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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第5話 やさしい人
22/74

町と人

 かつて、日本の関東地方と呼ばれた地域の大都市。

 ここも例外なくブルートの襲撃を受け、一時は壊滅状態に陥った。だが、ブルートの目が近くにある日本の首都に向いていたという理由もあったからだろうか、都市の規模にしてはブルートによる破壊は穏やかに済んだほうだった。

 そのため、ブルート本隊が地球を離れ人々による復興が始まった際に、この都市にはいち早く人が集まるようになり、活気を取り戻すのも早かった。今やここは現在の日本最大の都市であり、復興の中枢を担う場所という位置付けになっていた。

 路上を走る自動車の数も、他の町、都市に比べて明らかに多い。年配の人の中には、「建物が破壊されていることを除けば、かつて自分が知っていたこの町と、そう変わらない雰囲気になった」と口にする人もいた。


 その都市の狭い路地の一角に四名の男女が寄り集まっていた。

 往来を行く人々の顔は、復興に向けて明るいか、まだ戦争のことを忘れられないのか、憂いた表情を貼り付けたかのどちらかである場合がほとんどだが、ここに集まる男女の表情は、明らかにそのどれとも違っていた。鋭い目つきに攻撃的な表情。今の時代の人間が、まず持ち得ない顔つきだった。

 ひとりの体格のいい男が口を開く。


43(フォースリー)からの連絡が来ない」


 そう言って、手にした携帯端末を見た。


「連絡どころか」長身で痩せぎすの男が、「もう、とっくに到着していていい時間だぜ」

「何かあったの?」


 唯一の女性が言った。そして三人は残るひとりを見た。壁に背中を付け上着のフードを被っているその男は、


「最後に43から連絡があったのは、今日の朝方だったな」

「ああ」と、体格のいい男がそれに答え、「いい獲物を見つけたから土産に持って行くと。バスで移動している人間どもを見つけたらしいことを言っていた」

「へっ、楽しみにしてたのによ」痩せぎすの男は悪態をついて、「あんまり派手に騒ぐと、せっかくここまで育った町から、また人が逃げていくじゃねえか。たまには人間をド派手に何十人もいっぺんにぶっ殺してみたいぜ」

「そうね」と、女性も含み笑いをして、「私なんて、三日にひとりくらいで我慢してるのよ」


 顔を見合わせて笑う痩せぎすの男と女性を横目に、体格のいい男は、


「どうする。12(トウェルブ)に報告するか?」と、フードの男に言った。


「俺から、一応、耳には入れておこう」フードの男は言って、壁から背中を離し、「解散だ」


 その言葉を合図にか、四人はそれぞれ別の方向に向かって歩き出した。


「まさか、人間にやられちまったんじゃねえだろうな、43のやつ」


 痩せぎすの男が言うと、「ありえん」と、体格のいい男は笑った。女性も笑みを浮かべる。フードの男だけが表情を変えないまま、四人は路地裏に姿を消した。



「あっ、見えてきました。あれですね」


 啓斗(けいと)はヘッドクオーターズ運転席の助手席で、フロントガラスの向こうに移るビル群を指さして言った。隣でハンドルを握るスズカは、


「ああ、もうすぐだ」


 と言って顔をほころばせた。それを見た啓斗は、


「スズカさん、嬉しそうですね」

「そりゃ、都市には色々とあるからね。啓斗も十分楽しむといいよ」

「楽しむ、って、何があるんですか?」

「そりゃ、色々あるよ。あ、でも」

「でも?」


 スズカは、にやり、と笑って、


「風俗は駄目だよ」

「い、行くわけないじゃないですか! そんなの!」

「ちょっと、スズカ! 何言ってるの!」

「啓斗! そんなところ行くくらいなら私が相手してやる!」


 啓斗、さらにその隣に座っているミズキ、コーディが一斉に声を上げた。


「コーディ」ミズキは隣のコーディを向いて、「あなた、何か、とんでもないこと言わなかった?」

「ううん、言ってないよ」


 コーディは、しらを切った。


「それにしても、お前ら……」スズカは横を向いて、「何で運転席に乗ってくるんだ。ここの定員は三人までだ。定員オーバーだ!」


 ヘッドクオーターズ運転席は幅が広くシートは一体化しており就寝時にはスズカのベッドも兼ねている。右ハンドルを握るスズカの隣には、もう二人は座れるシートスペースがあった。今はそこに、スズカの側から、啓斗、ミズキ、コーディの三人が座っている。本来であれば運転席は五人は楽に並んで座ることが出来る程度の幅を有しているが、置かれているスズカの荷物が二人分程度の面積を奪っているため、四人は肩を密着させてシートに座っていた。


