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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第3話 エースナンバー〈10〉
16/74

背番号は10

「しかし、敵の体内に起動させたグレネードを転送させるなんて、とんでもない戦術を思いついたものだな」


 アキが啓斗(けいと)からウインテクターを脱がせながら言った。


「はい。首や腕が収納されていたから。収納される以上、外に出てるときは、それだけのスペースが空いてるはずだって思ったんです」啓斗は答えた。


「もし、体内にグレネードを転送させるだけのスペースがなかったら、転送エラーになってグレネードはヘッドクオーターズの中で爆発してたぞ……啓斗、ちょっと腕を上げてくれ」


 アキが言って、啓斗は腕を上げたが、


「いてて」と、声を出して顔を歪めた。


「啓斗、痛むの?」アキの手伝いをして、ウインテクターを脱がせているマリアが訊いた。


「うん、ちょっとね。でも、カスミさんに比べたら……」

「今、ルカが診てくれてるけど、たいしたことないみたいよ。……よっと。おっと」


 マリアはウインテクターのパーツを外し、その反動で少しよろけた。


「カスミさん……」


 啓斗は窓のない転送室からレジデンスが停まっている方向を見つめた。

 タートルを倒した直後、レイナたちは負傷したカスミを回収して町に停めてあるレジデンスまで戻り、ルカにカスミを診せた。カスミは気を失っていた。一緒にいると言って聞かない啓斗だったが、診察の邪魔になるから、とのルカの言葉を聞いて、ようやくウインテクターを脱ぐために転送室に入ったのだった。


「はい、オーケー」


 アキが最後のパーツを取り外し、ウインテクターのパーツはブーツのみを残して通常の服装に戻った啓斗は、


「ありがとうございました」


 と、アキとマリアに一礼して転送室を飛び出ていった。そのまま司令室も抜け外に出てレジデンスに向かって走った。



「カスミさん!」


 医務室のドアを開けて飛び込むなり、啓斗は叫んだ。


「声が大きい。怪我人がいるのよ」


 ルカの声に、「すみません」と謝った啓斗はベッドに目を向けた。ベッドにはカスミが横になり、枕元にはミズキとコーディの二人が座っていた。


「あら、啓斗」院内着を着たカスミが、そう言って微笑んだ。


「カスミさん、大丈夫なんですか?」


 啓斗はベッドに駆け寄り、カスミに声を掛けた。


「ええ、ありがとう。たいしたことないわよ。一般兵用とはいえ、強化外骨格をなめないでよね」カスミは笑って言った。


「本当ですか?」


 啓斗がルカに向かって言うと、ルカは、


「ええ、軽い打撲よ。あと、その時に口の中を切っただけ。まあ、カスミくらいの歴戦の兵士だから、この程度の怪我で済んだのかもしれないけれどね」


 ルカは、そう言ってカスミに向かって笑うと、カスミは、


「さすが、ルカ。分かってる」


 と親指を立てた。それを聞いたミズキも、


「そうだよ、カスミがあの程度で死ぬわけないじゃない」


 そう言って笑った。コーディも笑って、


「そうそう。カスミを殺すなら、核爆弾三発は持ってこなくちゃ」

「おい、誰がブルートだ」


 カスミが突っ込んで五人は笑った。啓斗は、


「カスミさん、ありがとうございました」と、頭を下げた。


「あらあら、どうしたの?」


 カスミが言うと、啓斗は、


「助けてもらいました」

「何言ってるの」カスミは笑顔で、「助けてもらったのは、私たちのほうじゃない」


 啓斗は首を横に振って、


「俺、まだまだ何にも出来ないって、身に染みて分かりました。色々と教えて下さい」


 啓斗は改めて頭を下げた。


「啓斗」ミズキが啓斗を見て、「カスミの特訓は厳しいわよ」

「そうそう」コーディも身を乗り出して、「何日もつかな?」にやり、と笑って啓斗を見た。


「ちょっと、二人とも、私に変なイメージ付けないでよ」カスミは言って、「でも、私、あなたたちの気持ち、分かったかも」

「え? 何が?」


 ミズキが問いかけると、


「啓斗、やっぱり、いい男よね」


 カスミは、そう言って啓斗に向けて笑顔を見せた。


「あー! そういえば!」コーディは椅子から立って、「カスミ! 啓斗にキスしたよね!」

「あら、そうなの?」


 それを聞いたルカは口に手を当てた。


「ふふ」カスミは笑って、「あれは、親愛の印よ」

「じゃ、じゃあ、私も!」


 コーディは啓斗に向かって顔を突き出す。


「ちょっと、コーディ!」二人の間に割って入ったミズキは横目で啓斗を見ると、「わ、私も……」と、顔を赤らめた。


「あらあら、これは、私も参戦するしかないわね」


 ルカも椅子から立ち上がって啓斗に近づく。


「ルカは関係ないでしょ!」ミズキはルカも押しとどめながら、「コーディは、キス以上のことしたんでしょ!」

「してない! おっぱい揉まれただけ」

「啓斗!」


 ミズキの矛先は、なぜか啓斗に向いた。


「ち、違うよ! あれは……」


 狼狽える啓斗にコーディは、


「ねえ、啓斗。また揉む?」と、服の裾に手を掛けた。


「バカ! 変態!」ミズキは啓斗とコーディの両者を責めていたが、顔を赤くして、「おっぱいくらい、わ、私だって――」と、服の裾に手を掛けて、言葉を止めた。


 ミズキの様子がおかしいことに気付いたのか、啓斗、コーディ、ルカの三人も黙ってミズキの視線を追う。その先にいたのは、医務室のドアを開けて食事の載ったトレイを持った褐色の肌の少女、ミサだった。


