近づけてない――」


 突然、大きな破裂音が無人の廃墟街に響き、同時にビルの壁が突き破られた。啓斗たちが歩くすぐ横のビルだった。コンクリートの粉塵が舞う中に巨躯のシルエットが浮かび上がる。


「走れ!」


 啓斗は叫んだ。ミズキとコーディは駆け足になる。啓斗は駆け出す二人を庇うように壁を突き破ったシルエットの前に立ち、アサルトライフルを向けてトリガーを引いた。粉塵の中で緑色に光る六角形の集合体のバリアが光った。

 粉塵から巨躯が跳びだしてきた。ブルートだった。頭を低く突き出し、こめかみ左右に伸びる角の先端を向けて突進してくる。

 啓斗は尚もライフル弾を浴びせ続けていたが、彼我(ひが)との距離が二、三メートル程度にまで詰まるとライフルを投げ捨て、足元に落ちていた鉄パイプを拾い上げると両手で構えて、突き進んでくるブルートの頭部目がけて振り下ろした。


「うわっ!」


 振り下ろされた鉄パイプはブルートの体に達する前にバリアで防がれ、突進の勢いで啓斗は空中に弾き飛ばされた。


「啓斗!」振り返って叫んだ直後、ミズキは路面に転がっていた障害物に足を取られて転倒した。ミズキは自分の体を下に入れ、男性の体を受け止める。


「ミズキ!」コーディは地面に転がった啓斗が震えながらも起き上がったのを見てから、ミズキのもとに駆け寄った。


「ふん」ブルートは啓斗の前に立ち、前傾姿勢だった頭を上げて見下ろし、「まだやるのか?」


 啓斗はすぐに立ち上がっており、鉄パイプを正面に向けていた。


「貴様ら地球人は俺たちにはどう足掻いても勝てない。いや、掠り傷ひとつ付けられないことは、とっくに承知だろうが」


 ブルートは口角を上げてせせら笑った。


「……勝った」

「何?」


 啓斗が絞り出すように口にした言葉に、ブルートは怪訝な声を発した。啓斗は、


「お前たちは、あの、さらった人たちから何か情報を訊きだそうとしたんだろ。でも、誰ひとり喋らなかった。……殺されたって口は割らなかった。だから、この勝負、お前の、ブルートの負けじゃないか」

「何をわけの分からんことを!」


 ブルートは言うと足を突き出した。啓斗は持っていた鉄パイプを横に(かざ)して蹴りを受け、そのまま後ろに飛ばされた。


「逃げろ! 早く!」


 啓斗は立ち上がりながら振り向いて叫んだ。ミズキは男性を抱え起こしたところだった。そこに、


「きゃぁーっ!」


 絹を引き裂くような女性の悲鳴と車のエンジン音がない交ぜになった音が聞こえてきた。啓斗が振り向いた方角、ミズキとコーディが立つ、さらに向こうの角から一台のバギーが急カーブしながら躍り込んできた。


「啓斗ー!」運転席に座る女性がハンドルから離した片手を大きく振って呼びかけた。


「スズカ! アキも!」


 バギーの座席に座る二人を見たミズキが叫んだ。それを見た啓斗も、鉄パイプを投げ捨ててバギーが走ってくる方向に向かって駆け出した。


「啓斗! お待たせ!」急ブレーキで横滑りしながら停止したバギーの運転席からスズカが声を掛け、そして、「アキ!」と助手席でパイプフレームにしがみついて、きつくまぶたを閉じていたアキにも言った。


「あ……ああ!」まぶたを開いたアキは、ずれていたメガネを指で押し上げて直すと、助手席から飛び降りて荷台に積んである荷物を解きにかかった。


「ウインテクター!」その荷物を見た啓斗が叫んだ。


「啓斗! 装着させる」


 アキのその言葉に、啓斗は直立する姿勢になった。アキとスズカは啓斗の体にウインテクターのパーツを装着させていく。ミズキも抱えていた男性をコーディに預けアキを手伝った。


「ブルートが来るぞ!」


 左右の肩に男性と女性を抱えたコーディが叫んだ。

 ブルートは路面のアスファルトを踏み割るほどの強い足取りで、まっすぐに啓斗たちに向かって走り込んでくる。


「アキ! 頼むぞ!」


 スズカは、そう言って自分の手で荷物を全て荷台から引き下ろすと再びバギーの運転席に跳び乗った。


「スズカ? やめろ――」

「スズカ?」


 アキの、啓斗の言葉も終わらぬうちに、スズカはアクセルを踏み込みバギーを発進させた。そのまま真っ直ぐにブルートに向かって行く。


「急げ!」


 アキの言葉にミズキは手を早めた。啓斗の腰にハンドグレネードを数個とライフルのマガジンを装着したベルトを巻き付ける。アキはアーマー部分最後のパーツであるヘルメットを手にしたところだった。


