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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第2話 強制的プラトニック
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地球最大の危機

 間接照明だけが灯る薄暗い部屋に入ると、荷物の間を縫って開かれた道を進み、啓斗(けいと)はベッドに倒れ込んだ。続けて、はあ、と息を吐いて腕を横に投げ出す。腕が何かに触れた。


「ん?」啓斗が半開きの目で横を窺うと、何かが覆い被さってきた。


「な、何だ?」啓斗が声を上げると、


「啓斗……」覆い被さってきたものが囁きかけてきた。同時に甘い香りが啓斗の鼻孔をくすぐった。


「え? だ、誰……?」


 啓斗は、被さってきたものを払いのけようと両手を出したが、逆に手首を掴まれ、ベッドの上に押しつけられてしまった。


「啓斗……」再び甘い香りに乗って、同じような甘い声が漏れ聞こえた。仰向けにされた啓斗の目の前に声を発したものが至近距離に近づく。それは薄紅色をした唇だった。


「コ、コーディ?」


 その唇の持ち主であるコーディの顔が、啓斗の鼻先数センチの位置にあった。


「ふふ……啓斗……」コーディは目を細めて微笑みかけた。その頬は唇よりも赤く染まっている。


「ど、どうして、ここに……?」

「部屋、間違えちゃった……」


 啓斗の問いかけに、コーディはいたずらっぽい声で答えた。


「じゃ、じゃあ、自分の部屋に――あっ……」


 啓斗の言葉は中断された。コーディが啓斗の首筋に唇をつけてきたためだった。コーディはそのまま啓斗の首周囲に唇を這わせる。


「あ――コ、コーディ……」


 啓斗はアルコールのせい以上に顔を真っ赤にして声を出す。コーディの体は啓斗に密着し、その豊かな胸を啓斗の体にこすりつけていた。


「ちょ、ちょっと……」


 啓斗はベッドの上で身をよじったが、両手首を掴んだままコーディは離れない。


「ねえ、啓斗……」


 コーディは頬を啓斗の首筋につけたまま視線を上げて啓斗の目を見た。啓斗も自分の胸を見下ろすような形でコーディを見返して、


「コ、コーディ、酔ってる……」

「んふふ……」コーディは頬を赤く染めた顔で、にこり、と笑い、「それがどうした」

「ど、どうした、って……」


 コーディは、がばり、と上体を起こし、仰向けの啓斗の腹の上に跨る格好となると、


「ねえ、啓斗……」再び、目を細めて微笑みかける。


「な、何ですか……?」


 啓斗の眠気は完全に吹き飛んでいた。まぶたを開き、荒い呼吸をしている。

 コーディは啓斗の手首を離し、その手で啓斗の顔を横から、そっと挟み込むように添え、顔を近づけて、


「しよ」

「は、はい?」

「しようよ……」


 コーディは啓斗の顔から手を離すと、背筋を伸ばして着ているシャツの裾を掴み、上に引き上げた。


「うわっ! コ、コーディ……?」


 コーディは脱いだシャツを荷物の山に放ると、今度は背中に手を回し、ブラのホックを外しにかかった。


「ちょ、ちょっと……」


 狼狽えた声を上げながらも、啓斗の視線はコーディの胸に注がれていた。ホックを外す音がして、コーディはブラを取ると同じようにシャツの上にそれを放った。間接照明の淡い明かりにコーディの胸が浮かび上がる。コーディは啓斗を見下ろし、


