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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第5話 やさしい人
23/74

生きる少年

 全員がラーメンを完食して店を出た。通りを歩きながらレイナは、


「それじゃ、腹ごしらえもしたところで情報収集といきましょうか。これだけ人数がいるから……」と、皆を見回して、「二班に分かれましょうか」

「私、啓斗と行く」

「私も」


 コーディが手を上げて言うと、すかさずミズキも続いた。


「戦闘員が全員固まったらバランスが悪い」と、レイナは却下して、「私と啓斗、そしてサヤでチームを組むわ」

「レイナ、ずるい!」「そんなー」「えー、サヤ、替わって」


 コーディ、ミズキに、マリアも声を上げた。マリアの声にサヤは、「い、いやです!」と答えて啓斗の隣に、ぴたりと付いた。レイナは「さあ、散った散った」と手を振る。

 不承不承といった表情でコーディ、ミズキ、マリアは並んで歩いていった。


「さ、私たちも行きましょう」

「は、はい」


 レイナに促され、啓斗は返事をして歩き出した。レイナの班とコーディの班は、それぞれ反対方向に歩き出した。数メートルほど歩いてサヤは後ろを振り返り、コーディたちの姿が雑踏に紛れ込んで見えなくなると、それを待っていたかのように並んで歩く啓斗の腕に自分の腕を絡ませた。


「え? サ、サヤ?」


 啓斗が背の低いサヤを見下ろすと、サヤは啓斗を見上げ頬を染めて、にこり、と微笑んだ。啓斗は困ったような表情でレイナを見たが、レイナも笑顔を返しただけだった。


 啓斗たちは往来を歩きながら時折人が集まった場所をみつけては、ブルートに関する情報を訊いて回った。だが、ブルートの目撃や、噂を聞いたという情報は何も得られなかった。

