よろしく啓斗
「全員そろったわね」レイナは食堂のカウンター、ボックス席に座ったメンバーを見回して、「では、いただきましょう」
と言って両手を合わせた。
全員がそれに倣い、啓斗も同じように手を合わせる。
「いただきます」
レイナの声に続けて、全員が「いただきます」と、復唱し、朝食に手を付け始めた。
レイナとカスミはカウンターの中に出したテーブルに向かい合って座り、その他のメンバーが、カウンターとテーブル席に陣取ると、開いている椅子は数脚しかなかった。
啓斗は、ミズキ、ルカ、コトミの三人と一緒のテーブル席に座っていた。箸を手に取り、まずは味噌汁の椀を持ち上げながら、
「ヴィーナスドライヴって、随分大人数なんだね。これで全員?」
と、食堂内を見回した。
「マリアは、ヘッドクオーターズにいるわ。そこで食事を取ってる」と、隣に座ったミズキが教え、「マリアかサヤのどちらかは、なるべくオペレーター席にいてもらうことにしてるの。何があるか分からないから」
「そうか。大変だね」と、啓斗は再び食堂内を見回して、「えーと……俺を含めて十三人、プラス、マリアで全部で十四人か」
食堂にいる人数を数えた。その様子を見ていたレイナは、
「結城くん、ちょうどいいから、改めてみんなを紹介するわ。コトミちゃんもいるし」と、箸を置いて立ち上がり、啓斗とコトミを見て、「まずは、私、レイナ。ヴィーナスドライヴの司令官よ。年齢は三十二歳」
「えっ?」「えっ?」
啓斗とカスミが同時に声を出した。二人はカウンター越しにお互いを見つめる。
「ちょっと」と、レイナはその二人に交互に視線を向け、「今の、『えっ』は、どういう意味なのか、聞かせてもらうわ。まずは、結城くん」
「あ、い、いや、俺は……」啓斗は箸を止め、「み、見えないな、って……」
「私が? 三十二に見えない?」
レイナの声に、啓斗は何度か首を縦に振った。それを見たレイナは、
「よろしい」と、笑顔になって、「じゃあ、次は、カスミ。何?『えっ』って」
「ね、年齢も言うの……?」
「当然でしょ。ここでは上下関係とかはないけれど、みんなの年齢を知っておかないと、結城くんも対応しづらいでしょ」
レイナは、また啓斗に向き、「ねえ」と声を掛けると、啓斗は、「ま、まあ……」と曖昧な答えを返した。
「そ、そう……じゃあ」カスミは立ち上がり、「カスミよ。昨日も言ったけど、ここの戦闘隊長を任されているわ。元軍属なので……で、年齢は……」
「二十八よ」
カスミが言う前に、レイナがカスミの年齢を暴露した。
「ちょっと! レイナ! 何であなたが言うのよ!」
「カスミ、サバを読もうとしてたでしょ。ダメよ」
「うぬぬ……」カスミは歯ぎしりをして、「はい、二十八です……」と呟いて座った。
「カスミさんも、見えないですよ」
啓斗が言うと、カスミは、
「一応、ありがと、と言っておくわ」
「本当ですよ。カスミさんって、戦闘隊長っていうふうにも全然見えません。どこかのお嬢さんって感じ」
「あら、そう……」
カスミは頬を染め微笑むと箸を手に取って、ゆっくりと食事を再開した。さきほどよりも、心なしか、その箸さばきは優雅に見えた。
「ねえ、レイナ」と、カウンター席に座っているアキが、「パーソナルナンバーも言ったほうがいいんじゃないか?」
「ああ、そうね」
「パーソナルナンバー、って何ですか?」
啓斗の質問にレイナは、
「私たちは、それぞれ固有の番号を持っているの。レーダーなんかで識別しやすいようにね。私は、〈1〉よ。で、今、自己紹介したカスミが、〈4〉」
「順番前後しちゃったけど、番号の若い順に行くか」と、アキが手を上げ、「私は、アキ。エンジニアをやってる。ウインテクターやその装備で分からないことがあったら、私に訊きに来てくれ。パーソナルナンバーは〈3〉年齢は、三十五だ」
「うそっ?」
啓斗は、テーブルに手をついて、ガタリ、と立ち上がった。
「どうした?」アキは、箸を止めて啓斗を見る。
「さ、三十五?」
啓斗が目を丸くして言うと、アキは、
「そうだよ。年齢だよ。パーソナルナンバーじゃないぞ」
「み、見えない……嘘でしょ?」
「おいおい、年齢のサバを逆に読むやつがどこにいる。正真正銘、三十五歳だよ、私は」