「どう? 私の……」

「え? ど、どう、って……」

「よく見えない?」

「う、うん……って、い、いや! そうじゃなくて……」


 コーディは手を伸ばしてベッドサイドのスイッチを押した。ベッドライトだけが灯り、真正面からコーディの体を照らす。


「はい……」コーディは腕を下げて、照明の前に裸となった上半身を晒した。


「どう? きれい?」

「う、うん……」


 啓斗は、ごくり、と生唾を飲み込んだ。


「触ってみる?」

「え?」


 コーディは右手で啓斗の左手首を取り、前屈みになって自分の胸に啓斗の手を持ってきた。


「あ……」啓斗は息を漏らす。


「どう?」

「や、柔らかい……」


 啓斗は小さな声で答えた。コーディが手首を離しても、啓斗の手はコーディの胸に触れたままだった。微かにその指が動いている。


「そう……」コーディは微笑んで、「ねえ、もっと触ってみて……」


 囁きかけるコーディの声に言われるがまま、啓斗の指はコーディの白い肌を滑る。


「そこまでだ!」


 ドアが開く音とともに部屋の中にアキの声が響き、天井の照明が灯った。


「あ、あれ……?」


 ドアを振り返ったコーディが声を漏らした。

 開け放たれたドアからは、アキを先頭に、その後ろにレイナ、カスミ、スズカらの姿が見えた。


「コーディ、お前な……」アキは、つかつかと部屋に入り込み、荷物があることもお構いなしとばかりに、それらを踏みつけながら一直線に進みベッドの横に立つと腕を組んで、「今すぐにそこから降りろ!」と一括した。


「え? どうして……?」


 状況を把握できていない、といいたげな声のコーディに、アキは、


「どうしてもだ!」

「う、うん……」


 コーディは返事をしたが、動く素振りは見せない。


「どうした。早く降りて服を着ろ!」


 アキの更なる一括に、コーディは、


「だ、だって……」と、ちらり、と一瞬啓斗を見下ろし頬を染めて、「け、啓斗が、おっぱい離してくれないんだもん……」


 アキも、じろり、と啓斗を見下ろした。


「え? あ、ああっ! す、すみませんっ!」


 同極の磁石が反発するかのごとき勢いで、啓斗はコーディの胸から手を離した。ドアの向こうの最後尾では、ミズキが腕を組み眉を吊り上げ口をへの字に曲げて、その様子を眺めていた。



