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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第3話 エースナンバー〈10〉
15/74

この一撃に賭ける

「どうする? レイナ!」


 カスミからの通信にレイナは、


「グレネードを使ってみて」

「レイナさん、それだ!」レイナの声に啓斗(けいと)が答えた。


「グレネードの転送を」レイナはマリアに指示を出した。


「了解。グレネード転送します。啓斗、右よ」

「分かった!」


 啓斗がそう返事をする間に、啓斗の右側にグレネードが転送されてきた。テニスボール大のそれを握った啓斗は、


「みんな! 離れて伏せろ!」


 と叫び、グレネードのタッチパネル部に指で触れグレネードが起動すると、それをトータスに向かって投擲(とうてき)した。


「啓斗! 早すぎるわ!」


 地面に伏せた姿勢で顔を上げたカスミが言った。グレネードはトータスの足下に落ちたが、


「ほう、こんなものまで使えるのか」


 トータスは腕を伸ばして光の帯が外周を回転するグレネードを拾い上げ、啓斗に向かって投げ返した。


「しまった!」


 啓斗は叫び一瞬だけ振り返った。自分の後ろでは、カスミ、ミズキ、コーディが地面に伏せている。啓斗は走り出すと剣を両手に構えて振りかぶり、


「うぉぉ!」


 雄叫びとともに剣をスイングして、刀身の腹でグレネードを打ち返した。グレネードは啓斗とトータス間のほぼ中間地点で爆発した。

 爆風を受けて啓斗は吹き飛び、カスミたちが伏せている位置よりもさらに後方まで転がった。


「啓斗!」


 ミズキが立ち上がって啓斗に駆け寄る。啓斗は顔を上げ、


「あいつは? トータスは?」


 爆風による土煙が晴れると、そこにはトータスが立っていた。いや、正確には腹ばいになっていた。頭と四肢を収納した甲羅のみの状態となって。甲羅の蓋が開き、脚と腕が伸び出て地面と接し体を起こした直立状態になると、最後に頭部が出た。


「ダメージ、なし、か……?」


 啓斗は悔しそうに呟いた。トータスの甲羅には、啓斗がライフル弾で付けた傷の他には、数ヶ所ひっかいたような僅かな傷しか見受けられなかった。


「くそ」啓斗は立ち上がり、「直撃させれば、もしかしたら……」

「啓斗」こちらも立ち上がったカスミが、「今度は私が投げるわ。啓斗はグレネードを起動させたら私に渡して」

「そうか、カスミさんの腕なら」

「啓斗、また右に行くよ」


 マリアの声が啓斗のヘルメット内のスピーカーから聞こえた。二人の会話を聞いたレイナが、即座に二つ目のグレネードの転送をマリアに指示していた。

 啓斗は転送されたグレネードを掴み起動させると、それをカスミに手渡した。


「牽制して!」


 カスミが号令を出すと、ミズキとコーディがライフル弾をトータスに浴びせる。バリアで弾丸を弾きながらトータスは、


「無駄なことを」せせら笑いながら前進し、「おい、どけ、女どもは傷物にしたくない」と、啓斗に向かって片手を振った。


「みんな、ゆっくりと下がって……」


 カスミの指示で、ミズキとコーディはライフルを撃ちながらゆっくりと後退する。啓斗とカスミもその動きに合わせているため、四人とトータスとの距離は一定の間隔を保っていた。


