マシンチェイス
「啓斗」ヘルメット内のスピーカーからミズキの声が聞こえ、「ブルートヴィークルの位置を捕捉した。画面に出すよ」
ハンドルの上にあるメインモニターにマップ画面が映し出された。約十時の方向に赤い点が点滅している。
「了解!」啓斗は体を傾けながらハンドルを左に倒した。ヴィクトリオンも左に向き、運転席と左右のタイヤブロックは互いの水平な位置関係を保ったまま、それぞれのブロックがスライドするように傾き、大きく左に進路を変えた。
「レイナ、啓斗とミズキは出たぞ」
格納庫から跳びだしていったヴィクトリオンを見送って、アキは携帯端末で司令室に連絡を入れた。
「了解」レイナの声が返ってきて、「アキもこっちへ来てサポートをお願い」
「分かった」
アキはヘッドクオーターズに向かって走った。
「ミズキ」啓斗はキャノピー越しに前方と、レーダー画面を交互に見ながら、「あの、ブルートヴィークルって、何なんだ?」
「聞いての通り、ブルートが持ち込んだ機動兵器よ。あれもブルートが乗り込むとバリアシステムが展開されるの。迂闊だったわ。ジャガーがブルートヴィークルを持っていたなんて。あのバスがパンクしてたことで気付くべきだった。あれじゃ走られない。バスはブルートヴィークルに牽引されて運ばれたのよ」
「バリア……あのヴィークル自体にバリアが張られて、通常兵器が効かなくなるってことか?」
「そうよ。もちろん、奪ったところで普通の地球人には動かせないわ」
「こちらの攻撃が通用しない、あんなのに襲われたら、ひとたまりもないな」
「でも、このヴィクトリオンなら、いける」
「ブルートヴィークルにダメージを与えられる?」
「そう。そしてもちろん、ヴィクトリオンは啓斗にしか動かせない。啓斗専用機なの」
「……見えたぞ」
啓斗が見るキャノピー越しの風景に、土煙を上げながら疾走するブルートヴィークルの後部が加わった。
「……何だ、あれは?」
ブルートヴィークルのコクピットで、ジャガーは後部カメラが捕らえた映像を見て呟いた。後方から白い機体が猛スピードで迫ってきていた。
「まさか、あの小僧か……」
そう言ったジャガーの座席足下では、うずくまり、怯えたように体を震わせる女の子がいた。
「まず、連れ去られた女の子を救出しないと」
ブルートヴィークルまで十メートル程に距離を詰めた啓斗がヘルメット内で呟いた。
「タイヤを狙う?」
ミズキの声に、啓斗は、
「それしかないな……」
ハンドル中央コンソールにあるスイッチを入れると、ヴィクトリオン右前輪の上部が展開してマシンガンの銃口が現れた。コクピットキャノピーに直接ターゲットサイトが浮かび上がる。啓斗が視線を動かすと、それに連動してサイトも動く。
「啓斗! 狙われてる!」
ミズキの声で通信が入ってきた。
「えっ?」
啓斗が見るキャノピー越しに、ブルートヴィークル車体の側面に砲門のようなものが展開され、その砲口が後ろを向いた。
「うわっ!」
啓斗はハンドルを倒して右に舵を切った。砲門が光り、ヴィクトリオンがそのまま直進していたはずの進路上に土煙とともに光り輝く弾丸が着弾した。
「あ、危なかった……」
冷や汗を流しながら呟いた啓斗のコクピットに短いサイレンが鳴った。
「こ、今度は何?」
「啓斗! 前! 前!」
「前――わっ!」
啓斗は今度は左に急ハンドルを切った。ヴィクトリオンはすんでのところで進行方向に建っていた朽ち果てたビルへの衝突を免れた。
「啓斗!」
「ご、ごめん……」啓斗は謝ると、「でも、もう大丈夫。だいぶ慣れてきた」表情を引き締めた。
その間に、ヴィクトリオンとブルートヴィークルとの距離は視界に入るぎりぎり程度の距離にまで離されていた。啓斗はスロットルを回してヴィクトリオンを加速させる。
ブルートヴィークルの背中が間近にまで迫ると、再び敵の砲門が火を噴いた。が、啓斗は最小限の動きでそれを躱した。
「啓斗、うまい!」
「ありがとう。だいたい分かってきた……」
ミズキの賞賛の言葉に答えて、啓斗は再びヴィクトリオン搭載のマシンガンを展開させ、ターゲットサイトをブルートヴィークル右後輪に合わせる。
「ちょっと揺れるけど、我慢して」
啓斗が言うと、