 数回の聞き込みを終え、三人は休憩をとるため喫茶店に寄った。屋外の往来にテーブルと椅子を出したオープンカフェだった。


「こんなおしゃれな店もあるんですね」啓斗は椅子に座って言った。


「そうよ。大きな町だから」


 レイナも座り、真っ先に着席してメニューを開いていたサヤが、


「ねえ、レイナ。ケーキ食べもいい?」


 と訊いてきた。レイナは笑顔で頷く。

 注文を取りに来た店員にレイナは、


「ケーキセットを三つ」


 と注文したが、店員は頭を下げて、


「申し訳ありません。ケーキはもう切らしてしまいまして……」


 それを聞いたサヤの顔が曇った。レイナは、


「じゃあ、コーヒーを三つ」


 店員は、かしこまりました、と会釈して店内に戻った。啓斗はサヤを見て、


「ごめんね、サヤ」

「え? どうして啓斗さんが謝るの?」


 サヤが言うと、


「だって、サヤがあんまり残念そうな顔してたから……」


 そう言って表情を暗くした啓斗を見ると、サヤは微笑んで、


「ありがとう、啓斗さん、でも、大丈夫よ」


 啓斗も微笑みを返すと、


「サヤ、あとさ、俺のこと、さん付けで呼ぶの、やめないか? 俺たちは家族だろ」

「え、でも……」サヤはレイナの顔を見た。レイナにも微笑みを返されたサヤは、「じゃあ、そうする。……啓斗」と、啓斗の名を呼んだ。


「そうそう」


 それを聞いて啓斗は笑った。


「じゃあ」と、レイナが話に加わって、「啓斗も、私やアキのこと、さん付けするのやめなきゃ」

「え? そ、それは……」

「そうよ、啓斗」


 と、サヤが笑顔で面白そうに言ってきた。


「で、でも、それは、ちょっと違うっていうか、抵抗があるっていうか……」

「何? 怖いの?」

「い、いえいえ!」啓斗は両手を目の前で、ぶんぶんと振って、「決して、そんなわけじゃ」

「じゃあ、呼んでみて」レイナは啓斗に顔を近づけた。


「え? い、今ですか?」

「そう、今」


 啓斗は、ごくり、と唾を飲み込むとレイナを見つめて、


「レ、レイナ……」と口にしたが、すぐに頭を下げて、「ご、ごめんなさい!」

「何、啓斗、やっぱり怖いんじゃん!」


 サヤは腹を抱えて笑った。


「こ、怖いとか、そういうんじゃ……」啓斗はレイナを見て、「やっぱり、俺、駄目です」

「そうね」レイナも笑顔になって、「私も、何だかくすぐったいわ」

「そうですよ。女の人が男を呼び捨てにするのと、その逆とじゃ、違いますよ……」


 啓斗は、額に浮かんだ汗を拭いた。


「ああ、よかった……」啓斗は胸をなで下ろして、「あ、でも、アキさんは、ちょっと怖いかな……」

「あー、言ってやろ!」


 サヤは啓斗を指さした。


「ち、違うって! 怖くないって! ねえ、サヤ!」


 啓斗は、携帯端末を取り出してダイヤルしようとするサヤの手を青い顔で押さえていた。

 コーヒーが運ばれてきて、レイナはブラックのまま、啓斗とサヤはミルクと砂糖を入れてから口を付けた。


「なかなか、情報って聞けないものですね」


 コーヒーをひと口飲んで、啓斗はレイナに言った。


「そうね。今は、ブルートが大手を振って道の真ん中を歩く時代じゃないから」

「ブルートって、そんなに派手に動き回ってるわけじゃないんですね」

「ええ、あいつらが一番恐れているのは、派手に暴れすぎてしまって人間がいなくなることよ。もしかしたら戦争であいつらは、人間を殺しすぎた、って思ってるのかもしれないわ。調子に乗って快楽のままに大暴れしたのはいいけれど、気が付いてみれば残りの人間はもう僅か。こりゃ楽しみがなくなってしまう、ってね。ブルート本隊が地球を離れたのも、一旦手を引いて、また地球人が増えたら改めて殺しに来るためだ、なんて説もあったわ」

「なんてやつらだ……人間を、命を何だと思ってるんだ……」

「でも、地球に残ったブルートがいる以上、確実に犠牲者は出ているのよ。あいつらが大人しくしていられるはずがないわ。誰も知らないところで、密かに、ブルートに犠牲になってしまった人が何人もいるはず」

「この町でも?」


 啓斗の言葉に、レイナはコーヒーカップを手に黙って頷いた。


「こんな、活気があって平和そうな町で……」


 啓斗は、往来を歩く人々を見ながら呟いた。



19(ワンナイン)


