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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第4話 勝利のV
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ヴィクトリオン出撃

「貴様」ジャガーは唸り声の後に、「どういうことだ? 俺に攻撃を当てた、だと?」

「当てるだけじゃないさ」啓斗(けいと)は剣を構え、「倒す」


 ジャガーは地面を蹴って啓斗に跳びかかった。啓斗は剣を横に(かざ)してジャガーの牙を受けた。ジャガーが剣の刀身に噛みつき唸り声を上げる。啓斗は柄を握る拳に力を込めたが、ジャガーが首を振ると柄から手を離して振り飛ばされてしまった。啓斗はバスの車体側面に激突した。バスが揺れ、車内の人たちから悲鳴が上がる。

 ジャガーは顔を振って咥えた剣を横に放ると、さらに啓斗に跳びかかり体当たりを仕掛け、バスとの間に啓斗を挟み込んだ。バスにさらに衝撃が加わり悲鳴も大きくなった。


「ミズキ……」ジャガーの体を押さえつけながら啓斗は、「バスの中の人たちを、避難……」

「了解!」啓斗からの通信を受けたミズキはバスに駆け寄って中に入り、「皆さん! ここから出て!」と人々を誘導した。


「とりあえず、あのビルの中に!」


 ミズキはバスの近くに建っているビルの中にバスから降りた人たちを避難させた。


 その間、啓斗はジャガーの体を押さえつけていた。

 ジャガーは唸りながら右腕を上げ鋭い爪を振り下ろした。爪は啓斗の外骨格の肩に突き立った。啓斗は左手でジャガーの右手首を掴み、それ以上の爪の侵入を阻止した。

 啓斗は横目でミズキを窺い、全員がビル内に避難したことを確認すると左手を離して、右足でジャガーの腹に前蹴りを入れた。蹴り飛ばされたジャガーは地面を水平に飛んだが、体を捻って両手両足を広げ地面に爪を立てブレーキにして着地した。四つん這いの姿勢で牙を剥いて啓斗を睨み、低い唸り声を響かせる。


 その間に、啓斗はマリアが転送してくれたライフルをキャッチして構えジャガーに向かってトリガーを引く。ジャガーは素早く横に跳び、ライフル弾は地面に着弾して土煙を上げた。

 横に跳んだジャガーは着地するとさらに地面を蹴り啓斗に跳びかかった。今度は啓斗が横に跳び地面を転がってジャガーの爪と牙から逃れた。ジャガーは、そのまま車体に爪を立てて両手足でバスの側面に掴まり、顔を啓斗に向けて牙を剥いた。


 転がった状態から膝立ちになった啓斗はジャガーに銃口を向けてトリガーを引いた。同時にジャガーもバスの車体を蹴って啓斗に跳びかかった。連射されたライフル弾とジャガーの体が、すれ違うように交錯すると、ジャガーは啓斗に跳びつき地面に組み伏せた。

 啓斗は目の前に迫るジャガーの牙を押しとどめるためライフルを捨て、その鎖骨付近を両手で掴んだ。ジャガーの両腕の爪は外骨格の肩に食い込んでいた。

 ジャガーが僅かに視線を自分の肩口に向けた。そこからは啓斗が放ったライフル弾が掠めた傷が刻まれており、赤い血が流れていた。


「貴様……何者だ? その剣や銃が、この星の新兵器なのか?」


 ジャガーは低い唸り声を交えながら啓斗に訊いた。啓斗は答えない。ヘルメットの下では歯を食いしばり、ジャガーの牙を押しとどめることで精一杯だった。

 ジャガーの背中に六角形が密集したような形のバリアが浮かび、銃弾が跳ね返る音がした。


「啓斗!」アサルトライフルを向けたミズキが数メートル離れて立っていた。


 ジャガーは目だけを動かしてミズキを見て、


「どうやら、お前だけらしいな。こんな芸当が出来るのは――」


 そこまで言ったジャガーの背中に、さらに銃撃が浴びせられた。銃弾は全てバリアで弾かれたが、ジャガーは鬱陶しそうに牙を剥いてミズキを睨んだ。


「ミズキ! 剣を!」


 そう叫ぶと同時に啓斗は足でジャガーの腹を蹴り上げ同時に腕を振り、ジャガーを巴投げのような格好で後ろに投げ飛ばした。素早く立ち上がると、そばに駆けつけたミズキが抱えていた剣を受け取ってジャガーに向かっていった。

