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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第3話 エースナンバー〈10〉
14/74

捜索

「ブルートの情報を掴んだわ」


 ヘッドクオーターズに戻ってきたレイナが、司令室に啓斗(けいと)たちを集めて収穫を伝えた。情報収集班に配されたのは、レイナ、スズカ、マリア、ルカ、の四人。タエ、クミ、ミサ、コトミ、の買い出し班も戻ってきており、レジデンスで、夕食と夜のヴィーナスドライヴ営業に向けての仕込みを始めている。


「近頃、近くの山で、食料の調達に出た人たちが行方不明になる事件が起きていると聞いたわ。一番最近の事件の後、一名だけ生存者が帰ってきて、ブルートにやられた、と言い残して息を引き取ったそうよ」


 レイナが話し終えると司令室に沈痛な空気が漂った。沈黙を破ったのは啓斗だった。


「ブルートのやつ、どうしてそんな、ちまちましたことを? 一気に町ごと襲えば簡単じゃないか」

「それじゃ、意味ないのよ」レイナが答えた。「そんなことをしたら、一晩で町が空になってしまうわ。あいつらにとっては、人間をいたぶって殺すことが目的なんだから、楽しみを一晩で消費してしまうことになる。あまり殺しすぎても恐怖を与えすぎて、せっかくの人が集まった町からやっぱり人が出て行ってしまうから、いいさじ加減で外に出た人を襲っているんでしょうね」

「なんてやつらだ……」


 歯ぎしりして呟いた啓斗の後で、カスミが、


「レイナ、どうする? おびき出す?」

「そうね。一番最後に被害が出たのが、一週間前だそうだから、もうそろそろブルートも我慢出来なくなっているでしょうね。囮に簡単に引っかかると思うわ」

「よし、私と啓斗で行くわ」


 カスミが言うと、


「わ、私も行く!」「私も!」


 と、ミズキとコーディも名乗りを上げた。


「駄目だ!」啓斗は叫んで、「囮は、俺ひとりで十分だ」

「啓斗!」


 ミズキの声を啓斗は手を上げて制して、


「ブルートと戦えるのは俺だけなんだ。だったら、余計な人員はいないほうがいい――あ、ご、ごめん……」


 啓斗の言葉を聞いて顔を伏せたミズキとコーディに、啓斗は詫びた。


「俺、そんなつもりじゃ……」


 おろおろとミズキとコーディを交互に見る啓斗に、カスミが、


「啓斗、あなたひとりじゃ、ブルートが不意打ちでもしてきたら対処できないでしょ。いくらブルートと戦えるのがあなただけだって言っても不死身じゃないのよ」

「す、すみません……」


 啓斗はカスミと、ミズキ、コーディにも頭を下げた。


「レイナ」カスミはレイナに向いて、「囮には、啓斗、私、ミズキ、コーディの四人で行くわ。いいでしょ」


 レイナは頷き、ミズキとコーディは顔を見合わせて微笑み合った。


「あの、アキさん」と、啓斗は、「最初から、ウインテクターを装着していったほうがいいんじゃないですか? 昨日みたいに、いざというときに装着出来なかったりしたら」

「それはお勧めできないな」アキは啓斗の案を却下して、「ウインテクターは、装着、稼働させておくだけでも、どんどんバッテリーを消費するんだ。通常の強化外骨格の比じゃないくらいにね。戦うあてもなく装着していて、いざというときにエネルギー切れで動けない、なんてことになったら、それこそ目も当てられない」

「そうなんですか」啓斗は納得して、「ウインテクターの稼働時間って、どれくらいなんですか?」

「そうだな、使用状況にもよるが、おおむね、三十分くらいしか持たないと見てくれ」

「三十分か……たしかに、それくらいの時間なら、捜索だけで使い果たしてしまいそうですね」

「ヘッドクオーターズからの転送可能範囲は、約千メートルよ」レイナは言って、「啓斗たち四人は、ヘッドクオーターズの半径一キロから出ないように捜索して。成果がなかったら、ヘッドクオーターズごと移動して、再び捜索を行う。いい?」


 レイナの指示に、啓斗たちは、「はい」と返事をした。



 啓斗を中心に前方にカスミ、後方にミズキとコーディを配した陣形で、四人はゆっくりと山道を進んでいた。啓斗以外の三人はアサルトライフルを提げ、強化外骨格を(まと)っている。


