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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第4話 勝利のV
18/74

国破れて山河在り

 翌朝、朝食を済ませるとすぐにヴィーナスドライヴは町を発った。

 啓斗(けいと)は自室ではなくヘッドクオーターズの司令室に乗り込んでいた。司令室には他に、マリア、サヤのオペレーターコンビとレイナ、運転席にはスズカがいる。この四人は常にヘッドクオーターに乗り込み移動していた。


「何? 啓斗、私の顔に何かついてる?」レイナは啓斗に顔を向けて言った。


「い、いえ……」


 啓斗は顔を背けて言葉を濁すと、レイナが、


「どう、よく眠れたの?」

「は、はい」

「昨夜、遅くまでアキに付き合ってたみたいじゃない。駄目よ、アキのペースに付き合ってたら肝臓がたちまち壊れちゃうわよ」

「あ、お、俺は、ジュースでしたから」


 そう、とレイナは言って、運転席カメラの映像が映るメインモニターに向けて、


「アキから、何か聞いた?」

「え? い、いえ、特には……」

「そう」


 レイナは一瞬だけ啓斗を見て、また視線をモニターへと戻した。

 啓斗はその横顔を黙って見つめていた。レイナは視線を動かさずに、


「やっぱり、アキから何か聞いたんでしょ」

「え? ち、違いますよ……」

「そうなの? 突然、こっちに乗る、なんて言ってきたから」

「たまには気分を変えて、と思いまして……」

「たまには、って、啓斗、こっちに来てからまだ何日も経ってないじゃない」

「あ、そ、そうなんですけれどね。こ、今度、ハンガーにも乗せてもらいますよ……」


 啓斗は、ばつが悪そうに彷徨わせた視線をメインモニターで止めると、


「あ。あれ、何ですか?」


 と、モニターを指さした。モニター映像の左隅には、バスのような大型車両がヘッドクオーターズと向かい合うように、反対方向に走っている様子が映し出されていた。


「ああ、あれは移動してる人たちよ」と、レイナは言って、「人が集まって大きな町になると、周辺から人が集まってくるの。多分、今朝私たちが出た町へ向かってるのね。もしかしたら、ブルートがいなくなったっていう情報が伝わって移動しているのかも」

「そうですか……」


 啓斗は、感慨深い目で映像のバスを見た。

 ヘッドクオーターズ運転席では、すれ違いざま、スズカがバスに向かって笑顔で手を上げた。距離はあったが、バスのほうの運転手も笑顔とともに片手を上げて、それに答えていた。

 バスがモニターの視界から消えると啓斗は、


「俺たちは、どこに向かってるんですか?」


 と訊いた。レイナは、


「この先に大きな町があるの。そこへ行くわ。この先と言っても、かなり距離があるから今夜は道中で停まって、ひと晩過ごすことになるわね」

「じゃあ、今夜は店開きは、なしですね」

「そういうこと。啓斗もゆっくり休んで」

「はい」


 啓斗は答えた。ヘッドクオーターズ司令室に窓はないため、外の景色は運転席カメラに映るメインモニターの映像を通してしか知ることは出来ない。啓斗はそのモニターを見つめながら、


「レイナさん。ここって、日本の、どの辺りなんですか?」

「関東よ」

「え? そんな大雑把な?」

「ふふ」と、レイナは啓斗を向いて、「もう、ブルートとの交戦状態に入ってから、日本のどこ、なんていう括りはなくなったわ。人が大勢いる大きな都市から狙われていったから、各個の都市機能から最初に失われていったの。これは日本だけじゃなくて世界中そうだったの。最低限、国、という集まりがかろうじて残ったの。だから日本は日本。それだけよ」

「そうなんですか……」啓斗はモニターに視線を上げ、「何だか、何もかも俺の知ってる日本とは全然違うんだなぁ」


 そう呟いた。

 モニターに映る周囲の風景は、舗装された道路はひび割れ、劣化し、荒れ地となった地面と遜色ない状態になってしまっている。、まばらに残る民家らしき家屋や建物も例外なく破壊され、風化の一途を辿っていた。