 ジャガーは体を捻って着地したが、その瞬間に啓斗の剣が振り下ろされた。その刀身は高周波震動により小刻みにぶれている。ジャガーは跳んだが間に合わず、左肩口に剣の一刀を受けた。が、その一撃もまた決定打とはなり得ない程度のものだった。


「ぐぁっ!」

「浅かったか!」


 ジャガーと啓斗は同時に叫んだ。ジャガーは空中で一回転して着地すると即座に地面を蹴ってバスの天井に跳び乗った。啓斗が剣を投げ捨てると、すぐにミズキが回収していたライフルを手渡した。マルチプルライフルの銃口から火花とともに銃弾が放たれたが、銃弾はバス天井の上の何もない空間を飛び抜けていった。ジャガーはその一瞬前に跳んでいた。その向かった先は、


「しまった!」


 啓斗は、ジャガーが飛んだ軌跡を目で追って叫んだ。

 ジャガーの体はビルに向かって跳び、二階窓ガラスを割り破ってビル内に進入して見えなくなった。啓斗はライフルを背中にマウントすると剣を拾ってビル出入り口に走った。


 ビルに入ったすぐは二階分の吹き抜け構造のロビーになっており、避難した人々が中央に寄り集まっていた。そのロビーの二階高さの窓を破って、ジャガーが進入してきた。

 人々の視線は集中し、同時に悲鳴がロビーにこだました。ジャガーがロビーに着地すると人々は逃げ、反対側の壁際へ押し寄せた。その混乱の中、ひとりの女の子が繋いでいた母親の手を離してしまい転倒し、逃げる人々の波から取り残されてしまった。母親もまた自分の手から娘の手が離れたことは分かったらしかったが、逃げる人の波に押し流されて娘のそばから強制的に遠ざけられてしまった。


 誰もいなくなったロビー中央にひとり倒れている女の子。ジャガーの目がその女の子を捉えた。壁際に密集した人々の中から半狂乱に娘の名を呼ぶ母親の声が響いたが、人の壁に阻まれて娘のもとに駆けつけることは出来なかった。

 ロビーのドアを突き破って啓斗が躍り込んできた。剣を構えてジャガーに突進する。ジャガーは女の子に跳びつくと、その小さな体を脇に抱えてロビーの奥に走っていった。母親の叫びを背中に、啓斗はジャガーを追った。

 啓斗は薄暗い廊下を走り抜けてビルの裏口に出ると、そこには、


「な、何だ、これ?」


 一台の機械が停まっていた。幅約四メートル、全長約六メートル、高さ約二メートル程度のその物体は、前後に計四輪のタイヤを備えていることから車両であると察せられる。禍々しいデザインのそれは、いつか啓斗が撃ったことのあるブルートの銃と同じデザインの意匠が各部に見て取れた。

 その車両の上中央部に背中を見せてジャガーが立っていた。脇には女の子が抱えられている。ジャガーは追いついてきた啓斗を一瞬振り向くと、女の子を車両中央部に落とした。そこはシートや操縦桿らしきツールのある座席となっており、この車両の運転席と思われた。ジャガーもその運転席に飛び降りシートに座り操縦桿を握ると、キャノピーと思われるカバーが後方からスライドしてきて運転席を完全に覆った。そのキャノピーは模様が刻まれた非透明の物質のため、外から運転席の様子を窺い知ることは出来なかった。