「おはようございまーす……って、あれ?」


 翌朝、店舗兼食堂に顔を出したクミは、そう言って足を止めた。食堂内ではコーディが床にモップ掛けをしていた。


「コーディ、今日の掃除当番は私よ」


 クミが声を掛けると、カウンターの中にいたアキが、


「いいんだ、クミ。ここはいいからタエの手伝いをしてきてくれ」

「で、でも……は、はい」クミはそう言って、「コーディ、ごめんね」と言い残して食堂を出た。


「おお……」


 クミの姿が見えなくなってからようやく、コーディはか細い声で返事をした。そして、カウンターの中に立つアキに向かって、


「なあ、私、何か悪いことしたか?」

「しただろ」


 アキは即座に返した。


「いや!」コーディはモップを壁に立て掛けて、「してないから! いいところでアキが邪魔に入ったんじゃないか!」

「そういうことを言ってるんじゃない!」アキは拳でカウンターを、どん、と叩いて、「お前は、もう少しで人類最後の希望をふいにしてしまうところだったんだぞ!」

「だから! 知らなかったんだって! むしろ悪いのは、そのことを前もって伝えなかったアキとルカのほうだろ!」

「責任逃れをするな!」

「どっちがだ!」


 食堂内でアキとコーディの声が交錯する中、レジデンスの外では、洗顔を終えた啓斗が大きく伸びをしていた。寝間着に足元はサンダル履きだった。


「ふああ……よく寝た……」


 欠伸をして歩き出した啓斗は、レジデンス車体の角でミズキと鉢合わせした。


「あ、ミ、ミズキ……お、おはよう……」


 啓斗は、おっかなびっくり、腰を引きながら挨拶した。

 ミズキのほうは無表情のまま、「おはよう」と、ひと言返しただけだった。


「あ、あのさ……」啓斗は、すれ違って歩き出したミズキに声を掛けて引き留めた。


「なに?」ミズキは立ち止まったが、振り返らないまま返事をした。


「え、えっと。き、昨日のことなんだけど……あ、あれは、コーディが、先にベッドに入っていて。どういうわけか。だ、だから、ね……」

「だから?」


 ミズキは、やはり振り向かないまま訊き返した。


「だ、だから……あれは、違うんだよ……」

「おっぱい、離さなかったんでしょ?」

「え? ち、違うよ……」

「違わないよね」

「は、はい……違いません……ご、ごめん!」


 もう限界だ、とばかりに啓斗は地面に正座して、詫びの言葉を口にした。


「ちょっと」ミズキは振り向いて、「どうして啓斗が私に謝るの?」

「だ、だって……」啓斗はきつく目を閉じ、「ごめんなさい!」

「だから……もう、誰かに見られたら変に思われるでしょ。ほら、立って……」


 ミズキは啓斗の腕を取って立ち上がらせようとするが、


「いいや! ミズキが許してくれるまで立たない!」


 啓斗は頑として正座を続ける。立って、立たない、の押し問答を何度か繰り返していると、


「何してるの? あなたたち」


 医師のルカが、いつもの白衣姿で現れた。


「ル、ルカ! これは、違うの!」ミズキは啓斗の腕から手を離して、「啓斗が勝手に――あ」


 ミズキは、ルカに手を引かれたコトミが隣に立っているのを見て言葉を止めた。


「コ、コトミちゃん……」


 啓斗も正座をしたまま、顔を横に向けてコトミを見て言った。コトミは暗い表情をしてルカに手を引かれていた。


「もう……」ルカは、ため息をついて、「こんな小さい子に痴話喧嘩なんて見せないでよね」

「ち、痴話喧嘩じゃない!」ミズキは真っ赤になって言うと、コトミのほうに歩み寄り、「コトミちゃん、一緒に朝ご飯食べよう」


 と、身を屈めたが、コトミは表情を変えないまま一歩後ずさった。


「コトミちゃん……」


 ミズキの表情が曇った。ルカも同じように表情を曇らせて、屈み込んだミズキとコトミを見る。


「コ、コトミちゃん」啓斗が、そっと声を掛け、「お、俺と一緒に食べない?」そう言って立ち上がろうとした、が、「いてっ!」


 立ち上がる前に地面に突っ伏してしまった。


「啓斗! 大丈夫?」それを見たミズキが駆け寄る。


「あ、足が痺れて……」啓斗は地面に横になったまま爪先を押さえながら、「正座なんて、全然してないから……あ」


 啓斗は声を止めた。その視線はコトミに向いている。


「コトミちゃん、笑った」

「え?」


 ミズキとルカもコトミの顔を見た。コトミは、もんどりうつ啓斗を見て微笑を浮かべていた。


「コトミちゃん」ルカも屈み込んで横からコトミの顔を見る。


「よかった! コトミちゃん……」啓斗は立ち上がった、いや、立ち上がろうとしたが、「あー! まだダメだ!」


 再び足を縺れさせて転倒してしまった。


 それを見たコトミは、くすり、と笑った。


「おかしいね、啓斗のやつ」


 そう言ってミズキはコトミの肩に手を置いた。表情には微笑みを湛え、目には僅かに涙が浮かんでいた。ルカも、そっと目尻を拭った。


「みなさーん! 朝ご飯出来ましたよ!」


 レジデンスの外部スピーカーからクミの声が響いた。


「行こう、コトミちゃん」


 ミズキが声を掛けると、コトミは笑顔のまま頷いた。


「ミ、ミズキ……起こして……」


 未だ立ち上がれない啓斗は、懇願する声を出した。


「もう……」ミズキは啓斗のそばまで歩くと腕を取り、「しっかりしてよね。救世主なんでしょ」

「そ、それとこれとは……」

「ふふ」ミズキは啓斗に肩を貸して歩かせながら、「許してあげる」と、小さく呟いた。


「え? 本当? ありがとう!」啓斗は目を輝かせた。


「コトミちゃんに感謝しなさいよ」

「あ、ありがとう、コトミちゃん!」


 啓斗が声を掛けると、コトミは微笑みを返した。


「さて、今日の朝食は、なにかな?」


 ルカが言って、四人は皆、笑顔のまま並んで食堂に向かった。

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