「何よ、今更。さっきのに比べたら――」
と、ミズキの声が返ってきた。啓斗は、
「あ、ち、違う。今のは、向こうに乗せられてる女の子にって思って言ったんだ……」
「……あ! そ、そうか……」
ミズキは顔を赤くして、キャノピー越しに前部コクピットシートに跨る啓斗の背中を見た。
「う、うん……」啓斗もヘルメットの下で若干赤くなったが、「行くぞ」すぐに表情を引き締めて、グリップのマシンガン発射スイッチに手を掛けた。
銃口から弾丸が放たれた。マシンガンは三点バーストモードになっていたため銃弾は三発だけ射出され、その全てがブルートヴィークル右後輪に命中した。
「撃たれた? やはりあのマシンも?」
ブルートヴィークルコクピットでは、ジャガーが驚愕の表情を浮かべた。被弾したブルートヴィークルは右方向に機体を傾けた。
「左もやる!」
啓斗はハンドルを切りヴィクトリオンを左に寄せ、ターゲットサイトの狙いを今度は左後輪に付けた。再び放たれた三発の銃弾は、これも左後輪に命中し、ブルートヴィークルは真っ直ぐに走行姿勢を戻しながら、ゆるやかに速度を落としていった。
啓斗はヴィクトリオンをブルートヴィークル左側面に併走させ速度を合わせる。敵の砲門が側面を向いたが、啓斗はマシンガンを基部ごと九十度回頭し、砲門にマシンガンを撃ち込み沈黙させた。
「啓斗」ミズキの声が、「マシンガンであいつのキャノピーを吹き飛ばして。私が向こうに取り付いて女の子を救出する」
「危険だ、ミズキ。取り付くのは俺がやる」
「駄目よ。ヴィクトリオンは啓斗じゃないと動かせないのよ」
「そうか……よし、頼んだ。気をつけて」
「任せて」
ミズキは後部座席のキャノピーを開き、立ち上がった。吹き付ける風にヘルメットから覗く髪が波打つ。
「どうするんだミズキ。アンカーみたいなのを機体に打ち込むのか?」
啓斗が訊いてきた。ミズキは、
「それが出来れば楽なんだけど、アンカーはバリアで弾かれちゃうからね。直接飛び移るわ」
「ミズキ! やっぱり――」
「大丈夫だから! 外骨格で身体能力も強化されてるから。ただし、キャノピーを吹き飛ばしたら少し前に出て。飛び移るときに風圧で流されちゃうから」
「でも!」
「早く! 女の子がいつまでも無事でいられる保証はないのよ!」
「……分かった!」
啓斗が横を向くと、ターゲットサイトも連動してキャノピー側面に移動している。啓斗はブルートヴィークルの無透明なキャノピーと機体本体との接合部に狙いを付けた。
「行け!」啓斗はスイッチを押した。三点バースト弾が二回分、計六発の銃弾が接合部に命中しキャノピー全体が揺れた。
「まだか!」啓斗は今度はフルオートモードにして接合部に銃弾を掃射した。キャノピーの揺れはさらに大きくなり、走行で受ける風圧に負けたかのようにキャノピーは機体から剥ぎ取られた。コクピットのジャガーの姿が露わになり啓斗と一瞬目が合ったが、啓斗はすぐに視線を逸らしてヴィクトリオンの速度を上げ、機体一台分程度ブルートヴィークルの前に出た。
後部座席の縁に手と片足を掛けていたミズキは勢いをつけて跳びだした。風圧を受けて後方に流されたが、ブルートヴィークルコクピットの縁に手を掛けて取り付きに成功した。同時にコクピット座席下に、うずくまっている女の子の姿も確認した。その肩が震えていることも見て取ったミズキは微笑みを浮かべた。
座席からジャガーが立ち上がり振り向いた。
「貴様! 小賢しい真似を!」
牙を剥いた口で叫んだが、風の音にかき消されてミズキの耳には届かなかった。
ミズキは機体の凸部に足を掛け、ジャガーの頭上を飛び越えてコクピットの中に跳び込む。ミズキが掴まっていた場所にジャガーの爪が食い込んだ。
ミズキは女の子を抱き上げ片腕で抱えると、コクピットの縁に手を掛けたが、そこにジャガーの影が覆い被さった。片手を振り上げたジャガーが、その先端の鋭い爪を振り下ろそうとした瞬間、ジャガーの脳天が真横からライフル弾によって打ち抜かれた。
ミズキが顔を上げると、真横をヴィクトリオンが併走していた。コクピットのキャノピーが開いており、サドルに跨った啓斗が両手でマルチプルライフルを構えていた。ジャガーは片手を振り上げた姿勢のまま、崩れ落ちるようにコクピットから振り落とされ、地面に激突しながら青白い光に包まれて爆散した。