 その異形に圧倒された啓斗が車両を見上げている間に、エンジン音らしき轟音が唸りタイヤが回転すると、ジャガーと女の子を乗せたそれは土煙を上げて走り出した。


「ま、待て!」啓斗は追ったが、ウインテクターの走力でも到底追いつける速度ではなかった。


「くっ……くそ!」


 啓斗は唇を噛みながらビルの後方、ヘッドクオーターズが駐機している場所へ向かって走り出した。同時にマイクに向かって、


「レイナさん!」

「啓斗」


 レイナの声が返ってくると、


「逃げられました。人質も取られた。ヘッドクオーターズで――」

「何が起きたかはミズキから聞いたわ」


 レイナは興奮した様子の啓斗の声を止めて、冷静な声で言った。


「ヘッドクオーターズで追いましょう!」


 啓斗が言ったが、レイナは、


「無理よ、あれには追いつけない」

「じゃ、じゃあ――」

「聞いて、啓斗。今、アキがそっちに行くわ。合流して」

「アキさんが?」


 そう呟いた啓斗の視界にハンガーの車体が走ってくるのが映った。ハンガーは啓斗の目の前で停車した。



「ミズキから聞いた。あれは〈ブルートヴィークル〉だ」


 ハンガーの格納庫に啓斗を入れたアキは早足で歩きながらそう言った。


「ブルートヴィークル?」


 後ろを歩きながら聞き返した啓斗に、アキは、


「ああ、あいつらが持ち込んだ機動兵器さ。あれの速度にはヘッドクオーターズも追いつけない」

「どうするんですか!」

「これを使うんだよ」


 アキは足を止め、格納庫の奥にあるシートが被せられた物体を見て言った。


「あ、これは……」


 啓斗が言うと、アキはシートの端を掴んで引き剥がした。


「ああ!」啓斗が叫んだ。シートの下には一台の車両があった。


「こ、これ、車……いや、バイク?」


 啓斗はその車両の形状を見ると、戸惑いとともに口にした。

 その車両は自動車に見えた。幅約三メートル、全長約五メートル、全高約一.五メートルのそれは、目撃したブルートヴィークルと比較すると一回り小型だった。前輪一軸、後輪二軸のタイヤ構成で、後輪は全てダブルタイヤになっているためタイヤの数は全部で十あった。


 それを見て啓斗が、バイク、という言葉を発した理由は、その操縦席にあった。操縦席に車のような座席はなく、跨って座るシートとその前には、やはり左右に突き出たバイク型のハンドルが付いていた。ここだけを見れば間違いなくこれはバイクだった。その操縦席は戦闘機のそれを思わせる透明なキャノピーの中にあった。操縦席前部はバイクのカウル以上に長く流線型に伸びており、左右の前輪先から若干だけ前に突きだしていた。

 操縦席の後ろには後部座席があった。これも戦闘機のようなキャノピーの中にあったが、複座式の戦闘機と違い運転席と後部座席は完全に独立しており、両者はシャフトのようなもので接続されている。シートも後部座席は車のような背もたれのある腰を掛けるタイプのシートだった。

 その車両は操縦席と後部座席をひとつのブロックとして、タイヤの付いたブロックが左右から操縦席ブロックを挟み込んでいる構造だった。操縦席ブロックとタイヤブロックも、やはりシャフトで接続されている。機体は全体が白く塗装されていた。


「乗って」


 アキは言うと手元のリモコンのスイッチを押した。同時に運転席と後部座席のキャノピーが持ち上がった。


「ミズキは後席でサポート」


 アキの声にミズキは「了解」と言って後部シートに跳び乗った。啓斗も戸惑いながらも、素早く操縦席シートに跨り前傾姿勢となってハンドルを握る。


「操縦方法はテクターを通じてゴーグルに表示されるから。ブレインウェーブスインターフェイスを使ってるから、ある程度、こうしたいって考えれば、その通りに動いてくれるよ」

「な、何だか分かりませんけど了解しました。アキさん、これなら、あいつに追いつけるんですね」

「ああ、頼むぞ」


 アキはリモコンを操作してキャノピーを閉じた。


「アキさん、このマシンの名前は?」


 キャノピーが閉じ切る間に啓斗はアキに訊いた。


「ヴィクトリオン」

「ヴィクトリオン……ヴィクトリー……勝利のV」


 キャノピーは完全に閉じた。ハンガーの後部ハッチは開かれスロープ状に地面と接している。そこから見える外の風景を見て、


「行きます!」


 啓斗はスロットルを捻った。アキは下がり、格納庫の床の上でタイヤをスピンさせて、啓斗とミズキを乗せたマシン〈ヴィクトリオン〉は発進した。

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