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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第4話 勝利のV
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襲撃

 翌朝、目を覚ましたメンバーは朝食をとり、出発した。

 目的地の町には昼過ぎには到着する予定だと、朝食の席でレイナが皆に告げた。

 啓斗(けいと)は朝食の間レイナの様子を窺っていたが、レイナはいつもと全く変わらなかった。ただ、食事を終え自室に戻ろうとする啓斗に、「昨夜は、悪かったわね……」と少し赤くなって声を掛けてきただけだった。啓斗が何か言おうとする前にレイナはヘッドクオーターズに戻った。



 出発してから一時間ほど経った頃、先頭を走っているヘッドクオーターズの運転席から司令室に通信が入った。


「レイナ!」

「スズカ、どうしたの?」

「前方に人が倒れている!」

「止めて!」レイナは言うと、「サヤ」と、サヤに向かって言った。サヤは他の二台の運転席に通信して、「止まって下さい」と告げた。


 停車した三台の車両から、レイナ、ミズキ、コーディ、啓斗、アキ、ルカの六人が下り、ヘッドクオーターズ前方数十メートルに倒れている人影に向かった。


「おい! しっかり!」


 駆け足でいち早く辿り着いた啓斗が倒れていた人を抱き起こした。壮年の男性だった。体中に傷を作り出血もひどく、息も絶え絶えの状態だった。


「ルカさん!」啓斗が叫び、ルカが駆け寄って男性を診た。何か告げようと口を動かす男性に、ルカは、


「喋らないで」


 と、声を掛けたが、男性は荒い呼吸とともに、


「ブ、ブルートが……」


 掠れた声を発した。それを聞いた啓斗は顔を上げメンバーと顔を見合わせた。男性はさらに、


「バスが……襲われて……」

「バス? もしかして、あの?」


 啓斗はレイナの顔を見た。レイナは沈痛な表情で男性を見ていた。ルカは持参した鞄から包帯を取り出して男性の胸の傷口に巻き始めたが、男性は、


「た、助けて……ほしい……」


 そう言うと、がくり、と頭を落とし、伸ばしていた手も地面に落ちた。同時に荒かった呼吸も止まり、男性の脈を診たルカは黙って首を横に振った。


「くそ……」啓斗は唇を噛んで、ゆっくりと男性の体を地面に下ろした。


「血痕があるわね」レイナは男性の後ろに点々と続く血痕をみつけ、「行ってみましょう」と、血痕に沿って歩き出した。


「後で、手厚く葬ってやろう」


 男性のそばから動かない啓斗の肩に手を置いて、アキが言った。啓斗は、「はい」と呟いて立ち上がった。


 レイナは歩きながら通信端末を耳に当て、「マリア、転送の準備をしておいて」と告げ啓斗を見た。啓斗は頷いた。


「これは……」


 男性の血痕を辿り、その現場に辿り着いたレイナは、そう呟いて足を止めた。後に続いたメンバーも無言のまま立ち止まった。

 そこは血の海と化していた。啓斗が口元を押さえて屈み込んだ。血の海の中には、いくつかの血まみれの何かが散乱していた。人間の手足だった。


「啓斗……」ミズキも屈み込んで啓斗の背中に手を置いた。啓斗は苦しそうな表情を幾分か和らげると、


「大丈夫……」と言って立ち上がった。


 ルカとアキは血の海に足を踏み入れ、散らばった手足を検分していた。啓斗も、おぼつかない足取りながらも近くに寄っていき、後ろからミズキとコーディも続いた。二人は腰のホルスターから拳銃を抜いていた。


「これは……」落ちている人間の腕の断面を見てルカは、「食いちぎられてるわね」と呟いた。


「食いちぎられてる?」


 啓斗はアキの顔を見たが、アキは啓斗に近づき耳元で、


「いや、あいつ、シャークじゃない。あいつが食いちぎった断面は、もっと鋭利だ。まるで刃物で切断したみたいにね……」


 アキが言った通り、散乱した手足の断面は完全に切断しきらず、無理矢理食いちぎったという状態に見える、ぼろぼろな断面をしていた。


「見たところ」立ち上がって周囲を見回したルカが、「手足の数からいって犠牲者は多くて三人程度だと思うけれど」

「あのバスには、もっと大勢乗っていたわね」レイナが言って、「もっとも、襲われたのは、違うバスかもしれないけれど」

「レイナさん」


 啓斗が血だまりの中から何かを拾い上げた。見覚えのある犬のぬいぐるみだった。啓斗は散らばった手足に目をやる。


「啓斗」啓斗の行動の意味を察したのかレイナは、「ここにある手足は、みんな大人のものよ」

「じゃ、じゃあ……」

「レイナ、これだ」


 コーディが血だまりから数メートル離れた場所で地面を指さしていた。そこには赤黒い血で出来たタイヤの跡があった。コーディは続けて、


「ブルートがバスを奪ったんだ。他の人たちを乗せたまま」


 それを聞いた啓斗はレイナを見て、


「追いましょう!」


 そう言うとレイナは頷いた。



 レジデンス一台を残し、ヘッドクオーターズとハンガーの二台で、バスのタイヤ痕が向かった方向へ追跡を開始した。

 レジデンスには念のためコーディが残り、負傷者を発見したときのためにルカが追跡隊に加わった。ヘッドクオーターズには、レイナ、啓斗、ミズキ、マリア、サヤが乗り込み、スズカが運転する。ハンガーにはルカが乗り、アキがハンドルを握った。