「カスミさん」と、啓斗は前を歩くカスミに声を掛け、「それ、かっこいいですよね。未来の兵隊は、みんなそんなの着てるんですか?」

「ああ、これね」カスミは周囲を警戒する視線を保ったまま、「歩兵用強化外骨格よ、銃弾なんかのダメージを防ぐのはもちろん、パワーアシスト機能も付いていて、身体機能を強化したり、重い装備を持ち歩く負担を軽減してもくれるの。当然、これ自体も軽くて丈夫な素材で出来ているわ。啓斗のウインテクターも、こういった強化外骨格を基本に作られたのよ。まあ、ブルート相手には、ほとんど役に立たなかったけれどね」


 そう言ってカスミは笑みを浮かべて、


「でも、こちらの攻撃はまるで効かないけれど、防御面では有効かな。あと、ヘルメットにカメラが付いていて、映像をリアルタイムでヘッドクオーターズに送っているわ」

「啓斗」後ろからミズキが声を掛けてきて、「映ってるよ」と、言って微笑んだ。


 ミズキの被ったヘルメットの側頭部に、正面を向いたカメラレンズが光っていた。


「啓斗」隣のコーディも声を掛け、「こっちにも笑顔ちょうだい」と、啓斗の顔を見た。


 ヘッドクオーターズ内の映像パネルには、正面メインスクリーンにカスミカメラの、右サブスクリーンにミズキ、左サブにコーディからの映像が映し出されている。ヘッドクオーターズ周囲の様子は、外部カメラによってマリアとサヤが。運転席からの目視でスズカが哨戒している。左サブスクリーンに啓斗の笑顔が映った。


「何やってるの啓斗。レジャーじゃないのよ。ミズキとコーディも、啓斗の顔じゃなくて周囲の様子を映しなさい」


 レイナがマイクに向かって言った。


「す、すみません」

「ごめん」

「はーい」


 啓斗は装着したヘッドセットのマイクに、ミズキとコーディは、ヘルメット内のマイクに向かって言った。

 レイナはメインスクリーンのワイプに表示された周辺地図に目をやり、


「啓斗たちとの距離は約五百メートル。まだまだ大丈夫ね」


 と呟いた。地図中心のヘッドクオーターズ位置から上、すなわちヘッドクオーターズ正面方向約五百メートルの位置にマーカーが点灯し、〈4〉〈5〉〈6〉〈10〉の数字が横に表示されていた。


「ま、もし啓斗たちと離れていざとなったら、ヘッドクオーターズで木々をなぎ倒しながら進むしかないね」司令室にいるアキが言って、「でも、そんな派手に動いたら、ブルートが警戒しちゃうか」

「心配ないわよ」と、レイナは笑って、「あいつらにしてみれば、ヘッドクオーターズ一台なんて簡単に制圧してしまえるはずだもの。障害になりはしないわよ」

「確かにな」


 アキも、自嘲気味に笑った。



「止まって! 何かいる!」


 先頭のカスミが足を止めて、ライフルを前方に向けながら啓斗の体に左手を添えて止めさせた。啓斗は身構え、ミズキとコーディは左右と後方を警戒する動きを見せた。

 四人が進む山道の脇から藪を掻き分けてくる音が聞こえ、ひとりの男が姿を現した。


「……あなた方、どちらへ?」


 山道を歩くための厚手の服を着て、目深にハンチング帽を被りリュックを背負った、その男が声を掛けてきた。


「私たちは食料の調達に。ここらで山芋が自生していると聞いたもので」


 カスミは柔らかな口調で答えたが、ライフルの銃口は下ろさなかった。


「そうですか」と、男は、「それにしては、随分な重装備ですね」

「ええ、この辺りにブルートが出るという話もありますので」

「そうですか、そうですか……」男は含み笑いをして、「でもですね、そんなもの、私らには通用しませんよ……」


 帽子の陰になっていた男の目が赤く染まった。


「撃て!」


 カスミが号令を出すと、ミズキ、コーディも銃口を男に向けてトリガーを引いた。三つの銃口からマズルフラッシュとともに銃弾が発射されて男を襲ったが、男の周囲には緑色の六角形を組み合わせたバリアが張られ銃弾を全て弾いた。


「レイナさん!」


 啓斗が叫ぶと、司令室でレイナが、


「テクター転送!」

「了解! 転送します!」


 マリアが答え、ウインテクター転送ボタンを押した。

 啓斗の周囲にいくつもの光の筋が浮かび上がり、それらが啓斗に集約していくように集まっていき眩い光が放たれた。輝きが収まると啓斗はウインテクターの装着を完了していた。