「サヤ」と、レイナはコンソールに向かっているサヤに、「側面のカメラの映像をサブに出して」と指示した。


 サヤは、「はい」と答えてコンソールを操作すると、メインモニター両横のサブモニターに風景の映像が映し出された。右モニターの風景は左から右に、左モニターの風景は右から左へと流れており、それぞれがヘッドクオーターズ車体左右に取り付けられたカメラが捉えた映像であることを物語っていた。


「山だ」サブモニターに目を移していた啓斗が言った。


「そうね」と、レイナも同じモニターを見て、「山や大河だけは、ブルートの侵攻にも、ほとんどその姿を変えていないんでしょうね」


 啓斗は、遠くに霞んだ山の稜線を見て、


国破(くにやぶ)れて山河在(さんがあ)り、か……」


 と、呟いた。レイナは、


「それ、大昔の詩人の作品でしょ? 杜甫(とほ)だったかしら」

「レイナさん、すごいですね! 俺、作者までは知りませんでしたよ」

「ふふ、私も高校の途中までは普通に学校に通っていたから。結構成績よかったのよ」

「もてたでしょ、レイナさん」


 啓斗が訊くと、レイナは笑って、


「もちろん」と、言ってウインクをして、「男女問わず、ね」

「えっ?」


 啓斗は赤くなり、それを見たレイナはコンソールに向かって、


「ねえ、マリア、サヤ」


 二人に声を掛けた。マリアは、クスクスと笑いながら、


「啓斗、レイナはね、すごいんだから」

「えっ? 何が?」


 啓斗はレイナとマリアを交互に見る。サヤは、


「もう、あんまり啓斗さんをからかわないで下さい」と言って、顔を赤くした。


「何なんですか、いったい……」啓斗はモニターに視線を戻し、「あ、またですよ」


 と、サブモニターを指さした。右サブモニターには一台のバスが映っていた。進路はヴィーナスドライヴと同方向だった。数十メートルの距離を置いてヘッドクオーターズと併走している。


「方向からいって、あのバスは、俺たちと同じ町に向かってるんでしょうか」

「ええ、多分ね」レイナもサブモニターを見て答えた。


「じゃあ、あのバスも途中で夜を明かすんですね。こっちは部屋とベッドがあるけれど、バス移動だと野宿になりますね。大変だな」

「みんな、必死に頑張って生きているのよ」


 モニター内のバスは徐々に近づいてきて、車窓に並ぶ人の顔が判別出来るまでになった。窓のひとつから、片手に犬のぬいぐるみを抱えた小さな女の子がもう片方の手を振っていた。啓斗は笑顔になってモニターに向かって手を振り返したが、


「啓斗、それはモニターよ」と言ってレイナが笑った。


「あ、そうか」啓斗は、ばつが悪そうに手を下ろした。


「あれは、運転席のスズカに手を振ってるのよ」


 レイナが言う間に、バスは速度を上げモニター端に向かって行く。


「あ、抜かれちゃいましたよ」


 啓斗はモニターから消えていくバスを目で追いながら言った。


「急いでるんでしょう。こっちはこっちのペースで行きましょう。燃費のいい経済速度で走ってるからね」


 バスはサブモニターから正面カメラ映像のメインモニターに移動し、背面を見せて走り続ける。やがてメインモニターからも遠ざかっていき、バスは完全に見えなくなった。



 ヴィーナスドライヴは途中で昼食時間も兼ねた昼休み休憩を取ってから再び行程を再開した。休憩後は啓斗はレジデンスに搭乗し、カスミの見舞いをしてから自室に戻った。啓斗はベッドに横になると、


「この荷物、いつ片付けてくれるんだろう。というか増えてる気がする……」


 啓斗は部屋の壁一面に寄せて積まれた荷物を見て呟くと、まぶたを閉じて寝息を立て始めた。


 数十分後、啓斗の部屋のドアをノックする音がした。数回のノックの後、「啓斗、いないの?」と声がしてドアが開けられた。ミズキだった。足下には段ボール箱が置かれている。