ライフルを置いた啓斗は手を伸ばし、ミズキが伸ばした手を握った。ミズキが抱きかかえた女の子とともにヴィクトリオンのコクピットに乗り移ると、啓斗はコントロールを失い蛇行するブルートヴィークルにマシンガンの狙いを付けてスイッチを押した。
マシンガンの連射を受けたブルートヴィークルは爆発四散し、ヴィクトリオンはゆっくりと速度を落として停止した。
啓斗はヘルメットを脱ぐと、ミズキが抱いた女の子の頭を撫でて、
「よく頑張ったな」
そう声を掛けて微笑んだ。
女の子は、あまりの恐怖のためか放心したように無表情だったが、啓斗の顔を見て、次にミズキの微笑んだ顔を見ると、堰を切ったように泣き出した。ミズキが女の子をより強く抱きしめた。
ヴィクトリオンの後方に、追いついてくるヘッドクオーターズの車体が見えてきた。
ヘッドクオーターズとヴィクトリオンは人々が避難したビルまで戻った。ミズキが女の子を下ろすと母親が駆け寄り、互いの体を抱きあって親子は号泣した。母親は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、「ありがとうございます」と何度も口にした。
「あ、あなた方は、いったい……」避難した人たちのリーダー格らしい壮年の男性がレイナに尋ね、ヘルメットを抱えた啓斗に目をやり、「それに、そちらの若者は……? ブルートと戦っていたが……?」
啓斗は男性の視線を受けて頭を下げた。レイナは、
「私たちはブルートと戦っている組織です。そして彼は」と啓斗を見て、「ごらんの通り、ブルートに対抗出来る唯一の人間なんです。今日見たことは、どうかご内密に、どこでブルートの耳に入るとも知れませんから」
「わ、分かりました。確かに、この若者のような人間がいるとブルートどもに知られたら……」男性は他の人たちに振り返って、「みんなも、いいな」と確認した。人々からは一斉に頷きや、「分かった」という声が返ってきた。
表に停まっているバスは、追いついてきたレジデンスにいたコーディが避難民の男性数名の手を借りてタイヤ交換を完了させていた。その間に聞いた話によると、バスが移動中にブルートヴィークルに襲われ、数名がその場でジャガーに食い殺された。ジャガーは残る人間をバスごとヴィークルで牽引し、ここまで連れてこられたという。
「町まで、私たちが護衛します。一緒に行きましょう」
ヴィクトリオンをハンガーに格納し準備が整うと、レイナはバスの乗客たちにそう声を掛けた。レイナは、途中で襲撃現場に寄り犠牲者を手厚く葬ることも約束した。
母親と手を繋ぎ、啓斗とミズキに笑顔で手を振る女の子にルカが近づき、「はい」と笑顔で何かを手渡した。襲撃現場に落ちていた犬のぬいぐるみだった。血と土で汚れていたそれは綺麗に洗濯されていた。笑顔でルカに礼を言ってぬいぐるみを受け取った女の子は、母親とともに頭を下げバスに乗り込んだ。
それを見ていた啓斗とミズキに、アキが近寄り、
「お疲れさん。さすがだね。私たちのサポートなんて必要なかったな」
と二人の背中を叩いた。
「アキさんのヴィクトリオンのおかげですよ」
啓斗は言った。アキは首を横に振って、
「あれは、啓斗、君にしか動かせないんだから君のマシンだ」そう言って笑って、「ミズキのヘルメットカメラと望遠カメラでも見てたぞ。二人、息ばっちりだったな」
「い、いや、そんな……」
啓斗は照れたように俯く。ミズキも頬を染めて下を向いた。そこへ、
「おいこら! ミズキ!」と、コーディが駆け寄ってきて、「後席に乗るの、次は私だからな。失敗した、私もついて行けばよかった。タイヤ交換なんてしてる場合じゃなかった!」
「何? コーディ、そんな不純な動機でヴィクトリオンに乗らないでよね」
ミズキが声を上げた。
「何? じゃあ、ミズキは一切の不純な動機なく後席に乗ったのか?」
「……」
「ミズキ、どうして黙るの?」啓斗が突っ込んだ。
「ほらほら、もう行くぞ」
アキがミズキとコーディの背中を押してヘッドクオーターズのほうに向かわせる。
啓斗は困ったような表情のまま、その後ろをついていった。