「すみません」と啓斗は、「俺、いつもモニター越しにしか風景見てないから、たまには直接見たいなと思って。部屋に窓はないし」

「啓斗はいいんだよ」スズカは啓斗越しに二人を見て、「どうしてお前らまで来るんだ!」

「だって……」と、ミズキとコーディは同時に、「行きたかったんだもん」

「お前らは、いつも啓斗と一緒にいるだろうが」スズカはため息をついて、「たまには私も啓斗と二人っきりにしてやろう、という思いやりがお前らにはないのか」

「ないよ」「うん」


 コーディとミズキは声を揃えて言った。

 はあ、とスズカは、もう一度ため息をついて、ヘッドクオーターズの速度を緩めた。町がすぐそこまで迫っていた。


「でも、あれから何事もなく無事たどり着けてよかったですね」


 啓斗は運転席コンソールのバックカメラを見た。ヘッドクオーターズの後ろにはバスが追走しており、ハンガー、レジデンスが、その後に続いていた。



 町に到着し郊外のスペースに車を停めると、啓斗たちは全員降車してバスに向かって手を振った。バスはこのまま町中まで入っていく。車窓から乗客全員が手を振っていた。犬のぬいぐるみを抱えた女の子も、隣の母親と一緒に手を振っていた。皆、一様に笑顔だった。


「さて」バスを見送ったヴィーナスドライヴメンバーの先頭に立っていたレイナは振り向いて、「じゃあ、私たちも、行こうか」

「私と、クミ、ミサは、いつものように買い出しに行くよ。これくらい大きな町なら、普段手に入らない食材も入手出来そうだ」


 と、タエが言った。クミとミサは、すでに買った荷物を載せる専用の台車を準備していた。


「じゃあ、私は医薬品を見てこようかな。コトミも来る?」


 ルカに声を掛けられたコトミは頷いてルカのそばに近づき、服の裾を掴んだ。


「レイナ」アキは手を上げて、「小さな車かバイクを調達したいんだが。どうだ? ハンガーに一台くらい置いておける余裕はある」

「そうね。ちょっとした移動にも使えるし、あれば便利ね」

「よし、決まり」

「でも、あんまり高いのは駄目よ」

「分かってますって。スズカ、一緒に見てくれるか?」

「いいよ」と、スズカは承諾した。


「留守番は、私がします」


 と、サヤが手を上げたが、カスミが、


「サヤ、留守番は私がやるわ。この通り、まだ体が満足に動かないから、あまり歩き回れそうにないの」


 カスミの体には当初よりは随分と少なくなったが、まだ包帯が巻かれていた。


「そうですか? じゃあ、私、どうしよう」


 サヤは顎に人差し指を当てて首を傾げた。


「サヤ、私たちと一緒に来る?」


 レイナが声を掛けると、


「はい、行きます」サヤは笑顔で答えた。


「啓斗は、どうする?」


 レイナに問われ、啓斗は、


「レイナさんたちは、どこに行くんですか?」

「私とマリア、ミズキ、コーディは、情報収集よ。サヤも加わるけれど」

「じゃあ、俺もレイナさんたちに加わります」

「よし、じゃあ、今が……」レイナは腕時計に目を落とし、「十一時だから、二時にここに集合しましょう。もちろん、何かあったら連絡して」


 皆は、了解、と返事をして、それぞれに分かれて町へ入っていった。



「大きな町ですね」


 道を歩きながら、啓斗は左右の町並みを見回しながら言った。それを聞くとレイナは、


「そうでしょ。ここは町の規模にしては比較的被害が少なかったの。高層ビルも使える状態でいくつも残ってるのよ」

「レイナ、まず何か食べようよ。お腹空いたよ」コーディが腹を押さえながら言った。


「そうね」と、レイナは啓斗に向いて、「啓斗、何かリクエストある?」

「え? 俺ですか? そうだな……何か外でしか食べられないものがいいですね。タエさんの料理はどれもおいしいけど、そのどれとも違ったもの」

「じゃあ、ラーメンにする?」

「え? あるんですか、ラーメン!」

「もちろん。みんなもいい?」


 レイナが訊くと全員が手を上げて頷いた。


 近くでみつけたラーメン店の暖簾をくぐり、レイナたちはテーブル席についた。レイナがカウンターの向こうに手を上げて、「おじさん、六つ!」と声を掛けると、「まいど!」と威勢のいい声が返ってきた。