アキは食事を再開した。
「そ、そうなんですか……」啓斗も椅子に座り、「俺、アキさんは、せいぜい二十台半ばくらいかと思ってました……」
「ふふ、ありがと」
アキは微笑んだ。
「番号順なら、次は私だね」と、啓斗とは別のテーブル席に座ったコーディが、「コーデリア。コーディって呼んで。って、こんな話、昨日もしたね。カスミの下で戦闘員やってる。パーソナルナンバーは、〈5〉年齢は、二十二歳。啓斗、改めてよろしく」
と、啓斗に向かってウインクした。啓斗が、ぺこり、と会釈すると。
「何だよ、その他人行儀な挨拶は。私と啓斗は、もっと深い仲じゃないか……」
コーディは目を細めた。啓斗は下を向いて顔を赤くする。隣では、ミズキが眉を吊り上げて啓斗を見ていた。
「次、ミズキよ」
と、レイナに促されて、ミズキは、
「は、はい」と、表情を元に戻し、「ミズキ。パーソナルナンバー〈6〉年齢は十七よ」
「俺と同じなんだよね」
「うん」と、啓斗の声にミズキは顔をほころばせて、「私も、コーディと同じく戦闘員よ。よろしく、啓斗」
ミズキは右手を差し出し、啓斗も、「改めて、よろしく」と、その手を握り返した。
「パーソナルナンバー〈7〉は、今、ヘッドクオーターズで番をしてくれてる、マリアよ。年齢は、確か、二十歳よね」
レイナが言うと、同じオペレーターのサヤが、「そうです」と答えた。
「〈8〉は、私」と、カウンター席のスズカが啓斗に顔を向け、「スズカ。ヘッドクオーターズのドライバーやってる。年齢は、二十一。よろしく」
スズカが自己紹介を終えると、コーディと同じテーブル席にいるサヤが、
「私、サヤ、っていいます。マリアと一緒でオペレーターです。でもまだ慣れなくて、マリアに教えてもらってばかりだけど。年齢は、十六です。パーソナルナンバーは、〈9〉です」
と、会釈をした。啓斗は、スズカ、サヤの二人に続けて、「よろしく」と言った。
「次は、私ね」テーブルを挟んで、啓斗の向かいに座っているルカが、「医者のルカよ。ナンバー〈11〉年齢は、三十一よ。結城くん、よろしくね」
「よろしくお願いします」
と、啓斗が言うと、ルカは不満そうな表情になって、
「あら、私には『見えない』って言ってくれないのね」
「そ、そんなことないですって!」啓斗は両手を顔の前で、ぶんぶんと振って、「ルカさんだって、若く見えますよ。というか、皆さん、年齢以上に若く見えますよね。この時代の人って、みんなそうなんですか?」
「ふふ、そんな気を遣ってくれなくてもいいわよ、結城くん。冗談よ、冗談」
ルカが笑いながら言った。
「で、でも、本当のことですから……」
「あら、そう?」と、ルカは、「じゃあ、次はタエなんだけど……」と、カウンター席に座った料理長のタエに目をやり、「タエは、いくつに見える?」と訊いてきた。
「え? タ、タエさん、ですか……」
啓斗はタエを見た。その視線を受けてタエは、
「やめなよ、ルカ。結城くん、かわいそうだよ」
「どうして結城くんがかわいそうなの?」
ルカが訊くとタエは、
「だって。そうじゃないか。嘘はつきたくないだろ? 結城くん」タエは啓斗を向き、「私、ここの料理長のタエ。ナンバー〈14〉で、年齢は、三十九だよ」
「本当ですか?」啓斗は頓狂な声を上げ、「お、俺、もっと若いかと。ま、まあ、タエさんがこの中じゃあ、一番年上だろうな、とは思ってましたけど」
「ふふ、ありがとう。結城くん」タエは笑って、「どう? 料理。結城くんの口に合うかな?」
「は、はい! とてもおいしいです!」
啓斗は即答した。
「ありがとう。嬉しいよ。ご飯、まだまだあるから、どんどんおかわりしてよね」
「はい。じゃ、じゃあ、さっそく……」
啓斗は、空になった碗を差し出した。タエは、にこり、と笑って立ち上がり、それを受け取ると、カウンターに置いたお櫃から、しゃもじでご飯をよそった。
「ついでに、タエ、私にもちょうだい」
と、カスミも空の椀を差し出し、コーディも椅子から立ち上がって空になった椀を出した。
「はーい、次は、私!」タエの横に座った少女が手を上げ、「私、クミ。タエの手伝いで料理や家事をやってます。パーソナルナンバー〈15〉の、十六歳です。よろしく、啓斗さん」