「啓斗――あ」


 ミズキはベッドで寝息を立てている啓斗を見て言葉を止めた。ミズキは、ゆっくりと足下の段ボール箱を持ち上げ、


「ちょっと、置かせてねー」


 と小声で呟きながら部屋に入った。部屋の隅に段ボール箱を積むと、ミズキは啓斗の寝顔を見つめて、すり足でドアに近づき開けたままだったドアを閉めた。ベッドのそばに戻ったミズキは啓斗の体に毛布を掛けてやり、床に膝を突き啓斗の寝顔を見つめた。そして、ゆっくりと顔を近づけ、まぶたを閉じて啓斗の頬に唇を触れた。唇を離したミズキは、そっと立ち上がりドアを開け、最後に啓斗の寝顔を振り返ってから部屋を出た。



 夕闇が空を染め、ヴィーナスドライヴの三台の車両もヘッドライトを灯した。ここまで時折休憩を挟み、各車両もドライバーを交代しながら走ってきた。やがて夕闇の赤みもすっかり空から消え星が瞬きはじめると、レイナは、


「今日は、この辺りまでにしましょう。サヤ」


 と、コンソールのサヤに言った。サヤの隣には、今はマリアの代わりにスズカが座ってヘッドセットを付けていた。マリアはヘッドクオーターズの運転席でハンドルを握っている。サヤは、「はい」と、返事をすると他の二台に通信を開き、