「カスミさん!」


 啓斗は叫んで、地面を蹴ってカスミの横を飛び抜け男に向かった。男は余裕の表情で啓斗が向かってくるままに任せていたが、


「がはっ!」その顔面に啓斗のパンチを浴びて後方に数メートル跳んだ。「な、何……?」

「レイナさん! 武器を!」

「ライフルを転送するわ。正面」


 啓斗の通信を聞いたレイナがそう言うと、マリアは転送プログラムを操作してボタンを押した。

 啓斗の正面に光の筋が現れ銃器の形状を形作り、ウインテクター専用マルチプルライフルが転送されてきた。啓斗はライフルのグリップを握り銃口を向けたが、それよりも早く、


「ぐわっ!」


 啓斗は正面から腹部に体当たりを受けて飛ばされる。地面を数メートル滑り、啓斗は止まった。


「貴様……何なんだ?」


 今まで啓斗が立っていた場所にはブルートの姿があった。ハンチング帽を被った男の姿ではなかった。短い手足に太い首が胴体から生えている。その胴体の形状は、


「ブルート、戦闘形態に変化しました」


 映像を見たサヤが言って、同じ映像を見たレイナは、


「交戦中のブルートを〈トータス〉と呼称する」と告げた。


 ブルートの胴体は、レイナの告げたコードネーム通り亀の甲羅に酷似している。甲羅から生えている頭、手足も同様だった。


「啓斗!」


 倒れた啓斗にミズキが駆け寄り、二人を庇うようにカスミとコーディが前に立つ。


「三人とも、どいて!」


 啓斗は立ち上がるとライフルを構えトリガーを引いた。フルオートで射出されたマルチプルライフルの銃弾はトータスに命中したが、


「なにぃ!」


 啓斗は叫んだ。銃弾は全て跳ね返された。バリアが効いていたのではない。銃弾はトータスの甲羅に当たったが、その甲羅には僅かな、かすり傷程度のダメージしか与えられていなかった。


「どういう手品を使っているのか知らんが……」トータスはゆっくりと歩き出し、「じっくりと拷問して聞き出してやる」


 そう言うと、頭部と手足を甲羅の中に引き込み蓋がされ、水平になって回転しながら啓斗に向かって突っ込んできた。


「回避!」


 カスミが叫び、四人はバラバラの方向に横っ跳びした。その間を高速回転したトータスが飛び抜けていく。


「アキ!」司令室では、映像を見たレイナが助けを求めるようにアキに向かって叫んだ。


「確かにバリアは無効化した。だが、そもそもの、あのトータスの甲羅が固いんだ」アキは唇を噛んだ。


「レイナさん! どうしたらいいんですか?」


 啓斗の通信が入る。レイナは、


「剣を転送するわ。それでやってみて」

「了解!」

「啓斗」オペレーターのマリアが、「右に出るわ」

「オーケー!」

「啓斗、武器は腰か背中にマウントしておける」


 アキの声で啓斗はライフルを背中にマウントして、自身の右側に転送されてきた剣の柄を握り、そのまま両手で構える。

 トータスは数メートル跳んで頭部と手足を出して着地し、すぐに再び頭と四肢を収納したところだった。甲羅が水平になり回転速度を上げていく。

 啓斗は柄のボタンを押し刀身に高周波振動を加えて、回転しながら跳んでくるトータスに向かって上段から剣を振り下ろした。


「うわっ!」


 啓斗の一撃は甲羅の勢いと回転によって弾かれた。啓斗の手から離れた剣は数メートル離れた地面に突き立ち、啓斗も地面に転がった。着地したトータスにカスミとコーディがライフル弾を浴びせるが、甲羅の強度を誇るまでもなく銃弾はバリアで弾かれた。


「女どもは、ただの人間らしいな」トータスは、にやり、と口角を上げると、「お前らは後でたっぷりと楽しませてもらう。最近男ばかりで飽き飽きしていたところだったからな」

「啓斗!」ミズキは地面から剣を抜いて抱え、啓斗のもとに駆け寄った。「啓斗! 大丈夫?」

「ミ、ミズキ……」啓斗は立ち上がると、「ありがとう」と、剣を受け取った。

「くそ、これは……」


 啓斗は手にした剣を見て忌々しげに呟いた。剣の刃は痛み刃こぼれを起こしていた。

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