 体格のいい男が、薄暗い店内の一番隅のカウンター席でグラスを傾けているフードの男に背中から声を掛けた。町の裏路地の、昼間から酒を出す柄のあまりよくない店だった。


「どうした」振り返らずに答えた「19」と呼ばれたフードの男は、「まあ、座れ」と空いている自分の隣の椅子を顎でしゃくった。体格のいい男は、その巨体を椅子に預けて、


「さっき、バスが到着した」

「バスくらい、日に何台も出入りしてるだろ」

「ああ、だが、43が、バスに目を付けていたという話をしていただろ。方角、時間を考えるに、43が狙ったバスは、それ以外にありえないと思う」

「何が言いたい」

「43が連絡まで寄越して、みすみすバスを見逃すとは思えん。やつの性格からして、やはり襲撃するのをやめたとも……」

「考えられないな」


 19はグラスを煽り、体格のいい男は頷いた。


「何が起きたと思う?」


 そう言ってグラスをカウンターに置いた19に、体格のいい男は、


「43は、確かにバスを襲撃した、だが、そのバスは無事、この町に辿り着いた」

「そうなった理由は?」

「43は、何者かに倒された、殺された……」

「……」


 押し黙った19に、さらに体格のいい男は、


「そうであれば、43がいつまで経っても姿を見せないし、連絡も寄越さないことにも説明が付く」

「そのバスに乗っていた人間に話を訊いてみる必要があるな」

「そう思って、すでに何人か捕らえてある」

「さすが用意がいいな」19はフードの下で口角を上げると、「俺も一緒に話を聞こう」


 立ち上がってグラスの中身を全て煽り、空になったグラスを置くと、懐から硬貨を一枚取り出し無造作にカウンターに投げた。


「あんなもの飲んで、美味いのか?」


 並んで店を出る体格のいい男が笑いながら訊いた。


「全然」19も笑いながら答え、「気分だけさ。若い女の絞りたての生き血なんて、毎日味わえるものじゃないからな」

「お前は好みがうるさいからな」体格のいい男は笑った。


 19のグラスに入っていたのは、ブラッディ・マリーと呼ばれる真っ赤なカクテルだった。



 レイナたちはコーヒーを飲み終えると、代金を払ってオープンカフェをあとにした。


「さて、次は、どこに行きます?」


 周りを見回して訊いた啓斗に、レイナも、


「そうね……」


 と答えて同じように周囲を見回す。往来は行き交う人々が交錯している。

 少年が二人走ってきた。あまり清潔でない服を着ており、その顔つきと身長差から二人は兄弟のように見える。啓斗は駆けてくる少年を見て微笑んだ。二人は、なにやら会話を交わしながら走っており、あまり正面に目を向けてはいなかった。二人が近づいてきて、


「あ、ごめんなさい」


 前を歩いていた背の高いほうの少年がレイナにぶつかり謝った。二人は小さく頭を下げて走り去ろうとしたが、レイナが前を走っていた少年の手首を素早く掴んだ。


「レイナさん?」


 痛い! と声を上げる少年。それを見たもうひとりの背の低い少年は、そのまま駆け抜けようとしたが、


「はい、駄目よ」


 と立ちふさがったサヤに行く手を塞がれ、そのまま肩を掴まれた。


「レイナさん、サヤも、どうしたんですか?」

「啓斗」レイナは啓斗を見て、ため息をついて、「さっき、人はみんなやさしい、なんて大層なことを言っちゃったすぐで、あれだけど……」


 レイナは掴んだ少年の手首を上げた。


「……ああ!」啓斗は少年の手を見て叫んだ。少年の手には、ラーメン屋で見たレイナの財布が握られていた。



 レイナたちは、二人の少年を連れて、ある建物に入っていった。


「ここ、どこです?」


 啓斗が訊くと、レイナは、


「警察みたいなところよ。もちろん、今は警察なんてないから住民による自主警備団みたいなところよ」

「お前、そんなことも知らねーのかよ!」


 背の低い少年が啓斗に向かって言った。


「こら!」その手首を掴んでいたサヤが、ぽん、と、空いたほうの手で少年の頭を軽く叩くと、


「暴力反対!」


 少年が叫んだ。レイナは、


「私はスリにも反対よ。ほら、行くわよ」


 レイナは背の高い少年の手首を掴んだまま奥の窓口に向かっていった。


「またお前らか……」窓口で対応に出た中年の男性は、二人の少年を見るなり、そう言ってため息をついた。


「悪りーな、おっさん。また世話になるぜ」


 サヤに連れられた少年が得意げに言った。サヤが、「こら」と手を振り上げると、少年は、びくり、と肩をすぼめる。サヤは笑ってその手を下ろした。


「スリですね」レイナが何も言わないうちに男性はそう言って少年を睨んでから、「とりあえず、身柄をこちらに」


 と窓口への出入り口を開けた。


「あの」啓斗が声を掛け、「初めてじゃないんですか? この二人」

「そうです」男性は腕を組んで、「カズヤにトモキ。スリの常習犯です。兄貴のカズヤがスリを働き、獲物を素早くトモキが受け取る。もし被害者がその場でカズヤにすられたことに気が付いても、カズヤは何も持っていないから無罪放免と、こういうわけなんです。後で、すぐに走り去ったトモキと合流して獲物の山分け。こういう手です。大昔に流行った手口ですよ」

「凄いですね。レイナさんはカズヤくんが弟に渡す前に捕まえたってことですね」


 啓斗が言うとレイナは、ふふ、と笑った。その間に係の男性は、「ほら、こっちに」と二人の少年を窓口の中に入れて、「どうも、ご迷惑をおかけしました」レイナたちに頭を下げた。

 レイナとサヤは、では、と窓口を後にする。レイナは振り返って「啓斗」と呼びかけた。啓斗は立ち止まったまま、窓口の向こうで椅子に座らされているカズヤとトモキを見ていた。

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