「あ、ミ、ミサ……カスミの食事? ありがと……」


 ミズキは笑顔を見せながらやさしく声を掛けたが、その笑顔は引きつっていた。ミサは怯えた表情になり、逃げるようにドアを閉めて廊下を走り去った。


「ねえ! ミサ! 私の食事!」カスミが手を伸ばして叫んだ。



「あれ、レイナさん、どこか出かけるんですか?」


 外に出た啓斗は、町の方へ歩き出したレイナと鉢合わせた。


「あら、啓斗」レイナは、「体は大丈夫?」と、訊いてきた。


「はい、ウインテクターを着ていれば、あれくらいのダメージは……って、訊いてるのは俺のほうですよ」

「そうだったわね」レイナは笑って、「町に行くの。調査の結果、ブルートはいなくなったって町の人たちに伝えるためにね」

「いなくなった? 倒した、って言えばいいじゃないですか」

「啓斗、そんな情報を流して、ブルートの耳でもに入ったら、まずいでしょ」

「ああ、そうか……」

「だから、いなくなったって言って、少しでも安心してもらうの。倒した結果いなくなったっていうのは本当だからね」

「はは、そうですね」

「でも、いつかは啓斗の、ウインテクターの存在が明るみに出る日は来るわ。そう長い間、隠し通せるとは思えないもの」

「そうかもしれませんね。そうなったら……」

「そう、ブルートたちにも、ウインテクターの存在が、啓斗、あなたの存在が知られてしまう」

「総攻撃を受けるかも知れませんね。でも俺、強くなります。それまでに、もっと、ずっと……」

「期待してるわよ。啓斗、あなたも来る?」

「あ、はい」


 啓斗とレイナは並んで町に向かった。



 レイナは人が集まる広場で、調査の結果ブルートの存在は認められなかった、という旨の話を人々に聞かせていた。


「本当かよ」「どこかに隠れてるだけなんじゃないのか?」


 などと、疑いの声を上げる人も少なくなかったが、大半の人は安堵の声を漏らしていた。

 それを離れて見ていた啓斗の足下にボールが転がってきた。汚れたサッカーボールだった。


「すみません」小さな男の子を連れた女性が駆け寄ってきた。啓斗はボールを拾い上げると、両手を出す男の子に手渡した。


「ありがとうございます」女性は会釈した。


「お母さんですか?」


 啓斗は訊いたが、女性は「姉です」と答え、啓斗は恐縮して謝った。女性は、ぺこぺこ、と頭を下げる啓斗を見て笑って、真面目な顔になると、


「私たちの両親は、森でブルートに殺されたんです」

「そうだったんですか……」

「でも、あちらの方から」と、レイナに目を向けて、「ブルートはいなくなったとお聞きして、安心しました。一時的にどこかへ行っただけなのかもしれませんけれど」

「いえ!」啓斗は力を込めて、「間違いなく、ブルートは、もういません! いなくなりました! ……あ、すみません」


 きょとん、として自分を見る女性に、啓斗は声を落として謝った。


「ふふ、面白い方」女性は笑って、「でも、あなたの言葉は、なんだか信じられる気がします」

「は、はい、信じて下さい!」


 啓斗は、また力説して女性を笑わせてしまっていた。そのやりとりを退屈そうに見ていた男の子は、


「ねえ、お姉ちゃん、サッカーしよ」と行って、姉の服を引っ張った。


「お姉ちゃん、これから夕ご飯の支度するの。ひとりで遊んできなさい」

「えー」


 姉の言葉に不満の声を上げた男の子に、啓斗が、


「じゃあ、お兄ちゃんとやるか?」

「……うん!」


 一瞬だけ躊躇った素振りを見せたが、男の子は大きな声で返事をした。


「あら、悪いですよ」


 と、女性は言ったが、


「大丈夫ですよ」と、啓斗は男の子に向かって、「お姉ちゃんが夕ご飯作り終わるまで、な」

「うん!」


 啓斗は男の子の手を引いて芝生の生えた広場の片隅に歩いて行った。


「お兄ちゃんの背番号は〈10〉なんだぞ。エースなんだ」

「なにそれ?」

「はは、まだ背番号とか、分からないか」


 笑いながら男の子とボールを蹴る啓斗を、レイナは微笑んで見つめていた。

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