 血で付けられたタイヤ痕はすぐに見えなくなったが、地面に残された同種の同じ形状のタイヤ痕を見つけながら二台は追跡を行った。

 ヘッドクオーターズは車体頭頂部の索敵カメラを展開し、三百六十度の可視範囲を目視しながら赤外線センサーも使って捜索を行っていた。レイナとミズキもコンソールに座り、送られてくる映像、データに目を走らせる。啓斗も全モニターに映し出される映像に目を凝らしていた。


「これじゃないですか?」


 マリアが赤外線センサーが捉えた画像をメインモニターに映した。熱を帯びていることを知らせる赤や白の斑模様が集まった一角が映っていた。マリアは、


「一時の方向、約千五百メートルです」

「スズカ!」


 自分でもモニターを確認したレイナは、即座に運転席のスズカに指示を出した。


「了解!」という声が返ってきてヘッドクオーターズは進路を変更し、ハンガーも追随する。


「啓斗、ミズキ」レイナは二人に顔を向け、「準備して」


 ミズキはコンソール席から立ち上がり、置いてあったアサルトライフルを手に取った。すでに強化外骨格は装着してある。啓斗は「よし」と呟くと、いち早く出入口ドアの前に立った。


「あと五百メートルです」


 マリアが言うと、啓斗はカメラ映像が映し出されたモニターを見て、


「まだ見えないぞ」

「恐らく」レイナも同じモニターに目をやり、「あのビルの陰よ」


 と、モニター中央に映った倒壊しかかったビルを指さした。

 ヘッドクオーターズはビルから百メートほど手前で止まった。止まると同時にドアが開き啓斗とミズキが飛び出した。二人はビルの陰になった位置が見えるように回り込みながら移動した。


「あった!」啓斗が呟いた。


「発見しました」


 ミズキがヘルメットマイクに向かって言った。ミズキのヘルメット搭載カメラの映像が指令室に送られ、ビルの陰に停められた一台のバスを捉えた。バスは僅かに傾いでおり、前輪右のタイヤがパンクしていた。

 自生した草木に身を隠しながらバスに近づく啓斗とミズキ。啓斗はバスに視線を集中させていたが、ミズキは周囲の警戒を怠らなかった。


「いる……バスの中に人がいるよ、ミズキ」


 啓斗は嬉しそうな声で言った。ミズキは、


「生存者を確認」と、マイクに呟いて啓斗の肩を掴み、「啓斗、ゆっくり近づこう」


 そう言って、立ち上がって駆け寄ろうとした啓斗を止めた。


「あ、ああ、ごめん」


 啓斗は振り向いて謝った。ミズキは、にこり、と微笑んだが、すぐに表情を引き締め取り出した双眼鏡を覗いた。


「バスの中には、十数人くらいの人がいるわね。ブルートらしいのは見当たらないけれど……あ」


 ミズキが覗く双眼鏡のフレームに、ひとりの男が入ってきた。男はポケットに手を突っ込み薄笑いを浮かべて歩いており、どう見ても『ブルートに襲われた』という悲壮感を漂わせてはいなかった。


「啓斗」ミズキは双眼鏡を啓斗に渡して、「多分あいつ。今、バスに近づいている男」


 啓斗は双眼鏡を受け取って覗いた。啓斗の目に、バスのドアに近づく余裕の態度の男の姿が映った。啓斗は双眼鏡をミズキに返すと通信端末を耳に当て、


「レイナさん、行きます。テクターの転送を」


 そう言って立ち上がった。

 指令室では、それを受けたレイナが、


「マリア! ウインテクター転送!」


 と指示を出し、マリアは、「了解!」と答え転送ボタンを押した。

 啓斗の周囲に光の筋が集まり、啓斗はウインテクターの装着を完了した。啓斗は「武器、剣をお願いします!」と言って走り出した。


「右に行くよ」


 マリアの通信の声の後に、啓斗の右側に並走するように光の筋が現れ剣が転送された。啓斗は柄を握って構える。



「ほら、来い」


 バスの中では、ドアを開けて車内のステップに足を掛けた男が、ひとりの女性の髪を掴み車外に引きずり出そうとしていた。女性は悲鳴を上げ、その女性の脚にすがりつきながら小さな女の子が泣き叫んでいた。


「やめろ!」


 啓斗は叫びながらバスに向かった。男は振り返って、「何だ?」と女性の髪から手を離しステップを下りた。剣を振りかぶりながら突っ込んでくる啓斗を、男は余裕を窺わせる笑みを浮かべながら見ていた、が、


「がはっ!」


 啓斗が振りかぶった剣の一刀を受けて横に吹き飛ばされると、状況を把握出来ない、といった表情を顔に張り付けて地面を転がった。


「大丈夫ですか?」


 啓斗はバスの中を覗き込み、中で倒れている女性に声を掛けた。女性は、うめき声を出しながらも起き上がり、その体にすがりつく女の子や他の人にも助けられながら立ち上がった。


「怪我はありませんか? よかっ――」

「啓斗! 後ろ!」


 ミズキの声で通信が入った。その直後、啓斗の背中に何者かが跳びかかり啓斗をバスから引きはがした。啓斗は地面を転がり立ち上がった。


「それが正体か」


 啓斗の目と十数メートル離れたミズキのヘルメットカメラが、啓斗に跳びかかったものを捉えていた。極端な前傾姿勢で手には鋭い爪を持ち、黄色く短い体毛に黒縁にオレンジ色をして中心にやはり黒い点が穿たれた斑紋(はんもん)を散りばめていた。猫に似た顔は凶悪な表情を浮かべ、鋭い牙を裂けた口元から覗かせていた。


「交戦中のブルートを〈ジャガー〉と呼称する」


 レイナの声が全員に行き渡った。

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