「カスミさん、まだですか!」


 やきもきしたように啓斗が声を掛けた。カスミはその手に光の帯が回るグレネードを握りながら、


「……まだ、まだよ」と、呟いた。


「まさか、ここでばくは――」


 啓斗が言い終えないうちにカスミはアンダースローでグレネードを静かに放り、


「伏せて!」と、叫んで啓斗を抱えて地面に突っ伏した。ミズキとコーディも射撃を止めて地面に伏せる。


「何?」


 トータスの足下にグレネードが転がってきた。それがトータスの足元で止まった瞬間、


「わーっ!」啓斗は悲鳴を上げ、グレネードの爆風が四人の頭上を吹き抜けた。


「どう?」カスミは顔を上げた。強化外骨格には爆発で飛んできた土がびっしりとこびりついていた。


「カスミさん?」


 啓斗は立ち上がりトータスのいた方向を見たが、まだ土煙は晴れず視界は数メートルもなかった。


「やったのか? 何も見えないけど――」

「啓斗!」


 カスミが立ち上がり、土煙に目を凝らす啓斗を突き飛ばした。


「あっ!」鈍い音とともに悲鳴を上げ、カスミは吹き飛んだ。


「カスミさん!」


 カスミに突き飛ばされ地面に倒れた啓斗は顔を起こして叫んだ。

 カスミを襲ったのは回転して跳んできたトータスだった。カスミを跳ね飛ばし、数メートル先で四肢を出して着地したトータスは、


「馬鹿野郎、女をやっちまったじゃねえか」


 と言って頭部を出した。


「カスミさん!」啓斗は倒れたまま動かないカスミに駆け寄り、「カスミさん!」その名を呼び続けた。

「け、啓斗……大丈夫だった?」


 片側の口角からひと筋の血を流し、カスミは震える手で啓斗の、ウインテクターヘルメットの頬に触れた。


「カスミさん! すみません! 俺が不用意に立ち上がったから……」啓斗はヘルメットの中で目を潤ませながら、「逆じゃないですか。俺が、本当なら俺がカスミさんや、みんなを守らなきゃ駄目なのに……」

「カスミ!」「カスミ!」


 ミズキとコーディも二人のもとに駆け寄った。


「二人とも、何、してるの……戦闘続行中よ……」


 カスミは震える声で二人を鼓舞した。


「おい、死んだのか?」トータスはゆっくりと歩いて四人に近づきながら、「もう、面倒くさいから、みんなここで殺しちまうか」

「何? ぴんぴんしてるよ……」


 コーディは、迫ってくるトータスを見て声を震わせた。

 トータスの甲羅には今まで以上に深い傷が何本か刻まれてはいたが、それを全く意に介してはいないようだった。


「直撃でも、駄目なの……?」ミズキも呟いた。


「二人とも、カスミさんを頼む」啓斗は立ち上がり、「レイナさん、俺に作戦が……」司令室と通信した。



「……危険すぎる!」


 啓斗の作戦を司令室で聞いたアキは、両手を広げて即座に言った。


「いや」対照的にレイナは冷静な声で、「やりましょう。それしかないわ」

「レイナ!」


 アキは叫んだが、レイナはコンソールに向かって、


「サヤはここで下りて」

「えっ? どうしてですか!」サヤは振り向いた。


「失敗したら、確実に死ぬわ。若いあなたを巻き込みたくない」

「いやです!」

「サヤ! 若いあなたが新しいヴィーナスドライヴを――」

「私だって! 私だって……」サヤはレイナの言葉を止めて、「命がけで戦ってるつもりです。私だけ除け者なんて、いやです……」


 サヤは涙声になった。


「レイナ」アキが声を掛け、「こうなったら行こう。やろう、みんなで」


 レイナは一度アキを振り向いてから、


「ごめんね、サヤ」と言って微笑み、マイクに向かい、「スズカ! 全速前進! 啓斗のそばまで行って!」

「了解! 揺れるよ!」


 スズカはハンドルを握りアクセルを踏み込んだ。ヘッドクオーターズは道なき道を、小さな木々を踏み倒しながら真っ直ぐに進んだ。車体が大きく揺れる度、「きゃぁ!」と、マリアとサヤは悲鳴を上げた。レイナは手すりに掴まりながら、