 ブルートとバギーは正面衝突した。間に緑色のバリアが展開され、バギーはそれにぶつかると車体が跳ね上がり、地面に着地してバウンドした。


「何だ、貴様。死にたいのか?」


 ブルートは立ち止まり、バギーの運転席に座るスズカを見下ろした。バギーはタイヤをスピンさせ砂埃を巻き上げながら、ひしゃげたフロントを尚もバリアに押し当てている。スズカはアクセルを全開まで踏み込んでいた。


「ふん」ブルートが一歩踏み出すと、それに連れてバリアも前進しバギーは後退を余儀なくされる。回転するタイヤと地面との摩擦で砂埃がさらに舞う。

 ブルートは屈み込み、バギーのフロントを両側から挟み込むように掴んだ。そして、ゆっくりと持ち上げていく。前輪が地面から離れ、バギーは段々と後輪を軸にして角度が付いていく。やがて後輪も地面から離れタイヤは空中で空回りを始める。ブルートは一気にバギーを引っこ抜き、直上へ放り投げた。


「うわぁー!」


 地上数メートルの高さに放り上げられたバギーの運転席から、パイプフレームを抜けてスズカの体が空中に投げ出された。スズカの真下にはブルートの角の鋭く尖った先端が待っていた。

 影がスズカに飛びついた。影は、そのままスズカを抱きかかえ、ビルの壁に一旦足を付けて衝撃を和らげてから地面に着地した。バギーはブルートから数メートル先に落下、大破した。


「スズカ、ありがとう」

「啓斗……」


 ウインテクターのマスクと、抱きかかえられたスズカの顔が向き合い見つめ合った。ウインテクターを装着した啓斗はスズカをそっと地面に立たせる。ライフルを構えたミズキが駆け寄り、スズカの肩を抱いて下がらせた。


「何だ、貴様。さっきの小僧か?」


 ブルートは啓斗を睨んだ。啓斗もゴーグル越しにブルートを睨み返す。啓斗にウインテクターを装着させたアキはカメラを手に啓斗とブルートをフレームに収め、


「レイナ、うまくいった」


 カメラのマイク越しにアキの声がヘッドクオーターズに届くと、司令室で歓声が上がった。


「交戦中のブルートを〈バッファロー〉と呼称する」


 送られた映像を見ながら、続けてレイナが全員に通達した。


 啓斗は背中にマウントした剣を抜いた。それを見てバッファローは笑い、


「強化外骨格を身につけたところで、何も変わらないというのに」


 そう言って、目の前の強化外骨格を纏った人間が剣を両手に構えて走ってくるのに任せた。その足は一歩も動かず、(かわ)すつもりはないかのように見える。

 啓斗は地面を蹴って跳び上がると剣を振りかぶった。その太刀筋の先はバッファローの頭部を狙っていた。それでもまだバッファローは余裕さえ浮かべた表情のまま微動だにしていない。


「34! そいつ!」


 上空から声が降ってきた。その声を聞いたバッファローは僅かに身を引いた。直後、啓斗が振り下ろした剣はバッファローの右側の角を叩き斬った。剣の切っ先はそのまま円弧を描いて下がり、さらにバッファローの首筋、胸板を掠めた。

 身を引いたバッファローは一歩下げた足で地面を踏んだ。アスファルトに放射状の亀裂が走る。剣を振り抜いた啓斗は着地した。両者から数メートル離れた地面に折られた角が落下して突き立った。

 角を一本失い、首筋と胸板に一筋の傷口を刻まれたバッファローは、


「なにぃ?」


 と叫び、目を見開いて目の前に着地した強化外骨格を纏った人間を見た。

 啓斗は着地すると、顔を上げ後ろに跳び退いた。バッファローの隣に上空から何者かがゆっくりと降下してきた。バッファローに掛けた声の主だった。


「もう一体……」


 啓斗は降下してきたものを見て呟いた。

 くびれた腰に、胸に二つの膨らみを持ち、黄色と黒の縞模様の太い前腕は先端から鋭い針が覗いていた。それはバッファローの隣に降りてきてはいたが、足は未だ地面に接してはいない。背中に生えた半透明の羽を細かく羽ばたかせ、地上数十センチの高さでホバリングをしているためだった。


「危ないところだったわね」


 ホバリングしたまま、それはバッファローに声を掛けた。


「66、まさか?」


 バッファローが、自身が「66」と呼んだものに向かって言うと、


「ええ、そう。58を()ったのは、こいつよ」


 66は左腕先端から生える針の切っ先を啓斗に向けた。


「新たに飛来したブルートを〈ホーネット(スズメバチ)〉と呼称する」


 その映像を指令室で見ていたレイナが言った。

 バッファローは自分の胸に刻まれた傷を見て、にやり、と笑い、


「ほう、面白い。貴様は簡単には死ななそうだな」

「ああ」啓斗は剣を向けて、「死ぬのは、お前だ」

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