クミは自己紹介を終え、啓斗に向かって微笑んだ。啓斗も、「よろしく、クミ」と、返事と微笑みを返した。
「ほら、最後は、ミサだよ」
クミが、自分の隣、カウンター席の一番隅に座った褐色の肌の少女、ミサに向かって言った。ミサは啓斗を見たが、啓斗と目が合うと、また顔を伏せてしまった。
「もう、ミサ……」クミは、やれやれ、といったようにため息をつくと、「この子、ミサ。私と同じでタエの手伝いをしてるの。パーソナルナンバー〈16〉の、……えーと、いくつだっけ?」
クミが訊くと、ミサは、
「じゅ、十四歳……」
と、少しだけ顔を上げて答えた。ミサがまた顔を伏せてしまうと、レイナが、
「以上、ヴィーナスドライヴのメンバーよ。よろしくね、結城くん、コトミちゃん」
啓斗は頷いて、黙って聞いていたコトミも、にこり、と微笑んだ。啓斗は、さらに、
「じゃ、じゃあ、俺も」と、立ち上がり、「結城啓斗です。年齢は十七。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。皆から拍手が起き、コーディは、「いいぞー」と囃し立てた。啓斗は座り直すと、
「じゃあ、次は、コトミちゃん」
と、コトミを見て言った。コトミは、「えっ?」と、驚いた表情を見せたが、それは一瞬で収まり、ゆっくりと立ち上がり、
「ひ、日高コトミです……年齢は、十二歳、です……」ぺこり、と頭を下げ、「よ、よろしくお願いします……」と、言い終えて座った。
皆からは拍手が起き、「よろしく」「よろしく、コトミちゃん」などと声が掛けられた。
「ところで、レイナさん」拍手がやむと、啓斗が、「パーソナルナンバーっていうんですか? 連続していなくて、所々番号が飛んでましたよね。それには、何か理由が?」
「ええ、あるわよ」と、レイナは箸を置いて、「まず、実は、ヴィーナスドライヴのメンバーは、今、ここにいるだけじゃないわ。今は用事があって、私たちと離れて行動しているけれど、もう五人いるのよ。そのメンバーの番号が、12、13と、17から19なの。それと、2番だけどね……」
レイナの口調が沈んだものとなった。啓斗とコトミ以外の全員も表情を暗くした。レイナは顔を上げて、
「パーソナルナンバー〈2〉は、イナス。私とアキと一緒に、ヴィーナスドライヴを立ち上げた創設メンバーの女性よ」
「イナス、さん、ですか……」啓斗は言って、「そのイナスさんも、別行動してるんですか?」
「……死んだわ」
「えっ?」
「死んだの、ブルートとの戦いで。だから、パーソナルナンバー〈2〉は、欠番なのよ」
「そうだったんですか……すみません」
「結城くんが謝ることなんてないわよ」レイナは、笑顔を作って、「で、最後、〈10〉が空いてるわよね」
「えーと……はい、そうですね。9番のサヤの次が、11番のルカさんでしたよね」
「〈10〉は、結城くん、あなたよ」
「え?」
「結城くん、あなたがパーソナルナンバー〈10〉を付けるの」
「ど、どうして、ですか?」
「〈10〉は、エースの背番号よ」
「あ、もしかして、サッカーですか?」
「正解」と、レイナは微笑んで、「イナスの希望だったの。将来、タイムサルベージに成功してブルートと戦える戦士が加わったら、その人にエースの番号を付けてもらおう、って。イナス、ブルートが攻めてきて、地球がこんなになるまでは、大のサッカーファンだったのよ」
「10番、エースの背番号……」
啓斗は呟いた。レイナは、さらに、
「結城くん、あなたのその胸に埋め込まれた受信機には、もう〈10〉のパーソナルナンバーが登録されているのよ。あなたは、ヴィーナスドライヴの、いえ、人類のエースなのよ」
「エース……」啓斗は呟くと、「わかりました」顔を上げて、レイナを、集まったメンバーを見回し、「俺、やります。ブルートを倒して、この地球に平和を取り戻します!」
「いいぞ! エース!」
「啓斗、かっこいい!」
一同から、拍手と歓声が沸き起こった。レイナは微笑み、一度目じりを拭った。アキがカウンターに身を乗り出して、レイナの肩に手を置き、「レイナ」と笑みを浮かべて声を掛けた。レイナは、頷いて、