「メニューって、ないんですね」


 啓斗が店の壁を見回して言った。レイナは、


「そんな豊富なメニューを出せるだけの材料がないのよ。手に入るもので出来るものを作ってるのよ。タエもそうよ。献立に苦労してるんだから」

「そうなんですか。味わって有り難くいただかないとですね。……ところでレイナさん」

「何?」

「この世界、というか、時代のお金って、どうなってるんですか?」

「普通に今までのお金を使用してるわよ」


 と言って、レイナは懐から財布を取り出して中を開いて見せた。紙幣が数枚入っていた。


「え? そうなんですか? 俺、てっきり物々交換とかやってるのかと」

「最初は、そうだったわ。でも、それだと買い物のたびに荷物がかさばって大変でしょ」

「まあ、そうですね。でも、お金って政府が価値を保証して成り立ってるものですよね。今の日本に政府ってあるんですか?」

「もちろん、ないわ」

「それでも、お金が通用する?」

「そうよ、啓斗の言った通り、お金って政府の信用で成り立つものよ。でも今は、政府の代わりに私たちみんなが、その信用を担っているの」

「どういうことです?」

「私たちここに住む人間が、みんなズルしないことで成り立ってるってこと。誰かひとりでも、『こんな紙切れとうちの商品を交換出来るか』って言い出しちゃったら、おしまいでしょ。そうならないように、私たち全員が紙幣や硬貨に価値を認めて等価交換しようって決めたの」

「そんなにうまくいくものですか?」

「それが、案外うまくいっちゃったのよ」


 レイナはテーブルに肘を突いて手を組み、その上に顎を乗せて、


「多分、ブルートという地球を、人類全体を脅かす災厄に見舞われたおかげなんじゃないかと思うの。おかげ、なんて変な言い方だけどね。ブルートの脅威は全人類に分け隔てなく襲いかかったわ。人種、国籍、思想、貧富、まったく関係なくね。人類は徹底的にやられたわ。それで気が付いたんじゃないかな。みんな地球人なんだって。みんな仲間なんだって」


 レイナの話を啓斗は黙って聞いていた。それは他のメンバーも同じだった。


「私ね」レイナは視線をテーブルに落として、「人間って、本当はみんなやさしいって、そう思うの。ねえ啓斗、人間が一番嬉しさを、喜びを感じることって何だと思う?」

「嬉しいことですか? うーん、何だろう……」


 腕を組んで考え込む表情になった啓斗を見て、レイナは微笑んで、


「私はね、誰かを助けたり、誰かの役に立ったり、そういうことをするのが一番の幸せなんだなって思う」

「助けたり、役に立ったり、ですか」

「そう、このお店だって」と、レイナは店内を見回して、「こんな時勢だもの、食べられるものなら何だってよかったはず。手に入る材料で食事を提供するだけで、それだけでも十分お客は入るし、お店も重宝される。でも、ここの店主はラーメンを選んだ。材料だって仕入れるのに苦労していると思う。でもきっと、ここの店主は、みんなにラーメンを食べてもらいたいっていう一心で、このお店をやってるんだと思うの」レイナは啓斗越しに視線を向けて、「そうでしょ、店主」


「お待ちどう」啓斗の後ろに器を乗せたトレイを持った店主が近づいてきていた。器の中には湯気を立てたラーメンが入っていた。

 店主は、それぞれの前に器を配りながら、


「お嬢ちゃん、いいこと言うね」と言って笑って、「でもな、ちょっと違うな。俺はラーメン作るしか能がねえから、こうしてラーメン作ってんだ。あとは、お嬢ちゃんの言うとおりさ。俺のラーメン食べて、うまかったって言ってもらえるのが最高の瞬間だよ」


 そう言って店主は器を配り終えカウンターに戻ったが、すぐに振り返って、


「でも、もし不味かったら、そのときは正直に言ってくれよ」


 啓斗たちは笑った。


「いただきましょう」レイナが言うと、皆は手を合わせてからラーメンを食べ始めた。


「ご主人!」二、三口ラーメンをすすった啓斗が、「おいしいです! 本当に!」


 店主はカウンターの向こうで満足そうに頷いた。


「俺に、ラーメン作るよりも、もっと人に役に立てることが出来たらいいんだけどな。例えば、ブルートの野郎をぶっとばすとかよ」


 啓斗たちとは別のテーブルから笑い声が上がって、


「親父、そりゃ無理だよ!」


 と声が掛けられた、店主は、「んなこた分かってるよ」と一緒に笑った。啓斗は一瞬店主を見て、またラーメンをすすり始めた。

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