「みなさん。今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした」


 と告げると、ヘッドクオーターズを含め三台の車両は徐々に速度を緩め停車した。



 夕食を終えシャワーを浴びると、啓斗は外に椅子を出して座り星空を見上げていた。啓斗がシャワーを使ったのは最後で、他のメンバーはほとんど自室に入って休んでいた。

 店舗兼食堂には、レイナとアキが並んでカウンター席に座っていた。カウンターの中には食器の片付けをするタエひとりだけが残っている。

 レイナとアキは、タエに出してもらったグラスを傾けていた。レイナは焼酎、アキはカクテルだった。レイナは焼酎をひと口飲むと、


「アキ、啓斗に言った?」

「何を?」


 アキもグラスを口に運んで返した。


「今朝、いきなりヘッドクオーターズに来たから」もうひと口、喉に流し込んで、「イナスのこと?」

「……ああ。啓斗には知っておいてもらいたいと思ってね」

「そうなの……もしかして、私のことを慰めてくれるつもりだったのかしらね」レイナは、ふふ、と笑って、「甘えておけばよかった」

「おいおい」


 アキが言うと、レイナは、


「何? 変な意味じゃないわよ。慰めるって聞いて、おかしな想像でもした? アキ、欲求不満なんじゃないの?」

「バカ……」

「ふふ、ごめん……ねえ、アキ、もし、私たちがイナスの仇を見つけて、啓斗が、やつを倒してくれたとしたら……」

「したら?」


 言葉を止めてしまったレイナを促すように、アキが言うと、


「私、どうなっちゃうのかな……」

「……どうもなりはしないさ。この地球から、一体残らずブルートを消し去るまで戦いは続く。イナスの仇が最後の一体だったら話は別だけどね」

「じゃあ、その戦いが終わったとしたら?」

「平和な生活が戻ってくる。それだけさ」

「でも、……イナスは戻ってこないわ」

「レイナ!」


 アキは幾分強い口調で言った。


「ごめん……」

「椅子、お返しします。ありがとうございました」


 啓斗が椅子を抱えてドアから入ってきた。


「タエさん、椅子の脚、拭きます」


 啓斗がテーブルに椅子を逆さまに乗せると、「悪いね」と、タエが布巾を差し出した。カウンター越しに布巾を受け取った啓斗は、椅子の脚を拭きながら、


「レイナさん、アキさん、お二人だけですか?」

「ああ」と、アキは振り返って、「久しぶりの長旅と運転で、みんな疲れて寝ちゃったみたいだよ」


 そうですか、と椅子の脚を拭き終えた啓斗は椅子を下ろしてテーブルに付けると、


「じゃあ、俺も寝ようかな。昼寝したから、あんまり眠くないんですけど」

「きちんと睡眠を取ることも戦士の仕事だぞ」


 アキに言われ、「はい」と返事をした。


「……ねえ、啓斗」アキの隣で顔を伏せているレイナが、「ちょっと付き合ってくれない?」

「え? お、俺、ですか?」

「レイナ」


 アキが諫めたが、レイナは立ち上がると啓斗に向かって歩いて行き、啓斗の首に手を回して抱きついた。


「ちょ、レ、レイナさん?」啓斗は顔を赤くして動揺する。


「啓斗……ちょっとだけ……」レイナは呟くように言って、肩を震わせる。


「レイナさん……泣いてるんですか……?」

「こいつ、泣き上戸なんだよ」アキが言った。


「そうなんですか。意外だな。じゃあ、ちょっとだけですよレイナさん」


 啓斗はレイナの手を掴んで解こうとしたが、レイナが抱きついたまま離れないため、そのままの状態でカウンター席まで歩いた。


「タエ、啓斗にミルクでも出してやってくれ」


 アキが言うと、タエは冷蔵庫から出したミルクをグラスに注ぎ、啓斗の前に置くと、


「グラスは水に浸けておいてちょうだいね。それじゃ、私は寝るよ。おやすみ」


 そう言って、アキと啓斗の「おやすみなさい」の声に手を上げて答え、カウンター奥のドアをくぐっていった。

 アキの隣に啓斗、その隣にレイナが座ったが、レイナは終始啓斗の首に腕を回して、すすり泣きをしている。そのため啓斗とアキの二人が会話を続けているだけだった。


「五百年後、か……」啓斗は頬杖を突いて言った。


「実感沸かないよな」


 アキが微笑んで言うと、啓斗は、


「はい。でも、現実なんですよね。五百年後。俺の子孫もどこかにいるのかな? あ、そもそも俺は五百年前に死んでるから子孫はいないのか」

「啓斗、死ぬ前に種を残したりしなかったのか?」

「するわけないでしょ! 俺、十七ですよ!」啓斗は真っ赤になって立ち上がったが、「あれ? レイナさん」と、隣を見た。


 レイナは啓斗から腕を離し、カウンターに突っ伏し腕を枕にして寝息を立てていた。


「レイナさん、寝ちゃった」

「散々、付き合え言っておいて、しょうがないやつだな」

「はは、レイナさんにこんな一面があるなんて意外でした。でも、アキさん、レイナさん別に泣き上戸なんかじゃないんでしょ」


 啓斗が訊いたが、アキは黙ってグラスを煽るだけだった。


「もしかして、イナスさんのことを思い出して……」

「啓斗」アキは空になった三人分のグラスを持ってカウンターの中に入り、流しの水に浸けて、「レイナを運ぶの手伝ってくれ」と振り向いた。


「は、はい……」啓斗は返事をしてレイナを見た。腕枕をして横を向いたその頬には涙の跡があった。


 啓斗はレイナに肩を貸すように抱え上げ、反対側をアキがサポートした。


「レイナさんって、ヘッドクオーターズで寝泊まりしてるんですよね?」

「ああ、でも遠いから、今夜は医務室のベッドに寝せよう。まだカスミがいるけどベッドは二つあるしな」

「分かりました」

「それとも、啓斗の部屋で一緒に寝てやるか?」

「そ、そんなこと出来るわけないでしょ!」

「ふふ、冗談だよ。さあ、行こう」


 アキと啓斗はレイナを挟んで歩き、狭い廊下を四苦八苦しながら進み、医務室のベッドにレイナを無事寝かせた。もう一床のベッドに寝ていたカスミが、


「どうしたの? レイナ?」と言って、ベッドのカーテンを開けて顔を出した。


「カスミ、起こしちゃったね」


 アキが言ったが、カスミは首を横に振って、


「ううん、寝てなかったから。それより、レイナ、どうしたの?」

「ちょっとセンチ入っちゃって」アキが笑いながら言った。


「そっか」と、カスミは啓斗を見て、「啓斗、レイナのこと、頼むわよ」

「え? は、はい……」


 啓斗は、きょとんとした顔で返事をした。


「それじゃ、レイナのことは私が見ておくから。おやすみ、アキ、啓斗」

「はい、おやすみなさい」「おやすみ」


 啓斗とアキは挨拶を返して、啓斗は部屋に、アキはハンガーに戻った。

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