「イナスにも見せたかった。結城くんがブルートを倒すところ……」小さな声で、そう言って、もう一度目じりを拭うと、「さあ、食べ終えて一服したら、出発するわよ。ごちそうさま」
完食して空になった食器を前に手を合わせ、食器をカウンターの上に置いた。
「啓斗も、食べ終わったら食器をカウンターの上に置いていって」
空の食器を手に、立ち上がったミズキが言った。
「食後のお茶があるからね」
タエがそう言って、カウンターの上置いたポットをなでた。
「はい」啓斗は答えて、ポットに向かったレイナに、「あの、レイナさん、もうひとつ、いいですか?」と、呼び止めた。レイナはポットから湯のみにお茶を注ぎ、「どうしたの?」と、振り返った。啓斗は、
「はい。今、皆さんのこと、紹介してもらいましたけれど、皆さん、苗字って、ないんですか? この時代の人は、みんな? あ、でも、コトミちゃんは……」
それを聞いてレイナは、
「結城くん、私たちにも苗字はあったわ。でも、捨てたの」
「捨てた?」
「そう、私たちは、みんな家族を失ったわ。ブルートとの戦いでね。今は、このヴィーナスドライヴが家であり、私たちはひとつの家族なの。だからよ」
「そうだったんですか……」啓斗は俯いたが、すぐに顔を上げて、「じゃあ、俺も、苗字を捨てます」
「え?」
レイナが、その場にいる全員が啓斗を見た。
「俺も、この、ヴィーナスドライヴの一員なんですよね」
「もちろんよ」レイナは答えた。
「だったら、俺も家族の一員じゃないですか。レイナさんや、アキさんたちも、俺のこと、名前で呼んで下さい」
「……わかったわ」レイナは微笑んで、「ようこそ、……啓斗」
「はい!」
啓斗が返事をすると、コトミも立ち上がって、
「わ、私も……苗字いらない! コトミは、ただのコトミになる!」
「コトミちゃん……」
啓斗は両拳を握って立つコトミを見た。
「ありがとう、コトミ」レイナは笑顔で、「コトミも、ヴィーナスドライヴの一員ね。パーソナルナンバーは、〈20〉ね」
「は、はい!」コトミも笑顔になって答えた。
「コトミ」と、アキが、「後で、20番を登録した通信端末を渡すよ」と、言って微笑んだ。
「ありがとうございます!」
コトミは満面の笑みで返した。
半数のメンバーが朝食を終え、食器の片づけに入り、湯のみを手にお茶で一服する中、
「あっ、アキー」
と、コーディが手を上げた。お茶をすすっていたアキは、
「どうした、コーディ?」
「あのさ、昨日のことで、ちょっと訊きたいことがあるんだけどさ」
コーディの言葉を聞いたアキは、コーディを、じろり、と睨み、ミズキは湯のみを口につけながら横目でコーディを窺った。コーディは、アキに、
「ゴムしてても、駄目?」
ミズキはお茶を噴き出した。
「駄目だ!」アキは、言下に否定した。
「えー、駄目なんだ! でも、リスクは減らせるだろ?」
食い下がるコーディに、アキは、
「リスクが下がる、じゃない! リスクを負うこと自体が駄目なんだ! コーディ、お前、まだ事の重大さが分かってないみたいだな……」
「分かってる! 分ってるって! 本当!」小さな体ながらも、威圧感を備えながら迫るアキに、コーディは身をすくめて、「ちょっと訊いてみただけだって! そんな怒るなよ!」
「まったく……」
アキは、ため息を吐いて湯のみに口を付けた。ルカは布巾を取ってきて、ミズキがぶちまけたお茶を拭いていた。啓斗は咳き込んでいるミズキの背中をさする。
コーディは、横を向いたアキに、恐る恐るといったように、
「……じゃあさ、口でするのは?」
落ち着きかけたミズキは再び咳き込み、アキはコーディの頬をつねった。
「だ、大丈夫? ミズキ……」
啓斗はミズキの背中をさすっていたが、ミズキはその手を払いのけて、
「バカ!」と呟いて、真っ赤な顔で啓斗を睨むと、席を立ち、つかつかと出入口に早足で向かっていった。
「な、なんで……」啓斗は、茫然とその背中を見送った。
ルカも、「?」という表情を浮かべているコトミを連れて、そそくさと食堂を出た。
クミは、「ゴムってなに? 口でするって、なにを?」と質問してくるミサに、「し、知らないわよ!」と、真っ赤な顔で答えていた。