「みんな、準備して。各員の配置は……」



「うぉぉ……」啓斗は近づいてきたトータスに跳びかかり、互いが相手の両手を握る力比べのような体勢になっていた。


「何のつもりだ?」トータスは啓斗を見下ろし、「これで俺の攻撃を封じたつもりなのか?」片足を上げて伸ばし、啓斗の腹部につま先を突き刺した。


「ぐふっ!」啓斗はくぐもった悲鳴を上げた。蹴られた勢いで両手が離れそうになるが、啓斗はトータスの手を握り直す。


「じゃあ、このまま蹴り殺されるんだな」


 トータスは、さらに啓斗の腹部に蹴りを突き刺す。


「啓斗、何を……」

「啓斗……」


 離れた位置でカスミの手を握りながら、ミズキとコーディは啓斗の戦いを見守っていた。

 エンジン音と木々を踏み越える音とともに、林を裂いてヘッドクオーターズの車体が姿を現した。ドアが開きアキが姿を見せ、


「啓斗!」


 と叫んで、手にしてたものを放った。啓斗は片手だけを離してそれを受け取った。グレネードだった。親指でタッチパネル部に触れて起動させると、すぐにそれをアキに向かって投げ返し、またすぐにトータスの手を掴む。

 アキはグレネードをキャッチし、すぐに車内に戻り司令室に飛び込むと、


「サヤ!」


 待ち構えていたサヤに投げ渡した。司令室奥の転送室に続くドアの前に立ちそれを受け取ったサヤは、すぐさま転送室に飛び込み、


「レイナ!」


 今度はレイナに投げ渡した。レイナは、キャッチしたグレネードを転送装置の中に入れた。それを見届けたサヤは、


「マリアー!」


 と大声で叫んだ。コンソールに待機していたマリアはマイクに向かって、


「啓斗! いいよ!」


 その声をヘルメット内で聞いた啓斗は、


「よし」と呟いてトータスの両腕を掴んでいた手を離し、今度はトータスの頭を左右から押さえつけるように挟み込み、「前方、斜め上四十五度、約二十、いや、三十センチだ!」

「何のつもりだ、貴様」


 トータスは自由になった両手で啓斗のヘルメットを左右から殴りつけた。その度にヘルメットは揺れたが、啓斗はトータスの頭をしっかりと掴んで離さない。


「座標固定!」マリアはコンソールを操作すると転送座標を設定して、「行きます!」


 叫んで転送ボタンを叩いた。


「行って!」


 転送装置の前で、レイナは胸の前で両手を組んでグレネードを凝視していた。光の帯が外周を回るグレネードは転送装置が作動すると、その姿を消した。


 カラン、と、乾いた音が鳴った。その音はトータスの首下辺りの体内から聞こえた。トータスは「?」という目をして啓斗を見下ろすと、


「何だ? 何をした?」

「くたばれ」


 啓斗は、ひと言だけ言って、トータスの頭部が甲羅の中に引き込むことを阻止するために掴んでいた両手を離してヘルメットの中で、にやり、と笑った。次の瞬間、爆音が鳴り響き、トータスの四肢と頭部は吹き飛び甲羅だけになって宙に舞う。その甲羅もすぐに青白い光に包まれて爆散した。

 爆発の勢いで地面を転がった啓斗は仰向けになったまま、


「や、やった……」と、呟いた。


「はぁぁー……」指令室では、アキが魂が抜けたような声を吐き出して、その場にへたり込んだ。


「やったな!」運転席からスズカが歓声を上げて司令室に飛び込んできた。「ねえ!」


 スズカは声を掛けたが、アキは床にへたり込み放心したように無言のまま。マリアも脱力しきってコンソールに突っ伏していた。

 転送室ではレイナとサヤもへたり込んでいた。


「……サヤ」ようやくレイナが声を出し、「ありがとう」と手を差し出した。

「レイナ……」サヤはその手を握り返して、「よ、よかったね……よかった、ねぇ……」涙声になって泣き出した。


 レイナは微笑みながらサヤを抱きしめ、頭を撫でた。

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